情報収集
「突然すいません。神沼翔ですけど」
「翔君?ど、どうしたの!?」
俺が名乗ると、スマホから聞こえた女性の声があまりにも大きすぎて、スピーカー通話しているかのように周囲に声がダダ漏れてしまった。
朝のホールルーム前。
俺が”不本意ながら”連絡をしてしまったのは、俺のスマホに連絡先登録されている檸檬以外では唯一の女性であり『月刊スポーツ空手』のライター『春崎須美』だ。
「ちょっと春崎さんに聞きたいことがあって」
「え?もしかして未惟奈ちゃんのこと?」
「違いますよ」
「違うの?なによ、未惟奈ちゃん狙ってるんじゃないの?」
「はあ!?」
全く檸檬といい春崎さんといい……
俺を誰だと思ってんだよ?普通の高校生だぞ?そんなありえない妄想を簡単に口走るのはほんと止めてほしい。
それに未惟奈の情報を入手するために、女性ライターにこっそり聞くとかキモいだろ?俺がそんなことをするキャラだと思われていただけでも不愉快だっての。
「まあ、いいわ。翔君は私にとって特別だからもちろん最優先で時間作るわよ?」
”特別だから”とか”最優先”とかいちいち聴き心地のいいセリフをサラリと混ぜてくるのはさすが大人の女性だ。リップサービスと分っていても少し口角が上がってしまう男子高校生なのがなんとも悔しい。
「すいません。忙しいところ」
「フフ、いいのよ。……で、いつにする?なんなら今日でもいいけど?」
「は?今日?春崎さん暇なんですか?」
「し、失礼ね!翔君は特別だからっていったでしょ?」
動揺してんじゃないですか?仕事なくて困ってんじゃないの?
「それに”ここ”岩手ですよ?東京から急に大丈夫なんですか?」
「新幹線使えば2時間よ?。”未惟奈の取材”ってことにすれば経費で行けるから心配しないで?」
ああ、なるほどね。確かに『月刊スポーツ空手』は未惟奈が引退を発表してからもなお”ウィリス未惟奈特集”をメインに引っ張り続けている。
実は未惟奈が空手を辞めていないという特ダネを俺は握っているんだけどね。もちろん話すつもりはないけど。
――と、いうことで急遽、放課後に春崎須美に会うことになった。
俺が彼女に会う理由は、中国武術家の情報収集だ。春崎さん程のマニアなら国内外にいる中国武術家の情報を持っているかもしれない。
自称超能力研究家の美影惣一の話を盲信するつもりはないが、俺の実感としても中国武術が重視するという「気功」というものと俺が未惟奈に感じる「圧」の正体と無関係ではない気がしている。
そして俺が、未惟奈の攻撃を悉くさばけてしまう理由だ。
祖父であり俺の空手の師匠である鵜飼貞夫や極真会館の道場は、早くから中国武術の一派から派生したとも言える「大気拳」の鍛錬法を採り入れていた。特に祖父は他の空手家と比較してもその鍛錬を重視してように思う。
しかしそれでも空手家にとっての「大気拳」は「補助鍛錬」のレベルを超えることはない。ここが中国武術家の技術体系が「気を中心に」考えれれていることとは大きく異なるのではと感じている。
俺も幼少期からその「大気拳」の鍛錬法である「立禅」「這」といった『気功そのもの』とも言える訓練はやり続けていた。しかし祖父には申し訳ないがこの「気の鍛錬?」によって「空手の技術に有用だ」と明確な感触をもったことが一度もない。
だから美影が指摘した「気功」というものと俺が続けている「立禅」「這」が未惟奈の攻撃をことごとく凌いでしまう理由と関係があるのかを深掘りしたくなったのだ。
それと、未惟奈の「圧」の理由を知るための”突破口”が、今のところ”気功”しかないということもある。
…… …… ……
「翔?もう帰れる?」
いつものように未惟奈が放課後に俺の教室を訪ねてきた。
「いや、今日は都合が悪いから練習はなしでいいか?」
「え?なんでよ?」
未惟奈は想像通り、不快な顔で抵抗してきた。
「ちょっと用があるから」
「用?どんな?」
「それを未惟奈に言う必要もないだろう?」
「なによ?別にいいじゃない?それとも隠す必要がある用事なの?」
「違うって。人に会うだけだよ」
「誰に会うの?女性?」
俺はここで迂闊にも”図星”だったので言葉を詰まらせてしまった。むろん鋭すぎる未惟奈はその意味を確実に理解した。
「へえ、女性と会うんだ。檸檬さん?」
「檸檬とわざわざ時間作って会う必要ないだろう?毎日会ってんだから」
「それもそうね」
そう言いならが未惟奈が俺の一挙手一投足を逃さないぞとばかりに、持ち前のブルーアイで鋭く見据えてきたので俺は嫌な汗が背中から流れてしまった。
なんなんだよ?別に俺は後ろ暗いことをやっている訳ではないのに。
「私の知ってる人?」
「へ?」
そう言えばそうだな。おそらく面識は当然あるのだろう。
「たぶん知ってるだろう。春崎須美」
「え!?……え!?……なんで!?」
未惟奈は想像以上に驚きのリアクションをした。
しかも珍しく絶句してフリーズまでしている。
「も、もしかして翔って春崎さんのスパイ?私の情報リークしてるの?」
「はあ?そんな訳ないだろ?」
「じゃあ、なんでよ?大会に出たこともない無名の翔を春崎さんが取材する理由なんてないじゃない?そもそもいつ知り合ったのよ?!」
今度は興奮冷めやらぬという感じで未惟奈は矢継ぎ早に質問してきた。
「無名とかサラッと酷いこと言うなよ?まあ事実だけど。……別に俺が取材を受けるわけじゃない。部活説明会の日にたまたま会ったんだよ。春崎さんが未惟奈と対戦した俺に気付いて声をかけてきた」
「じゃ、じゃあ私を倒した翔に春崎さんが興味をもったの?」
「まあそれも少しあるだろうな。でも今日会うのは取材でもなんでもなく、聴きたいことがあるから無理やり時間を作ってもらった」
「翔が春崎さんに何を聴こうというの?……あ、分った。彼女美人だから適当な理由つけて会うんでしょ?やっぱ翔って年上好き?」
「なんでそうなるんだよ?てか、なんでそんなに機嫌悪くなってんだよ?いいだろ?俺が誰と会おうと」
未惟奈は黙ったまま未だ納得しないと言った視線を俺に送っている。
「私も行く」
未惟奈は突然、駄々っ子のようにそう言った。
「え?なんで?」
「ダメなの?」
「いや、ダメじゃないけど」
「ならいいじゃない?」
毎度だが、自分の主張を強引に押し通す未惟奈のやり方にはつくづく参ってしまう。でも今回春崎さんに会う理由は当然未惟奈に大きく関係する話だ。いや、むしろ未惟奈が俺に勝てない理由を探すためなのだ。
「分ったよ。じゃあ、行くぞ。もう春崎さん校門で待ってるから」
「え?校門まで呼び付けたの?」
「人聞き悪いこというなよ?学生の俺に気を遣って向こうが自主的に来てくれたの!」
毎度なんで未惟奈と話をするとこんなに疲れるんだ?
「だから、そもそも翔はなんで春崎さんに会うのよ?」
「未惟奈のためだよ」
「え?」
「だから未惟奈の攻撃が当たらない理由を、俺なりに考えてるんだよ。今のところのヒントは残念ながらあの美影の言った”気功”の話しかない。だから春崎さんに中国武術に関する情報を貰おうと思う」
「そ、そうなんだ。私のため……なんだ」
いままで不満げだった顔がようやく穏やかなものに変わってくれた。
全くいつでも自分が中心にいないと我慢ならないワガママ娘か。まあそれはそうだわな。リアル姫君といっても過言でない環境にいたんだ。
まあ普通の俺にはなかなかその感覚を理解するのは難しいのだが。
しかし、こんな俺と未惟奈のやり取りを間近で見ていたクラスメートの驚き様といったら……
まあ、確かに俺も少し未惟奈に遠慮がなさすぎるのかもしれない。




