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再現できない光

 一度見たものは、頭で正確にトレースできる。


 頭でトレースできたものは、すべて身体で再現できる。


 だからこそ、いかなるジャンルのスポーツであっても、未惟奈は短期間でその頂点に君臨し続けてきた。


 これが未惟奈の持つ驚異的な先天的能力であり、彼女自身に言わせれば、それは忌むべき「呪い」でもあった。


 *  *  *


 きっかけは、全くの偶然だった。


 たまたまスマートフォンの画面に流れてきた、ある空手家の映像。


 その男の名は「鵜飼某」といったが、当時の未惟奈にとって、名前などどうでもよかった。


 衝撃だったのは、未惟奈がその動きをトレースできなかったことだ。


 未惟奈は直感で理解した。


「この動きは、真似ができない」


 未惟奈はそこに一筋の光明を見た。


 スポーツ界最高の天才が、マイナー競技である空手に興味を持った瞬間だった。


 *  *  *


 しかし、門を叩いた未惟奈を待っていたのは、期待していたものとは程遠い現実だった。


 そこにあったのは、かつて映像で見た動きは一切なく、一目見れば容易にトレースできてしまう「スポーツ」としての空手ばかり。


 たった半年後には、高校生チャンピオンの有栖天牙ですら敵わないほどのモンスターが誕生していた。


 その動きがスポーツである以上、空手であっても未惟奈にとってトレース可能な身体動作に変わりはなかった。


 失意の底で空手への興味を失いかけていた頃、彼女はその少年と出会った。


 そして今、その少年は、無敵を誇るムエタイ界の帝王を追い詰めていた。


 *  *  *


 傍目には、翔を飲み込もうとする嵐のようにも見えるチャンプアの連続攻撃。


 その凄まじさに一瞬の焦りを覚えた未惟奈だったが、ふと「あること」に気づく。


 それを確かめるべく、彼女は隣の芹沢薫子に尋ねた。


「芹沢さんから見て、チャンプアの連続攻撃はどう映ってる?」


 芹沢は相変わらず、驚愕の表情でリングを見つめていた。


 その顔を見れば、彼女がチャンプアの攻撃をどう捉えているかは明白だった。


「ただただ、恐ろしいわ。未惟奈さんは違うの?」


 芹沢は引きつった顔で、未惟奈に問うた。


「ええ、確かに恐ろしいわ。でも……」


「でも?」


「でも、私はチャンプアのこの連続攻撃を、再現できる」


「え? どういうこと?」


「私はどんなスポーツでも、一度見た動きはすぐに再現できるのよ」


 未惟奈はいとも簡単に、常軌を逸した告白をした。


「そ、そんな……。ムエタイ界だって、これほどの動きができる選手はチャンプア以外にいないわよ?」


「まあ、普通はそう思うでしょうね。でも、事実よ」


 淡々と言い放つ未惟奈に、芹沢は今更ながら底知れぬ恐怖を感じていた。


 未惟奈は自分の才能を過大評価しているわけではない。


 彼女にとって、それはあまりに当たり前すぎる、そして憎々しいほどの事実だった。


 裏を返せば、チャンプアもまた未惟奈と同じ才能を持って、ムエタイという技術を最短の時間で獲得した男といえた。


 チャンプアの動きがどれほど人智を超えて見えようとも、未惟奈にとってはむしろ、もっとも理解しやすい動きだったのかもしれない。


「でもね」


 未惟奈は言葉を継いだ。


「この試合で見せる翔の動きだけは、全く真似できる気がしないのよ」


 未惟奈の口角は上がり、不敵な笑みを浮かべていた。


 だが、その瞳にはわずかな焦りと、得体の知れないものへの畏怖が入り混じっている。


「むしろ芹沢さんは、翔の動きの方が理解できる、なんてことはあるのかしら?」


 伝統武術を修めた芹沢であれば、翔の動きに親和性を感じるのではないか。


 未惟奈はそう推測した。


「それは無理よ。確かに大成拳の理を取り入れてはいるけれど、翔くんの動きの核にあるのは空手だから」


「そうよね」


 チャンプアの猛攻に的確に反応し続ける翔の姿。


 未惟奈はその姿を喜ばしく思うと同時に、底知れない技術の深淵におののくしかなかった。


 *  *  *


 果たして、結末は劇的だった。


一ラウンド終了の合図と同時に、チャンプアは膝から崩れ落ちた。


その傍らで、翔は静かに残心をとっていた。


未惟奈の目に映るその姿は、あまりに力強く、そしてあまりにも美しかった。


「ああ、分かった。間違っていなかった。私を救ってくれるのはやっぱり翔しかいない」


そうつぶやいた未惟奈の目には、翔のその姿に後光が差しているかのようだった。

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