表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
普通男子と天才少女の物語  作者: 鈴懸 嶺
15/135

曖昧な共通点

 美影惣一という”自称超能力研究者”からの捨てきれない指摘を受けたが、未惟奈との練習はいつもと同じように行われた。



 しかしやっぱり練習の状況は、変わらない。


「どうして、当たらないのよ!!」


 未惟奈は今日も、そして最近の空手練習全てにおいて、やはり俺に攻撃を当てることができないでいた。でもそんな時俺は毎回同じセリフを言うしかなかった。


「俺の空手はスポーツでなくて武道だから」


 未惟奈はすでに"それは聞き飽きた!"と機嫌を損ねて一向に納得をしてくれていないのは分っている。


 でも俺にとっては、やはりこれ以上の説明をしようがないのだ。


 ウィリス未惟奈という天才は、100m、200mの短距離走の世界記録保持者のエドワード・ウィリスを父に持ち、さらには五輪二連覇した新体操女王である保科聡美を母に持つ。


 詳しく本人に聞いた訳ではないが、彼女の中学時代の各スポーツ分野での活躍から推測するにウィリス未惟奈を天才たらしめているのは世界級のDNAを持っているというだけではなく、世界最高レベルの最新鋭のアスリート養成技術によって英才教育を受けている可能性が高い。


 そんな彼女なら余計に"武道だから"という何とも不確かで何の科学的根拠もない説明を簡単に受け入れる訳がないのは当然と言えば当然と言える。


 それでも未惟奈は"俺に勝てない"という事実だけは曲げることのできない現実として受け入れ、だからこそ未だにこんな普通男子の俺と空手練習を続けている。


 当の俺はと言えば未惟奈のように科学理論に則った最新鋭のトレーニングなんてしてきていない。時に前時代的な"スクワット3000回"などという根性論だって通用しかねない環境に身を置いていた。


 そして"武道だから"といった曖昧模糊なワードだって躊躇なく日常的に使ってきた男だ。


 でもそんな俺ですら、さっき会った"超能力研究者"と臆することなく自任する美影惣一の話は、手放しに受け入れることはできなかった。



「翔?さっきの美影とか言う人、なんなの?」


「俺も初対面だから良く分からんけど」


「でも翔と同じタイプの人だよね?」


「はあ?なんだそれ?全然違うだろう?」


「いや、なんか科学的根拠のない話を自信たっぷりで話すところは翔と大差ない気がするけど?」


「いやいや、ヤツのトンデモぶりは俺とは比較ならないでしょ?」


「そう?私に言わせるとどっちもどっちだけど?」


 未惟奈にそう言われて、俺は思わず絶句してしまった。


 やっぱりそうか。


 俺が"武道だ"の一言で押し切ってるのは、美影が"超能力だ"とか"気功だ"と自信満々で言っていることと少しも変わらず未惟奈には映っているってことか。


 それは結構ショックだ……


 俺の現時点で、美影惣一の話を信じているのはせいぜい十分の一程度だ。


 でも……


 ゼロとする訳にはいかない。


 では十分の一という僅かな「一」はなんなのか?


 俺は度重なる未惟奈との"組手"で未惟奈の"感情の圧"を俺の身体が無意識に反応しているという"事実"。


未惟奈と練習をはじめて、何回も何回も同じことを繰り返してようやく「間違いない」と思うに至った。


 しかしなんと美影は俺と未惟奈の体育館での対戦を見ただけでそれに気付いたのだ。


 しかも美影が"気功法"という言葉を使ったことも大いに引っ掛かった。


 日本ではほぼ市民権を得ているであろう"気功"という言葉。


 ただこの"気"が一体なんなのかを明確に説明できる人は案外いない。科学的に実証されたと言う話だってとんと聞こえてこない。


 だから市民権を得ているからと言って"気"という存在は"曖昧模糊"な存在であることは間違いないし、特に俺のような武道・格闘技を実践している人間にとってこの"気"という言葉ほど取り扱い注意な言葉はない。


 それは武道を神秘的に演出するためにこの"気"という言葉があちらこちらで使われまくっているからだ。武道家の権威づけにこれほど都合のいい言葉はないと思えるほどだ。


 そして、これが度を過ぎると美影が話して見せた"武道で超能力は使える"というトンデモないところまで話が飛躍してしまう。


 美影のようなオカルトマニアが特に要注意人物と言える。


 ただしだ。


 そうはいっても実戦空手の代名詞で、誰もが知る極真会館は古くからこの"気功法"に類似した鍛錬を取り入れていることは有名な話だ。


 これは極真会館の故大山倍達館長が「大気拳(たいきけん)」の創始者「澤井健一」と深い交流があったことに端を発している。


 澤井健一と言えば伝説の中国武術家「王向斎(おうこうさい)」から直接「大成拳(たいせいけん)」を学んだという希有な人物だ。その澤井が大成拳に独自の工夫を加えて「大気拳」を創始した。


 その太気拳の鍛練法である立禅(りつぜん)(ねり)(はい)という"気功法そのもの"とも言える鍛錬法を今なお実践している極真会館の道場は数多くある。


 有名な話題としては1990年代後半から2000年代前半にかけての全日本大会で五回もの優勝を果たした数見肇がこの練、這と言った動きを積極的に組手に取り入れ注目されたことだろうか。


 そして美影が口にした"気功法"という言葉は特に俺にとって"特に"無視できない話なのだ。


 なぜならば……


 俺の空手の師匠である祖父「鵜飼貞夫」がまさにこの「大気拳」の立禅・揺・這といった鍛錬方法をもっとも重視した空手家の一人だったからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ