優しい攻撃
「セコンドアウト!」
場内にインターバル終了のアナンスが響く。
眩いばかりのリングの明るさに比して、薄暗い観客席が異常なほどにシンと静まり返っている。普通の格闘技の興行ではありえない光景だ。
観客席は暗いので光が強く当たるセコンドからはその観客の表情は分からない。
少なくとも観客の多くは1Rの展開は予想外だったに違いない。
「伊波の身体は大丈夫なのか?」
「未惟奈はこの状態をどう打破するのか?」
次の展開をかたずをのんで期待している。そんな静けさんなんだろうと思った。
「いつもは強気な未惟奈が、なぜ逃げ回るんだ?」
誰もが「そこ」の理解に苦しんでいるに違いない。果たして「その理由」にたどり着けた人はどれだけいたのだろうか?きっとそれは一部の格闘関係者だけだろうと想像する
”カーン”という2ラウンド開始を告げるゴングがアリーナに響いた。
静かだった会場が少しだけざわついた。
刹那、未惟奈の初動は、かつての未惟奈の如くであった。
つまりこの試合ルールであるライトコンタクトのポイント制であることを一瞬忘れそうになるようないつもの未惟奈がそこにいた。
その時未惟奈は直接打撃ルールかのような「相手を一撃で倒す」如くに、電光石火のスピードで伊波との間合いを詰めたのだ。
流石の伊波もこの未惟奈の動きにを予想できなかった。伊波には珍しく一瞬「まよい」ともとれる不自然な「間」かあった。だから反応が一瞬遅れ、不用意に真っすぐにバックステップをした。
この伊波の反応は、1Rでは未惟奈の攻撃に「敢えて前に出て」自身の身体をぶつけて来た伊波ではなかった。その反応をさせない程に未惟奈の攻撃は速かった。
「中段に的を絞ぼれ」
さらに
「肘裏の脇腹へのピンポイントの三日月蹴りが有効」
そのことに未惟奈は同意していた。しかし、咄嗟の伊波の「バックステップ」は三日月蹴りの間合いから大きく外れて必要以上の距離が二人の間にできてしまった。
未惟奈は伊波のそんな動きを予想していたかのように、身体を瞬時に右回りに回転させ相手に背中を見せた。
おそらく伊波は未惟奈のこの反応は射程の長いバックスピンキックに転じたと予測しただろう。しかし未惟奈は規格外の身体能力だ、未惟奈はさらに高速に半回転することで正面を向き、脇腹、つまりレバーに予定通りピンポイントの三日月蹴りを放ってしまった。
バックスピンキックは正面を狙う攻撃故に伊波のガードは一瞬、身体の中央に集中し脇腹がガラ空きになった。
だから伊波にが未惟奈の光速の三日月蹴りをまともにレバーに受けてしまった。
普通、レバーに攻撃をまともにもらうと「息がでかない」と言われる。しかしフルコンタクト空手、ムエタイ、ボクシング等フルコンタクトなルールの選手はレバーを貰っても「耐える」事ができる。
なぜか?
レバー、つまり肝臓を打たれるとその大きな肝臓の振動が横隔膜を刺激して呼吸困難となる。だから並みの選手はこれだけで倒れて起き上がれないこともある。
しかしフルコンタクト系で腹を鍛えている選手は簡単に倒れない。
内蔵を鍛えることができるのか?
答えは「呼吸」を使い方にかかっている。
インパクトの瞬間に合わせて呼吸を一気に吐く。すると横隔間は極限まで下がり、結果腹圧を高めることで、内蔵の位置をガッチリ固めることができる。
熟練度が高ければ高い程、その呼吸法は「無意識」に行われる。
未惟奈は伊波がレバーに攻撃が当たる瞬間、ムエタイで天才と呼ばれた伊波なら無意識に呼吸制御をし腹を固めるであろうことを看破した。
未惟奈は伊波の実力を十分知っている。いや信頼していた。だから未惟奈はそこに不安はなかった。
つまりこの攻撃で伊波が壊れるほどのダメージにはならないことを確信していた。
むろんルール上ライトコンタクトというルール上、伊波をダウンさせないという理由もあっただろう。しかしそれよりも未惟奈は伊波の身体の心配をした。未惟奈はその表向きなイメージとは裏腹に?優しすぎるのだ。だからこそ1Rにはその「優しさ」につきこまれ隙が生まれ、そこを攻められた。
*** *** ***
「うっ!!」という呻き声が至近距離の未惟奈にはその声を聞いたに違いない。ただ想像どおり伊波の身体はやや九の字に折れただけでダウンには至らない。それどころか、伊波は即座にバックステップして未惟奈の追撃に備えた。この反応が無意識で出るところが伊波の強さだ
しかし未惟奈は追撃すればできたと思うが、深追いをしない。
むしろ未惟奈は後退して距離をとる。そして伊波の動きを鋭い眼光は獲物を睨む蛇のようだった。
この二人の対峙する姿を見て、勝負はあったと俺は確信した。




