彼女の攻撃には、感情が宿る
「もう、なんで私の攻撃が全く当たらないのよ!!」
1分間の組み手を立て続けに20本やって、ことごとく未惟奈の攻撃は俺に捌かれ、何度も転がされて、彼女はついに半ギレ状態になっていた。
未惟奈の攻撃が、ことごとく俺には当たらない。
「翔!! どうしてよ!!」
「だから……」
と俺が言いかけると、すぐさま未惟奈が俺の言葉を遮った。
「また“俺のは武道だから”とか言うの? もうそれは聞き飽きた!!」
「あくまで仮説だけど」
「何それ? 科学者みたいにカッコつけないで!」
未惟奈は、さらに語気を荒げた。
「“それ”だよ、“それ”」
「それ? また何を訳わかんないこと言ってるのよ!」
「その感情だよ」
「感情?」
「おそらく未惟奈は、対戦するときに感情が表に出過ぎている」
「え? 感情? 感情に何の意味があるの? むしろ戦闘態勢なら交感神経が優位になって興奮する方が、人間のパフォーマンスは上がるのが常識でしょ?」
「ああ、それは動物の話な」
「動物? 人間だって根源的には同じでしょ?」
「だったら、わざわざ技術を“道”として学ぶ必要はないだろ?」
「翔? 私ね、そういう抽象的な話で格闘技を神秘的に語るやり方、前から胡散臭くて大嫌いなの」
未惟奈は、あまりに悔しいのか、感情的になって何を言っても聞く耳を持てなくなっている。
俺はずっとこんな調子の未惟奈にすっかり閉口してしまったが、しかし、未惟奈の言うことも分かる。
空手を“格闘技”と呼び、スポーツとして追究すれば、人体の生理学に則ってパフォーマンスを上げていくのが、当然正しい。未惟奈は、きっとその道では誰よりも優れたアスリートの一人であることは間違いないのだから。
「まあ、アスリート一家で育った未惟奈がそういう反応をするのは分かるけど、俺だって未惟奈のために、なんとか理由を説明しようとしてるんだぜ? 少しは謙虚になってくれよ」
俺は閉口しつつも、実はこの手の“気の強い女子”の扱いには慣れている。
話を蒸し返したくはないが、姉の檸檬が未惟奈にそっくりで、とにかく気が強い。
だから俺は、やんわりと相手の主張をしっかり拾い上げ、未惟奈が感情的にならないようコントロールする努力を怠らなかった。
「じゃあ、もっと分かりやすく説明してよ」
未惟奈もさすがに、自分が一方的に感情をぶつけてしまっていることに気付いたのか、不貞腐れつつも、少しずつ俺の話に耳を傾け始めていた。
「未惟奈も分かってる通り、俺は未惟奈の動きを目で捉えてから反応しているわけじゃない。人間の反応時間なんて、どんなに鍛えたってたかが知れている。前にディフェンスが上手いボクサーが反応実験をする映像を見たことがあるけど、反応時間は一般人とそう変わらないという結果だった。分かるよな? この意味?」
「それなら知ってるわ。タイ人のボクサーの実験よね? あの映像の結論は、“反応”じゃなくて“予測力”がずば抜けているから、相手の攻撃を避けきれるって解説していたわ。あなたの場合も、そうだと言うの?」
「さすが、よく知ってるな。それもあるかもしれない。でも俺の場合は、たぶんそれだけじゃない。常人離れした未惟奈の攻撃を、すべてに反応できる理由にはならないと思うんだ」
文句を言いつつも少し興味が出てきたのか、未惟奈は俺からの言葉を待っていた。
「さっき言いかけた通り、未惟奈は感情を攻撃に乗せ過ぎている。だから未惟奈と対峙すると、未惟奈の攻撃対象が俺に届くより前に、凄い圧を感じる」
「圧? なにそれ?」
「分からない。でも、未惟奈の拳や脚には、おそらくそういった何かが宿っている」
俺がそこまで言うと、また未惟奈の顔が怪訝な表情で歪んだ。
「いくらなんでも、そこまで曖昧な話をされても、全く説得力はないわね」
「だろうな。でも俺は、それを捌く側の意見として、かなりの確信を持ってそう感じている」
俺は俺で、言葉にすると極めて曖昧だが、そんな感覚があることは、確固たる自信を持って言い切れた。
言葉でそもそも伝わるはずがないのは、端から分かっている。
でも俺は、自分の中にある確信から、未惟奈の視線を外すことなく、そのブルーの瞳を受け止めていた。
「分かったわ。とりあえず、今日のところは翔の話を半分信じておく」
「半分かよ?」
「それはそうよ? そんな話を、アスリートの私が簡単に信じるわけにはいかないでしょ?」
「まあ、確かにそうだな」
「半分信じただけでも、感謝してほしいわ」
「またその自分本位な物言い。言っておくけど、これは未惟奈のために必死に絞り出した俺の意見だぞ?」
「そうかしら? 自分でも案外、そのことに気付いて喜んでいるように見えたけど?」
確かにそうなのだ。俺が今まで、どんなに考えても結論が出なかった答えに、少し近づいた感触を、実は未惟奈との対戦で感じることができたのは、素直に嬉しかった。
「まあでも、これだけ私の攻撃が当たらないのは紛れもない事実。この事実を受け止めないわけにはいかないわ。だとすれば、確かに翔の言うように“仮説を立てて”、それを実証しないといけないのも分かるわ。まあ、翔のトンデモ理論を盲信する気はないけどね」
いちいち嫌味を織り交ぜてくるとは言え、思った通り、未惟奈の頭脳は驚くほどクレバーだ。俺の頭の中で曖昧だったことまで、すっきりと言語化して整理してくれる。
はじめは戸惑いしかなかった“未惟奈との空手練習”だったが、むしろ俺の方が、この後の展開をワクワクする気持ちになっている。
そして――
あんなに文句を言っていた未惟奈も、まるでおもちゃを与えられた子供のように、嬉しさをこらえられない表情をしていた。
フフ、未惟奈も実は、俺に負けないくらい、相当空手好きだな。




