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普通男子と天才少女の物語  作者: 鈴懸 嶺
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もう一つの視点

「薫子、凄かったわね!!」


 春崎は興奮気味に、有栖のセコンドを終えたばかりの芹沢薫子に言った。


 彼女は少しはにかんだ様にほほ笑んだ。


 芹沢は、有栖と一緒に控室に戻った後、少しして俺たちのいるリングサイドに顔を出した。その姿は薄暗い会場にあってトレーナー姿の女子高生にも見えるから、まさかあのワンロップとのシナリオを描いた張本人とは誰も思うまい。


「芹沢さん、思ったより悔しそうではないですね?」


 俺は芹沢の「やりきった」感を漂わせる雰囲気が意外だったのでそう言った。


「そうかしら?」


 芹沢は表情を変えずに口元に少し笑みを含ませて答えた。


「なに言ってんの翔?芹沢さんが悔しがる要素どこにもないじゃない?」


 未惟奈が呆れたように言ったので、俺は不満を含めて言い返した。


「確かに有栖は上出来だったと思うけど、試合には負けただろう?」


 俺がそう言うと試合中にはずっと静かにしていた御影聡一が急に口を開いた。ってかお前まだいたの?


「有栖氏が勝つ可能性はそもそもなかった。それをあの状態まで持ち込んだだけで奇跡ということだ」


 武道・格闘技が素人なはずの御影が、さもしたり顔で妙なことを言う。


「いや、勝てる要素は十分あっただろう?」


 俺は反論した。


 そうだ、俺の見立てでは最後に有栖が色気を出してスキだらけの飛び膝蹴りを出しさえしなければ、十分有栖が勝つ要素はあった。


 でもあまりに自信満々で言う御影に今一度尋ねる。


「なぜ、そう思ったんだ?」


「俺は攻防技術のことは、神沼やウィリス君ほど分からない。でも生命力ともいえる気の力は、有栖氏のが極端に枯渇して、ワンロップのにはまだまだ余力があった。あの差は技術で埋まるとは到底思えなかったのさ」


 想像通りといえば想像通りの「気の話」だったが、なんとも理解しがたい。


「なんか御影くんって、凄いよね」


 御影の話を聞いた芹沢は目を丸くして感心していた。芹沢が「凄い」と認めたということは、芹沢も御影と同じ「見立て」をしていたといことか。ホントなんなの?御影って?




 ここで未惟奈が別の話で口を挟んだ。


「翔?私と芹沢さんの試合覚えている?」


「あの引き分けたスパーリング?」


「引き分けてないけど?!……まあ、それはいいわ。そうよあのスパーリングよ」


 そこまで聞いた俺は「あ!」と思った。


 あの時、芹沢が未惟奈に放った攻撃は、未惟奈の蹴りと相打ちになったオーバーハンドのカウンターパンチだった。それは計算しつくされたギリギリの攻防だが、思い返せばラストにワンロップが放ったパンチと芹沢のパンチのシルエットと重なった。


「まさか、あのパンチをワンロップに出させる作戦だったのか?あそこで有栖があの負け方をすることまで芹沢さんは分かってた?」


 ニヤリと口角を上げた芹沢の微笑に一瞬、ゾッとしたが。同時にそれが「真実」であることを俺は理解した。


 やっぱり芹沢はとんでもないモンスターだ。


 もし芹沢がワンロップと対戦しても、きっと芹沢が勝ってしまうのではないか?という気がする。そんな想像すらしてしまった。


 ここから芹沢はゆっくり話し始めた。


「有栖君は、私の作戦通りに動いていた。彼はああ見えて言ったことをすぐに実行できる才能があるの。だから今回、最後まで私が思い描いた通りに動き続けることができた」


「でも途中で作戦とか、変えたよね?」


 未惟奈が突っ込んだ。確かにそうだ。リングサイドから遠目に見えたセコンドでの有栖と芹沢のやり取りは濃厚なものだった。芹沢の話に耳を傾けては頷く有栖の姿は印象深く覚えている。


「ええ、もともといくつかのパターンは想定してたけど、試合は水物だから思い通りにはならない。だからラウンドごとに作戦は変えた」


「でもさっき薫子は、ラストは思い描いた通りだって言ったわよね?まさか有栖君にKOされて来いっていったわけじゃないでしょ?」


 さっきからの芹沢の言動に驚きを隠せない春崎は芹沢に問う。


「もちろんよ。でも2R終わって時点で……そう、さっき御影君がいったように有栖君の気のパワーが枯渇してしまった。これはスタミナの話ではないの。相手に有効打を与えるだけの力といったらいいかしら」


 格闘技がフィジカルの賜物と思っている人間には俄かに信じがたい芹沢の説明だが、俺も芹沢から大成拳を習ったので言わんとしていることは分かる。ただ筋力やスピードの話ではなく、相手を倒すための一撃にはそれ以外の「ある力」がいる。


「飛び膝蹴りなら倒せるかもしれないとでも言ったの?」


 未惟奈が目を細めて、探るように言った。


「ええ、その通りよ。でも倒されるリスクが高い事は伝えた。でも、あそこで有栖君が仕掛けなくてもラストラウンドはワンロップに捕まって倒されるとも話したの。だからそれを踏まえてあそこで仕掛けたのは有栖君の意志」


 格闘技だけの視点に立てば、あのラウンドは有栖が逃げ切れると判断するだろう。しかし御影が指摘したような「気の観点」をプラスすれば、ワンロップに捕まってしまった可能性が高いか……か。


「でも最後、有栖が会場の空気を全部持って行ったのは想像していなかったですよね?」


 俺は念のため芹沢に確認した。そこまで想像していたとなればそれこそ恐ろしい。


「いや、神沼、それは俺でも分かったぞ」


 また御影が口を挟む。


「は?なんで?」


 俺は傍若無人な御影の言動に少し苛立ちながらそう返した。


「会場の空気感は有栖君に吸い寄せられていたわよね。つまり皆心の底で有栖君を応援し始めていたんんじゃないかしら」


 確かにそうかもしれない。体格的には勝っていようとも、圧倒的に不利な戦歴とルールにも関わらず、ワンロップをあわよくば完封するかもしれないまでに有栖は追い込んでいた。その「胸熱」な展開に乗らない観客は確かにいない。


 俺は芹沢とそして御影の話を聞くにつけ、まだまだ武道格闘技視点でした試合を見ていないことを痛感した。空手歴が長い俺からすれば当たり前でが、ギリギリの試合をするなら「この視点」は冷静に持っておくべきだと今更ながら思った。

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