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普通男子と天才少女の物語  作者: 鈴懸 嶺
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気付いたこと

 俺は姉の檸檬の件で一旦は動揺したものの、洗いざらいぶっちゃけたお陰で、未惟奈の前では開き直ることにした。


 だからその後は、未惟奈の指導に集中する事が出来た。


 さて……


 未惟奈の身体能力、分析力……どこを見ても、天才的だ。


 そんな未惟奈でも、俺に教わるメリットを確信しているらしい。


 だから、甚だいい加減な気もするが「未惟奈がそういうのなら、そうなのだろう」と思うことにした。俺はあれこれ考えずに”俺のやり方”での指導をするしかない。


 未惟奈との対戦はほんの数秒で終わったから、俺の中ではまだ彼女の実力がいまいち計り知れない。だから彼女の空手を知るためにもう少し彼女と手合わせをすることにした。


「いきなりだけど、組手でいいか?」


「まあ、そうね。私もそう思っていたわ」


 いきなり組手をやる事に全く驚きを見せない未惟奈に俺は少し驚いたのだが、まぁ未惟奈ならある程度、俺のそんな提案も想定済みだったのかもしれない。確かに未惟奈相手に基本稽古からスタートしても仕方がない。まずは拳をまじえてから……ということだ。


「じゃあ、未惟奈の実力を感じたいから軽いマスじゃなくてガチの組手でいいか?」


「翔?”未惟奈を感じたい”とか”マス”とかいろいろいやらしく聞こえるんだけど?」


「んな訳ないだろう!!」


 それほど広くない空間で”美少女”未惟奈と二人でいるからといって、無意識に俺が突然本能をむき出しのワードを出してしまったのか!?なんて一瞬思ったが、そんなわけあるかい!!


「なに慌ててんの?翔って結構”真面目”だよね?」


「人が真面目に教えようと知るんだから茶化すなよ?全く」


 俺は無駄に動揺してしまったことを自分でも少し恥ずかしくなってしまった。


「試合形式でガチ組手やるってことでしょ?」


 未惟奈は表情が急に鋭さを帯びた。


「そういうことだ」


「へぇ、偉そうに……でもそれならマスの方がいいんじゃないの?」


 マスとはマススパーリングのことで、もともと”当てないスパーリング”ってことなんだが、「マス」と言いつつ最終的にはバチバチなガチ組手になるのは道場あるあるである。


 だから、一発の攻撃力がありすぎる彼女と対人練習をするならガチの組手よりも『マス』をやりながら沢山の技を引き出しつつ、それなりにバチバチ打ち合うのがベストだろうとも思った。


 毎回KOされてたら練習にならんからね。


 だが俺は、もう一度未惟奈の本気の攻撃を受ける必要性を感じていた。むろんKOされるリスクだってある。でもそれを怖れていたら未惟奈を教えるという大役を果たすなど土台無理な話だと思うのだ。


 未惟奈が俺に何を期待しているのかは、今のところ良く分かっていないが、それでも中途半端な想いではとても彼女の期待にこたえられないであろうということはだけは分る。


 しかし未惟奈もこの提案は少し意外に感じたようだった。


「ホントにいいの?本気出して?」


「もちろんさ。」


 俺は全く躊躇せずに即答した。


「へぇ……」


 そう言った未惟奈は口角を上げて不敵な笑みを浮かべた。


 こいつ本気で俺のこと倒す気満々だな。


 しかし


 今の俺はすでに”空手モード”に入ることが出来ている。


「へえ、ちょっとはマシな顔つきになってきたのね?」


 未惟奈は目聡く俺の”スイッチ”が入ったことに気付いた。


 すると……やっぱりきた。


 あの体育館の壇上で感じた、強烈な”威圧感”をまたしても未惟奈は放出しはじめた。


 しかも体育館での対戦でみせたやる気のない”棒立ち”とはうって変わって、未惟奈は両腕をしっかり上げて右前のサウスポーでアップライトに構えた。


 未惟奈のこの構えはもう俺を見くびってはいないということを意味した。だから俺からすれば未惟奈の危険度は体育館の時よりも格段に上がったと言って間違いない。


「とりあえず1分でいいよな?」


「ええ、そんなに必要ないと思うけど」


 少し冗談交じりにそう言った未惟奈の言葉を受けて、俺はスマホのタイマーをスタートさせた。


 俺はいつも通り、オーソドックスの左構え。後ろ足加重の後屈立ちで、しかも肩幅以上のスタンスをとる。これは今時の競技空手しか知らない人には異質に映る変則的な構えだ。


 ――二人の距離はまだ遠い。


 でもこの距離は相手が未惟奈の場合、決して安心できる距離でないことは前回の対戦で充分に分っている。


 だから俺は”距離”に最大限の注意を払い、特に未惟奈の美しい二つの青い瞳を凝視して少しの動きも逃さないよう意識を集中した。


 そして……


 未惟奈が突然動いた。


 前と同じだ。


 これだけ距離に意識を置いても、気が付くと未惟奈は瞬間的に俺の目前に迫っていた。


 未惟奈のすさまじい踏み込みスピードは変わっていないが、未惟奈の上半身が若干前回より前傾していたことを俺の意識が認知する前に”俺の身体”が見逃さなかった。


 そして前回とほぼ同じ光景が目の前で起こっていた。


 未惟奈は体重の乗った右前足を俺の左前足に足払いされて転がった。


 しかし未惟奈は一旦はバランスを崩したものの、美しく床で回転してまるで床運動の演技のごとく何事もなかったかのように立ち上がってきた。


 しかしそこには”信じられない”とばかりに俺の顔を睨みつけ、悔しさに唇をかむ未惟奈の顔があった。


「翔?なんで?」


「いや、なんでと言われても」


「どこで分った?」


「え?何が?」


「だから私の攻撃」


「ああ、それは分らんかった」


「はあ?またあなたはそんなことを言う訳?」


「だって事実だから仕方ないだろ?」


「翔はどこかのタイミングで私が前足加重の”突きで来る”のを見切ったよね?だからこそ体重の乗った前足を払った。そうでしょ?」


「さすが未惟奈。分析が早い」


「ふざけないで!」


「ははは……。そうだな。俺の前足が”そう反応した”ってことはそうだと思う」


「”だと思う?”って、なんなのその答えは?」


 また未惟奈と話がかみ合わない。でもおそらく未惟奈も薄々気づいている。


 技こそ違え、体育館と同じことが再現されてしまった。


 未惟奈は俺の動作を俺以上にしっかり分析できている。にもかかわらず、転がされるのは未惟奈本人。


 つまり”なぜ俺が反応できている”ということが理屈に合わない。


「つまり俺は”見て”は反応していないってことだろ?身体が感じた通りに俺の身体が勝手に動いているだけだ」


 むろん未惟奈はそんなことには気づていると思うが。俺は俺で思った通りのことを言ってみた。


 未惟奈は難しい顔で少し考えた素振りをした。


 でも未惟奈は何かを悟ったように諦めの表情で応えた。


「翔的に言えば、”その辺が”スポーツではなくて武道って話になる訳?」


「まあ、雑に言ってしまうとそうかな」


「全く。そんな煙に巻くような話じゃ分らないわよ」


 確かにそうだな。こればかりは理屈ではない。


 でも俺にはそうとしか説明できない。


 しかし俺は俺で今の未惟奈との対峙を通じて”ある可能性”に辿りつくことができた。


 それが正しいとすると……


 未惟奈の攻撃は決して俺には当たらないかもしれない。

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