表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
普通男子と天才少女の物語  作者: 鈴懸 嶺
109/135

小さな弾(たま)

 芹沢は何かに打たれたように後ずさりして、顔面が蒼白になった。


 それを真横で見ていたはずの俺と未惟奈は何が起こったのかさっぱり理解できていない。


 店内には、まだ残るこの店独特の激辛スープの香りと、その中でにっこりと寛いでいる祖父がいる空間は俺にとってはいつもの「穏やかな空気感」にしか感じなかった。


 だからこそ常に冷静で表情の変化をめったに見せない芹沢が見せた、「らしからぬ」様子が極めて異質に見えた。


「芹沢さんどうしたの?」


 いつもは状況把握が驚くほど速い未惟奈が、眉間に皺をよせ怪訝な表情で問うた。


「いやいやすまなかったね」


 そう未惟奈の問いに答えたのは芹沢ではなく、祖父の方だった。


 現役時代「小さな巨人」と言われた祖父は、当時でも身長157cm、体重58kgとフルコンタクト空手の選手としては際立って小柄であった。それが齢70歳を過ぎた今、どこにでもいる「小柄なおじいちゃん」にしか見えない。


 そしていつもの祖父がそうであるように、満面の笑みを崩さずにいる。


 だから芹沢の「らしからぬ驚愕の顔」と、祖父が見せる「普段通りの笑顔」という正反対のリアクションから受ける違和感が半端なく気味悪かった。


 俺は祖父のその返事を聞いて「祖父が芹沢に何かをした」ということは理解した。しかし、具体的に何をしたかたは微塵も気づけていない。


 芹沢に目をやると、静かに息を吐きながら、まだ表情に緊張が残っていた。だから俺は考えるより先に口を開いた。


「おいおい、初対面の若い女性をここまで怖がらせるなんて何やってんだよ!?」


 俺は場の空気を少しでも和らげようと「おどけた調子」で祖父にそうツッコミをいれてみる。


「え?おじいさんが何かしたの?」


 今の俺の言動に未惟奈が祖父に「ため口」で疑問を投げる。


「この様子だとそれしかないでしょ?」


 俺は「呆れる」ようにまた「試す」ように「ジト目」で祖父を見やった。


 さすがの祖父も「ばつが悪い」と感じたのか、肩を竦めながら「ごめん、ごめん」と謝った。


「はじめまして。遠くからようこそおいでくださいましたな。私は翔の祖父の鵜飼貞夫といいます。翔がいつもお世話になっています。……そちらの青い目の綺麗な方が未惟奈さん?そしてそちらのお美しい女性が芹沢薫子さん……でいいのかな?」


 改めて祖父がそんな挨拶をした。


 反応の速さでは世界一?の未惟奈は間髪入れずに……


「はい、ウィリス未惟奈です。翔くんの彼女です」


 祖父にその綺麗なブルーの瞳を真っすぐに向け、未惟奈はそうきっぱり言いきった。いや言ったね~『彼女』って。男前すぎるね、相変わらず。


 そんな未惟奈の態度を見て、祖父の柔らかい表情がさらに緩んでことさら嬉しそうだった。


 そして……芹沢は大きく深呼吸してからようやく口を開いた。


「はじめまして。芹沢薫子です。祖母の李永秋から澤井先生と、そのお弟子さん、つまり鵜飼先生のことは聞いておりました。お会いできて光栄です」


 まだ緊張の表情が抜けていない。


「だからじいさん?何やったんだよ?」


 「自己紹介」はしたが、その説明がない。だから俺は再度、そう問いただした。


 しかし、端から見ればこれは極めておかしな問いかけだ。俺たちはただ店内に入り、祖父は椅子に座ってただ俺たちの方に顔を向けただけだ。


 時間にしてほんの数秒。その数秒の間に芹沢の様子がおかしくなった。


 起こったのはそれだけ。祖父は外見上、何もしていない。


「翔、そんな怖い顔するな。李永秋先生のお弟子さんというから……ちょとな。ぜんぜん驚かすつもりはなかったんだよ」


「は?芹沢さんの様子を見る限り少しも『ちょっと』というレベルじゃなさそうなんだけど?」


 俺は身内の責任として少し強めに祖父にそういった。


 祖父は、困った顔になってしまった。……そうだ、少しは困ってもらわねば俺も困る。


「翔くん、大丈夫よ」


 祖父の慌てる顔を見て、芹沢が慌てて口を開いた。


「で、芹沢さんどうしたのよ?」


 未惟奈が再度同じ質問をした。


「ええ、一瞬、胸に銃弾を撃ち込まれたと思って」


「はあ?銃弾?!何それ?」


 未惟奈は眉間に皺をよせながら強い口調でそう返した。


 俺は芹沢と祖父の顔を交互に見て両者に説明をもとめた。銃弾とはあまりに穏やかではない。


 祖父はさらに困った顔をしながらようやく口を開いた。


「いや、ちょっとだけ小さな気のたまを投げてみたんだが」


 祖父が言うと、すぐに芹沢が後を継いだ。


「確かに小さかったけど、ピンポイントすぎて受ける衝撃は凄かったわ」


 芹沢は苦笑いをしつつ応えた。


「小さすぎるから私たちはそれに気づけなかった訳ね?」


 未惟奈が鋭いことをいった。そうだ、俺と未惟奈は少なからず芹沢から大成拳の指導を受けて「気の感覚」を感じる能力身についていたはずだった。それなのに俺と未惟奈は全く祖父の「気のたま」に気づけなかった。それが芹沢曰く銃弾を思わせる程に凄いものだったのに。


「未惟奈さんは察しがいいね」


 祖父が少し驚いたそう言った。そしてそれに続く未惟奈のセリフはおおよそ予想ができていた。


「いえ、私は普通ですよ。翔が鈍いだけだから」



 はいはい、そうですね。これについては全く反論しない。


「ささ、どうぞ、狭いですけど適当なところにおかけになってくださいな」


 のっけから「どうなること」かと思ったが、俺たちはようやく落ち着いて席に座ることにした。


 さあ、詳しい話を聞かせてもらおう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ