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普通男子と天才少女の物語  作者: 鈴懸 嶺
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俺もアスリート?

 眠い!……圧倒的に眠い!


 年が明けて初登校の日。休み中に生活のリズムが崩れてしまったことも大いにあるのかもしれないが、きっと原因はそれだけではない。


 少なくとも最近は、未惟奈ノートの作成もひと段落したので睡眠時間は十分足りている。その睡魔の原因は間違いなくウィリス父の指導の下スタートしたフィジカルトレーニングだ。


 今までウエイトトレーニングを避け続けてきたつけを一気に取り戻すかのような、筋トレ素人の俺からすれば「あり得ない」程の地獄のトレーニングを連日課せられている。


 筋肉が肥大するというメカニズムは、一旦筋肉をウエイトトレーニングで痛めつけて「壊して」、それから超回復をして増大する過程で筋肉が増量していくらしいのだが、そのためには「睡眠」がとても大切と言われる。


 だから毎日、毎日超回復に必死な「睡眠」を俺の身体は強要してくる。だからとにかく眠いのだ。


 底冷えする体育館で震えながら始業式をなんとかやり過ごした後は、教室に戻り、担任からの簡単な報告事項だけですぐ解散となった。今日もこれから「彼女(かのじょ)の家」という名のトレーニング施設に直行だ。だから俺は教室で未惟奈を待っていた。しかし教室の暖房が効きすぎていたのか、その心地よい暖で、俺はついに眠気に耐えられず机に突っ伏して眠ってしまった。


 どれくらい経ったのだろうか?シトラスの心地よい香りが鼻腔を刺激して俺は少しずつ意識が戻った。目を開けるとその心地よい香りの主である未惟奈が、俺の前の席に反対に座ってしかも俺が突っ伏した机に両肘をついて退屈そうにスマホをいじっていた。


 その距離が近すぎて俺は眠気が一気に吹き飛んだ。


「あ、悪いな……どうも眠くてな」


 言いながら、突っ伏してた顔を上げると、ドアップの未惟奈の顔と目が合った。


 未惟奈はその超至近距離に少しも動揺もせずに、むしろさらに顔を近づけてきた。一瞬キスでもするのかと焦ったがどうやらそうではないらしい。


「翔?随分クマが出来てるけど……ちゃんと睡眠とってる?」


 至近距離で俺の顔を舐めるように観察した未惟奈は、そんなことを言った。未惟奈はここ最近、つまり俺がウィリス父のトレーニングを始めてから俺の体調のことをことさら気にするようになった。「私もサポートする」と当初から言っていた意味は、おそらく一番一緒にいる時間の長い未惟奈が俺の体調をしっかり確認することなのだ。


「ああ、だから今もこうして合間を縫ってしっかり睡眠時間を確保してたところさ。偉いだろ?」


 そう軽口を叩きながらも、数センチも離れていない未惟奈の顔から上体を後方へ動かしつつ「動揺」を悟られない距離まで顔を移動させた。


 いやいや、これは俺がシャイすぎるということではなくて、未惟奈の整い過ぎたアップに心地よいシトラスの香りがプラスされたら、それがどれほどの破壊力があるか想像してほしい。とても健康な高校生男子が冷静でいられる状況ではない。


「何照れてるの?」


 さすが未惟奈はそんな俺の動揺をあっさり見破り口をへの字にして呆れ顔になる。


「いや、照れるだろ」


 俺も開き直る。


「なんでよ?もう毎回、毎回。こんなんならいっそのことさ……」


 そこまで言った未惟奈は黙ってしまった。


「ん?いっそのこと、何?」


「な、なんでもないよ!」


 そう言った未惟奈の頬が少し朱に染まっていたのを見て俺は何となく未惟奈が言おうとしたことを理解した。


 いやいや、何を言おうとしてるんだよ全く!?


 俺も未惟奈につられて顔が熱くなり、それに気づいた未惟奈もさらに赤くなる……というバカップルの無限ループ突入。


「さ、帰ろう」


 照れ隠しに俺はなんとかそれだけ言って、立ち上がった。


 スタスタと先に歩き出すと、未惟奈も後からついてきて俺の左横に並んだ。すると未惟奈はナチュラルに手を握ってきた。


「うえっ!」


 俺は驚きのあまり変な声が出てしまった。


「もう、そういう反応やめてよ」


 未惟奈は眉間に皺を寄せて、割とマジに不快感を顕にした。俺はその未惟奈の表情を受け咄嗟に「悪い」と言って、勇気を振り絞ってその手を握り返す。


 どうもクリスマスが終わってからの未惟奈がする態度の変化に戸惑うばかりだ。

 

 校門を出るまですれ違う生徒は、一様に俺と未惟奈が繋いだ手に視線を落としては「ちっ」とばかりに舌打ちが聞こえてきそうな顔をした。男女問わず。いやいや女子もってところが何とも怖いんだけど……。


 さて、自意識過剰な俺は校門を出てようやく一息付けた。


「そういえばママの食事はどう?」


未惟奈が俺を覗き込むようにしていった。


「それはもちろん文句のつけようがないでしょ?」


 そうなのだ。なんとウィリス父にフィジカルトレーニングを指導されつつ「食事も大切なトレーニグの一部」と説得されて俺の昼食と夕食は「聡美ママ」特製の「筋肉増大メニュー」を食べる羽目になっている。


 頂いておいて「羽目になる」という表現は、大変申し訳ないとおもっているのだが、いや確かに今言った通り「味」は文句のつけようがない。ただやたらと高タンパク質であるのはいいとしても、その「量」が俺の理解を超えていた。


 俺のトレーニング量と目標筋量とを計算するとこれだけの量になるそうなのだが、その前に胃腸がどうにかなりそうだ。


「残さず食べてるの?」


 やはり未惟奈はそのことを気にして俺の体調を気にしてくる。


「ああ、なんとかね」


 言いながら俺はまた「その量」を思い出して顔が苦々しく歪んでしまった。


「まあ、きついと思うけど、それもトレーニングだと思って」


 そんな俺の顔を見て、未惟奈はことさら優しい声音で俺を励まそうとする。


「ああ、それは理解しているから大丈夫だ」


 俺は未惟奈のそんな優しさがなんとも気恥ずかしくもあり、照れ隠しに強がって見せる。そんな俺に態度を見透かす未惟奈はフフと小さく笑いながら続けた。


「でも三か月しかないからね。無理があるのよ。ほんと高野さんてアスリートのこと分かってないわ」


「それって俺もアスリートの仲間入りができたと思ってオケ?」


「そりゃそうでしょ?」


 おお、そうなんだ。アスリートか。なんかいい響きだな。まさか俺に「アスリート」という属性が追加されるとは思ってもみなかった。


 それと未惟奈が言ったように大会の具体的な日取りが決まった。3月25日。なぜこの日かというとチャンプア・プラムックの都合だ。先日行われた、毎年恒例の「大晦日」に開催された格闘技祭りで俺の対戦相手であるチャンプア・プラムックはメインを務めた。そして彼が「三か月間を開ければ試合はできる」と発言したから、俺との対戦日程がその発言に引っ張られて決まったということだ。


 むろん未惟奈も同じ日に伊波紗弥子と対戦する。


 普通のアスリートでも三か月ばかりでフィジカルが劇的に強くなることは難しいらしい。しかしウィリス父は「翔くんを別人に変えて見せる」と自信満々である。おかげで俺はおそらく普通のアスリートのトレーニングをはるかに凌駕する「地獄のトレーニング」をさせられていることになっているということだ。


 だからとにかく身体は休息を求めている。しかし、いつもトレーニングに向かう帰り道、未惟奈はそんな眠気を解消してくれる。でもその「眠気の解消」の原因の多くは未惟奈の「気づかい」というよりは「男子として」色々と動揺させられるから、というのは未惟奈には黙っておかなければなるまい……


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