X'masプレゼント
「何これ?」
未惟奈はすこぶる怪訝な顔をして言った。
俺は「今か、今か」とずっとタイミングを図っていたのだが、満を持してようやく大きなキャリーバッグの「中身」を未惟奈に渡すことができた。
「もちろんクリスマスプレゼントだけど?」
言うと未惟奈にしては珍しく思考停止したのか、顔がフリーズしてしまった。美しいブルーアイと透き通るほど白い肌の未惟奈はこうして表情が消えるとまるで人形の様に見えた。
「え!?……え!?……えええ!?」
しばらくして「人形」から「ひと」の表情に戻った未惟奈は、顔をまっ赤に赤面させて、想像以上の大声でオーバアクションするものだから俺までビビってしまった。
そんなに俺からのプレゼントが想像を超えていたってことか?
心外だなあ~
流石にクリスマスパーティーにお呼ばれして手ぶらはないでしょ?
「わあ~!いいなあ!ねえ、ねえ、私のはないの?」
聡美ママがまたそんなノリで迫ってきた。
俺もそろそろ「この人」の扱い方が分かってきたので
「ないです」
と涼しい顔で返した。
「ずるい!彼女の私にプレゼントはないというの!」
いやいや彼女じゃないでしょ?あなた旦那いるでしょ?目の前に。
そう思いながら苦笑しつつ「目の前の旦那」の顔を見ると、なんとも苦い顔で「申し訳ない」とばかりに俺に「目配せ」をしていた。
いや、なんかウィリス父に同情してしまったよ。
ところで俺が未惟奈に「何を」プレゼントしたかということだ。
未惟奈は、大きく驚いた後に「それ」を見て絶句してしまった。
「か、翔……これって……」
何とか未惟奈がそれだけのセリフを言うと、聡美ママが未惟奈に近づいた。
「え?何それ?」
先ほどの同じテンションで未惟奈に近づいた聡美ママは「それ」を覗き込んだ瞬間に、顔色が変わった。子供っぽい道化のような表情から大人の顔つきに変わったのだ。
ウィリス父は未惟奈と聡美ママの態度を不審に思ったのか、椅子から立ち上がって「それ」を覗き込んだ。
そしてウィリス父は、驚きの表情と共に、「それ」に顔を近づけては穴が開くほどに睨みつけていた。
「俺にしては、なかなかいいプレゼントだろ?」
俺はここまでのリアクションをされることは想像していなかったので、少々照れ臭く、そんな軽口をたたいた。
俺はさっき「クリスマスプレゼント」といって未惟奈に渡したが、実際には「彼女へのクリスマスプレゼント」というには程遠い代物だ。たまたまタイミングがクリスマスだっただけで「そういう体」にはなっているが、これは俺はいずれ未惟奈に渡すつもりでいたものだ。
「そのプレゼント」とはつい先日から睡眠時間を削ってまでして仕上げた未惟奈との対戦をまとめた「空手考察」のノートだ。クリスマスプレゼントにしてはあまりに味気ない。
このノートには過去、未惟奈と組手で対戦した全ての攻防についての詳細な考察が「全図解入り」で書き入れてある。その冊数は結局20冊にもなってしまった。随分と未惟奈とは対戦したものだ。だから今日、大きなキャリーバッグが必要だったのはもちろん「お泊り道具」が入っていたわけではなくこの20冊のノートを持ってくるためだったのだ。
「か、翔は、毎回こんなノートをつけていたの?」
未惟奈は未だ興奮冷めやらぬといった感じで口を開いた。
「いや、毎回つけていた訳じゃなくて……未惟奈が俺のために色々考えてくれているのを見て俺も何か未惟奈のためにお返ししたいと思って、最近一気にまとめたんだ」
「え?私が翔のために何かしたっけ?」
「ほら、黄師範を見て、気を出さない工夫のために随分と奔走してくれたじゃないか」
「まあ、あれくらいは……彼女だから……ね」
照れ隠しに「彼女だから」と言ってしまうあたりが天然過ぎて、なんとも萌死しそうになる。
「翔くん?最近まとめたって言うが、随分と前の日付けの対戦記録もあるけど?」
そんな未惟奈のラブラブモードに破るように、一番、熱心に俺のノートを見ていたウィリス父が言った。
「ええ、自分が対戦した攻防は全て記憶してるので、それは特段大変ではないのですが……まあ将棋の棋譜みたいなもんですよ」
「それはどうなんだ?私に格闘技経験はないから分からないが、皆そんなものなのか?」
ウィリス父は、ノートめくるたびに「信じられない」とばかりに眉を顰めては俺のことをまるで「化け物」を見るかのような視線で見つめた。
「皆、そんなわけないじゃない?こんなこと翔しかできないわよ」
「え?そうなの?未惟奈もできそうじゃないか?」
俺はそう未惟奈に返した。
「ムチャ言わないでよ。私もそういった分析は得意だけどここまで詳細に全ての攻防を記憶してなおかつ考察するなんて無理よ」
「いや、これは驚いたな。翔くんにこんな才能があったとは」
ウィリス父が想像する以上に驚いてしまっていることに、むしろ俺が逆に驚いてしまった。そんな大したことなのか?まあウィリス父がいうのだからそうなのかもしれないが?
すると未惟奈は、ずっとノートを一冊づつ手にとっては丁寧にページをめくっていたのだが、途中で下を向いてしまい、どうにも様子がおかしくなった。
俺は不思議に思い「どうした未惟奈?」と言おうと思ったが、咄嗟に口をつぐんだ。なんとその開かれたノートの上にポタポタと涙が落ちていたからだ。
俺はなんと声を掛けてよいのか分からなくなり、ただただ黙ってしまった。
「良かったねえ……未惟奈ちゃん」
未惟奈に寄り添うようにいた聡美ママは未惟奈の頭を撫でながら、優しく未惟奈の耳元で囁いていた。
「翔ありがとう」
濡らした涙が、より未惟奈のブルーの瞳を美しく見せていた。その涙を隠すことなく未惟奈はその美しい瞳を俺に向けていた。
こんな中途半端な俺だけど、今まで俺が見た中で一番美しかったその顔を俺はできる限りの笑顔で受け止めた。




