二つの指摘
男女共学の高校なら放課後に女子と二人で帰るということは、そう珍しいことではないのだろうと思う。
ただ相手がウィリス未惟奈と二人となれば話は別だ。
校門を出てからというもの、俺と未惟奈の姿が視界に入る帰宅途中の生徒全員、皆が皆驚いている。
俺はあまり人の目を気にする方ではないのだが、さすがにこの状況の居心地の悪さと言ったらない。
しかし未惟奈は全く気にする様子もなく、まださっきの話しの余韻からなのか上機嫌のまま俺にあれこれと話しかけてきた。
「ところでさ、翔も少しはウェイトトレーニングした方がいいと思うけど?」
先の保健室で未惟奈の父、エドワード・ウィリスからいきなり”君はトレーニングをしていないな”と指摘されたが、俺は”その必要はない”と言い切った。
未惟奈はそのことを言っている。
「だから、やらないって言ったろ?」
「それは前に聞いたわよ。でも、聞いても敢えて助言してるの」
「はは、助言ね。確かにさっきの話で俺はずいぶんと未惟奈を見くびりすぎてたことを痛感したよ」
「でしょ?私がまだ15歳だからとか、女子だからとか……翔の判断だってそんな”色眼鏡”で私を見てたってことよね?」
「いや、俺の場合は充分、未惟奈の凄さは分っているつもりだったけど、それでもまだまだ足りなかったという感じだ。決して若いからとか女子だからという理由で侮ったつもりはないぞ?」
「--そ、そうなんだ」
俺がそこまで言うと、未惟奈は”らしくなく”照れたように小さく応えた。やっぱりこんな未惟奈でもそう言った色眼鏡で見られていることに心を痛めることもあったのだろうか……
「でもだからと言って、俺の空手にまで口を出されるとなると話しは別だ。第一俺がウェイト・トレーニングなんてやったら俺がやってきたことが土台から否定されることになる」
「ふーん、やっぱそうなんだ」
「え?やっぱり?」
「そう、実はその辺の話しを詳しく聞きたくて、ワザとかま掛けて聞いてみたの」
「おいおい、そういうかけ引きは止めろよ?」
「フフ……いいでしょ?で、翔はなんでウェイトしないの?」
「だから”技のため”って前もいっただろ?」
「ええ、それは聞いた。でもそれでだけで理解しろなんて乱暴すぎるでしょ?第一、翔だってそれで伝わってるなんて思ってないんでしょ?」
まったく、全部お見通しか。
そうだ、これを簡単に説明しろなんて無理な話なのだ。
特にスポーツに”どっぷり”と浸かってしまった未惟奈は最も理解を示してくれない気がする。
でも、俺の中で”未惟奈に理解してもらいたい”という願望が少しだけ芽生えているもの確かだった。
でもそれはきっと言葉で説明しきれるものではない。幸か不幸か、俺は未惟奈に空手を教えることになったのだからそれを理解してもらう機会はきっとあるはずだ。
「まあ、それは慌てることもないだろう?これから俺が空手をじっくり教える訳だし?」
「あ、なんか急に偉そう。さっきは真っ青な顔してブルブル震えてたくせに?」
「お、おまえはまた」
「ほら、また”おまえ”って言った!」
「あ、ああ……」
ったく。またこれだよ。もう未惟奈に口げんかで勝とうなんて思わない方がいいな。少なくとも俺の立場としては空手の技術さえ勝てていればいいのだ……って勝ってるんだよな、俺?
…… …… ……
「あれ?--翔?」
突然、俺らを追い越そうとした女子学生が声を掛けてきた。
「え?どうなってんの?翔……あなたたちがなんで仲良くなってんの?」
そしてその女子学生は俺と未惟奈の顔を交互に見ながら驚きの表情をした。
俺は咄嗟に”しまった”という表情を露骨にしてしまったのを未惟奈に目聡く見られてしまった。
「翔?……誰?」
未惟奈は、まるで自供を迫る刑事のように鋭い視線で俺を見据えた。
「あ、いや……」
俺は咄嗟のことで口ごもってしまったので、益々未惟奈は不信な顔になる。
俺を”翔”と馴れ馴れしく呼ぶ女子高生は、一瞬金髪かと思う程に薄い茶色の髪が印象的で、ちょっと目つきはキツメだが異様に整った顔立ちをしていた。
身長も確か俺と同じ175㎝と言っていたから女子高生としては長身で、しかもスタイルがまるでモデルのように均整がとれており、男子生徒の間では”マドンナ扱い”をされるほどに人気がある。
「ああ、ウィリス未惟奈さん。はじめまして、神沼檸檬……翔の姉です」
「お、お姉さんですか?……なんかすごく美人」
「あら、それはどうも」
俺の一つ上の姉、神沼檸檬は未惟奈がお世辞ではなく本音で驚いたようにそう言ったので満足げにニコニコした。
「そういえば、あなた達が”いがみ合っている”って学校で噂になってたから心配してたんだけど。その様子ではそうではないみたいね?」
お姉さん?私達メッチャいがみ合ってましたよ?翔って結構怒りっぽいですよね?」
「翔?あんたバカなの?」
「ですよね?今朝も、さっきも喧嘩しましたから」
檸檬は俺にいつものように目ヂカラ半端ない視線をおくって”なにやってんのよ”と口パクしていた。
「翔?未惟奈さんと話せるだけで奇跡なんだからね?もっとこのチャンスを大事にしなさいよ?」
「な、なんのチャンスだよ?」
そう俺が言うと急に檸檬は俺の肩を”バチン!”と叩いてから片眼でウィインクして意地の悪い笑顔を見せた。
ほらな、こんな展開になると思ったんだよ。
「じゃあ、私は先行くから……じゃあね、未惟奈さん」
”お姉さんは気を利かせて先に行くから”的な仕草見え見えで檸檬は早足で去ってしまった。
はあ、いぎなり疲れたよ……
「翔?」
「なんだよ?」
「私、色々分かっちゃった」
俺はまた未惟奈の鋭い視線に、背中からゾワリと寒気が上がった。
「な、なにをだよ?」
「一つ。翔がなぜ私をあまり特別扱いしないのか?」
「はあ?なんだそれ?充分特別扱いしてるだろ?」
「してないでしょ?その言い草がそもそも国民的アイドルに向ける言葉でないでしょ?」
「自分で言うなよ……全く……で、どう言う意味だよ?」
「翔は毎日、目の前に檸檬さんがいるから美人耐性ができている」
「はあ?」
実は俺もそれは考えなくもなかった。俺は及川護によくこんな指摘をされる。
護はよく「あの娘はどうだ」「この女性はどうだ」と、すれ違う女子生徒、女子大生、OLまで片っ端から容姿のチェックをしたがる。まあ普通の男子高校生はこんなものだとも思うが、いちいち興味を示さない俺に及川はいつも最後にこう言う。
”お前、檸檬さんを基準にするな?あの人は特別だからな?”
そうだな、たぶんこの未惟奈の指摘は正しいかもしれない。
「--それともう一つ」
「まだあるのか?」
「ええ、これは私しか気付かないだろうな」
俺はやな予感がして、口の中が渇くほどに緊張してしまった。
「翔、檸檬さんのこと”女性として”好きだよね?」




