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神獣の執刀医 Case1  眼科医クローディア・リドリー「キュクロープスに対する水晶体再建術」3

だーかーらー、切除しちまえって言ったのに……。

「カプシュロレクシス鑷子(せっし)」を取り出しつつ自らの不幸を嘆く。


先端がL字に曲がったピンセット「カプシュロレクシス鑷子(せっし)」は水晶体(すいしょうたい)を包む前嚢(ぜんのう)と呼ばれる袋を切るためのものだ。

……もはやピンセットではなく工事現場で使用する機材といったほうがいいサイズだが、ウチの医療器具は大体こんな感じ。

幻獣の加護がなければ私には持ち上げることすらできない。

それを目の角膜に開けた穴に通そうとした瞬間、間欠泉の如き水蒸気に体を吹き飛ばされた。


「熱っつ!! なにこれ熱っつ!!」


慌ててOPE台の影に隠れる。内圧に押され自己閉鎖するように角膜は切開してある。

器具を引き抜くことでひとまずは水蒸気の漏出は収まった……ようだが……。


「もー、何? 何なのよ一体……」

「XXXXXXXXX」

「は? レーザーを打つと毎回目が熱くなる? 水晶体(すいしょうたい)の透明度が下がったのが原因か!!」


叫び声を聞いた幻獣が言葉を発する。透明度の低いレンズにレーザー、考えてみれば当然の話だ。

レーザーを凝集させるためには透明度の高いレンズが使用されるが、それでも照射時には吸収されたレーザーの一部が熱となってしまう。

例えば1kgの鉄を融解させる熱量の1000分の1が眼球に与えられただけで人間の眼球は沸騰し、爆発する。

もしこれが白く濁ったレンズであれば眼球内で熱に変換される光量は1000分の1じゃ済まない。

現在キュクロープスの眼球内は煮えくり返っているはずだが、それを温泉程度にしか感じないあたり、腐っても神格といったところか。


「……乳化吸引器(にゅうかきゅういんき)で冷却水を還流させれば行けるかな?」


鑷子を置き、大型の袋を開封する。

中に無菌状態で収まっているのはシャープペンシルを3mぐらいにした金属製の槍。

確かに幻獣医はアスクレピオスの加護で身体能力は強化されている。

されてはいるもののあまりの重さに腰だめに構えるのがやっとだ。


名称を「Jhons&Jhons ブルースター乳化吸引(にゅうかきゅういん)システム」という。

超音波で水晶体を粉砕し吸引するのが目的の()()()()だ。

因みにこの間、風呂場で使用したら浴槽が粉砕され、秘書にド叱られた。

ちょーっと超音波キャビテーションによる自宅でできる簡単マイクロバブルバスの実証実験をしていただけだと言うのに。


繰り返すようだが()()()()である。

ちょっと出力が強すぎて何でもかんでも粉砕してしまうだけのおちゃめな兵器……ではなく()()()()である。


水蒸気の漏出にかまわず兵……()()()()!!を差し込み、冷却水のみを還流させてやる。

ほどなくして水蒸気の漏出は収まりやがて完全に停止した。


「ふぅ……」


思わずため息をつく。

危なかった……治療が遅れていたら眼球が爆発してたかもしれない……。

そうなったら症例報告ものだったな……って何考えているんだ私。


およそこの生物以外に適用できるとは思えない症例報告が思い浮かぶがすぐに頭から振り払う。

「眼球内で水蒸気爆発を来した一例」……どう考えても無意味だ。



-------------------------------------------------------------------------------------



水晶体(すいしょうたい)乳化吸引(にゅうかきゅういん)終了」

「XXXXXX♪」


眼球を冷却させてからの手術は順調に進んだ。

実は白内障手術で患者の目に光が戻るのは手術終了時ではなく、この濁ったレンズが外れたタイミングだ。

数年間視界を覆っていた霧が晴れたのだ。

嬉しいのか幻獣の1オクターブ高い声が響く。


「よし、じゃあレンズを挿入していきます……よおおおおおお!?」


嬉しさのあまり放たれたレーザーが視界を真っ白に染める。

先ほどのレーザーは一条の光であったがゆえに被害は少なかった。

今回は視界に映るすべてが光り輝き、次に目に入った時には燃え盛り緋色に染まっていた。

水晶体(レンズ)の主な作用は光の凝集。

今まで凝集されていたレーザー光が凝集をされなくなったらどうなるか?

当然光は拡散し、あたり一面を焼き払う。


「……ミダゾラム4000A静注。沈静をかけます。」


拡散されたレーザーの一部が手袋(2000円~)、ガウン(5000円~)、人工レンズ(人間サイズで30万円~)を切り裂き森林(5億円~)を全焼させた。

被害総額は天文学的数字になるに違いない。


誰が払うと思ってるんだ!!

そうだよウチだよ!! 赤字決定なんですけど!!


今更ながら半ギレで鎮静薬の投与を決定した。

ちなみにミダゾラム4000Aはざっと50万円。

こんなことになるなら早めに使っておくべきだった……。


「XXXXXXX……」

「ビームが拡散して派手になったじゃないっ!! こっちは命の危機だったよ!!」


のんきな幻獣のセリフに思わず眼球をぶん殴る。

局所麻酔はされているので痛みはない、問題ない。

いや、問題だが目の前の光景と比較すれば微々たるものだ。


怒りを込めつつ注射器を眼球にぶっさし、ヒアルロン酸を眼球内に投与。

人工レンズが入る空間を作り出す。

こんな時だからこそ平常心平常心……やばい、ちょっと多めに入れすぎたかも、まぁいいか。


「いい!? 今からレンズを挿入するけど!! 間違っても撃たないでよ!? 人工レンズで乱反射を起こせば、最悪眼球が吹き飛ぶよ!?」

「XXXXXXXXX」

「フリじゃねー!!」


人工レンズは眼球内で折りたたまれた状態からクラゲが広がるように展開され、突起で固定される。

万が一その途中でレーザーがぶっ飛んで来たら乱反射は必至。眼球内で何が起こるかは想像もしたくない。


ゴクリ……思わず喉が鳴る。

これほどまでに緊張する眼内レンズ挿入は一番最初の手術以来だ。

スポイト……のサイズから大きく逸脱したスポイト?……のような器具を角膜に突き刺し、折りたたまれたレンズを押し出す。


ゆっくりと10秒ほどの時間をかけて巨大なレンズが展開し…………固定された。


「水晶体再建術……終了」



###############診療報酬点数表#################


K282 水晶体(すいしょうたい)再建術(さいけんじゅつ)

 眼内レンズを挿入するもの

  ロ.その他のもの                    17,440点

 特殊臓器温存加算(幻獣特有の臓器を温存する場合)      5,000点

 超超大型幻獣加算(総重量1000000kg以上の生物に限る)   300000%加算

                         計 67,320,000 点


#########################################



「1ヶ月点眼薬使用し、眼球を清潔に保つように」


ガウンをはぎ取りつつクローディアが告げる。

直径5mの眼球もわずか5cm程度の眼球も、今この時その網膜に映るのは同じだった。

真っ赤に燃え上がる森林を見て感じることは幻獣も人も同じ。

……やってしまった。


-------------------------------------------------------------------------------------



1ヶ月後、カリュニー市で数年ぶりとなるお祭りが開かれた。

幻獣が様々な色のレーザーを海の彼方へと放つ。

闇夜を切り裂き周囲一帯を色とりどりに染め上げるそれは、まさしく神の所業としか言いようがない。

若干目がチカチカするけど。


「元々この幻獣様は遠く離れた場所に情報を届ける神様だったんです。」


飲み物を受け取りつつ、修道服の女性の言葉に耳を傾ける。

術前説明のときにも感じたが、彼女が……この街がキュクロープスを慕っていることが節々から感じ取れる。


「技術が進み、今では海底ケーブルや電波で遠く離れた場所に情報を届けることができるようになり、幻獣様の仕事はめっきり減ってしまいました。

それでもこの街が通信産業の中心となっているのは幻獣様がいたからなんです。

年に一度、通信の安全と発展を願って、今でもこうしてお祭りを続けているんですよ。」


受付兼通訳のお姉さんが解説してくれる。


「へー、ただの自衛兵器だと思っていました。」

「まぁ……あの手術の後では、そう思うのもやむなしですね。」


ちょっとだけ毒を含ませてみる。修道服のお姉さんが苦笑した。

渡されたトマトジュースとともに不満も飲み込む。

因みにこのトマトジュースは焼き払われた樹林に海水を引き込み栽培した塩トマトという品種らしい。

術後の後始末について聞いたら、

「あーいいですいいです。ちょうど広い海沿いの敷地が必要だったんですよ。」

と返された。

そしてその結果がこの塩トマトジュースである。

どう考えても災害慣れしている。

なんというか……たくましい……。


「ところで今の光はどんな意味を持っているんですか?」

「「カリュニー市健在なり」です。5年ぶりの通信としてこれ以上に適したものは無いでしょう。」

「まぁ確かに?」

「このお祭りを再び行え得たのもクローディア先生のおかげです。本当にありがとうございました。」

「ふふ、これが私たちのの仕事ですから。」


照れ隠しにトマトジュースを一気に口に含む。甘い、赤い、おいしい。

ところが後味を楽しむ前にプルルルルと胸ポケットからPHSが鳴った。

どうやらお迎えが来たようだ。


「はい……はい……わかりました。すぐに準備します……。」

「お仕事ですか?」

「そうみたいです。」


肩をすくめる。余韻に浸っている暇はないということか。


「カリュニー市を代表して、先生の今後の健闘をお祈りいたします。」

「ありがとう。また何かあったらいつでも受診してください。」


上空からヘリの爆音が近づいてくる。やや離れた広場に大型のヘリコプターが降下しつつあった。

飲みかけのトマトジュースをため息とともに一気に飲み干し、ROA(Rod of Asclepius)と印字された上着をスクラブの上に羽織る。

ヘリの中から放り投げられたヘッドギアをキャッチし、すぐさま装着する。

私の身長にはやや大きいステップに足をかけたところで中にいた東洋系の男性が手を貸してくれた。


「ありがとウジハラ。急患?」

「うちでフォロー中の上部消化管出血。人手が足りないんだ。悪いんだけど手伝ってくれ。」


東洋系の顔立ちの男性がヘッドギア越しに返答する。

ウジハラ・トモマサという名うての消化器内科(しょうかきないか)幻獣医だ。

そいつが電子カルテ用の携帯端末を渡してきた。


「あはは、門外漢過ぎない?」


眼科と消化器内科、人間であれば共同で手術などまずしない。

だが、人数も症例も少ないROAにおいては日常茶飯事だ。


スペシャリスト(専門家)の前にジェネラリストであれ……だろ?」

「そんなことできるのうちの院長くらいだと思うけどね。ところでさ……」

「なんだ?」


レーザー光と液晶にやられた目元を抑えつつウジハラに向けて手を差し出す。


「ブルーライトカットメガネ持ってない? 目がチカチカして辛いんだけど。」


Tips 眼科医は暗い検査室や手術室で延々と細かい作業をしなければならない為、すごく目がつかれるのだ。

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