神獣の執刀医 Case1 眼科医クローディア・リドリー「キュクロープスに対する水晶体再建術」2
世界を作り出した神様は、万能ではありませんでした
神様は未来を見ることができないし、
この世界すべてを見守るほどに器用ではありません
だから神様は自分の代わりに世界を見守る存在を作り出しました
彼らは幻獣と呼ばれ、人の信仰を受け、厳しい自然から人を守りました
そんな神話と人が共生している世界にある日問題が起こります
例えばあなたが朝昼晩食うか寝るかの生活をします
1ヶ月頃にはずいぶんと横に大きくなっていることでしょう
もしそれが10年先まで続いたら……?
それがもし…………1000年続いたら……?
人々が賢くなるたび、幻獣たちの仕事が一つ減ります
いつの間にか幻獣は奉られるだけの存在となり、
結果……大変なメタボになってしまいました……
長い時を生きる幻獣達の体を徐々に病魔が蝕み始めます
苦しみ始めた幻獣を見かねて、一つの仕事が生まれました……
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ふいに体を大きく揺さぶられ、その衝撃で目が覚める。
雲とさざなみが時折白く輝く海と空に珠玉のような建造物が悠然と浮かんでいる。
久しぶりに日の光を浴びて、うっかり戦場で寝てしまっていた様だ。
「お客さん、そろそろですよ。」
私が起きたことに気が付いた、船頭の男性が声をかけてきた。
古来より人や物の中継地点となっていたカリュニー市は、今でもゴンドラが主要な交通機関だ。
ドームやシェルターと形容するべきその建物は、そのあまりの規模のために市街地からは少し離れた海上にそびえたっている。
レンガや木組がメインの街並みから距離を置くことでその違和感は払拭され、緩やかなまとまりを見せていた。
どこかの街に存在するオペラハウスやがそんな感じだと聞いたことがある。
その佇まいはこの場所が一般の人に触れることができない……、しかし人々の生活に密接につながっているという矛盾を表現しているようだった。
そんな不思議な場所に船が接岸する。
船頭の男性に料金を払い、一礼し、桟橋に飛び移った。
平均よりも小柄な私にとって、乗り物の乗降はちょっとしたアトラクションだ。
ふわふわとした感触から一転、しっかりとした反発が来る木の板を2,3回足で小突いてその感触を楽しむ。
「クローディア先生ですね、お待ちしておりました。」
声の発生源をたどるとそこには真っ白な修道服をきた女性が立っていた。
2,3枚、平静という名前の幕をかぶって起立し、正面からしてを見る。
「お疲れ様です。早速ですが、患者様の状態を確認させていただいてもよろしかったでしょうか?」
「もちろんですとも。ありがとうございます。」
船着き場より修道服の女性に案内され、建造物内のエレベーターに通された。
約20階分くらいの時間をかけて登り、ようやくエレベーターは停止した。
「キュクロープス様の居室にはエレベーターホールから直接つながっております。少々びっくりされる方が多いですが、覚悟はよろしいでしょうか?」
「もちろん」
エレベーターホールに通され、そのキュクロープスの居室につながっているであろうドアを開く前に、女性が注意を促してくれた。
患者情報は文章であらかじめ確認済み。
少々大きなクジラというだけだ。どうってことはない。
キィィ……という木細工特有の音を響かせ、大きめの扉がゆっくりと開く。
と同時、巨大な眼球と目が合った。いや、これは目があったのかな?
サイズ的には目と体が合うと言ったほうが正しいような……。
先ほど少々大きなクジラとほざいたアホをぶっ飛ばしたい。
世の中には文章だけでは表現できないものがあるのだと教えてやりたい。
この状況にタイトルをつけるなら……そう「生贄に捧げられる美少女」。
16歳、女性、体調良好。客観的に評価して、肉は柔らかく我ながら食べ頃だと思う。
しかも美少女ときた。これは生贄になってもおかしくない。むしろ生贄にしろ。
「XXXX! XXX?」
眼前の巨大生物からくぐもった地鳴りのような音がひびく。
重低音が部屋全体を振動させる。
耳ではなく体全体で音を聴く。
「やっほー元気ー?と幻獣様はおっしゃっております。」
受付の人が通訳してくれた。全長300mの神様超フランク。
さぁ、覚悟を決めろクローディア・リドリー。
お前は医師であれは患者だ。
まずは基本中の基本。医者たるものまずは患者に名を名乗れ。
様々な思いを頭から吹き落として、背筋をただす。
「はじめまして。眼科専門幻獣医クローディア・リドリーです。」
幻獣医。世界に2000頭弱しかいない幻獣を治療する50人にも満たない医療集団。
それが私の仕事。
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眼球の模型を前に手短に手術の説明を行う。
患者の前に立つときは白衣を着ることが最低限の常識だ。
その下は結構適当。
一応ワイシャツやらネクタイが正装だが、そんな格好まずしない。
下にはスクラブと呼ばれるVネックのシャツを着用し、胸ポケットにはペンライトとボールペン。
と、ここまでは通常の医師でもありえること。
明らかに異なるのはまずその白衣。
通常の白衣と異なり、各所に金属細工があしらっており、布生地も分厚い。
屋外での使用を前提しているためその作りは頑健だ。
続いてミニスカート。これはセクハラまがいの院長命令。
曰く、「お前ら絶滅危惧種より数が少ないんだから、ちょっとは存在感アピールしてこい。」とのこと。
年齢にはふさわしい装いではあるけど、医師としては奇妙かもしれない。
医師のトレードマークである聴診器は、専門領域の都合携帯しない。
「要するに……以前より事あるごとにレーザーをぶっ放していたせいで水晶体……レンズが濁ってしまったのが、視力低下の原因です。」
白内障、経年劣化が進んだ眼球内のレンズが白く濁ってしまう病気。
もちろん加齢だけが原因ではなく、この幻獣キュクロープスの場合はその能力が原因だ。
「XXXXXXXX」
「治療方法は?と幻獣様はおっしゃられています。」
「手術です。濁ってしまったレンズを人工物のレンズに入れ替えます。」
濁ったレンズは取り換えてしまえばいいじゃないという発想の元考案されたのがこの手術だ。
白内障に対してはほぼ唯一の治療方法となる。
「……一つ、提案があります。」
「XXXXXXXX」
「なんでしょう?」
「今回の白内障の原因は幻獣様の特殊能力である眼球からのレーザーです。
すでに不要であるのならば……今回の手術で同時に切除してしまうのはいかがでしょうか?」
キュクロープス固有のレーザー発振器ははっきり言って手術の邪魔だ。
せっかくの人工レンズを入れても、いつ壊れるか分かったものではない……が。
「XXXXXXXXXXX……
「それワシのアイデンティティ全ロストの危機やん……と幻獣様はおっしゃっていおります。
カリュニー市としてもそれは許容できません。
この幻獣の目から放たれるレーザーは崇拝の対象となっており、
年に一度祭りの際にはこれで一発芸をするんです。
それができない幻獣様なんて、飲み会で空気読めない上司と同じです。」
「XXXXX? XXXXXX?」
「え、なに? ワシの立ち位置そんなにヤバイの? ですか………………そういう噂ですよ。本気にしないでください。」
やめちまえ、そんな風習。