6 ミズガルズの赤い輪
ミズガルズの赤い輪
――ゆっくりと降りてきた観覧車のゴンドラに三人で乗り込んだ。
「……おいおい、片側に三人で座るのはきつくないか? てか、ほんと無理じゃないか?」
当然のように二人の少女が、俺を真ん中に挟み両脇へと座ってきた。
「そうか? オレはきつくないけどな」
「私も平気。問題ないわ」
「まあ二人がいいならいいか……」
段々とゴンドラが地上を離れ、上へと昇っていく。
やがてゴンドラは頂点へと差し掛かる。
「おお、見ろよ! あんなに人が小さくなってるぞ!」
はしゃいで飛び跳ねた黒髪の少女のせいで、ゴンドラが強く揺れた。
「お、おい! ゆ、揺らすなって!」
「ん? もっとか?! もっとやってやろうか?!」
焦る俺が面白かったようで、黒髪の少女がさらに飛び跳ねた。
「ば、馬鹿! や、やめろって! ――あっ……」
暴れる黒髪の少女を両手で抑えた。その拍子に、おれは少女に抱きついてしまった。
「ふ、不可抗力! 不慮の事故! 自暴自棄の自業自得だって!」
焦って意味不明の言葉がでてきてしまう。
「い、いま離れるから……ん?」
離れようとした俺を、黒髪の少女が逆に強く抱き返してきた。
「な、何してんだ?」
その問いに抱きついてきた黒髪の少女は、顔をゆっくり上げた。そしてゴンドラの外を指差した。
「観覧車の一番高い所で男女がやることって……あ、あいつらみたいなことするんだろ?」
黒髪の少女が顔を赤く染めた。
少女の指先には、おれ達の後ろからくるゴンドラがあった。
そこに乗っている男女が、いままさに抱き合っていた……
「い、いや……あ、あれはだね! その、なんだ……えっ?」
背中に柔らかい感触が伝わってきた。
「な、今度はキミが、なにしてだ?!」
「これが観覧車のルールでしょ?」銀髪の少女が、俺の背中に抱きついてきた。
「ふ、二人とも落ち着こう! そ、そうそう、ここは一先ず冷静になって、外の景色を見てだな……あっ……」
俺がとっさに指差した先には、おれ達の前を進むゴンドラがあった。
そこに乗っている男女が、いままさに抱き合って……顔を近づけキスをしていた。
(夕方の観覧車の馬鹿野郎!)
こんな時間に乗った、おれも悪いのだが……そういえば、俺達以外に並んでいた人たちは、いい雰囲気の男女ばっかだった。
「次は、あれを……やんないといけないんだな?」
黒髪の少女が瞳を潤ませながら、顔を俺に近付けてきた。
「ち、違う! わ、まて、まって!」
黒髪の少女から逃れようと、顔を横へと反らせた。
その瞬間、柔らかい感触を背中ではなく、俺の唇で感じた。
「ん! ……わあ!」
おれは慌てて、その感触から逃げた。
――驚いてしばらく動けなかった。
銀髪の少女が透き通るような白い顔を赤く染めていた。
「な、なにするんだ!」
「これが赤い輪の……ルールなんでしょう?」
「ち、ちがう、だから、違うって!」
「……私、好きよ」
「え……?」
「このミズガルズの赤い輪が」
銀髪の少女は優しく笑った。
最初の言葉に、一瞬ドキっとしたが、目の前で微笑みを浮かべてる少女にまたドキッとした。
(ん……?!)
背中からぞわぞわとした纏わりつくような殺気を感じた。
「おい! そいつだけやって、オレにはできないのかよ?! いいからやせろよ!」
「や、やらせろってなんだそれ?! もっとなんか慎め! そ、そういうことじゃなくて……わ! まて! コラ!」
怒った黒髪の少女から逃れようと、顔を横へと反らした。
その瞬間、またあの柔らかい感触を唇で感じた。
「あ! お前ら二回もしやがったな!」 黒髪の少女が急に立ち上がったことで、コンドラを激しく揺れた。
「だ、だから揺らすな!」
「しろ! しろしろ! し〜〜〜〜〜ろ!!!!」
黒髪の少女が手をつけられない程に暴れ出した。
「おとなしくしろって!」
黒髪の少女を今度は後ろから抑えつけた。
――頂点を折り返した観覧車が、ゆっくりと地上へと降りていく。
「ひ、ひどい目にあった……」
もう俺は色んな意味でぐったりだ。
観覧車がこんなにも絶叫アトラクション並に疲れるものだとは……今日初めて知った。
「おい! 今度、オレにも絶対にしろよ……キ……ス」
「いや、でもさ……うっ」
黒髪の少女が泣きそうな顔でこちらを見てる。
「はい、わかりました……」
「そろそろ、終わりか」
寂しそうに黒髪の少女が窓の外に顔を向けた。
「そうね……楽しいことは、過ぎていくのは早いのね」
銀髪の少女は、反対側の外を眺めている。
「二人は、これからどうするの?」
「私はアナタを『連れ去る者』から守らないといけないから、ミズガルズのアナタの側にいるわ」
淡々とした口調だが、銀髪の少女は柔らかい微笑みを浮かべている。
黒髪の少女が腕を掴んできた。
「お、オレは……オレはな! 『連れ去る者』として、君をヴァルハラに連れていかないと帰れない。だからミズガルズの君の側で、その機会を待つ」
「ついでに君に、このミズガルズのもっともっと色んな所に、もっともっともっ〜〜と、楽しい場所に連れって行ってもらいたい!」
「色々って言ってもな……」
黒髪の少女が不安そうに、俺の顔を見てきた。
「駄目なの……か?」
「ん〜わかった……わかったよ!」
その言葉に、黒髪の少女は嬉しそうに歯をを見せ喜んだ。
――観覧車が地上へと降り、おれ達はゴンドラの外へと降りた。
そして少女たちと一緒に、ゆっくりと夕暮れの遊園地を歩く。
「そういえば……そういえばさ! 二人の名前を聞いてなかった」
「ん? そうだったっけ?」
「私も、いま言われてきづいたわ」
先に歩く少女たちが俺の方へ振り返った。
「じゃあ、教えてくれる?」
二人の少女の顔を交互に見た。
「私の名は、ユエリィナ・ヘル・シルヴェルク」
「オレの名前は、オルヴェール・ヴァルキュリア・ブラクティス」
少女たちの名前を聞いた時――
そう、この時から――
「俺は名前は……天音……雪斗。 天音雪斗!」
少しではなく大きく変わった少女たちとの世界が、本当に始まった気がする。