2 ミズガルズの休日
2 ミズガルズの休日
「見えてきた、見えてきた! うわーデカっ……デカ過ぎだろアレ! ねえ君! 君ったら! あれ! あれなんだ?!」
肩を叩かれ振り返ると、黒髪の少女が指差した先には、赤い観覧車が見えた――
遊園地に近付くにつれ、段々と見えてきた大きな赤い輪に、少女は座席の上で飛び跳ねながら興奮している。
「飛び跳ねるのは、やめてください! あと靴をちゃんと脱……ブーツじゃ無理か」
少女は、手を使わずブーツをするりと脱ぎ捨てた。
何故だか怖いくらい素直だ。その前にブーツ脱ぐの器用すぎだ。
「さあ、脱いだぞ! あれはなんだ?! なんだ?!」
さらに興奮して肩を叩いてくる。
――俺は座席から立ち上がり少女の後ろに立った。
「あれは、観覧車だよ。あの先端についている箱に人が乗って……回転するんだ」
赤い観覧車を窓越しに指でなぞりながら説明する。
「ふーん……回転して、転がっていくのか! 楽しそうだな!」
「いや、いやいや! 転がったりはしませんよ!」
「なに〜?! 転がらないのに何が面白いんだ? じゃあ飛ぶのか?」
「飛びません」
「う〜ん、何が面白いのかさっぱりわからないな〜」
「いいですか? 転がったり飛んだりしたら、中に乗った人たちが危険でしょう?」
その問いに少女は首をかしげた。
「そうか? それで中の人間がミンチになれば、それはそれで面白いのにな〜」
「ミンチって! こわいよミンチは! キミの発想は怖すぎだよ!」
「はは! 君、冗談をだよ冗談! 本気にしたのか? 安心しろ、半分は冗談だ!」
「残り半分は本気かよ! 観覧車は、男女とか……そう恋人同士で乗ったりとかする、安全な乗り物です」
「二人だけでか?!」
「大体はそうなるかな」
「で、何するんだ?」
「景色みたり、会話したり、観覧車の一番高い所で男女が……」
「一番高い所で男女がっ?! なにするんだ?」
少女は興味津々といった顔で、こちらをみてきた。
「ええっと……男女が……」
「うんうん、それでそれで?!」
少女の目が輝いている。
(参ったな〜さすがに言えないよな)少女相手にできる話ではない。
「あ……そうそう! 男女が観覧車に乗ってからじゃないと、言っちゃいけないルールだった!」
「ふ〜ん……」
少女は疑うように目を細め睨んできた。
「じゃあ、君とオレで乗るぞ! それで男女でやることをしよう」
「えっ?! お、俺と?!」
「ちょうど、オレが女で君が男だし、問題はどこにもないだろ?」
(すごく問題があるんですが)
「で、でも、男女っていっても、もうちょっと年齢が同じような男女で…… そもそもなんで、俺が一緒に乗ら……うっ――」
こちらを向いてた少女が、窓へ向き直った瞬間――肘が真っ直ぐとみぞおちへ飛んできた。
「いいよね?」
「うぅ……あ、はい! 是非とも一緒に乗らせていただきます」
「よし! 楽しみだな!」
少女が満面の笑みで振り向いた。
(こいつがさっぱりわからない)
興奮気味の黒髪の少女とは対照的に、大人しく銀髪の少女は座っている。彼女も外の景色に興味がわいたのか、さっきまで普通に座っていたのに、靴をいつの間にか脱ぎ捨てて、膝で座席に上に立つように座り直し、窓に肘をつき外をみつめている。
「あそこが……学校?」
銀髪の少女は、観覧車を指差した。
「いや、違う違う。あれがキミ達が散々俺に行きたいと言っていた、遊園地で……あの赤い輪が観覧車だよ」
「そうなの」
説明に納得するように、何回か少女はうなづいた。
「わたし……私も赤い輪に乗りたい」
「ん? 観覧車に?」>
少女は無言で一回うなづいた。
「そんなにさ〜楽しいものじゃないんだけどな〜」
「ダメ?」
少女が悲しげな顔でこちらを見てきた。
「もう〜わ……わかったよ! 一緒に乗ろう!」
その言葉に安心したように微笑み、外へ再び視線を移した。
学校のある駅で降り損ね、一限目は絶望的になった。変な世の中のシステムだが、下手に遅刻より潔く欠席のほうが、風邪や体調不良というもので、後々になっての言い訳が立つ。
こうして意図しない休日となった俺は、この二人を遊園地に連れて行くことにした。銀髪の少女も放っておけなかったし、黒髪の少女の希望も叶えないと再起不能にされかねない。
――電車は遊園地のある終点の駅で止まった。
改札を抜けて、真っ直ぐ歩けば遊園地に着く。入り口まで行くと平日と言えど人が結構いた。遊園地なのだからこの人達が、俺達に気を止めることもないだろうと思っていたが、どうやら甘かったようだ。
制服を着た男に、銀髪の背の低い少女と、黒髪で派手な格好の少女―― これでは、嫌でも目立ってしまう。
なかでも銀髪の少女が、かなり周囲から浮いてしまっている。
白く透き通るような肌に、同じく白い服を身にまとった人形のような銀髪の少女を、好奇心旺盛な子供が見逃すはずもない。周囲の視線は子供から始まり、次にその家族―― それに合わせて周囲人間がという負の連鎖を起こして、かなりの注目を集めてしまっている。
黒髪の少女は派手な格好だけのように見えるが、よく見ると、容姿が少し変わっていた。色黒ではあるが、黒髪で日本語を話すので、特に気にはしてなかったが、彼女からはどこか日本とは違う、異国の雰囲気を感じた。
光を一切と反射しない黒髪は、けして潤いを失っているわけではない。逆に艶やか過ぎて、全ての光りを飲み込ような黒い色をしている。そして彼女の褐色の肌は照らす光は時折、肌を這うように伸びている。それほど肌の質感は、くすみ無く瑞々しい、ということだろう。
言動と行動では、元気過ぎる少女なのだが――逆に、今のように押し黙っていると、不思議な雰囲気が前面に出て、銀髪の少女以上ではないが、確実に周囲の視線を集めている。
結果的に、そんな少女たちと一緒にいる、制服姿の俺に対しても視線が向けられている。
(さすがにこの時間で制服姿は不味かったな)
そんな突き刺す視線中、チケット売り場で三人分の入場券を購入した。
「二人とも、ちょっと早く歩こうか」
ゆっくり歩いていた二人の手を引っ張り、早足で遊園地の入り口に急いだ。入場してしまえば、この遊園地が誇る微妙なマスコットの着ぐるみ達が、子供たちを迎えてくれる。そうなれば自ずと俺達から、そちらに興味が移るであろう。
入り口で券を渡し遊園地へと入場した――
「こいつモサモサでフワフワでギザギザで気持ちいいぞ!」
黒髪の少女が、熊のような着ぐるみに抱きついている。
「この子……カワイイ」
銀髪の少女が、犬が服を着たような着ぐるみの袖を一生懸命引っ張っている。
一緒にお子様が二人もいたことを、俺はこの瞬間まですっかり忘れていた。入場早々で二人の少女が、魔の入り口マスコット・トラップにハマっている。
(おれの計算が)頭が痛くなってきた。
「二人とも! その子たちより、もっと楽しいモノがいっぱい奥にあるよ!」
俺の呼びかけに、二人は全く反応がしなかった。
「あ、そうそう観覧車とか!」
観覧車と言った瞬間、彼女たちは着ぐるみから離れ、奥へと歩き出した。
「なにしてんだ?! 早くいくぞ!」
黒髪の少女が飛び跳ねて呼んでいる。
「早くね」そう言い残し、銀髪の少女は振り向きもせずに歩いていった。
(全くこいつらのことがわからない)さらに頭が痛くなってきた。
――奥へ進むと、道の両側に色々なアトラクションが見えてきた。少女たちが不思議そうに、周囲のアトラクションを食い入るように見回している。
(この子達、本当に遊園地に行ったことがないだな)
「どれか乗ってみる?」
「いいのか?! あ……乗せろ! いますぐ乗せろよ!」
黒髪の少女が興奮している。
「私もいいの?」
銀髪の少女が控えめに袖を引っ張ってきた。
「もちろん! じゃあ、チケット買ってくるから、二人ともここで待ってて!」
「おう、はやくな〜!」
「うん、わかった」
少女たちをその場に置いてチケット売り場まで走った。
俺は手には分厚いチケットの束がある。
チケット売り場のお姉さんに、お得だと勧められるがままに乗り物券50枚セットを買ってしまった――
(普通に考えて、こんなに一日で乗らないような気が)
――元の場所に戻ると少女たちが誰かと話していた。
「ねえねえ〜そっちから、ぶつかったんだから〜謝りなよ〜ねえー」
黒髪の少女が、すごくベタな絡まれ方をされていた。
なんというか映像が鮮明に浮かぶようだ。どうせ黒髪の少女が、はしゃいでぶつかったのだろう……
(まったくしょうがないな)
「どうも、すいませんでした……ぼくからも注意しときますので、すいませんでした」
謝りながら、少女たちと男との間に入った。
間に入ってわかったのだが、相手の男はかなり身長が高かった。かなり顔を上げないと、相手の顔が見えないほどだった。
「この子も、わざとじゃないとおもうので……どうか、許してやってください」
「いや、あまりに暇だったから、わざとやったんだよ?」
黒髪の少女が、ためらいも無くすごい発言をした。
(この子、ほんと規格外過ぎるよ!)
「このように、本人も謝ってますので……」
「謝ってなくなくない?!」
(はい、ごもっともです)
「こいつふざけてるんだろ?!」
(はい、この子は本気でふざけてるとおもいます)
「ちょっとさ〜こっち来いよ」大男が黒髪の少女の腕を掴んだ。
「おとなしくしろよ〜痛っ! ……お前なにすんだよっ!」
大男の手を払って、俺はさらに深く頭を下げた。
「ほんと、すいませんでした」
――状況はかなり不利と言えた。
問題の元凶である黒髪の少女が、まったく反省の態度をしめさず、明らかに好戦的な構えをとっているからだ。
(お願いだから、俺の背に隠れながら中指を立てるのは止めてほしい)
非常に好ましい状況ではない。
謝まれば、彼女たちが無事に済む……そんな保証ができる相手ではなさそうだ。しかし、逃げるにはかなり不利だった。彼女たちが、とても逃げきれるとは、おもえなかったし、黒髪の少女が逃げる行為をするとは、到底おもえなかった。
こんな状況で、選択できる手段は相手には悪いが――
俺は下げていた頭を、大男の腹に目掛けて突っ込んだ。不意の俺の攻撃に、完全に無防備になっていた大男が仰向けに倒れた――
「おい! お前ら逃げるぞ!」>
背後にいる少女たちに向かって叫んだ。
「なんでだ? やっちゃおうぜ!」黒髪の少女がやる気満々だ。
「ここは人目が多いから……そう! もっと人気のないところで」
「やるんだな?!」興奮気味に黒髪の少女が聞き返してきた。
「あ……ああ、やるさ!」
「じゃあ、いくぞ!」
どこに行くのかもわからないのに、黒髪の少女が真っ直ぐと走って行った。
(なんだかな〜……)
「キミは走れる?」その問いに、銀髪の少女は軽くうなづいた。
「じゃあ、いこう!」
銀髪の少女と手を繋ぎ、黒髪の少女が走って行った方向へと走り出した。