ツーがはじまるかもしれない
「ってことなの」
「え。何?」
「いや何って。アンタ話聞いてた?」
「あ。うん聞いてたんだけど。聞いてた……けど」
「頭んなかごっちゃ?」
「そう」
「お茶でも入れましょうか?」
「あ。私がいれるから座ってて」
かって知ったるフスタフとはいえ、自分の部屋で他人にお茶を入れて貰うのは気が引けた。
椅子から降りて、ふらふら台所へ向かい、ポットを手に取る。
頭の中のハムスターも同じようにポットを手に取った。私の味気ないポットと違って、ハムスターのは真っ赤な丸いポットだ。
私もハムスターも蛇口を捻り、ちょろちょろ流れでる水の下にポットを置いた。
赤いポット欲しいな……。
水の入ったポットを蛇口の横にある鉄輪の上に設置すると、ふわりと火の玉が現れ、鉄輪を一周して、ポットの下で落ち着いた。
この火も水も、地下路の妖精が生み出しているものだ。地下路とは、妖精一族の力によって流れを管理された、妖精の流れる地下水路みたいなもの。水じゃないから地下妖精路……か。
地下路に居る妖精たちは、蛇口をひねる瞬間や、コンロに鍋を置く瞬間の、水が使いたいなとか、火が欲しいなという人の意識を受け取るよう指示されているのだとか。
地球生まれとしては理解しがたいファンタジー理論だが、今はもうとっくに受け入れて普通に使っている。
あ。ハムスター拗ねた。
ごめんごめん私が説明しちゃってさ。でもまあ元々はハムスターに聞いたんだけれども。
しかも今この情報いらないし。今いるのは……。
ハムスターが張り切って、ホワイトボードと黒板とスクリーンを用意して、教壇に躍り出た。
そんなに焦らなくても解雇したりしないのに。
『六年前。ゲームでいうとエンディングちょい手前辺り。
リリファリアに、王子誘拐監禁及び、先代王殺害の罪で、死刑という判決がくだされた。
殆どリリファリアが自白した形なので、ほぼその場で即決だったが。
死刑執行は、聖なる国の外で行なわれることになった。
その移動中。
胸に押された烙印の痛みで気絶していたリリファリアを、エイラスとフスタフ、ミーキアにエーゼンにオルレシアンが結託して、密かに使妖精と入れ替え。
死刑執行直後、リリファリアと同じ年頃の娘の遺体を運んで来て、役人が確認する前に再び入れ替えた。
もちろん……といっても言い訳にしかならないが、その娘は、戦場となり破壊しつくされた村から運んできた、亡くなったばかりの、どのみち弔われることもなかったであろうご遺体だった』
うん……。
『リリファリアはそういうたくさんの人のおかげで、公式には死んだということになって、今生きている』
うん。そう。生きてる。でも……あの日……あのとき。私は……覚悟していた。
死んでもいいっていうんじゃなく、何が何でもここに居る人たちを守りたい。ヘイツとウラガを守りたいんだと、強く想った。
だから……結局先代王に毒を……私は人を……殺すという選択をした。
あれは覚悟……覚悟……だったはずのものが、人を殺した途端、違う何かに変わった。
突然手足を失ったような、体のどこに力を入れればいいのかわからないような、何とも言えない脱力感があった。
終わった。ゲームクリア。もう満足だ。
そんな感じが、今もずっと続いている。私の物語はもう終わって、今は余り。余生だと思っていた。
それなのに
ハムスターが映写機を引きずって来た。ずいぶんと大きい。
まさかのだよ。あれから六年もたってすっかり油断していたけれど。
ここからとかないよね。
ここからが『ヨウヨル2』の始まりとか……。
ハムスターがカタカタ映写機を動かした。
『リリファリアの胸に烙印が押されたあの日。
ヘイツとウラガは気絶して、そのままリリファリアと過ごした二年半もの日々を忘れてしまった。
あまりのショックに妖精の力が変異しそうになったのを、無意識に制御しようとしたのが原因だろう。というのはフスタフの見解だ。
忘れられるなんてリリファリアとしては少し寂しいところではあるが。
妖魔王がリリファリアに憑いていたと世間に知れ渡ってからというもの、二人は本来のように王子として暮らすことが出来るようになった。
あれから六年』
映写機の映像が終わり、ハムスターはフスタフが被っているのと同じカツラをかぶって、椅子に座った。
『そろそろ婚期であるヘイツとウラガは、青い屋根の家へ通うようになり。そこである一人の霊爵令嬢と出会った。
二人共、なんとなくその女性と居る時間が増えていたようだが、いざ婚約という段になると。
二人そろってすげなく断ってしまった。
女性はショックを受け、その場で窓から飛び降りた。
その女性……リリと似た銀色の髪を持つ彼女が倒れ伏して死にかけているのを見た途端、二人の記憶が呼び覚まされた。
すべてを思い出した二人は、なぜありもしない罪をリリファリアに負わせたのだとエイラスに迫った。
ありもしない……ということはない。しかしあるとも言いきれない。
エイラスは答えられず、こじれにこじれて。
妖精王の間がめちゃくちゃになるほどの大喧嘩へと発展した。
殺し合いに近いその争いを止めたのはイファンだった。リリファリアの想いを無駄にするなとイファンが叫ぶと、二人共動けなくなった』
再び映写機が動き出した。
船に乗ったハムスターが口笛を吹いているどうでもいい映像が映っている。
これは飽きたっていうんじゃなくて、単純にここまでしか聞いていないからだ。あとたぶんお湯が沸いたからだ。
私はお湯をティーポットに注ぎ入れ、カップと共にお盆にのせてフスタフの元へ戻った。
テーブルにお盆を置き、ポットを少し揺らしてからカップに注いでフスタフの前に置く。
「ん?」
フスタフはカップを持ち上げ、片眉を動かした。
「あんたコレ。お湯だけど」
お湯。
ふと自分の前に置いたカップを見ると、透明な液体がユラユラ揺れていた。
「っえ? あっ本当だ。え~~っとあっちょっと待ってこの間フスタフがくれた黄色い花のお茶がどこぞの棚にっ」
再び立ち上がって台所へ行こうとしたら、やんわり引き留められた。
「いいわよもう。お湯のんで一回落ち着いて。これからが本題なんだから」
「……」
私は腰をおろし、言われた通りお湯に口つけ。
「っ……」
熱さに耐えきれず、すぐにカップを置いた。舌がヒリヒリしている。
「…………」
フスタフが、細い目を一層細くして、私のカップに手を翳し
「白い花、地に落ちて、その身を縛る根を凍らせる」
一節唱えながら手をヒラヒラ舞わせた。ふわっと柔らかな冷気がカップを覆い、あっという間に消えていく。
「ん」
どうぞと促され、再び口元へ持って行った。程よい……よりは少し温かったけれど、飲める温度になっていた。
「ありが……」
「いいから。さっさと気持ち落ち着けて」
言葉はきついが、声も目つきも穏やかで、ちょっと照れた。
フスタフはときどきこういう、ぬるま湯のような空気を出すときがある。何をしても許してくれるのはないかと錯覚するほどの、暖かさを通り越したぬるい空気だ。
いかん。だめだめ。ちゃんとしなきゃ。
私は、ゆったりライフになれた体に気合を入れるため、ぴりぴり痛む舌に集中した。
「じゃあいよいよ本題いいかしら?」
「……どうぞ」
まだまったくどうぞの気分ではないが、待ってと言ったら延々待ってくれそうな気がするので、どうぞするしかない。
「これ以上回りくどくしたら混乱させそうだから、さっくり言うんだけど」
向こうもわかってくれてるようだ。
刺すならさっさと刺してもらおう。さっくりいってもらおう。何が起きても耐えられるってことはないけれど、ドキドキしながら待つよりはいい。
「はぁ」
緊張しないよう力を抜いたら間抜けな声が出た。
大丈夫かこいつって顔をされたので、背筋を正し、まっすぐフスタフを見る。
すると、フスタフの方が居心地悪そうに頬をかいて、一言。
「ヘイツかウラガの炎妃になってほしいのよね」
右から左へ聞き流すとはこのことだ、とでも言うように、フスタフの声がトゥルーンと頭の中を通り過ぎていった。
「えーっとまあなんでかっていうのを説明するとね。あーーどこから説明すればいいのかしら……ん~~と……二人共今十九歳でしょ。そろそろっていうかあの二人はいろいろあったから、かなり遅れたんだけど、この前二人共ようやく炎の歌を解禁したのよ。炎の歌、わかるわよね?」
「………はん?」
「だから炎の歌だって。愛する人のこと想って歌い踊り、妖精を支配して炎を巻き起こすってあれよ」
「はん」
「わかってんのかしら……」
「ふん」
「で。ここでは耳に入らないことだろうから今まで話題にしなかったけど。実は近頃、妖魔獣がかなり凶暴化しててね。ついこの間、ものすごく強大なのが出て、村一つ壊されたあげく逃げられちゃったのよ」
「えっ!?」
「そこは食いつくんだ」
「村一つって……」
強大な妖魔獣と聞いて、すぐに妖魔王の存在が頭をよぎった。
この世界に来て、まだ出会っていない、居るはずなのに居なかった妖魔王。
いやでも……でもそんなこと……いまさらすぎるし。
「妖精一族の中で一番の炎持ちであるエイラスすら敵わなかったの」
「ええ?」
それはおかしい。いや、まだそれが妖魔王関連って決まったわけじゃないけれども、でもでも、物語上、イファンと一緒になったエイラスは、完全無敵のヒーロのはず。
「エイラスにはイファンが居るでしょ? 炎妃が……」
「そう。彼には愛する炎妃が居る。でもね。なんて言ったらいいのか……燃え上がるっていうよりは、暖かな……例えるなら暖炉の火っていうの? 二人はお互いを想いあってるんだけど、ものすごく穏やかな愛って感じで、エイラスの炎にあまり影響してないのよね」
影響ない。ない。暖炉の火。暖炉の……暖炉は温かくて素敵。暖炉……。穏やか。
「えっへぇい? うんん?」
二度見ならぬ二度聞きしてしまった。
穏やか。穏やかって……どういうあれだ?
数々の苦難を乗り越えてようやく結ばれたっていうのに穏やかなんて…………いや……待てよ……その数々の苦難に途中から手を加えた私が居るぞ。最初の二つで心折れて、なるべくイファンが傷つかないように、しかし物語の進行上は問題ないって程度に……。
手乗りモフモフマリモが机の上に現れ、苦悩に満ちたポーズでグルグルフラフラ回っている。
モフモフマリモにも想定外の出来事ということだろうか。
「で。話戻るんだけど。ヘイツとウラガの炎の歌解禁があったって言ったでしょ」
「ううう」
「聞いてる?」
「は……い」
「二人共、エイラスよりも強い炎を出したのよ」
「へぃ?」
「二人の炎の歌が、今現在出動可能な妖精一族の中で一番強いの、愛する人への想いが強かったのよ」
「想い……って……えっと……えっと……その飛び降りた人への想い?」
「ち~が~う~」
フスタフがジトっと私を睨んだ。
私も、モフモフマリモも、ハムスターも、ただただ怯えた。怯えるしか出来なかった。
「最初に言ったでしょ? 炎妃になってって。あの二人が想ってるのはあんたよリリ」
「アンタヨ?」
「リリのこと想ってるの」
「…………えーっと……それどういうこと?」
「二人共リリのことが大好きってことよ。若い男二人に想われるなんてやるわね」
「……だいすきって……大好きの大好き?」
「愛してるって方がわかりやすいかしら。こういうの私の口から言うのもなんだけど、事情が事情だから」
「ああ……愛して」
あれは、小学校五年生のときのことだ。
隣のクラスの木村君があんたのこと好きって言ってたよと、隣の席の子から聞いて、なんとなく木村君のことを意識するようになった。
けれどその後、告白されるでもなく、話しかけられるでもなく、好きって一体なんだったんだろうとフェイドアウトしていった……初恋? か何かわからない想い出。
『それはどうでもいいから!』
ですね。
「そそそそそそれって勘違いじゃないかな。だだだって二人と私って姉弟って感じで。あれから六年もたってるし、っていうか六つも年上だし。お姉ちゃんだし。最悪……おば……おば……さんだし」
「あの歌聞けば勘違いとか言えないと思うけど。ちゃんと振り返ってみなさいよ。心当たりゼロってことはないでしょ」
「ゼロですゼロ。まったくこれっぽっちも……ん? 炎妃になれとか言ったけどそれ私にってこと!?」
「そうよ。さっきからそう言ってるじゃない」
「わっ……わわわかるわけないよっ。だいたい私死んだってことになってるしっ。生きてるってバレたら処刑されるし逃がしてくれたみんなが危ないしっ」
「二人もリリは死んだって思ってるはずなんだけどね、想いは強くなるばかりって感じで、ほっとくと今度は何しでかすかわからないし。妖魔獣のこともあるし。こっちでいろいろ考えて工夫するから、ひとまず急いで用意して馬車に乗ってちょうだいな。私一人なら妖精の道通ってちょちょいだけどリリ連れてだとまあまあ長旅だからね」
「…………え……ええっ……ええええええ!?」
二人が私を……アレ……なんて……そんな……考えられない。
でも妖魔獣のことは気になるし、やっぱり二人のことも気にはなるし。
工夫って?
私は、わけがわからないまま、安心安全な職場を解雇され、退職金すらもらえず馬車に詰め込まれた。




