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しばらくシリアスパート

 落ちるだけ落ちて、地面に叩きつけられた。背中が痛い。息が詰まる。丸くなって堪える。深呼吸。


「ごほっごほっ」


 埃っぽくて咳き込んだ。土臭い上に何だかすえた臭いがする。


「へぶっ」


 上から何かがバサバサ落ちてくる。硬いのも混ざっていてかなり痛い。手で払ってみれば土みたいだった。泥まみれ土塗れ。でも感謝だ。落ちた土が無かったら、俺は大けがしていたかもしれない。

 背中の痛みは無視出来るくらいにまで弱まった。痣になっているかも。後ろ手で触ってみる。痛い。凄く痛い。

 俺は落ちた時につむった目を開ける。


「あれ?」


 真っ暗だった。眼をつむっているのに開けていると思っているとか、そういう訳じゃない。本当に開けている。でも真っ暗。血の気が引いて変な汗が出る。俺、失明したのか? それとも真っ暗空間かだ。


「おねえちゃーん」


 おねえーちゃーん、おねえちゃーん。

 思わずヴェルエナを呼んだ。でも音は反響するだけで、他の人の声なんて聞こえない。眼が熱くなる。


「おねーちゃーん。お父さーん。お母さーん」


 返事は無い。涙がぽろぽろ零れる。声が震える。一歩も動きたくない。伸ばした手がなにかに当たった。


「ひっ……」


 突然の事でびっくりした。動かない。生き物じゃない。指でつついて確かめている。棒切れみたいだった。触れる物が有る。それだけで安心する。掴んで持ち上げる。なんだろう。木の棒ではないみたいだ。

 ゆっくりと体を起こす。全身が痛い。ズキズキするし、ヒリヒリもする。多分全身痣だらけで、擦り傷と切り傷も山盛りなんだろう。

 くそお。なんでわたしはヴェル姉を突き飛ばしたりなんかしたんだ。森は危ないって言ってたし、今まで人生その通りに動いてたのに。

 地面に手を置く。落ちてきた土の上じゃない。この真っ暗空間の地面だ。床は固い。でも岩じゃない。よく知っている様な、色々ひび割れるみたいだし、じゃりじゃりしているけど元々滑らかだったみたいな、そんな感触。

 かさりと手に触れる。手の甲がむず痒い。

 ――なにかが這っている?


「いやあああああああってえ!?」


 嫌だ嫌だ。なんだ。なにが乗っている。ゲジゲジか? 気持ち悪い。

 手を振り払うと壁に当たった。裏拳みたいに。ぐしゃりと何かが潰れる。


「あ、ああ……」


 パンッと音が鳴り、明るくなる空間。突然の事に俺は固まる。見るは手。真っ白い筈の手は泥まみれ土塗れ。擦り傷切り傷山盛りで、壁を殴った拍子にジンジンと赤くなっている。ぐちゃあっと潰れた虫の死体。でっかいコガネムシみたいな。


「ぴいいいいいいい!」


 手をぶんぶんと振り回す。鳥肌がすごい。髪の毛が逆立った。全力で壁にこすりつける。こすってこすって、あ、汚れが広がった。


「ん? ……うわあああああああ!?」


 なにか拭える物は無いか? そう思ってみれば古い骨。骸骨だ。腰が抜けて動けない。尻もちのせい尻が痛い。這いずって逃げよう。祟りじゃ。ここは墓場だ。地獄だ地の底だ。知ってるぞ。ファンタジー世界のお約束だ。動いて襲ってくるんだろう? わたし賢いから知ってるんだぞ!


「お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん。助けてえええ……あ? ああばばばばばば」


 思いっきり手に握った棒をぶん投げた。骨じゃ。これ骨だ。わたし骨握ってたよ。呪われる殺される。死にたくない。


「ああ折れちゃった!? 折っちゃった! うわああごめんなさい!」


 投げた骨はぺきっと折れて、ぽとっと落ちた。やっちまった。呪われる。俺死んだ。絶対死んだ。キレたスケルトンに殺されて仲間にされるんだ。腰が抜けてへたり込む。女の子座りだ。その拍子にぺきっと音がした。

 え、って思って見てみれば骸骨の上に座っていた。さあっと血の気が引く。引きすぎて貧血みたいにくらくらしてくる。


「お姉ちゃーん! わたしはここだああ!」


 悲鳴を上げながらずりずり這って逃げる。腰が抜けて立てないんだ。骨は沢山転がっていた。それを避けながら必死に。

 這って這って、廊下(・・)の壁の脇にある部屋に入る。骸骨は無かった。元々なんだったかすら分からないガラクタの山の隙間に潜り込んで……虫の巣窟だった。


「うわあああ!?」


 ツッコんだ手を振り回して吹っ飛ばす。虫が、虫が山ほど。ここは地獄だ。泡を喰って部屋から飛び出す。骸骨を一体蹴飛ばした。念仏を必死に唱えて逃げる。効果なんて知らん。

 足先が痛い。全力でその場から離れる。気が付かないうちに立っていた。


「もう嫌だあ」


 グスグス泣きながら廊下の壁を背にしてへたり込む。さっきの場所からは角を一つ曲がったところだ。周囲に骸骨は無い。涙は止まってくれない。ヴェルエナどこだよ。姉の本能で妹見つけてくれよ。

 というかこれは俺のせいか。俺が招いた事態か。アリシアだったら、そもそもヴェルエナに罪悪感なんて抱かなかった。だから突き飛ばして逃げることも無かった。ここはヴェルエナの話に出ていた穴だ。多分そうだ。話では入った奴は死ぬ運命みたいだ。でも俺は死にたくない。俺が招いた事態なら、俺が終わらせる必要がある。ヴェルエナのところまで生きて帰る。帰って謝って、そして抱き枕にされて寝るんだ。

 頑張れ俺、男の子だろう? いや、今は女か。でも女は男よりたくましいって言うし。


 涙をごしごしと拭う。土が目に入りそうだった。全身痛いし傷だらけだ。そもそも全裸だ。人として終わってる。それに貧乳だ。あ、これは関係ないか。

 でも手は動くし頭も回る。意識もうろうでもない。五体満足。夕飯を食べたばかりだからお腹も一杯だ。ぷにぷにのイカ腹がちょっと張っている。それにちゃんと二本足で歩ける。

 なら、俺はここから生きて帰れる。動けるなら生きてるって事だ。動き続ければ、生き続けられる。


「よし」


 小さく気合を入れる。深呼吸を一つ。また咳き込まない様に慎重に。サバイバルの基本は何だったか。山で遭難した時はその場から動かないのが鉄則だった。とりあえず落ちてきた場所に戻って、そして観察だ。

 状況把握こそ生存への道だって、前に髭の隊長が言ってた。

 うん? 髭の隊長って誰だ?


 びくびくしながらも、ゆっくりと歩く。文字通り裸一貫。持っているのは小さな勇気だけ。

 歩きつつも周囲を見る。それにしても何なんだこの場所は。壁は金属っぽいもので出来ている。床だってそうだ。リノリウムだろうか。明らかに昔のヨーロッパ風の世界観だった外とは違う。照明だって、壊れかけみたいにぼんやりしているけど、電気で光っている感じだ。

 明らかに世界観間違えてるぞチクショウ。


 天井や壁。あと足元を見た事ない虫が、大きめのコガネムシかな、がカサカサ歩く。触りたくない。さっき触っちゃったけど、もう二度と触りたくない。


「ああー。あれかあ」


 ああ。なるほど。嫌な思い出があるんだ。思い出したくないのに思い出す。どうせなら俺が誰だか思い出せばいいのに。虫食の習慣が有る地域を旅した時に食った芋虫。アリシアが最初に噴水みたいに吐き出して、ヴェルエナが貰いゲロしたんだったか。

 馬車の中で食っていたもんだから阿鼻叫喚の地獄だった。

 それから虫が大嫌いになったらしい。旅人で虫が死ぬほど嫌いって、結構致命的じゃないのかな。ああ、絶対に踏みつぶしたくない。


 角に差し掛かる。この向こうが骸骨が転がっている場所だ。ああ嫌だ。見たくない。ホラー苦手なんだよ。ホラー耐性無いのになんで昨日と今日と。勇気がしぼみそう。でも見なきゃいけない。場合によってはあの場に行かなきゃいけない。

 なぜって、そりゃ、俺が落ちてきた穴があるからだ。あの穴から外に這い出る事が出来るのなら、そこで脱出成功。きっと心配して探しているに違いないヴェルエナと合流して、慰められつつ手当てしてもらう。

 無理なら別の道を探す。風の流れはあるんだから、どこかに外に繋がっているんだ。何度目かになる深呼吸をして、そっと落ちてきた場所を覗き込む。

 薄暗い明かりに照らされた骸骨たちが、派手に散らかされていた。俺の仕業だ。逃げ出したいのを堪えて穴を探す。駄目だ。よく見えない。嫌だなあ。行きたくない。


「頑張れアリシア。頑張れ俺。気合出すのは今だ。……よしっ」


 震える足を一歩、また一歩と。骸骨を避けて歩く。大丈夫だ。これは死人。古い骨だ。俺を襲うならとっくに襲ってる。そうだろう?

 そう言い聞かせながら土の山の所まで戻る。天井をよく見てみる。駄目だ。穴は塞がっていた。落ちてくる時に止めようと、手を突っ張ったりしたのが原因みたいだった。


「はあ」


 ため息をする。またびくびく震えながら、さっき泣いていた場所に戻る。戻る途中に気が付いたことがある。骸骨の一部は、化学繊維でできた服みたいなのを着ていた。作業着って感じだった。

 勿論穴だらけで、ボロボロだった。模様なんてよく分からない。一瞬見て、目をそらして、また見る。それを何度も繰り返した結果だろうな。


「わたし頑張った。よく頑張った。もっと頑張ろう」


 さっきの場所で自分を慰める。風は奥から吹いていた。なら俺は奥に進む必要がある。

 嫌な想像が頭をよぎる。これ、ゲームとかだと、奥に進んだら骸骨が起き上がって襲ってくるパターンじゃないのか? って想像だ。

 いや、それは非現実的だ。アリシアの記憶にもそんな知識は無い。あるにはあるけど、ただの怪談。与太話だ。

 でもヴェルエナの怪談は本当だった。


 ……忘れよう。ここは近代的な施設だ。剣と魔法の世界でも、ここは近代施設みたいな内装。近代施設に似合うのは兵士とゾンビであって、スケルトンじゃない。

 俺は奥に向かって歩き始めた。

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