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 村の端は薬草畑になっていて、いかにも薬効がありそうな風景だった。風がさあっと吹くとほんのりと、何とも言えない爽やかな香りを運んでくる。木々の枝葉がこすれるさわさわとした音が心地いい。

 平和だなあと、目を閉じて耳を澄ませた。


「それじゃあ行ってきます」

「行ってくるねー」

「行ってらっしゃい。気を付けてね」


 その薬草畑のすぐ隣。治療院を切り盛りしているというおばあさんに見送られ、ヴェルエナと二人手を繋いで行く。繋いだ手の感触が気持ちよくて、つい、にぎにぎと揉みしだく。その度にヴェルエナは、こそばゆそうにモゾモゾする。

 目指すのはあの歩行戦車が居る場所だ。ヴェルエナと二人、顔を見合わせて笑いあう。両親の説得は一応の成功だった。






 扉を押し開くと家族が勢ぞろいしていた。物売りに行っていた父も丁度俺の様子を見にやってきていて、同じような仕草で同時に入ってきた、というのはヴェルエナの言。


 治療院を一人で切り盛りしているという老婆が出してくれた、傷の治りが早くなるらしい料理を食べながらの家族会議だった。何かの乳が原材料らしきスープに、穀物が入っている料理だった。独特の甘さが有って、果物でも入れれば意外と合いそうな味で悪くはなかった。

 家族はもう食べ終えていたみたいで、俺一人だけが口をもぐもぐと動かしていた。


「食べさせてあげようか?」

「いや、良いよ。食べられるから」


 親切にも老婆が貸してくれたリビングのテーブルを囲んでの家族会議だった。事あるごとに世話を焼きたがるヴェルエナと、それを断り続ける俺。


「可愛い妹さんねえ」

「はい、本当に可愛いんです!」


 家事でリビングに入ってきた老婆の言葉に、俺は顔が赤くなった。ヴェルエナは余計に元気になり、おばあさんは目を細める。多分アリシアを幼い少女だと思っているんだろう。実際より小さく見られるのは慣れっこだ。実年齢を聞いたら、多分少し驚くに違いない。十一歳でこの見た目は流石に幼過ぎる。そう思うに違いない。


 テーブルの端に座った俺の前方で両親が激論を繰り広げていた。

 反対派筆頭の母は、あの歩行戦車を連れて行く事に及び腰だった。得体が知れないし、いつ暴れるか分からないというのが理由。それに餌がなにか分からないし、量が多かったら家計を圧迫すると熱弁していた。

 戦車と言う兵器を捕まえて餌という。事情を知っている俺からすると、ちょっとシュールで面白い光景だった。


 だが確かに燃料の調達は難題だ。兵器は基本的に燃費が最悪で、戦車はその中でもかなり悪い。ぶっちぎりは戦闘機だった筈だ。燃料が調達できない物だったら、それで詰む。あの歩行戦車とはここでさようならする事になる。

 それは少し寂しい物が有る。向こうは俺を知っている様な口ぶりだった。俺は一体誰なのか、という問題への手がかりだ。失うには惜しい。


 意外と言えば意外に、父親は賛成派だった。商売人の嗅覚と言う奴か、あれは金になると主張した。売るのはともかくとして、力が強そうだから大量の荷物も運搬できる。見た目も珍しいから客寄せにもぴったりで、護衛にもなる。もう高い金を払って護衛を雇う必要が無い。

 それに、と最後に付け加えた一言が、

 アリシアの命の恩人でもあるらしいじゃないか、だった。





「やったねえ。家族増えるねえ。名前考えないとね」

「名前、名前……」


 ヴェルエナはスキップでも始めそうな程弾んだ声で言った。年頃の少女らしい満面の笑顔で、見ているこっちも楽しくなってくる。すれ違う主婦やら男衆やらが思わず振り向く程だ。美少女っぷりに拍車がかかってる。そんな美少女と手を繋いでいるこの状況が、どこか誇らしく感じる。

 どうだどうだ、凄い美少女だろ、と人に見せつけたくなる。アリシアも手を繋ぐには育ちすぎているし、俺も良い年だ。外見が幼くても羞恥心は感じる年齢。しかしその羞恥心を吹き飛ばす程の圧倒的な優越感。

「なにか良い名前浮かんだ?」

「んー? 考え中」


 それにしても兵器の名前。愛称と言えばラヴとかイーグルとかエイブラムスとかだろうけど、多分ヴェルエナが思い描いている物とは違うだろう。ポチとかタマとか、ジョンとか、そういうのしか浮かばない。


「ヴェル姉は?」

「同じく考えちゅー」


 一生物だからね、とヴェルエナは続ける。きちんと考えないと、と。




 治療院が村の端にあるというのは俺にとって運が良い事だった。すれ違う連中はまず最初ヴェルエナを見てほっこりと笑い、俺を見て顔を強張らせる。多分捜索隊の変態男衆どもの妄想が村中に広まっているんだろう。ヴェルエナも妙な空気を感じているみたいだった。

 その証拠に困惑と不快さが混じったような表情で、顔を僅かにしかめていた。

 でも直に人影はほとんど無くなり、ただ整備された森が広がる様になる。気分はすっかり、爽やかな公園の遊歩道を散策と言った具合だった。


「なんで皆変な表情するんだろうね? あの大きい子に乗ってきたのが原因かな?」

「そうじゃないかな?」

「裸で動き回ったのは……単純に森で迷ったからだから、そう馬鹿にされるような事でもないし……。あ、これ内緒話なんだけど、私がアリシアから目を離しちゃったから迷子になった、って嘘ついてるから話を合わせてね?」

「え!? 怒られなかったの?」

「まだ。多分この後怒られるんだろうけど、そこはほら、演技力見せてね」


 更にヴェルエナに申し訳なくなった。余計に、俺が変態的な妄想の対象になっているらしいなんて口が裂けても言えなくて、適当にお茶を濁す。


「おい、お前!」


 突然かけられた声に、少しキョトンとする。見れば籠を背負った少年だった。いかにも田舎の少年と言った具合の見た目だが、そこはかとなくアホっぽさがにじみ出ている。小学生高学年あたりだろうか。ヴェルエナより少し年下程度の見た目だ。

 だが外人というのは老け顔が多いので、見た目で年齢を判別するのは厄介だ。アリシアに人を見る目などあるはずもない。年齢不詳だがおそらくヴェルエナより年下、という評価を下すしかない。


「ボク、どうしたの?」


 ヴェルエナが首を傾げながらおずおずと話しかける。彼女の眼から見てもこいつは年下みたいだった。

 少年は腕を組んで仁王立ちをし、頬を赤らめながらヴェルエナを凝視していた。


 ああ、居た居た、こういう悪ガキ。ちょっと年上のお姉さんに惚れる悪ガキってどこにでも居るんだなあ。万国共通の普遍的存在なんだろうか。だがまあ、

 思わず自嘲の笑みが張り付く。俺も色々と理由をつけて言い訳をしているだけで、ヴェルエナを好ましく思っている事に違いはない。なら、俺もこの子供とそう大差ない。


「お、お前。なに笑ってるんだよ」

「え、笑ってた? ごめんごめん」


 ヴェルエナと俺に視線を往復させながら少年は言う。馬鹿にしたと思われたのだろうか。少し声にトゲが感じられる。

 少し悪い事をしたかもしれない。次からは気をつけなければと反省する。ただでさえアリシアの体は感情が表に出やすい。おそらくは直情的な少女だったんだろう。


「二人とも、喧嘩は駄目だよ」


 ヴェルエナが言う。彼女にも勘違いさせたみたいだった。


「はーい。それで、何? なにか用かな?」


 俺が問いかけると、少年は言いよどんだ。


「い、いや。その……」


 彼はきょろきょろと周囲の様子をうかがい始めた。村から少し離れたこの場所に誰も居る様子は無い。鳥のさえずる声に風の音。爽やかな里山の、人の手が入った森と言った風情だ。


「そ、そのだな。父ちゃんから、き、聞いたんだけど……」

「……うん?」


 嫌な予感がした。少年の言いづらそうな様子に、ちらちらと期待に満ちた目をこっちに向けてくる動作。


「は、裸が。は、裸をお」

「裸……?」

「裸見せるのが趣味ってえ! 父ちゃんが、父ちゃんが。だから本当だったら、皆は女の裸覗きで! 俺勇気が、むっつりって、むっつりって! 後でで良いから見せて! 裸を俺に見せてくれえええ!」


 魂の絶叫だった。声が上ずっていた。言う事は滅茶苦茶だが、それでも悲哀は伝わって来る。ある意味男の中の男だと思える自分が居る。だが内容が酷過ぎた。思わず絶句する。


「は? き、君はなんてことを……人様に」

「見せ、え? はだ、え?」


 ヴェルエナは困惑のし過ぎで壊れた機械のようにその言葉を繰り返している。必死に意味を理解しようとしているんだろう。


「ボ、ボク? 女の子にそんな、そんな事言ったらダメで、普通にまずい発言で」


 ヴェルエナがたどたどしい言葉遣いで言う。そっと横顔を見る。口角が、強張った笑顔の口の端がヒクヒクと痙攣の様に動いている。


「趣味じゃないの? 裸見れないの? 俺ずっとヘタレでむっつり言われるの?」


 少年が泣きだしそうになった。泣きたいのはこっちだと思った。


「アイザアアアック!」


 横切った茶色い影。栗毛たなびく少女が、跳んだ。


「ぽわあ!?」


 何とも言えない悲鳴で横にすっ飛ばされる少年。綺麗な跳び蹴りだった。


「くそお、何なんだよお!? 父ちゃあああん!」

「アイザック、初対面の女の子に何を言ってるのよおおおおお!」


 受け身を取り、されど泣きながら逃げていく少年に怒鳴りつける栗毛の少女。朝に窓から覗いていた少女だった。

 急展開に、ヴェルエナと二人で顔を見合わせる。首を傾げたのは同時だった。




「ごめんなさい! 本当にごめんなさい! あの子馬鹿だけど悪気は無いんです! 馬鹿でスケベだけど! 頭の中におがくずが詰まっているんじゃないかって思う時があるほど馬鹿ですけど、悪い子じゃないんです!」

「まあまあ」

「そうそう、ちょっと驚いただけだから、ね?」


 森の奥、目的地である戦車の方へ歩きながらも、あかべこ人形みたいに頭を下げまくる少女を二人で宥める。しばらくすると少女は深呼吸をして、落ち着いた声で一つ謝った。


「すみません。ご迷惑おかけして。二人を案内するように村長から言われて来ました。エルマです」

「ああ、朝に会った」


 俺がそう言うと、エルマは恥ずかしそうに大きな目を伏せた。


「いや、その。ごめん。本当はあそこで挨拶する予定だったんだけど、子供たちがね。あとちょっと人見知りで。あう……もう。何言ってるんだろうあたし」


 どうした物かとヴェルエナの方を見る。俺の視線に気が付いた頼れる姉は、任せてと言わんばかりにニヤリと笑った。


「自己紹介がまだでしたね。エルマさん――」

「呼び捨てで良いですよ。あと敬語も大丈夫です。……じつは私、敬語があまり得意じゃなくて。使われると少しむず痒いんです」

「本当に? ちょっと悪い気もするけど。それじゃあエルマちゃんって呼ぶね。えーっと、この小さい可愛い子が妹のアリシア」

「どうも」


 強引な話題転換だった。ただそれを感じさせない口調や仕草で、対人慣れしていると感じさせる。その後しばらく雑談を交わす。


「実は今は子供のまとめ役みたいな事任されているんですど、本当は上に兄と姉が居たんです。家族じゃないですよ? 兄貴分と姉貴分って具合の。中央の方に呼ばれて行っちゃいましたけど」


 誇らしさの中に寂しさを感じさせる口調だった。呼ばれて行った、徴兵だろうか。アリシアの記憶を漁ってもそれらしい情報がパッと出てこない。彼女にとって縁遠い話で、普段は意識する事が無い話題だったみたいだ。

 この地域の文化や情勢には興味がある。これは良く聞いておこうと意識を向ける。


「中央って、確か王都の」

「はい、魔力的に優秀で特別平民官吏課程に。うちの村ではそういう事がここ数十年無かったみたいで、しかも二人同時に。だからお祭り騒ぎでした」

「平民官吏?」


 耳慣れない単語で、思わず声を上げてしまった。ヴェルエナは俺の方を見て、ああ、と納得した様な声を出した。


「はい、平民官吏。年に一度役人がやってきて検査するんです。魔力が優れていたり、あとはとっても頭が良かったりする平民はそっちに。貴族の偉い人は貴族課程に。お貴族様から色々言われて結構苦労するって噂。でも、普通に役人になるよりは諸々の待遇が優遇されるので」

「隣の帝国みたいに最初だけ分けて後は一緒の所もあるらしいけど、教国やこの国みたいに、最後だけ一緒にするって感じの国が大半らしいよ」

「へえ」


 優秀な平民を引っ張り上げるための制度だと納得する。学費や諸々の資金は国が出してくれるそうで、権力を持たない者からすれば栄達の道が開かれると喜ばれるだろう。


「実は今年で全部の課程が終わるらしいんです。そした郷土配属の希望を出すそうで。そしたらギルーセン港になる可能性が高いって言ってました。お兄ちゃんとお姉ちゃんが帰って来るかもしれないんです。休暇で戻って来る時にくれる王都のお土産美味しいし、可愛い雑貨も多いけど、やっぱり近くに居てくれた方が嬉しいですよ」

「仲が良い人は遠くより近い方が良いよね」


 ヴェルエナは頷いて言う。足元のトカゲが俺たちに驚いて逃げていった。ついそっちを見る。


「はい! でもまあ、領主様のお役人や兵士の人達との衝突は良く聞くんで心配なんですけどね。中央帰りで調子に乗ってるーっとか。」


 よほどその姉と兄が好きなのだろう。土産話らしい事を楽しそうに語る。


 彼女の発言を纏めると、この国は封建制ではあるが、絶対王政に近いと分かった。中央で休みや軍人を一括で育成し、地方に振り分ける。配属先が郷土なら真面目に働くだろうし、人材育成の手間や経費を王家に一任出来るから諸侯も楽。ただそれだけでは、良い方は悪いかも知れないが王族の駒に牛耳られるので領主も独自に人材を調達する。勿論総数は王都帰りのある意味エリートより多い。

 同じ階級や役職であっても、中央からの手当てなど待遇は王都帰りの方が良いので反発を喰らう事も多い。

 問題もありそうだが、納得できる制度だ。


「子供のまとめ役って言うけど、その子供たちはどこに行ったんですか?」


 ふと浮かんだ疑問をぶつけてみる。ノリノリで話していたエルマは一転。バツが悪そうな表情に変わった。


「あー、アリシアちゃんが乗ってきたって言う鉄の塊の生き物ですっけ? 見に行くーって皆行っちゃいました。見張りの大人が面倒見てくれるみたいで……、ていうか、危ないかもしれないよって言っても誰も聞いてくれなくて」


 聞こえてきた(かしま)しい声たち。俺はそっと手で指し示して聞いた。


「あの集団?」

「はい、あの集団です」


 剣を持った大人が二人、子供たちが歩行戦車から一定の距離。約十メートルくらいだろうか。その圏内に近寄らないよう目を光らせている。大人の緊張も何のその、子供たちはキャッキャと楽し気に遊んでいた。

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