13
「撃つな!」
気が付けば咄嗟に叫んでいた。自分でも驚くほど大きな声が出た。腰を浮かせていたことに気が付き、そっと座り直す。ロックオンを外し射撃管制システムの電源を落とす。これでこいつは勝手に撃てなくなる。
操縦士の承認が無ければ勝手に駆動できない。その原則に加えて、こういうシステムをAIは自分では再起動できない方式だ。二重のロックだ。
『あれはPRTOが定めた敵生体であり、安全保障上の重大な脅威で――』
モニターに映し出される右往左往する現地住民たち。その中に家族が居る。出来ればすぐにでも駆け寄って行きたいのに、こいつがそれを邪魔する。
俺は生き延びたんだ。生きて帰ったんだ。なら、家族の所に戻る権利が有る。俺の義務はアリシアの体を家族に届ける事だ。なぜ兵器ごときがそれを邪魔するのかと、イライラが募る。
「うるさい! PRTOがどうだとか、敵生体がどうだとか知った事じゃない。わたしが撃つなって言ったらお前は撃つな。司令部が壊滅してて、わたしがここに居る。ならわたしが上位。そうでしょう? 撃つな、敵対行動をとるな。あれはわたしの身内だ」
『しかし血縁者は既に亡いと貴方は私に』
イライラしてモニターを殴りつける。悲しきは非力な我が身よ。ペチリと叩いた様な音しかならなかった。うるさい声が止んだ。どこか困惑している様なのが余計に腹が立つ。なぜ理解できないんだろうか。
「あれはわたしの家族だ。手を出す事は許さない。復唱」
『当機は操縦者の指定する“身内”への攻撃行動は行わない』
「復唱じゃないけど、まあいいや。勝手に動かないでね」
ふんっと鼻を鳴らす。急いでハッチのロックを解除し頭を覗かせる。現地の人の一部が近寄ろうか、逃げようかで悩んでいるみたいだった。ちょっと言い争ってもいる。父親が家族皆を歩戦から離そうとしていた。
「ヴェル姉!」
肩から上を上面の突起から出さないよう気を付けつつ呼ぶ。丁度モグラ叩きのモグラみたいな絵面だ。俺の声で人々がこっちに注目した。顔が熱くなる。頭を引っ込めてハッチを閉めたくなるが、そこはぐっと堪える。
「ま、魔物の背中から人の頭が生えてきた……。おいガソッドさん。行くんじゃない!」
「アリシア! 離してくれ! あれは私の、俺の娘だ!」
父親が飛び出そうとして現地住民、というか村人か。寄ってたかって取り押さえられる。普段気弱な父親の暴れっぷりに思わず目頭につんっと来る物が有る。ああ、アリシアって愛されているんだなあと思う光景だ。
「生きててくれてた。良かった……」
ヴェルエナが珍しく見せた年相応の顔。ぽかーんと口を開けた、何とも言えない間抜けな顔から一転。しくしく泣き始める。そのままよろよろとこっちに近寄ろうとして、やっぱり村人に止められた。
あれえ、ヴェルエナってこんなキャラだったっけと度肝を抜かれる。俺の印象では、良かった良かったと笑いながら突撃してくるタイプなんだけどなあ。
母さんも大の大人数名に抑え込まれていた。というか、抑えようとしている連中と格闘していた。マッチョな男衆に頭突きかましたり、背後から寄ってきた奴に裏拳かましたりと凄い。
母は強しとは言うけど、こんな意味だったっけ。多分うちの一家の物理的な意味での最高戦力は、父親でもなければ、優秀なヴェルエナでもない。この人だと思う。
「アリシア大丈夫か!? 傷だらけじゃないか、泥だって。病気になると危ないから、こっちに来なさい。そこは危ないから」
「父さん、ごめん、それは無理」
「どうして……」
上から抑え込もうとしているマッチョの腹に強烈なパンチをお見舞いしながら、母親が言った。最もな疑問だと思う。俺の言葉に、村人たちは口々に騒ぎ立てる。
「ほら見ろ! あれはきっと伝承にある、人の体を乗っ取る悪魔に違いない。そうやって人をおびき寄せて仲間を増やすつもりなんだ! きっとあの魔物の体にくっついているから、自分じゃ動けないんだ!」
「いや、もしかしたら帝国の作り出した悪魔かもしれないぞ。噂じゃ奇怪な石や鉄の生き物が居るそうじゃないか」
「ちっがーう!」
誰が悪魔だと俺は叫んだ。というか鉄や石の生き物って、ロボットか? 世界観を考えるならゴーレムとかだけど。もしかしたら俺の同類が居るかもしれん。帝国、覚えておこう。
ヴェルエナをびしっと指さし、若干肩を見せる。
「ヴェル姉、最後にわたしを見た時の状況!」
「はっ!?」
「そういう事だから……。来るのは母さんかヴェル姉だけにして……」
ヴェルエナはつぶらな瞳を大きく開けた。察したというか、思い出したみたいだった。でもがやがやとうるさく騒ぎ立てる村人が離そうとしてくれない。異文化衝突だ。世界観が明らかに違う兵器も考え物だと痛感する。これが分かりやすく生き物だったりしたなら、きっともう少しスムーズに事が進んだんだろ。
「ねえアリシア! 最初に謝っておくから。本当にごめんね!」
「え? あ、まさか! ちょっと待って!? それは駄目! 普通に恥ずかしいから! 止めて止めて! 外を出歩けなくなるから!」
ヴェルエナは苦渋の決断だと言わんばかりに顔をしかめ、そっと自分を抑え込む村人に耳打ちした。ああ納得。そういえばそうだねと言う表情を作った若い性年もとい、青年はヴェルエナの手をパッと離す。
「おい。なんで手を離す」
「いや、ちょっと思い出してくださいよ」
それを咎めた白髪のオジサンに、青年はごにょごにょと内緒話するみたいに言う。すると彼も、ああ納得って表情を作る。そしてまた隣の人へと伝言ゲームが始まる。
なるほど。まあそうだろう。俺が全裸である事を再確認しているんだろうね。
いやんな予感もとい、嫌な予感がしてそっと足の指で外部の集音マイクを起動。頭を少し引っ込めて、村人の恥ずかしい伝言ゲームを聞く。
『あの娘裸で歩き回っていたんだと』
『あの年で露出が趣味らしい。人は見かけによらんものだなあ』
『あの年で痴女で露出狂らしいぞ』
「見られて興奮するんだって」
『男を誘っている変態らしい』
『何人もの男を性的に食って来たとか』
『実は子供も……らしい』
「……はあ。まじかあ」
思わず天を仰いだ。だんだんと十八禁な方向へと変化していく俺の状況。夜の森でお楽しみなんてしてないわハゲ。神は居ないのかと手で顔を覆う。スピーカーの配置も流石で、外部に音が漏れる様な設計にはなっていない。つまり、ハッチと外部の縁に居る俺だけが聞こえる。
凄いな。もう放送禁止用語だけで会話してるわあいつら。
アリシアの年齢を考えて物を言え。十一歳だ。セクハラだぞ、訴えたら勝てるぞ絶対。迷惑迷惑防止条例でしょっ引かれてしまえ。事案だ事案。少女に対し猥褻な言動をしたとして、お前ら全員逮捕されればいいんだ、バーカ!
『これは……どう対応すれば良いのか私のデータにありません』
「忘れるか、忘れたふりをしてくれると良いよ」
『了解』
最終的にはAIですら絶句する内容になっていた。都会と違って田舎だと、そういうエロネタ少ないから余計拗らせるのかね。妄想とかで。後半なんてすごいもん。聞いた奴が納得、って顔じゃなくて、嘘だろ……おい、って顔だった。こっちを信じられない物を見る様な目で二度見していた。
――信じられないのはこっちだよ。小学生相手にそんな想像なんかしてるんじゃないよオッサンども。ロリ趣味は表に出したらアウトだぞ。
指摘してやりたいけど、それをやったらまた面倒な事になるから泣く泣く自重する。泣きはしないが、ちょっと涙腺が緩くなった。
「アリシア、今行くから少し待っていて」
「はひい……」
情けない声が出てしまった。俺の様子に二人は余計心配そうな表情になる。一晩の遭難で弱っている訳じゃない。今ので弱ったんだ。この二人は末娘が、捜索隊の男衆の中でどれ程のド変態になっているか知らないんだろう。それはきっと幸福な事だと俺は信じる。
母親は羽織っていた上着を脱ぎ、ヴェルエナと二人でやってきた。手間取って四苦八苦していた俺とは違って、軽々と登って来る。あまり裸を見られたくなくて、俺はどんどんと亀のように操縦席に引っ込んでいく。
「アリシアっ! そ、そのき……」
「ヴェル!?」
俺の傍に寄ったヴェルエナは、一声叫ぶとそのまま後ろに倒れた。母親が慌てて抱きかかえたから頭を装甲にぶつける事は無かった。母親はヴェルエナをそっと装甲の上に寝かせる。にしても母親の焦った姿を始めて見た気がする。
まさか本当に叫んで気絶するとは思わなくて、ちょっと驚く。
「ヴェル姉大丈夫?」
「大丈夫よ。ヴェルは大丈夫。それよりアリシア、この傷はどうしたの? 痛くない?」
母親はしゃがみ、俺の頬を撫でて言う。俺はなにか返事をしようとしたが、言葉が出なかった。代わりに涙が出るだけだった。本当にこの体というのは涙腺が弱い。直ぐに泣く。一晩中、水も飲まずに動き回って喉がカラカラなのに、自分でも驚くほど涙が出た。どこにこんな水分を残していたんだろう。
「アリシアの泣き声がする!」
ヴェルエナががばっと起きた。凄い形相だった。
「い、いや大丈夫」
鼻をズビズビすすりつつ俺は言う。
「大丈夫な訳ないじゃない!」
ヴェルエナは金切り声を上げた。その剣幕にビクリと体が跳ねる。凄い形相だ。こんなヴェル姉の姿見た事ない。
「ヴェル、落ち着きなさい」
母親は静かにゆっくりと俺を上着でくるみ、操縦室から出した。チビはこういう時便利だ。上着が良い感じに大きいから全裸でもなんとかなっちゃう。上面装甲にそっと寝かせられる。すぐさま左手を傷口にかざす。かざすと言うよりは、手の平の模様を押し付ける感じだ。一瞬ズキッと痛んだが、ぽわぽわと温かくなったかと思うと、痛みが少し退いた。彼女は右手で背嚢から瓶を取り出し、噛んでコルクを開けた。凄い顎の力だ。というか歯丈夫だな。独特のアルコール臭。強い酒みたいだった。
「ヴェル」
そう言って母親はヴェルエナに酒と、続いて取り出した清潔な布切れを手渡す。
「痛い……よね。もう少し待っててね。もう少し、もう少し」
ヴェルエナは心配顔ではあるが手を休まず動かす。さっきの酒を布切れに浸み込ませる。簡易的な消毒をやるつもりみたい。
「ヴェル、変わって」
今度は逆に、ヴェルエナが酒で湿らせた布切れを母親に手渡し、空いた両手を傷口にかざす。痛みがすっと退いていく。ヴェルエナと比べると、母親は軽い痛み止め程度だった。凄い違いだと驚く。優秀な姉に魔法が使えない妹。そりゃアリシアも劣等感の一つや二つ抱くだろうと納得する。
「滲みるよ」
母親の言葉にグッと奥歯を噛み締める。ヴェルエナも何故かギュッと両目を瞑る。こういう細かい所作に幼さを感じて、ちょっと微笑ましい。
俺の肩やら足やら、特に重症な個所をトントンと拭っていく。滲みるしこしょばゆいしでしかめっ面になる。ヴェルエナが手を握っていてくれたから、ぐっと握り返す。
「よく頑張ったね」
俺の握った手が緩むと、ヴェルエナは涙や泥で汚れた俺の顔を開いた片手で丁寧にハンカチで拭って言う。
「痛い? 可哀想……」
あらかた拭い終わると母親が消毒した箇所に手をかざす。一瞬広がった痛みは、さっきに比べると大分弱かった。あのむず痒い感覚。見れば、傷跡に薄皮が張っていた。出血も、火傷した時に出るあの体液も滲んでいない。
「一気には治せないね……。あ、大丈夫だよ。心配しないで? 時間貰えれば傷跡一つ残さずお姉ちゃんが治してあげるから」
「そうそう、アリシアは心配しないで寝てて良いのよ」
俺が不安がっているのに気が付いたんだろう。ヴェルエナは努めて明るく言った。母親も笑って言う。流石商売人といったところか、かなり自然な笑顔で本当に大丈夫だって気になって来る。
「ほら、これ飲んで」
口元に差し出された瓶の中身を無意識に飲む。口に入るのは液体で、喉がかなり乾いていたもんだから一気に飲み下そうとしてその味に気が付く。尋常ではない程に苦かった。
「痛み止めだから吐かないよ」
母親は俺の顎をそっと押さえた。流し込むのはヴェルエナの役目だ。強引に流し込まれる劇薬じみた味のそれを、ごくごくと飲み干す。飲まなきゃずっと味わい続けなきゃいけない。ならさっさと飲んでやった方が楽になる。
飲み干すと、なぜか全身がぽわぽわと温かくなった。アルコールの独特な味わいが無かったから、あれは酒ではない筈だ。全身に力が入らず、手足をだらりと投げ出す。手足の感覚が遠く、ぼんやりし始めた。瞼が重たくなる。一晩中駆けずり回ったんだ。そろそろ寝ても良いだろう。
その状態の俺を、丁寧に上着で包み直し、母親はそっと俺を抱きかかえ、父親の所に戻ろうとする。
その時だった。どこか不安そうな声が操縦室から聞こえた。
『私は何をすればいいのですか?』
「喋った……。鳴き声?」
そのやり取りに意識が覚醒する。眠気に負けている場合じゃない。まだ仕事が残っている。
母親はぎょっとし、ヴェルエナは不思議そうに首をかしげる。AIの使う言葉は日本語だ。二人、というか、ここの住民には理解できない。人間から発せられた言葉なら、それは外国語として認識するかもしれないが、こいつは機械だ。人とはかけ離れている。さっき魔物か化け物かと思っていたらしいから、そもそも変な生き物の鳴き声としか思えないんだろう。
放って行くかとも思った。身内を敵性集団と認識して砲撃しようとした危険な奴だ。でも、こいつはもしかしたら俺が何なのか知っているかもしれない。俺がどんな奴で……。ああ駄目だ。意識が飛びそうで考えが纏まらない。ええっと、俺は何をしようとしたんだったか。ああ思い出した。
重たい両手。服にくるまれた状態のそれを、ごそごそと頬のところまで持って行って、パチンと軽く叩く。力も入らないし、状態が状態なのでパチンじゃなくてペチンだが。
「んー。アリシア痛くなさそうだね。良かった良かった」
確かに痛みは完全に引いていた。むしろ温かくて心地よい程だ。魔法ってのは凄いものだと思う。思い瞼はドンドンと下がっていく。もう一回、心持強めに頬をペチンと叩く。
「ねえ母さん、ヴェル姉。ちょっと待って」
「どうしたのアリシア。父さんが心配しているから行かないと。って、ヴェル!? 何しているの!?」
「んー。ちょっと気になって。だって見た事ない生き物……なのかな? おお固くて立派な鼻……鼻?」
母親は少し焦った様子だった。そりゃそうだろう。早く得体の知れない物から離れたいに決まっている。ヴェルエナはそんな事もお構いなしに、操縦席を覗き込んだり、主砲を手でトントンと叩いたりしている。
凄いな。アリシアもあれだが、この姉も結構フリーダムだった。自由人姉妹だ。
それに、言葉が交わせて、命令も聞ける。なら絶対に撃つなと厳命すれば安全かもしれない。歩戦は作業腕を持っているから、一応作業用重機に転用も出来る。有れば便利な兵器だ。こいつを連れて歩けば、尋常じゃなく目立つかもしれないが、同時に利点でもある。
というか、うちの一家は一応商売人だ。宣伝にもぴったりだろう。良い見世物で、ガードマンにもなる。
それに帝国とやらに接触する良い道具にもなる。相手がどんな存在かは分からんが、同胞ならそう悪い事にはならんだろう。
「ねえ母さん。この子も連れて行ったら駄目? ほら、あの太い鼻とかとっても可愛いし」
「あ、これやっぱり鼻なんだ」
「いや、鼻じゃないけど」
「どっちよ」
「アリシア、駄目よ。得体が知れない物を……」
「でも命の恩人だよ?」
「それはそうだけど……」
「お母さん。私もこれ欲しい。面倒見るから」
「ヴェルまで……。とにかくアリシアを! その話は後でね!」
凄いな。兵器を巡って捨て犬を飼う飼わないみたいな気の抜けた会話をする一家がこの世にいただろうか。多分史上初じゃないだろうか。人類の長い歴史を見ても、この瞬間が最初だろう。そして悲しい事に、俺を含めて誰も父親に意見を聞こうとはしない。いや遠いってのもあるけど、この一家の決定権は母親にある。女が多い家族だ。男の発言権は無に等しい。
蚊帳の外で村人たちとどうした物かと俺らを眺める悲しき父親が出来上がりだ。そのうちサービスの一つでもやって慰めてやるのが良いだろう。俺は男心が分かるんだ。男だから。
『状況の説明を。未知の言語であり理解できません』
これにどう答えた物か悩む。一人娘がいきなり知らない言語を言い始めるんだ。何が起きたかと驚くだろう。でも話さなければ色々と面倒だ。よしっと腹をくくる。アリシアは嘘が下手だが、俺はどうかは分からない。頑張れ俺。
『今君の処遇を巡って交渉中。面倒ごと避けたいからあまり喋らないで。あと別命あるまでここで待機。住民を不用意に威嚇する行動は慎んで』
『了解』
「アリシア、これと喋れるの?」
ヴェルエナは不思議そうに俺を見る。母親からの視線が妙に痛い。俺は用意していた最強の言い訳を放った。
「分からなきゃ死ぬ状態だったからね。気合で覚えた」
俺はどうも嘘が下手な奴みたいだった。いや、俺じゃない。アリシアのせいだろう。この小娘はかなり馬鹿だ。それの影響だろう。俺は俺の能力を信じる。だからこれは俺のせいじゃない。
愛娘二人による懸命な説得の甲斐もあり、取り敢えず様子見と言う形で決着した。母親に抱えられ、村人の所に戻る。ドン引きした様な目で見る連中をギロッと睨み付け、一言。
「誰が痴女だ。聞こえてたぞ」
バツが悪そうに目線を逸らす連中にふんっと鼻を鳴らす。寄ってきた父親の顔をまじまじと眺める。ううむ、暴れた時に痣やら何やらが出来ていて痛々しい。これは本当に申し訳ない。アリシアが泣き虫なのは父親譲りなのか、彼は号泣していた。
何を言って良いやらと悩んだが、思い浮かぶのは一言だけだった。帰ってきたらこれを言う。常識だ。
「あー。えっと。ただいま」
「おかえり」
やっとこの一言が言えた。ふっと気が抜ける。もう限界だ。瞼が重い。
「おやすみなさあい」
なんだかのんびりした朗らかな声だなあと、我ながら思う。眠気に任せて、俺は目を閉じる。やっと休める。悪夢のような長い夜だった。出来れば良い夢が見られると嬉しい。
やっとこさ合流です
追記 誤字修正及び一部削除、追加作業を行いました。