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この小説はこういうお話です。

 一歩足を踏み出すと、じゃらっとした感触。砂利を踏みつけた様で、一瞬砂が溜まっているのかと思った。見下ろしてみれば、砂とは違うって直ぐに分かった。ヴェルエナが持っていた奇石とやらによく似た小さな結晶がうっすらと積もっている。俺が踏みつけた所が、ぼんやりと光る。光ると同時に熱が出るんだろうか。じんわりと温かい。


「はは、カイロみたいだ」


 じゃりじゃりしたのを虫にやられた足に付けたら痛いだろうと、ひょこひょこ歩く。踏みつけると少し遅れて光り、足を離すとちょっと間をおいて消える。光る足跡が俺の後を尾けて歩いているみたいだ。ここが森なら、昔の有名アニメだ。ならあの虫はカミさまだろうか。

 光の軌跡を残す少女の姿。良いね。実に良い。神秘的だ。ぐっとくる光景でもあるが、やっぱり中身は俺だ。いっそ開き直ってみるべきかもと思うけど、やっぱり男としてのプライドがそれを許さない。あと羞恥心。


 粒子は格納庫に繋がった、別の通路の奥から流れ出ているみたいだった。兵器に近寄ると、その通路に近寄る事になる。寄れば寄るほど眩しくなって、そして毛先がチリチリし始める。


「痛っ!?」


 バチッと音がした。静電気だ。髪の一部がぽわぽわと浮き始める。この粒子がこすれて電気が出来ているのか、それともこいつ自体帯電しているのか分からない。でも長居したくはない。幻想的でも有害であるならば、それは写真にでも撮って家で眺めているのが一番楽しい。アリシアの記憶では、世界……地域かも分からないが、写真機なんて存在しないらしいけど。


 遠目から眺めると、兵器群はある通路に向いて配置されていた。通路の入口には簡易的なバリケードだったと思われる一部がある。無事な部分はそのままに、壊れた所だけ撤去したって感じだ。

 アメリカ軍の装甲車によく似た物の横に辿り着く。対歩兵用の機銃が上に載った、戦場では頼れる奴だ。壊れた扉の隙間から、何か無いかしらと運転席を覗き込む。なにも無い。掃除されたみたいに清潔だった。うっすらと結晶が溜まっている程度か。

 その近くにはフランスの対空車両にイギリスの戦車モドキみたいなの。イタリア軍兵器っぽいのもある。なんだここは。兵器の展覧会なのか。どの車両もRRTOって文字が塗装されていて、こいつらの勢力名だったのだろうと分かる。

 にしても、なぜ俺は兵器をこんなに識別できるんだろうか。国旗なんて描かれていないから、普通ならどの国の物なんて早々分かる訳も無いのに。俺は兵器マニアだったのだろうか。


 もう動かない兵器の群れを抜け、端にうずくまる兵器の傍に近寄る。そう、うずくまっている。 六本の稼働して歩ける(・・・・・・・)無限軌道(キャタピラ)を持った、山岳地帯限定砲戦力。見た所一二〇ミリ砲搭載の歩行戦車。

 そいつは俺に乗ってくれって言っているみたい、上部の乗降口を開けて静かに待っていた。




「うんしょっ。よいしょっ」


 目一杯体を伸ばして、車体部分によじ登る。足掛けもあるけど、それは大人の背丈基準。つまり、子どもの中でも低身長に分類されるこの体にとってはかなりの高さになる。

 当然、手足をフルに活用する必要があるわけで、何が言いたいかと言えば、今の俺は全裸なのに大開脚だ。よじ登るときに足を上げる必要がある。当然だろう。世のロリコンが血涙流して欲しがる映像だ。売る気は無いし、カメラが無いから録画も出来ん。

 ただ、ヴェルエナが見たら、多分発狂する光景だろうとは想像できる。俺にもし妹が居て、そいつが同じことをやっていたら、慌てて駆け寄って毛布か何かを投げつけるくらいはやるだろう。

 怪我した場所を庇いながらの搭乗はかなりきつかった。何度も滑り落ちかけては冷汗をかいた。そんなに高くはないけど、それでも落ちたくはない。


「ふう……。さてさて。操縦室は無事かなあ」


 この歩行戦車は見た事が無い型だったけど、カタカナのマーキングがされているから、多分日本か、それに近い国の兵器だとは推測出来た。だとすれば、基本的に一人で運用できるくらいにまで自動化がされている筈だ。最低限操作方法が分かれば動いて戦えるようになっている。

 ただ不安材料が一つある。外傷が無いように見えているが、実は中から破壊されているかもしれない。だって搭乗員室のハッチが開いているんだもん。そこから攻撃を受けたと考えられる。

 期待二割不安八割で中を覗き込む。今まで収穫が何もなかったんだから、これもあまり期待しない方が良いだろう。


「うわあ!?」


 ミイラが座っていた。驚きで思わずひっくり返ってしまう。装甲に強かに頭を打つ。


「ぐおおおお……」


 頭を抱えて悶絶する。痛い。とても痛い。凄く痛い。ヴェル姉に撫でて欲しい。いや、俺は何を考えているんだ。

 もう一度、恐る恐る中を見る。ミイラは作業服、というか迷彩服を着ていた。一面どす黒い染みが広がっているけど、壊れている機材はなさそうだった。入って動かすか? でもミイラには触りたくない。

 骨とは違って肉がある。これがどれほど難易度と心理的抵抗度を跳ね上げるか。


 どうしたもんなあと、うんうんと頭を捻る。ふと影が落ち、上を見上げる。戦車の両脇についている作業用マニュピレーター、その片方がアーム部分をこっちに向けていた。


「うおっ!?」


 慌てて後ろに跳ぶ。アームは音もなく静かに操縦席に先端を突っ込むと、勢いよく引き抜いた。スナップを効かせて、ぽいっと何かを投げ捨てる。どさりと物が転がる音。あのミイラだった。


「……お、おお?」


 アームは元の定位置に戻ると、それっきり動かなくなる。何とも反応に困る。え? あのミイラって操縦者じゃないのか、良いのか、そんな扱いしちゃって。そんな疑問というか、突っ込みが浮かぶ。下手に操縦席に近寄れば、あのマニュピレーターで投げ捨てられるかもしれないと、動くにも動けない。


『死んでいる者より、生きている者の方が重要と判断いたしました』


 操縦席から声が聞こえた。日本語で電子音声。これまた女の声みたいだった。といってもさっきのアナウンスとは違う。棒読みじゃなくて抑揚はあるけど、なんというか平坦な印象の声だった。

 お約束で言うと、機体管制用の人工知能って奴だろうか。あれ、歩行戦車(歩戦)っててそんなの搭載する程ハイテク兵器だったっけ。


 これはちょっとイレギュラーだなあ。俺の記憶、というか知識にも無いやと恐る恐る操縦室に近寄る。若干びくびくしながら左右のアームを見る。あれでぽいっと投げられたら、俺なんてひとたまりもない。星になる、というのは言い過ぎだけど、汚い花火くらいにはなるだろう。

 そっと操縦室に入る。となると、操縦室中に広がったどす黒い染みに触れざるを得ない訳で、結構げんなりする。とっくの昔に酸化してただの汚れになっているのは分かるけど、それでも由来を察せられるのはきつい。


「は、ハロー? わたしの名前は――」

『まずはハッチを閉めてください』

「……わたしの名ま」

『ハッチを閉めてください』

「……わ」

『ハッチ』

「はい」


 立ち上がって頭をひょこりとキューポラ(上面の突起)から突き出し、手をぐぐっと伸ばてハッチを閉める。ロックのレバーをくいっと回す。各所に番号が書いてあるから分かりやすい。真っ暗とは言わないけど、灯りと言えばうっすらとした液晶の光だけ。真っ暗じゃないけど、穴に落ちた時の事を思い出してぶるっと震える。


『機体を起動しないのですか?』

「ああごめん」


 うっすらと光っているスイッチをぱちっと入れる。機体が震え、エンジン音が響く。操縦席の全計器が稼働し、明るくなる。最後に前面のモニターに外部の状態が映し出される。


『現状、周辺環境は重度な粒子汚染状態であり、暴露し続けた場合ゲノムへの重大な影響が予想されます。また施設放棄の指示が出ています。どうしますか?』

「どうしますかって、そりゃ勿論、脱出だよ」

『了解しました。セルフチェック。一部メモリ破損。記録に支障あり。動力炉正常。武装制御応答。駆動制御応答。行動可能。主砲残弾二。特別長期保存用弾薬の為使用可能と推察。戦闘可能。状況を続行しましょう』

「状況ってなにさ……」

『状況とは任務です』


 任務? そんな記憶はない。記憶を失う前の俺は兵士だったのかもしれないが、そうなると、なぜアリシアの体に精神が宿っているのかが分からない。こいつは誰かと勘違いしているのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 だって覚えてないんだからどうにも判断が出来ない。


「その任務って何さ?」

『任務とは任務であり、我々が達成すべき事柄です。――ログを参照できません――。任務です。任務を』

「つまり……大事な所だけ覚えてないと?」


 なんてこった。こいつも記憶喪失かとため息を吐く。なんでこう……気になる点だけ記憶とか記録が吹っ飛んでいるかなあ。誰かなにかやったのか。居るかも分からない神を呪いたくなる。


『要点を纏めれば。修復が必要です』

「修復ねえ」

『先ほどから当施設への呼びかけを行っていますが、応答がありません。修復を一時断念します。

 最低限のデータ、基地マップを取得しました。格納庫外部は土砂に覆われ脱出不能。脱出ルートを指定してきています』

「つまり、従えば出られると?」

『はい』


 もしも人目、というかAI目が無かったなら、俺は叫んだんだと思う。恐怖とか怒りとかじゃない。純粋に喜びで。やったぞ! 生きて帰れる! ってな具合だ。小躍りしちゃってたかもしれない。

 でも一応知性がある相手が目の前だから、恥ずかしくてそんな事はしない。笑顔を浮かべて、ぐっとガッツポーズを作る程度に抑えた。


『操縦をお願いします』

「操縦。ちょっと覚えてない……」

『ある程度の自立行動も可能ですが、オートパイロットに切り替えますか?』

「お願いできる?」

『了解』


 振動と遠心力で、こてんと座席に座る。モニターに映る外部映像が回転する。旋回しているみたいだった。座席に押し付けられる感覚と振動。乗り心地は最悪だ。歩戦は粒子が出ている通路とは反対側。バリケードの設置してある通路の隣に入った。

 スピードメーターに表示される速度は、時速六十キロ。猛スピードで通路を走っていく。これ、不整地だったらどんな振動なんだろうと心配になる。歩戦ってこんながたがた揺れる物なのか?


『汚染個体のコロニー付近を通過。隔壁で仕切られている為、危険性は低いと報告します』

「汚染個体ってなに。あの虫?」


 AIは答えなかった。答えて欲しいと、もう一回質問しようしたけど、出来なかった。何故って? そりゃ。


『脆弱な個所を発見。脱出口です』

「壁! それ壁!」


 虫と俺を仕切った隔壁に比べれば、確かにぼろい。でも壁は壁だ。歩戦は速度を緩める気配がない。


「わあああああああ!?」


 強い衝撃と轟音。車体が派手に揺れる。そして不整地を走っていると思われる振動。モニターを見ると洞窟だった。奥には光が見える。太陽の光、そして森の緑。人影みたいなのもちらほら。

 モニターの一部に拡大した映像が表示される。


「あ……」


 現地の人たちらしい集団の中に、家族が居た。突然の轟音と振動。そして突進する歩戦に慌てふためいて逃げようとしている。歩戦が集団の手前で止まる。

 大粒の涙がぽろぽろと零れるのを感じた。ああ、やっと会える。あったら、まず謝って。それから……。


「なんだこいつ!?」

「ま、魔物……化け物……?」


 人って衝撃的な物を見ると、どうして良いか分からなくなって立ちすくむ時が有る。あと明らかな危険に直面した時、なぜか自分だけは大丈夫だと思ってしまう現象も。

 多分それなんだろう。皆は突然出てきた歩戦を呆然と見上げていた。

 父親がヴェルエナと、母親を庇おうと一歩前に出た。

 大丈夫だって、取り扱い注意だけど危ない物じゃないって。あとヴェルエナの胸に飛び込もうとハッチのレバーに手を掛ける。


『敵性集団検知』

「え?」


 AIが言った。

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