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「わあ、綺麗……」


 蛍が無数に飛んでいると思った。白熱灯みたいな、温かみのあるぼんやりとした光の粒がふよふよと、数えきれない程浮かんでいたからだ。つい衝動的に手を伸ばし、捕まえようとしてしまった。光の粒は俺を避ける様にふわりふわりと、不規則に飛ぶ。きっと、風に巻かれただけだろう。

 粒たちは清潔な、壊れた所なんて一つもない通路の奥まで満ちていた。神秘的な光景だった。神話的と言うべきか。人工物と超常的に見える光の対比で、芸術的素養が無い俺でも、ちょっと思う所があるレベルだ。

 幻想的な光の中に、手を伸ばすアリシアの体が傷だらけでなかったならば、多分良い絵になったんだろう。でも中身は俺だ。そう思うと情緒も何も無い。


「ん? 蛍じゃない?」


 光の粒が小さすぎる。羽音も聞こえない。いや、蛍の羽音なんて聞いたこと無いけど。それに、本体が見えない。まさかと思った。いや、まさか……ねえ?。


「ちぇ、ちぇれんこふこう?」


 即座に扉を閉め、距離を取る。前門の光に後門の肉虫。ここはきっと地獄だ。地の底にあるし。


「あれが汚染とか粒子とか、そういう奴じゃあないよな?」


 原子力汚染とかは本当に勘弁してほしい。思わず後ずさりをする。でもよく考えれば、こんなふよふよ汚染物質が漂う状態で、俺が生きていられるはずがない。多分即死だろう。そうだと信じたい。いや、まったく詳しくないから何とも言えないが。

 頑張って帰っても手遅れだとか、そんな悲しい結末だけは避けたい。


「よしっ!」


 頬をパンッと叩いて気合を入れる。


「いたあい……」


 傷が痛んだ。そりゃそうだろうな。傷だらけの頬を叩いたら、そりゃ痛いに決まってる。

 ぼさぼさの髪の毛を後ろに流す。手櫛を通しただけだけど、顔の前や横に長髪があるのは鬱陶しかった。泥まみれに血まみれ。ついでに切れたりしているのが視界に入ると、気が沈む。綺麗な銀髪はアリシアが密かに自慢にしている物の一つ。家族からも満場一致で綺麗だとお墨付きを貰っている。

 それがズタズタになっている。精神的にきつくて涙ぐむ。


「……よしっ!」


 二度目の気合入れ。今度は声だけ。アリシア学習する賢い子。二度目のバカはやらんもん。

 おずおずと扉を開く。光が……便宜上、粒子と呼ぼう。粒子は相変わらずふよふよ漂っている。


「うう……」


 もしかして汚染物質かな、という目で見ると地獄絵図に見えてくる。凄いな。一歩も足を踏み出してないのに挫けそうだ。覚悟が一瞬で萎えて、心がへし折れそうだ。俺はこんなに心が弱い人間だったのだろうか。信じたくはない。アリシア側の影響だと思いたい。


「よしっ! いってぇ……」


 頬を心持ち強めに叩く。さっきよりも痛かった。三度目の気合入れだ。アリシア学習しない間抜けな娘じゃないか。ただのアホの娘だ。なにが学習する賢い娘だ。バカ娘め。


「ふ、ふひぃ……」


 さあ行くぞと力を込めると、緊張のあまり変な声が出た。

 それに、と言ってもこっちのが切実な問題か。隔壁がいくら分厚いと言っても、あの虫は酸性かアルカリ性か分からないが溶解液を出してきた。なら最悪の場合を考えて、隔壁はそのうち溶かされるという前提で動いた方が良い。なら、溶けて襲われる前に移動した方が良いに決まっている。

 今度こそ一歩踏み出す。何ともなくて平気だ。もう一歩、もう二歩と歩みを進める。扉がぱたりと、後ろで閉まる音が聞こえた。見ればカードリーダが壊されていて少し焦る。封鎖ってそういう事か。

 行きはよいよい帰りは怖いって具合かな。いや、違うか。




 通路はどこまで行っても壊れている部分なんて無かった。出口は無いか? 使える物は? 特に服が欲しかった。人の気配は無いけど、この区画は清潔そのもの。さっき見つけた兵士の死体も新しい。いつ人に遭遇するかひやひやする。性的な意味で。いや、貞操保てたとしても、全裸で徘徊だ。人として終わってる。

 両脇にはいくつも扉があったけど。どれも鍵が壊されているか、封鎖って表示されていて開けられなかった。

 動く物と言えば粒子だけ。俺の体調に変化は……ある。意外や意外、かなり調子がいい。足取りも軽快であまり疲れない。喉の渇きは相変わらずだけど。時間が経過するにつれて、痛みがちょっとだけ弱くなっている気がする。


「うう……痒い」


 イライラするのは痒さのせいだ。粒子が触れた場所から痒みが広がる。ヒトを保てないとか言っていたから、もしかして体が形態変化するかと思って怯えていたけどそんな事は無かった。ひたすらに痒いだけ。

 有名なゾンビゲームでも、日記かいてる奴は痒がっていたなあと思いだす。でも俺は出来物が出来ている訳でもないし、肉が欲しい訳でもない。


「ああもう。なんでこんな!」


 苛立ちを吐き捨てつつ肩のあたりを揉む。傷口には触れない。一番痒いところが虫にやられた肩と足裏だ。本音を言えば掻きむしりたかった。でも触れてはいけない。触れたとしても掻いちゃいけない。拷問だよこれは。

 むず痒い手をぼりぼりと掻く。ああ、気持ちいい。視線を落とせば真っ白なお手々に赤い引っ掻いた後が。


「あれ?」


 傷が無い。かさぶたが出来て塞がっているのなら分かる。それも通り越して傷が消えていた。傷跡一つない。ふと合点がいった。そういえばヴェルエナに治してもらった時もむず痒かった。


「どういう事だ……」


 ヴェルエナの使った魔法とやらと、この汚染物質が起こしたと思われる治癒現象。順当に考えれば魔法発動の媒体である魔素とやらと、この粒子は同一か近い存在と考えられる。

 でもそうは信じたくない自分が居る。汚染どころか有益じゃないか。日常的に使っているヴェルエナはどうだ、ヒトを保っているぞ。

 日本人である俺の常識から言えば、人間は魔法を使えない。アリシアの常識から言えば、人間は普通魔法を使える。

 二つの常識の衝突だ。頭がくらくらしてくる。まあいい。この件に関しては考えるのを止めよう。俺は専門知識も何も持っていないんだ。どうせ答えは出ない。


 そうやって歩いていると、天井近く、視界の端に動くものが見えた気がした。すわ虫かっと思い、見ると監視カメラだった。カメラが俺を追いかけて回っていた。


「いやん、えっち」


 頭が真っ白になって、つい呟いた言葉で空気が凍り付いた気がした。カメラは目立たないタイプで、円形のカバーが付いている。つまりここに来るまでの間、ずっと撮影され続けていたかもしれないって事だ。

 胸と下半身を急いで隠し、しゃがみ込む。ちらっとカメラを見る。やっぱり俺を撮影していた。

 もう散々撮影されたかもしれないんだから、もういっそ開き直ってしまえという考えも浮かぶが、それは絶対嫌だという気持ちもある。

 ああもう、とにかく恥ずかしい。顔が熱い。恥ずかしさにプルプル震える。

 さっさと動けと理性が言う。いや動かぬ、肌を見せるは女の恥じよと本能が言う。駄目だ、考えが纏まらん。にっちもさっちも行かなくなった。


「大丈夫だ。大丈夫。きっとあれだ。設備だけ動いてるけど人は居ないパターンだよきっと。行けるぞわたし。頑張れわたし。ゴーゴーわたし」


 一つ試してみるか、と気合を出す。上目遣いで見上げ、引きつった笑いを浮かべる。へにゃっとしたピースをして、


「い、いえーい。見てるー?」


 今日、アリシア・ガソッドは女を捨てた。頬を流れる熱い物は何だろう。考えない様にしよう。

 返答は無かった。反応すらない。ほおら、やっぱり人は居ないんだ。

 そっと立ち上がり、内股気味で上下を隠しながら歩く。眼から流れる熱い衝動(なみだ)をこしこし拭う。

 わたしはこんな状況に負けないもん。アリシア強いもん。




 通路の突き当たり。もう廊下はどこにも繋がっていない。文字通り最後の袋小路だ。

 そこには男性搭乗員控室って書いてある扉が有る。英語に日本語、あとよく分からない言語が併記してあるプレートが掛かった扉だ。その下にはもう一つ、更衣室ってシールがぺたりと貼ってある。良い響きだ。覗くなら女子更衣室だけど、自分が入るなら男子更衣室が良い。鍵の方式は見慣れた電子ロック式。もしかしたら着替えが有るかも。他の野郎の服を着るなんて嫌だけど、こういうのは大抵新品が有る程度備蓄されている物だ。もしあったら拝借でもしてやろうと、ウキウキのルンルン気分でリーダにカードを通す。

 ぴぴっと音を立てて鍵は開かれた。


「やった」


 ぴょんぴょん飛び跳ねたい気分だった。弾む心で鍵を開け、中に入る。


「……うん?」


 ふと立ち止まる。理由は自分でも分からなかった。真ん中にベンチが置いてあって、左右にロッカーがずらりと。そんなに広くは無い。端の方にある棚には本が入っている。部屋の奥には格納庫って書いてある扉。

 近寄って一冊抜き取り取ろうとしたら、もうだいぶ古くなっているみたいでバラバラになってしまった。でもうっすらと見える写真から、辛うじてエロ本だと分かる。

 隣に置いてある紙束。多分新聞を手に取る。かなり黄ばんで、しかも外国語だから何を言っているのかさっぱり分からない。

 辛うじて分かる文章と言うと……アタックとか書いてあるな。攻撃?

 まあいい。探し物はこんな紙束じゃない。

 ロッカーに近寄る。さらば全裸生活よと上機嫌になる。


「ふくーふくー。服着て福来るー」


 綺麗な声で音程もリズムもへったくれもない歌を口ずさみ、立て付けの悪いロッカーの一つをこじ開ける。なにも無い。まあいい。予想の範囲内だ。次。無い。次。無い。


「どういう事だ……」


 呆然と呟く。ずらっと並ぶロッカーを開けた。使えそうなものは何も無かった。使えないガラクタが入っている程度だ。誰が欲しがるか筋トレアイテム。なんで詰まってるエロ本よ。

 普通こういうのは、なんか入っているのがセオリーだろうが。なんで無いんだよ。有ってくれよ服の一着くらい。

 端っこのロッカー。まだ開けていない最後の一つ。開ける度に目が死んでいくのを実感していた。どうせここにも何も無いのだろうね、とそんな事を考えながら開ける。


 ……やった! あったぞ! 清潔な服装が一着揃ってる!

 という妄想をしたところで、なにも意味はない。

 やっぱり写真や本が詰まっている程度だった。


「万事期待外れかよお……」


 つい涙声になってしまう。八つ当たり気味にロッカーを閉める。最後は格納庫だ。これで開かなかったら俺は泣く。穴から落ちて何度泣いてるか分からんけど、多分大声で泣く。

 扉に鍵はかかっていなかった。立て付けが悪い。力いっぱい押すと、少し隙間が出来る。その隙間から大量の粒子が流れ込む。力を込めたからか、弱まっていた痛みがまた強くなる。奥歯を噛み締めぐっと押す。


 広い場所。光に照らされて眩しい程の空間には大量の残骸が転がっていた。あれはなんだ? 装甲車か? どれも原形をとどめている。留めているからこそ兵器だと分かる。大穴が開いたり、溶けた様な損傷がある物もある。車両の側面にはRRTOと書いてある。

 そんな空間の真ん中、明らかに別種の兵器が無傷でうずくまっていた。


 ……都合が良すぎるとは思うけど、ここは格納庫だ。そして無傷の兵器。燃料はなにか、動くかも分からない。ただ、格納庫なら外に繋がっている可能性が有るって事だ。兵器なら、多少の隔壁は吹っ飛ばして行けるかもしれないって事だ。

 口角が上がる感覚。多分、俺は今にやけているんだと思う。


やるか。


派手に。

次くらいで姉と合流できると思いますん。

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