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 目を覚ますと見知らぬ美少女がすやすや寝ていた。知らない少女で、誰だこいつと思った。

 世にも珍しい銀髪だ。絶対日本人じゃない。日本人なら、染めようがカツラ被ろうが黒以外は基本似合わない。

 少女は俺が寝ているベッドの横で、椅子に腰掛けていた。中学生か高校生くらいに見える。なぜか大昔のヨーロッパ人の様な服装をしていた。フランスとかの辺りだ。コスプレが趣味なのかね。

 口を半開きにして、天を仰ぐ様に気持ちよさそうに寝ているもんだから起こすのも気が引けた。周囲を見回せば、古めかしく薄暗い部屋だった。採光窓から光が差し込んでくる程度だ。お香だろうか。強烈な匂いが部屋一杯に漂っていた。

 幾つかベッドが並んでいる。大部屋と考えても数が多い。


 ここは一体どこだ。俺は健康診断で病院に行った筈じゃなかったのか? 俺の行った病院は、こんなに古い病院じゃなかったはずだ。もっと大きくて綺麗な総合病院。

 変な夢だなあと目を擦ろうとした。動きがぴたっと止まった。手が小さかった。

 感触から、多分今貫頭衣を着ているんだろう。妙にスースーする。

 小さい手。真っ白だった。ちょんっと触れてみる。柔らかい。もっちもっちのすべっすべ。視線を降ろす。やっぱり貫頭衣を着ていた。小柄で肌はやっぱり真っ白。全体的にミニマムサイズ。イカ腹の寸胴だ。そっと股間を触る。ナニが無い。俺去勢されたのか、と絶望する。

 やべえよやべえよと心で呟く。その気が無いのにオカマになっちゃった。お嫁に行く気無いのに。お婿にもいけなくなっちゃった。

 というかこの状態で女の子と付き合ったら、それって百合なのかノーマルなのか、それとももっと複雑なよく分からない何かなのかね。誰か教えて。



 物音が聞こえた。振り向けばトレイを持ったおばさんが部屋に入ってきていた。白っぽい服装だった。寝ている少女と同じように大昔の人間の服装をしている。歴史の教科書かなんかに載っている様な、看護婦っぽい格好だ。


「あらおはよう。痛いところは無いかしら?」


 聞いたことのない国の言葉。当然日本語じゃないし、英語でもない。前に知り合いがどや顔でぶつぶつ言っていたドイツ語でもなければイタリア語でもない。

 本当に知らない言葉。でも俺はなぜかそれの意味を理解できた。

 ドラマの撮影か、コスプレ大会に巻き込まれたのか? 俺は。となると随分と気合が入っている。材質とかくたびれ具合とか完全に本物っぽい。日常的に使ってるって感じのくたびれ方だ。

 んなわけ有るか。コスプレ大会と明らかに女体になっている俺の状況。どうやって両立させるっていうんだ。頭開いて脳みそでも移し替えたか? 俺は健康診断に来ただけだぞ。もしそうなら絶対あの藪医者訴えてやる。偉そうに黒縁眼鏡なんぞかけやがって。


 返事を返さない俺に、おばさんは半笑いを浮かべた。


「まあ体験が体験だからねぇ。怖かったのはよくわかるわよ」

「何が、あった? 怪我?」


 質問したいことは山ほどあった。ここは病院なのか、というかどこの国だ。俺は誘拐されたのか、なんで体がこんな事に? 俺は男の筈だぞ。

 ただそれらは言葉になってくれない。やっとこさ出た言葉は、二つだけだった。調子っぱずれな声だったが、なぜか昔から使っている言葉みたいに言えた。


 俺が何が有ったかと聞くと、おばさんは一瞬にやけた。


「何が有ったって……。怪我は無いわ。ちょっと待っててね。鏡持ってくるから。うちの診察院の自慢なのよ。綺麗で大きな鏡。ああその前に」


 おばさんは椅子で寝ている少女を揺り起こした。


「う、うん……?」


 少女はうっすら目を開けると俺を見た。眼が大きく見開かれる。


「あ、おはよう。姉さん」

「アリシア起きたあ。心配したんだよお!」


 俺、というか俺の体はアリシアって名前らしい。

 朗らかな声で俺は言った。ん? 俺が言ったのか? 何でこの少女が姉だと分かった?

 俺が姉と呼んだ少女は俺に抱き着いた。胸に顔がうずまる。興奮五割、困惑二割。安心三割の塩梅だ。本能的にぎゅっと抱き着いて顔を押し付けた。

 これが俺の本性ではないと信じたい。きっとあれだ。あれだよ。多分あれだ。

 あれってなんだよ。


「うんうん。怖かったね。怖かったね」

 少女は俺の頭を撫でた。視界の端に映る色から、俺も長髪の銀髪なのだと知った。


「お母さんもお父さんも心配してるんだよ。お仕事で忙しいから今居ないけど。後で元気な姿見せてあげようね」


 頭を撫でながらぎゅっと力を強める姉と思われる少女。呼吸困難になる俺。死ぬ、死ぬとタシタシ背中を連打するが、力は向こうの方が強い。というか強すぎる。背骨がギシリと軋む音が聞こえた気がした。


「んー? どうしたのかな?」


 推定姉は力を緩め、俺の顔を見た。にへらっと緩んだ幸せそうな笑顔だった。こっちはベッドで体を起こしている関係上、向こうの方が頭が高い。多分今の俺は上目遣いになっているんだろう。そのまま全力の抗議。


「死ぬ! 死ぬから! 息止まって死ぬから!」

「え? あ、ごめん。つい……。本当にごめんね」


 ああ失敗した。という表情。推定姉はまた俺の頭を撫でた。今気が付いた。入れ墨みたいな模様が手の平に描かれている。特になにかの文字でもなく、かといって絵でもない。青っぽい線がすうっと手に流れている。

 民俗的な何かなのかと思ったが、俺の手には何も描かれていない。ある程度の歳になったらとか、そういう事なのだろうか。


「お待たせ。鏡持ってきたわよ」


 看護婦のおばさんが鏡を持ってきた。手鏡よりちょっと大きめの物で、綺麗な額で飾られている。鏡の中から銀髪の美少女が、俺をきょとんと見返していた。最初は凝視。次に困惑。俺はおもむろに笑った。鏡の少女も強張った笑いを浮かべた。

 視線を降ろして自分の体を確認した。ちらっと上目遣いで見れば、少女も同じことをする。


 深呼吸を一つ。本当に夢じゃないんだろうなと、頬を掻くふりをしてひっかいた。結構痛かった。夢じゃない。

 鏡の中の少女、いや違う。女になった俺も同じことをやっていた。

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