序章
―――寛文4年
将軍 徳川家綱が将軍の位につき、既に14年の時が経過していた。
「なぁ、そこのうどん屋にでもよらないか?」
一人の男が、大通りに面するうどん屋を指して訊ねる。
訊ねたのは隣を歩く、同じような格好をした連れの男だ。
「ん~、確かに寒いしそれもいいなぁ。だが……」
訊ねられた男は鬚の生えた顎に手をやりながら、遠くを眺めるように目を細める。
視線の先に構える一つの店をみて、初めに訊ねた男はあぁともらした。
「なんだ、ラーメンが食いてぇのか?」
「あぁ、最近食べてなかったからよ」
「んー、じゃあ今回はラーメンだな。あ、でもジャンクフードでさっさと済ますのもありじゃねえか?」
「ジャンク? 味が濃くてダメだダメだ。それよりここのラーメンはとんこつが絶品でな?」
「あーはいはい。
分かった分かった。
じゃあ行くぞ、じゃねえと仕事に遅れるだろ?」
「おっと、そうだったな。またなげぇ奉行の説教は御免だ」
そんな会話を交わしつつ、二人は早足で歩みを進めた。
外観こそ瓦と土壁。
されど、白金と鉄筋作りのラーメン屋に――――。
近未来都市―――江戸
初代将軍 徳川家康が天下統一を果たし60年前後。
江戸は、世界を代表する近未来都市として栄えていた。
60年以前の文化はすでに消滅し、かろうじて残るは[江戸城]周辺の点々とした格式を重んじる家のみ。
江戸の大体部は高層の鉄筋造りがずらりと並び、宵は光であふれかえっていた。
行きかう人々の格好はさまざま。
かつて着物といわれた物は正装と言われるようになり。
江戸の民は、そのほとんどが通信機と呼ばれる端末を耳へ装着している。
通貨はすでに電子化され、もはや60年前の名残は消滅したといっても過言ではない。
そんな利便性を極めた都市である江戸は、それと等式であった。
人類には重すぎたものと。
――――[機械義手]
別名を [技術結晶]。
江戸を構成する技術の全てが詰まった、謎の機械。
その後、[技術結晶]が発見されてまもなく、科学者と呼ばれる者達が現れ始めた。
彼らは分解、研究に必要な器具の発明をし、失敗から学んだことを新たな技術へと応用する。
そうした積み重ねが、江戸という都市を作り上げたのだ。
しかしこれらは、あくまで[機械義手]のもたらした恩恵の一つに過ぎない。
故に、人々はそれを{源}と称するようになった。
複製された機械義手により、刃向かう世界中の武力国家が淘汰された今。
技術において世界の頂点に君臨する江戸には、永遠に揺らがぬ盤石の[平和]が訪れる――
――はずだった。
ある快晴の日の出来事だった。
朝日が江戸城の城壁を茜に染め、夜が明けると思われたその日。
[平和]を駆逐する[災厄]が。
――どこからとも無く現れたのであった。
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