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第6話『ご主人様の元従僕を見返す為、仕事を始めます』

 それはある日の夕方、俺が『スマイルテイスト』でバイトをしている時だった。

「いらっしゃいませ」

 俺がいつもの様に、接客をしていた時だった。店に、一人の男性が入って来たのである。男性が店に入った瞬間、俺は目を奪われた。

 外見からして、恐らく高校生か大学生くらい。サラサラで艶めく茶色い髪、モデルの様に華奢な体型、洗剤のCMに出て来そうな真っ白なカッターシャツ、年代を感じさせるジーンズ、左手首に着けた銀の腕時計も、かなり高級なブランドなんだろうな。そして、何より最も印象的だったのが、何と顔が俺と瓜二つなのである。ひょえー、同じ顔なのに、ここまで住む世界が違う人間に会ったのは初めてだ。もし、俺がお金持ちの家に生まれていたら、今頃あんな風になっていたのだろうか? ……って、このまま圧倒されていたらダメだ。ちゃんと、接客しないと!

「な、何名様でいらっしゃいますか?」

「一人です」

 男性は淡々と答えた。

「かしこまりました。それでは、席にご案内します」

 そう言って、俺は緊張しながら男性客を案内した。窓際に二人用の席がちょうど空いていたので、そこに座らせる事にしよう。

「こちらの席に、お座りください。ご注文が決まりましたら、こちらの呼び出しボタンを押してください」

「じゃあ、デミグラスハンバーグで」

 ボタンを押す前に、早速注文してきた。どうやら、この人はこの店の常連客である様だ。

「デ、デミグラスハンバーグですね。かしこまりました」

 俺は注文を聴いた後、キッチンにいるスタッフに報告しに行った。


「お待たせいたしました。ご注文のデミグラスハンバーグです」

 十分後、俺は客が注文したメニューを持って来て、机の上に置いた。

「ありがとう」

 男性が笑顔でお礼を言ってくれた。物凄く爽やかな笑顔だったので、今までの緊張感がスッと消えた。それも束の間、男性は俺に質問してきた。

「ところで、君。花ノ宮って名前の店員さんって、いるかな?」

 その名前を突然聞かれて、俺は思わずビクッとした。もしかして、麗華の事か? 花ノ宮なんて苗字は、そうそうないし、もしかして麗華の事を知っているのか? 麗華も元とはいえセレブだから、色々なセレブとのコネがあるのだろう。でも、こんな庶民向けのファミレスにセレブ様が来る訳が無いよな。となると、多分この前の面倒な客を撃退した話を聴いて、やって来たのかもしれない。しかし、あの後麗華は俺を従僕扱いする事が出来ないのが嫌と言って、辞めちゃったし、客に元店員の事を話すのは個人情報流出になるよな……。

「あ、あの……申し訳ございませんが、彼女はもうここにはいないのですよ」

「あっ、そうなんだ……」

 それを言われて、男性は少し肩を落とした。でも、すぐに気持ちを切り替え、

「じゃあ、分かった。君の接客はとてもよく出来ていたよ。アンケートにも、その事を書いてあげるから。それじゃあ」

 そう言って、男性は軽く手を振った後、黙々と食事を始め、食べ終えた後は、会計を済ませて店を出て行った。

あの人、麗華に何の用だったんだろう? もし、麗華がいたらどんな話をするつもりだったのだろう? あの人が店を出た後も、そんな事を考えながら、仕事をした。


 バイトを終えた後、スーパーで夕食の材料を買って、帰路についた。早く帰らないと、麗華にまたお仕置きされるからな。そう思っていた矢先だった。

 俺のアパートの前に黒い車が置いてあった。しかも、ボディには光沢があり、いかにも高級なデザインの外車である。こんな高級車を持っている人が、こんな安賃アパートに一体何の用なんだ? そう思い、ふと俺の自宅のドアを見ると、俺の玄関の前に男性客が立っていた。後姿しか見えないので顔は分からないが、あの服装には見覚えがあった。でも何で、あの人がこんな所にいるんだ? そう思っている間に、男性は玄関のチャイムを鳴らした。すると、扉が開き、麗華が現れた。

「ちょっと、阿見。主人をこんなに待たせるなんて、一体どこで……って、あなたは?!」

 男性の顔を見た瞬間、麗華は目を丸くした。

「久しぶりだね、麗華」

 男性は麗華を見るなり笑顔で挨拶した。

「出川! 何で、あなたがこんな所に?」

 すると、出川と呼ばれた男性は、カチンと来て、

「そんなリアクション芸人と同じ苗字で呼ぶな! それに、今は阪井という名前だ。それにしてもお前、家が潰れてから、こんな安賃アパートに暮らしているのか」

「こんな安賃アパートとは、失礼ですわね! それとあなた、かつての主人をお前と呼ぶのは、お止めなさい!」

「主従関係が解消されたんだから、もう主人に敬意や忠誠を示すなんて必要無いだろう。全く、落ちぶれても高飛車な性格は相変わらずだな」

「そういうあなたも、主人に対して生意気な口を叩くところは、昔からちっとも変わっていませんわね!」

 出会ってすぐさま、俺の玄関の前で、口論を繰り広げる二人。

「ちょっと、お客さん! 俺の家で何をしているんですか?!」

 二人がバトルをしている間に、俺は階段を駆け上がり、男性の元に掛け寄った。やっぱり、あの時の男性客だった。男性は俺の方に振り変えると、

「あぁ、君はさっきの店にいた店員さんか。あのハンバーグは、とても美味しかったよ。ところで、さっき俺の家って言っていたけど、もしかして君が麗華の同居人?」

「そ、そうですけど……そういうあなたは麗華とどういう関係なのですか?」

 俺は戸惑いつつも男性に尋ねた。しかし、男性が答えるよりも早く、麗華が男性を指差しながら言った。

「出川は、私の元従僕ですわ!」

それを聴いて、俺は「え――っ?!」と叫んだ。まさかの衝撃的事実である。


 阪井陽斗さかい はると。旧姓:出川(でがわ ※旧姓を聴いた時は、思わず吹き出しそうになった)――彼は幼少時、多額の借金を抱えた両親が自身を花ノ宮家に預けて蒸発した事から、借金の肩代わりに使用人として雇われたそうだ。

「で、出川……じゃなくて、阪井さんは、麗華の従僕だった頃の生活はどうでしたか?」

 俺は恐る恐る阪井さんに尋ねてみた。

「フッ……あの頃はこの上なく、屈辱と苦悩にまみれた日々だったよ」

 阪井さんは、嫌な顔をしながら言った。よっぽど、嫌な思い出だったんだろうな。しかし、麗華が反論する。

「ロクに仕事が出来ない癖に、生意気な態度を取るのがいけないのですわ!」

「生意気な態度だと? あんな扱いをされたら、文句の一つも言いたくなるだろ。あの時の僕の苦しみがどれ程のものだったか、君には分からないだろう……」

 阪井さんは目に涙を浮かべながら言った。

「些細な失敗で大衆の前だろうと僕を四つん這いにして足を踏みつけたり! 当主様の部屋の花瓶を割った濡れ衣を僕に擦り付けたり! 僕がひっそりと貯めていたへそくりを奪い取ったり、挙句、他の使用人に僕の悪口を流して僕を孤立させたり! お前の従僕になってからロクに良い事なんてこれっぽっちも無かったよ!」

 へぇ、そうなんだ。幼い頃の麗華って、相当なガキ大将みたいだな。まるで女ジャ×アンみたいな性格だ。阪井さんはその後も話を続けた。

「クラスメイトも最低な連中だったよ。アイツらも便乗して僕をパシリとしてこき使ったり、『おい、出川』とか『ヤバいよ、ヤバいよ!』とからかったり! 僕の鼻をザリガニの鋏で摘まんだり! 学芸祭の出し物で熱々のおでんを無理矢理食べさせたり! あの時の苦しみがお前に分かるか!」

阪井さんの話を聴いていて、だんだん彼に同情したくなってきた。麗華に対する悪態も、そうしたいじめ同然の主従関係やクラスメイトからのからかいによるストレスから形成されたものだと思うと、何とも言えなかった。

「それで、阪井さんは、花ノ宮家が破産した後は、どうしていたんですか?」

「花ノ宮家が破産した後は、僕も失職したから、しばらくは住み込みのバイトをしながら生活していたけど、数ヶ月前に阪井家の当主、つまり今のお養父とう様に拾われて、そのまま養子として迎えられたんだ。実家の借金も清算してくれたし、贅沢な生活をさせてもらえて、おかげでようやく屈辱的な生活から解放されたって訳だよ」

「でも、何でセレブ様がこんな庶民向けの店に来てたんですか?」

「だって、あの店は僕の家が経営している会社の系列店だから」

「えぇっ?!」

 まさかの衝撃的事実・その2である。まさか、俺のバイト先が阪井家が経営している会社の系列店だったとは! 阪井さんは更に続けた。

「以前あの店で、金髪の派手な女性店員さんが厄介な客を撃退してくれたって話を聴いたんだ。誰だろうと思って、名前を聞いたら、まさか君だったとはね」

 なるほど。それなら、セレブ様がファミレスに訪れた理由にも納得がいく。没落してしまった、かつての主人の様子をうかがう為にやって来たという訳か。

「ところで阿見君、君はどうしてこんな女と暮らしているんだい?」

「それは……彼女が空腹で路頭に迷っていた所を俺が拾ったんです」

 そう言うと、阪井さんは曲げた人差し指を顎に当てて少し考えた後、

「ねぇ、それってひょっとしたらだけど、君が麗華を家に入れてくれたのかい?」

「まぁ、そうですけど……?」

 正確には、空腹で倒れてしまった麗華を俺がなし崩し的に家に入れてしまったのだが、間違ってはいない。俺がしどろもどろになりながら答えると、阪井さんはニヤッと笑い、

「ハハハハハハハハハハハハ!」

と、高笑いした。

「何がおかしいのですの?」

 麗華が阪井さんに睨みつけた。

「だって、そうじゃないか。一年前まで、他人を顎でこき使っていた高飛車なお嬢様が、一気にホームレスにまで落ちぶれるなんて。とっても皮肉で、滑稽な笑い話だよ!」

「あなた、さっきから主人に向かって、随分と生意気な口を叩いて!」

「他人の家に住まわせてもらっている身分で、家の主を従僕にして、こき使っている奴に言われたくないよ。寧ろ、君が家を提供してくれた阿見君に感謝の意を示すべきじゃないのかい?」

「今は、こんな粗末な家に住んでいますけど、私はここから花ノ宮家を復興させるのですわ! 彼には、私の家の復興に協力してもらいますの!」

「ほう、どうやって?」

 阪井さんが麗華を挑発する様に尋ねた。

「阿見と共に会社を起こすのですわ!」

「マジで?!」

 俺のツッコミをスルーして陽斗が言った。

 な、何だって? コイツ、確か前に俺のパソコンで会社起業の仕方を調べていたけど、まさか本気でやるのか?

「あ、あのさ……麗華さん。あんまり、そうした大口は叩かない方が……」

 俺が麗華をなだめながら言おうとしたが、麗華にギロッと睨まれた途端、言い返せなくなった。

「そうか。だったら、お手並み拝見といこうじゃないか」

 陽斗は、麗華に不敵な笑みを浮かべて言った。

「見ていなさい、いつか花ノ宮家を復興させて、あなたをギャフンと言わせてやりますわ!」

 麗華は立ち上がり、阪井さんに指を差して、宣戦布告したのであった。


 阪井さんが帰った後、俺は早速、麗華に尋ねた。

「で、阪井さんに啖呵を切ったけど、一体どんな会社を立ち上げるんだよ。この前、俺が聞いた時は、まだ何にも考えていなかっただろ」

「何も考えていない事はありませんわ。少なくとも、社名はオフィス花ノ宮に致しましたの」

 社名に自分の名前を付けるのか。名字なら分かるけど、下の名前を付けるなんて、何だかマツ×トキ×シみたいだな。

「で、どんな仕事をするんだ? 言っとくけど、もし何でも俺にやらせるものだったら、断るからな」

「あなた、従僕の癖に私の指示が聴けませんの?!」

 麗華は口を尖らせながら言った。どうやら、当たりの様だ。

「当たり前だろ。この歳で過労死はしたくない」

 それを聴いて、麗華はぐぬぬ……と、唇を噛みしめながら、顔を背けた。せっかくの案を潰されて、悔しい様だ。でも、このままだと話が進まないよな。じゃあ、俺からも何か案を出してみるか。

「じゃあ、イラストならどうだ? それなら、俺も出来るし」

「あんな幼稚な絵に需要があるとおっしゃいますの?!」

「何だと? これでも、俺のサイトには毎日千人以上のアクセス数があるんだぞ!」

「随分と目利きの無い人達が集まるのですわね!」

「お前、俺のサイトを見に来てくれる人に、文句を言う気か!」

 俺の気迫に押されて麗華が口をつぐみ、恨めしそうに上目遣いで俺を睨みつける。

 その時、チャイムが鳴った。

「こんな時に、一体誰なんだよ……」

 俺が苛立ちながら玄関の扉が開けると、芽衣子が立って来た。何があったのかは分からないが、かなり落ち込んだ表情を浮かべている。

「どうしたんだよ、芽衣子。こっちは今、大事な話をしているのに」

「ごめんね。でも、頼みたいことがあるの」

「頼みたいこと?」

「うん、麗華ちゃんにファッションショーのモデルとして出てほしいの」

麗華の元従僕が登場する回です。当初、元従僕の旧姓は当初「ダサイ苗字」で検索して出て来たものにしようかと思っていましたが、どこも数が多いので現在の形となりました。

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