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第4話『幼馴染と再会してしまったのだが』

俺は高校に入学した頃から、笹凪アパートというアパートに住んでいる。その理由について、周囲には「よりレベルの高い教育を受けたい」「いずれ、親元から自立しないといけないから」と告げているが、これは建前。本当の理由は、別にある。その背景にはアイツの存在があったからだ。アイツのせいで、俺の小学・中学時代は滅茶苦茶にされ、アイツから逃れる為に一人暮らし(今は違うが)を始めたと言っても過言ではない。

アイツは、俺が通う高校に入れる程の学力は無いし、今後二度と会う事は無いと思っていた。あの時が来るまでは……。


 それはある日の放課後、俺が部活を終えて、自宅に帰る途中のことだった。

 校門の前に、一人の女の子が立っていた。着ているブレザーの制服からして、ヨソの高校の生徒だ。外見は可愛らしく、こげ茶のお団子が頭に一つ乗っかっており、ぱっちりとした円らな瞳。そして、制服の上から大きく膨らんだ胸が目に付く。何人かの男なら、彼女に一目惚れしても、おかしくなさそうだが、俺は彼女を見た途端、何故か全身に悪寒が走った。何で、アイツがこんな所にいるんだ? アイツは確か、地元の商業高校に行ったはずなのだが……あぁ、そうか。多分、アイツと顔はよく似ているけど、別人か。この学校に来たのも、きっと自分の彼氏が来るのを待っているからに違いない。そう思った矢先だった。

「達也君!」

 女の子は、俺を見るなり、明るく大きな声で俺に駆け寄って来て、俺を強く抱きしめた。

「うわー、会いたかったー! 私、今までずっと一人だったから寂しくって、ここまで来ちゃったー! 達也君を探すのに、結構苦労したけど、それでもこうして会えたんだから、凄く嬉しいー!」

 俺に会えて凄く嬉しかったのか、かなりギュッと強く抱きしめられているのが……って、あああっ! 俺の胸に彼女の柔らかい二つのクッションが……このままだと、心臓発作が起きて死んでしまいそうだ!

「やめろ、やめろ! こんな所で抱きつくなー! 変な目で見られるから、離してくれー!」

 そう言って、女を突き飛ばす様に身を離すと、女の子はドシンと尻餅をついた。

「痛いですー。せっかく会えたのに、突き飛ばすなんて酷いですー」

 女の子は尻をさすりながら言った。

「酷いです、じゃない! こんな所まで来て何しに来たんだよ、芽衣子」

 俺は女の子の名前を呼んだ。

「だって私、達也君に会いたくて、わざわざここまでやって来たんだもん」

「つーか、お前、地元の商業高校に行ったんじゃなかったのか?」

「そうだけど、達也君がいなくて寂しかったの。でも、私、バカだから同じ高校には通えないし。だから、代わりに近くの恵信高校の編入試験を去年の冬に受けて合格したの」

 何という事だ! 近くの高校に編入するというのは、全くの予想外だった。しかも、俺の学校や自宅まで探していたとは! これって、ストーカーじゃないか! だったら、ずっと迷ってくれた方が良かったのに!

ちなみに、恵信高校とは自由な校風で有名な私立高校で生徒数も結構多い。学科は、調理科、福祉科、情報処理科、デザイン科がある。しかし、偏差値が非常に低く、「名前を書くだけで合格出来る」とも噂されており、藤澤高校に入れなかった奴が行く所とも言われている。

 芽衣子は俺の腕に抱きながら、上目遣いで甘える様に言った。

「じゃあ、せっかく再会したことだし、達也君の自宅に行きたいな~」

「えっ?!」

 まさかの発言に俺はビクッとした。腕に抱き着く、彼女の胸の感触がダイレクトに伝わってくるのが分かる。他の男なら、ドキドキするシチュエーションだが、今の俺には別の意味でドキドキしていた。本人は無自覚なんだろうけど、こういうことを彼氏以外の男にやるなよ!

「だってぇ~、達也君が今どんな暮らしをしているのか、凄く気になるんだもーん」

「さすがに、家には入れられないよ」

「えーっ? 地元にいた時は、家に入れてくれていたのにー」

「最近、ちょっと面倒な事が起きて、ますます忙しくなってな。俺の自宅で一緒に遊んでいる暇はないんだ」

 というか、お前を家に入れると、必ずロクでもないことが起きていたよな。俺の親父とお袋は、それでも優しくしてくれていたけど、こっちとしては大迷惑だったよ!

「せっかく、また会えたのにー」

 そんな会話をしていた時だった。

「ねぇ、あの女の子、一体誰なの?」

「結構、阿見君に親しく話しかけているけど、ひょっとしてあの子が彼女?」

「そういえば、この前も違う女の子が来ていたよね。もしかして、他にも女がいるんじゃないの?」

 皆さん、ひそひそと話をしていますけど、コイツは俺の彼女じゃないですよ。しかも、他にも何か勘違いをしていやがる。このままだと、埒が明かないと思った俺は、

 ダッ……!

「あっ! ちょっと、待ってよー!」

 俺は、芽衣子を突き放して、猛スピードで逃げた。


「た、ただいま……」

 どうにか芽衣子を撒いて、自宅に戻った俺は疲労困憊になり、玄関に倒れ込んだ。

「どうしましたの。何だか凄く疲れていましたけど」

「帰る途中で、変な女に付きまとわれてな……どうにか撒いてきた」

「それは大変でしたわね」

 口では言っているけど、麗華の反応は冷淡だった。少しは心配してくれたら良いのに。

 それでもやっと帰ることが出来たので私服に着替えようと、何とか体を起こした、その時だった。

「達也くーん!」

 明るい声と同時に、左から突如板の様な物が、ガッ!と俺を挟みこんできた。

 俺は思わず、ギャッ! っと、小さな悲鳴を上げてしまった。

「あれ~? 達也君の家はここだって聴いたけど、もしかして間違えちゃったかな?」

 その声は、つい先程聞いた声と同じものだった。おかしいな、上手く撒いたと思ったのに。それに、アイツは結構足が遅いし、極度の方向音痴だ。そんな奴が俺の自宅を突き止められるはずがないんだが。

 声の主は、(ここからは見えないが)恐らく辺りをキョロキョロと見渡していたが、すぐに先程の様子を見て、ぽかんと口を開けた麗華と目が合った。

「あの、すみません。阿見達也君の家を探しているんですけど、どこにあるのか知りませんか?」

 すると、麗華は、阿見なら……と、俺を憐れむ様な目で玄関のドアに挟まれた俺の方に指を差した。すると、声の主は俺の方に回った。

「あっ、達也君。そんな所にいたんだ」

 ようやく俺を見つけて、屈託の無い笑顔で現れたのは、先程俺が会った女の子・美月芽衣子だった。

 せめて、俺をドアに挟んだ、お詫びの言葉も一緒に言えよと思った。


「ふーん、学校でそんな事がありましたの」

 俺が事情を説明(途中で、説明下手な芽衣子が割り込んで、話がややこしくなったが)すると、麗華は大方事情を理解した様だ。

「それにしても、お前どうやって俺の自宅を見つけたんだよ」

 (一応、来客なので)お茶を出しながら、俺は芽衣子に尋ねた。

「達也君の家を探していたら、たまたま通りかかったおばさんが『達也君なら、ウチのアパートに住んでいるよ』って言って、わざわざここまで案内してくれたの」

 最悪だ! よりにもよって、大家さんが芽衣子に会ってしまっていたとは! きっと、買い物帰りに偶然、芽衣子と遭遇してしまったのだろう。きっと、俺は何かに呪われているのかもしれない。今すぐ、近くの神社で厄払いをした方が良さそうだ。

「でも、幼稚園からの付き合いという事は、つまり二人は幼馴染ということになりますの?」

「うん、そうだよー」

 芽衣子が笑顔で俺の腕に抱き着きながら言うと、麗華はムッと不満げな顔を見せた。そんなに嫌な顔をしないでくれよ……。

 俺と芽衣子は、幼稚園からの付き合いで、俺の近所に住んでいた。少々泣き虫な所もあるが、明るく天真爛漫な性格から近所の大人達からは可愛がられており、当時は俺と芽衣子も他の奴らと一緒によく仲良く遊んでいた。

「そうだよ。中でも達也君はね、私が失敗して落ち込んで泣いていた時も、優しくしてくれるし、困っている時にいつでも助けてくれる王子様みたいな人だったんです」

 そう言えば、そんなこともありましたネ。当時は、困っている人を見ると、放っておけなくて、転んで泣いていた芽衣子を俺が慰めたり虐められていた芽衣子を俺が助けたりと、今思うとあの頃の俺は本当に良い子でしたよ。今では、そのことを物凄く後悔しているけどな!

「それにね、達也君はいつも成績が良かったし、絵も上手いし、運動部に助っ人として参加した事もあったし、あと、よく学級委員長に選ばれていましたよ」

「ほぅ、それは凄いですわね」

 それを聴いた麗華が物珍しそうに、俺の方に目を向けた。

 芽衣子は、俺をスーパーヒーローの様に言っているけど、こっちは大変だったんだぞ。おかげで、俺は小学一年生にして先生から学級委員長と同時に、芽衣子の世話係を任されたんだから。当時の俺は、これをすんなりと受け入れたけど、後になってこれが大きな間違いだと気付いたよ。

 確かに、先生のもくろみ通りだった。俺が芽衣子のフォローに回る事で、ある程度の被害は抑えられたし、虐めに遭う事も無くなった。けど、掃除の時にバケツに躓いて、中の水をひっくり返して床をびしょ濡れにしたり、授業中にトンチンカンな回答をして周りをドン引きさせたりと、こっちとしては後始末が大変だった。おまけに芽衣子が失敗したら、後始末は全て俺任せ。芽衣子にもしもの事があったら、必ず世話係である俺の責任として、担任から叱られていた。周りもそれに便乗して、俺に仕事を押し付けたり、付き合っているの? お似合いだね。とからかったりして、散々だった。

 同じ中学に上がってからも、俺にべったりでクラスはもちろん、グループも三年間ずっとコイツと同じ。大して絵も上手くない癖に、俺と同じ美術部に所属してきた。そんな中で、次第に芽衣子と一緒にいる事に嫌気がさしていった俺は、何かと理由をつけて断ったが、だって私バカだから分かんないんだもん! 達也君がいないと何も出来ない! と、泣き出す始末であり、あの時はこっちが泣きたくなってきたよ。

「ところで、麗華ちゃんって、お嬢様なんでしょ。どんな暮らしをしていたの?」

「そうですわね、私がかつて豪邸で暮らしていた時は、朝になると、執事が用意した、お目覚めの紅茶を飲んで、朝の支度や朝食の用意も、全て使用人がしてくださいましたのよ。そして、学校では誰もが私を敬って挨拶をしてくださいましたのよ。そして、お昼には……」

 そう言って、麗華は自分がお嬢様だった頃の話を始めた。芽衣子は、へぇー、すごーい! と興味津々に頷いているけど、内容がいかにも自慢げだった。他の奴だったら、イラっとしているぜ。

「それにしても、今は麗華ちゃんと達也君って、一緒に住んでるんでしょ。一体どんな関係なの?」

「私と阿見は主従関係ですわ。言っておきますけど、別に男女の関係ではありませんわよ」

 ズバッと言いやがったな。正解だけど、何かイラっとするな。

「そうなんだ……」

 麗華の答えに、芽衣子はきょとんとした。

「ところで、麗華ちゃんは、何で金髪に染めているの?」

「これは染めているのではなくて、生まれつきですわ。私の母方のお婆様がイタリア人でしたから」

「ふーん、それにしても凄く綺麗だよね。触っても良い?」

「無暗に、人の髪に触るのは、やめてもらえます?」

 麗華はちょっと不機嫌そうに言うが、

「良いじゃん。触らせてよー」

 と言って、芽衣子は麗華の髪を両手で、くしゃくしゃと触ってきた。

「ちょっと、何を……キャッ!」

 麗華が小さく悲鳴を上げている。

「すごーい……髪の毛がサラサラー」

 それでも、芽衣子は凄く嬉しそうな顔をしている。きっと、手触りが良いんだろうな。

「ほっぺたも、ぷにぷにで柔らかーい、えへへ……」

 今度は麗華の両頬を指でつまんできた。

「ちょっほ、はなひなはい!(ちょっと、はなしなさい!)」

その表情に、思わず俺もプッと吹き出しそうになった。

「これ以上、人の身体に触れるのは止めてもらえませんこと?」

「えーっ? でも、手触りが良くて凄く気持ちいいよー」

「だからって……ひゃうぅっ!」

 芽衣子に色々な所を触られて、麗華が取り乱して可愛く悲鳴を上げている。あんな表情の麗華は初めてだよ。

「あのさ、芽衣子。麗華さんがスゲー困っているから、そろそろ止めてもらえるか?」

 俺が芽衣子を説得すると、少し寂しそうな顔をしつつも手を止めた。どうにか麗華は解放されたが、すっかり憔悴していた。それにしても、初対面で麗華にこれだけスキンシップをするなんて……俺がやったら確実に怒られてビンタされているぞ。

「じゃあさ。今度は達也君の自宅を見て回っても良い?」

「えっ? 何で俺の部屋を見るんだよ。言っとくけど、俺の部屋は狭いし、この部屋と向こうに風呂場とトイレがあるだけだぞ」

「だって、達也君がどんな生活をしているのか気になるし」

 芽衣子は手を後ろに組んで恥じらいながら言った。くそっ! こんな奴の仕草でも、こんなにときめいてしまうなんて!

「まぁ、良いではありませんこと?」

「えぇっ?!」

 まさか、あの麗華が賛同するなんて、おいおいお前も何であの女の肩を持つんだよ。

「だって、せっかく、かつての幼馴染と再会出来たのですから、部屋の中を案内させてもよろしいでしょ。それに、さっき私の顔を見て笑っていましたし」

 最後、ボソッと怖い事を言った様な気がするが、追及したら更に恐ろしい目に遭いそうな予感がした。

「……分かったよ」

 主人に言われて、俺は観念した。

「では、まずは阿見のリビングを見て回りましょう。私もここに住み始めたばかりで、彼の生活はまだ知りませんし」

 最初に、芽衣子はまず台所にあるプランターを見て指を差した。

「あれ、達也君、何か育てているの?」

「あぁ、高校に入ってから家庭菜園を始めたんだ。それを作って料理をした事もある」

「例えば?」

「そうだな、去年は豚肉と収穫したリーフレタスで冷しゃぶサラダを作ったっけな」

「へぇー、そうなんだ。エプロンを着て料理をする達也君、鍋でお肉をしゃぶしゃぶして、レタスを包んで、ごまだれを掛け……あぁん……!」

 芽衣子が何か変な事を妄想しているが、ここはスルーしておこう。ちなみに、俺はポン酢派だ。

「それと、あのサイトは今でもやっているの?」

「やっているよ」

「ちょっと、サイトとは何ですの?」

 麗華が話の間に割って入って来た。

「あぁ、中学の頃からイラストのサイトをやってるんだよ」

「そう言えば、麗華ちゃんは達也君の絵、まだ見た事ないよね?」

「えぇ」

「達也君ってね。絵も凄く上手いんだよー。絵のコンクールで何度も受賞した事もあるんだから!」

「ほぅ、それなら私も興味がありますわね」

 麗華も芽衣子の話に興味を持った。

「良いよ。イラストは自信があるからな」

 俺はそう言って、ノートパソコンを取り出して、電源を入れた。そして、イラストという題名のファイルのアイコンをクリックした。そこには、俺が今まで描いたイラストがあった。中学の頃からサイトをやっているけど、今までこれだけイラストを描いていたんだな、と思ってしまった。

ちなみに、俺が描いているイラストは、オリジナルのイラストがメインだが、たまにお客さんからのリクエストで二次創作を描いている。タッチは、少年漫画やゲームに出て来る様なシャープなものにしている。

 でも、肝心のご主人様は俺の絵について、あまり良い顔ではなかった。

「私の好みではありませんわね……」

「やっぱり、お嬢様にはこうした絵は好みじゃないか?」

「そうですわね。私としては、こんな幼稚な絵よりも、モネやルーベンスの様な絵を見ていた方が良いですわね」

……予想はしていたけど、やっぱりムカツクな。これでも毎日千人以上のアクセス数があるんだぞ。モネやルーベンスが見たいなら、美術館に行けよ。

「そんなこと言わないでよー! だったら、この絵はどう?」

「うーん、絵の構造が稚拙ですわね」

「じゃあ、これは?」

「うーん……」

 二人が俺の絵を見ながら、どうこう言っていると、

「「「あっ!!」」」

 芽衣子の手が近くに置いた湯飲みに当たって倒れ、何と俺が愛用しているノートパソコンのキーボードにこぼれてしまった。

「ヤバイ!」

 俺は、すぐさま台拭きでパソコンのキーボードを綺麗に拭いた。そして、キーボードが壊れていないか確認する為に、キーを打ってみた。が、画面は表示されているものの、キーボードは全く反応しなかった。

「芽衣子、お前なんて事してくれたんだ?! これを修理するのに、どれだけ金が掛かると思ってるんだよ!」

「えぇっ! そんなにお金が掛かるんですか?!」

「少なくとも、二、三万円。下手したら買い直しだぞ!」

「そ、そんなにするんですか?!」

 真っ赤に怒った俺に対し、芽衣子の顔が青ざめた。

「そんなに、怒る事ではありません事よ」

「怒る事では無いって、俺のせっかくのデータが消失したら、どうするんだよー!」

「……そんな幼稚なサイトが無くなった位で怒るなんて。小さい男ですわね」

麗華の言葉にカチンと来た。

「そんなに高いだなんて……。ごめんなさい。今から机を拭きますから……って、あっ!?」

芽衣子が慌てて台拭きで机を拭くと、お茶が机の上からこぼれ、麗華の服にポタポタと落ちた。すると、今まで余裕を見せていた麗華の顔色がみるみると変わっていく。

「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!!」

今にも泣きそうな美月の様子に何とかこらえたのか、麗華は引きつった笑いを作る。

「だ、誰にでも失敗はありますわ……」

そう言いながらも肩はプルプル震えていて、正直怖い。

「ふ、風呂場で染み取りをしようか! そう汚れてないし、まだ何とかなるって!」

「わ、私も手伝います!」

バタバタと三人で風呂場に移動した。

 風呂場に入り、俺が染みを取る為のタオルを持って来た。服の染みを取ろうとした所、

「私がやります!」

と、芽衣子が蛇口を思いきり捻ったその瞬間、

シャアアアアアアッ!

 何と勢いよくシャワーから水が出てきた。アイツ、間違えてシャワーの方に回したな!

「うわあああっ!!」

「きゃあああっ!!」

「ひゃあああっ!!」

 あまりにも勢いよく飛び出るから、ホースが危険動物の様に暴れ出し、芽衣子が思わず掴んだ手を離してしまった。

「ちょっと、何ですのっ?!」

「あわわっ! これ、どうしよう! 達也君、助けて!!」

 女の子が慌てふためき、キャーキャー騒ぐ中、俺は水に濡れながら、蛇口を止めた。

「ふーっ……どうにか助かったー」

 俺が水滴を腕で拭って、後ろを振り返ると、大雨に遭ったかの様に、びしょ濡れとなった二人の少女の姿があった。

芽衣子は制服と髪が乱れて、まるで成人向けDVDのパッケージに出て来そうな雰囲気だ。

麗華も同じく、髪が乱れ、しかもこの前買ったワンピースが水で透けて、桃色のブラジャーとパンツが見える。

「ちょっと、あなた! 何てことをしてくれましたの?!」

 さすがの事故で、遂に麗華は芽衣子に怒鳴りつけた。

「ご、ごめんなさいーっ!」

 麗華に怒られて、芽衣子は慌てて謝った。

「まあまあ、服が濡れたくらいでそう怒るなよ」

「何ですって! この服はこの前、私が気に入って購入した物ですわよ!(第2話参照)」

「そうだけど、服くらい後で着替えれば済む話だろ」

「あなただって、ノートパソコンが故障した時は相当怒っていたでしょう!」

「お前の服がびしょ濡れになるのとは、被害の大きさが違うんだよ!」

 そう言って、言い合っていると、

「喧嘩はやめて!」

 芽衣子が大声で制止した。普段、ポケポケとしているから突然の声に俺も麗華も思わず黙ってしまった。

「あのね……元は私がいけないから、別になだめなくても良いよ。それに、私なら怒られるのはもう慣れっこだから気にしなくて良いよ」

 芽衣子は話を続けた。

「それに、今日は達也君と久しぶりに会えて自宅に来ることも出来たし、麗華ちゃんとも仲良くなれたから、凄く嬉しかったんだよ。それなのに、二人が喧嘩しているのを見てたら、こっちも悲しくなるよ」

「美月さん……」

「芽衣子……」

 それを言われると、俺らも何も言い返せなかった。

「分かりましたわ。そう言うなら今回は喧嘩は止めますわ」

 観念した麗華がそう言うと、今まで困っていた芽衣子の顔はパアッと明るくなった。

「でも、あんまり失敗ばかりじゃ、こっちも面倒見切れないから少しは気を付けろよな」

「うーん、でも私バカだから、幾ら気を付けても失敗しちゃうから、しょうがないよ」

「それが、いけないのだろうが!」

「それが、いけないのでしょうよ!」

 困った様に笑う芽衣子に、俺と麗華は声を揃えて芽衣子を叱った。


「今日は色々とありがとう。じゃあ、またね!」

「もう良いよ……」

 俺がぐったりしているにも関わらず、芽衣子は笑顔で帰って行った。せっかく仲直りをした後も、芽衣子が風呂場の掃除中にまた水浸しにしたり、壊れたノートパソコンを修理屋さんに渡そうとして転んだりと、トラブルを起こしたからだ。 しかも、こっちは来なくて良いと言っているのに、何を勘違いしているんだか。

 ちなみに、ノートパソコンは修理屋を電話で呼び、直してもらう事にした。

「随分と騒がしい女でしたわね」

 麗華が俺に同情している。どうやら、コイツも芽衣子のヤバさを理解した様だ。芽衣子本人に悪気は無いのだけど、だからこそ余計に厄介なんだよな。

「あぁ、だから俺はアイツから逃れる為に、ここに引っ越して来たんだ」

芽衣子から離れる為に中学二年の秋、俺は芽衣子の学力では絶対に入れない、県内屈指の難関校を受験する事を決意。猛勉強の末、中学三年の冬に、めでたく合格したのであった。

あの時は、これで芽衣子の世話係も卒業だと喜び、これからは二度と誰にも邪魔されない、自由で楽しい高校を謳歌すると決めていたんだけどな……。

「でも、他人への思いやりはある子ですわね」

「まぁな。独り善がりなところはあるけど、それがアイツの良いところなのかな?」

「けど、それはあなたのおかげだと思いますわ」

「えっ?」

「だって、あなたが常に彼女を支えてくれたおかげで、彼女は笑顔でいられたのですから」

「褒めてくれるのは嬉しいけど、世話をする側としては大変だぞ。アイツのフォローをするのに、どれだけ苦労した事か」

「まぁ、確かに私としてもあんな使用人がいたら、迷惑極まりないですけど、それでもあなたは何だかんだで、彼女を支えてくれたではありませんこと。もし、あなたが彼女の傍にいなかったら、きっと彼女はあんなに明るく振る舞う事は無かったでしょうね」

「……」

 それを言われて、胸が痛くなった。実際、当初芽衣子と一緒に遊んでいた子達も次第に離れていった。本人に悪気は無いとはいえ、自分本位で空気を読まずドジが多くて、度々トラブルを起こしていたからだ。そういや、体育の授業のリレーで芽衣子の班がビリになって、他のメンバーに物凄く怒られて泣いていた時も、俺が慰めていたんだよな。もし、俺が傍にいなかったら、アイツは今頃、どうなっていたのだろうか? もちろん、離れた奴らの気持ちも分かるけど、それでも落ち込んでいる時に傍にいてくれる人がいないのは、とても辛くて寂しいよな。

「彼女があなたを慕うのは、それだけあなたに信頼を寄せているからですわ。普通の人だったら、面倒だと感じるでしょうけど、そんな彼女を今まで支えてあげたのは立派な事だと思いますわ」

「麗華……」

 彼女から、そんな優しい事を言われて、俺はこれまでの苦労も決して無駄ではなかったのかもしれないと感じてしまった。実際、俺の料理を食べた時も美味しいと言ってくれたし、ちゃんと他人のことを見ているんだな。普段から、家族や使用人のことをきちんと見ていたからだろうけど。

「ところで阿見、今日ちょっと気になったことがあったのですけど?」

「えっ?」

「美月さんに腕を抱かれた時、顔がにやけていましたわね」

 あれ? せっかく、良いムードで終わると思ったのに、何だか急に気まずい空気になったぞ?

「と、突然、ななな、何を言い出すんだ? 俺が芽衣子の腕に抱き着かれた時は、結構恥ずかしかったぞ?」

「あと、お風呂場で私と美月さんがびしょ濡れになった時は、少しだけ嬉しそうな顔をしていましたわね」

「いやいやいやいや、断じてそれは無いぞ! 身近な女性に興奮する様なことは一切……」

「ほう、あくまで白を切るつもりですのね。あんなに欲情していたのに」

「欲情とか言うな! そもそも、あんなちっちゃい胸に欲情なんて……あっ!」

 その瞬間、俺はうっかり失言したことに気付いたが、時既に遅し。麗華の背後から強烈なオーラが出ていた。

「……ほう。私の胸がちっちゃいと……どうやらこれは、しつけが必要な様ですわね」

「いや……自分の胸がちっちゃい事を指摘されたからって、そんなに怖い顔で言う程のものでもないだろう!」

「客がいる時に、尋問するのは迷惑ですから、本人が帰るまで控えていましたけど、加えてその発言をするのは、見過ごす訳にはいきませんわね!」

 ヤバイ、麗華の目はどこまでもマジである。

「れれれ、麗華さん、さすがに、そんな強烈な殺気を出すのは……!」

「問答無用!」

 その日の夕方、笹凪アパートからは悲鳴が空に木霊した。


 翌朝、俺達はいつも通りに朝食を食べながら、テレビを点けると、朝のニュースが流れていた。

「昨夜、××市のアパートで火災が発生し、アパートが半焼しました。幸い、このアパートに住む住民は全員避難しており、怪我人はいませんでした。消防署の調査によりますと、アパートの一室のコンロが酷く焼け焦げていた事から出火原因はそこからのものと思われます」

 テレビの中に出ている女子アナが読み上げたニュースを聞いて、俺達は口をあんぐりと開けてしまった。

「うわー、××市って、俺達が住んでいる所じゃないか」

「近所で火事が起きるなんて、物騒ですわね」

そうだよな。幼稚園の頃、火の用心、マッチ一本火事の元、なんて幼稚園の先生から教わったっけ。今改めて、火事の恐ろしさが分かったよ。俺も気を付けないとな。

そう思っていた時だった。

ピンポーン!

玄関のチャイムが鳴った。こんな朝っぱらから、一体何の用だろう?

 俺は玄関のドアを開けた。すると、

「達也くーん!」

 現れた女の子は、何と芽衣子だった。おかしいな……何で朝っぱらから芽衣子がこんな所に来ているんだろう? もしかして、俺はまだ寝ぼけているのかな?

「阿見、これは夢ではなく、現実ですわよ」

 麗華が俺の内面を見透かして、言ってきた。

「何でお前が朝っぱらから、こんな所にいるんだよ……」

 すると、芽衣子はえへへ……と頭を掻きながら言った。

「夕食を作ろうと思ったら、部屋を真っ黒焦げにしちゃって……」

 やっぱり、火事の原因はお前か! 可愛く言っているけど、一体どれだけ周りに迷惑を掛けたと思っているんだよ!

「それで大家さんが『だったらしばらくの間、私の家で暮らせば良い』って、言ってくれたから」

 うわー、うちの大家さん、スゲー寛大だなー。俺だったら、料理に失敗してアパートを火事にしちゃう様な危険人物なんて家に置けないって! 大家さんが変なトラブルに巻き込まれてしまわないか、凄く不安になって来た。

「という訳だから、今日からまたよろしくね。達也君!」

 芽衣子は天真爛漫な笑顔で俺に挨拶した。

こうして、俺の周りに、また厄介者が増える事になったのであった。

新キャラ登場&達也が一人暮らしをする理由が明らかにされる話です。当初は、芽衣子がヒロインの予定でしたが、あまり評判が良くなかったので、急遽麗華に変えました。

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