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鬼に眼鏡  作者: つるめぐみ
3/8

俺の顔は中毒物質ですか

 久しぶりの玲奈との外出に、雅夫はできる限り自分が目立たないような服装に決めた。

 顔はすこしでも隠せるように唾付きの帽子にマスク。首にはマフラー、上着もフード付き。それでも、玲奈と電車に乗った時点で違和感を覚えていた。

 周囲の人の視線が明らかに自分に集中していることを、雅夫は敏感に捉えたのだ。

「雅夫! ここ、席空いてる」

 そんな車内の空気を知ってか知らずか、玲奈が空席を見つけるや否や駆けていく。

 開いている座席の幅は、明らかに一人分であった。

「雅夫が座る? じゃんけんして決めよっか?」

 両手を組んで腕を捻り、中を覗きこんだ後、玲奈が構えを取る。皆が、じゃんけん前にやる儀式だが、覗きこんだことで何が見えるのか、意味があるのかいまいち雅夫はわからない。

 ――というか、わかる人がいれば詳しく教えてほしい。

「お前が座っていいよ。どうせ、あと二駅だし」

 雅夫がちらりと空いた席を確認した瞬間、

「どうぞ! 僕、次の駅で降りるので」

 座っていた中学生が顔面を蒼白にして席を立つと、その場から逃げ出すように隣の車両に行ってしまった。

「良かったねー。これで、隣同士で座れるよ」

 なにもわかっていないであろう玲奈が、声を弾ませながら上機嫌で答える。

 ところが、雅夫のほうは知っていた。座席を確認した時に一瞬、中学生と目が合ったのだ。同級生にも雅夫は言われている。瞳は敵を石に変える『カトプレパスの目』だと。

 それを証拠に、間近にいた子供と目が合った途端、その子の瞳がたちまち凍りついて、「お母さーん! あの人怖いい!」と言って泣きはじめる。

「指差しちゃ駄目、噛みつかれるわよ」

 子供に小さい声(雅夫に聞こえているとは思ってない)で説明する母親の言葉も、人間を示して言うようなものではない。

 他の大人たちも反応は似たようなもので、距離をおいている始末なのだ。

「お前さ、好きな男とかいねーの? 告って付き合えよ。そうすりゃ、俺と買い物なんて出掛けなくてもいいだろ?」

 自分の周囲に他者侵入拒絶結界が張られている状況がいたたまれなくなって、雅夫は玲奈に話を振る。その話題は、何故、男子に人気の玲奈が男と付き合っていないのか? という疑問から生じた率直な質問だった。

 雅夫は小学生の頃、好きになった子がいた。クラスで一番背が低くて控えめな子。

 互いの動物好きが功を奏してか、偶然同じうさぎの飼育担当になった。

 告白するのはここしかない。そう感じてうさぎ小屋の前で「好きです」と言ったのだが、何故かその子は泣き出して逃げてしまった。

 後にわかったのは、切羽詰まった雅夫君の顔が凄く怖かった。「好きです」と言われて、食べられると思った。という、その子の言葉。

 そんな訳あるはずがない。そう考えてその日、雅夫は鏡の中の切羽詰まった自分を見たが、確かにはっきり言って怖かったし、好きですの言葉の意味が食べ物として好きです。と、言ったと思われても仕方がない。そんな顔に見えた。

 以来、雅夫は『告白したくてもできない恐怖症』に陥っている。

 だから雅夫は思うのだ。『悩殺ビーム』を無意識に放つことができる玲奈が羨ましいと。

 俺が玲奈の立場なら、とっくに告白して付き合っている相手がいるはずだと。

「むー……雅夫の顔ってさ、見慣れてくると癖になるんだよね」

 目を細くしてしばらく考えていた玲奈が、さらりと流すように言った。

「俺の顔は中毒物質ですか」

 言われた雅夫も、玲奈と同じように目を細くしてつぶやく。

「それに雅夫が優しいってことは私も知ってるし。だから、一緒にいて楽しいんだよね。雅夫が他人からどう見られててもさ」

 玲奈の意外な答えに雅夫は内心驚いていた。あの玲奈が自分を褒めてくれているのだ。

「けど就職活動はそうはいかないでしょ? 性格は二つ目で、まずは第一印象からだから。雅夫を知ってもらうためにはまず面接突破して、仕事を一緒にして性格を理解してもらうのが大事なんだよね。悲しいことにそれが現実だから」

「お前、時々良いこと言うな」

 雅夫が玲奈を褒めた時、一駅目に着いて近くの扉から二人の男が乗りこんできた。

 一人はスキンヘッドに口ピアス、もう一人はバンダナ。そして車中だというのにくわえ煙草をしている。

 乗客全員が見てはいけないものを見てしまったというように、視線をそらす。

 誰がどう見ても男たちの容姿はやくざそのものだった。煙草の火はついていないから、車掌を呼ぶ訳にもいかない。呼んだら呼んだで逆恨みされるかもしれない。

 同じ車両に居合わせてしまった者たちの心中は、多分こんなところだろう。

「だから、あの爺さんに言ってやったんだよ。どうせ老い先短いんだから、保険金かけて早く死んでくれって……そうしなきゃ、息子さんの会社に遊びに行くってさ」

 吊革二つに手首を通したスキンヘッドの男が、車中全体に響き渡るほどの大きな声で、仲間に話をはじめる。

「まだねばってんの? あの爺さん。ほんと、死んでくれたほうがうちのためになるのに」

 話の内容からして、明らかに男たちは暴力団に違いなかった。

 男たちの声がするだけで、車内は沈黙し、異状なまでの緊張感と静寂に包まれる。

 雅夫も早く目的の駅に着いてくれと祈りながら、視線を下に落とし切り抜けようとした。

 おとぼけ系の玲奈も、この空気は察知したのか、お淑やかなキャラに変身している。

 このまま何事もなければ、目的地はあと少し――雅夫がそう思った時、

「あれ? 宮本さん? 宮本さんですよね?」

 スキンヘッドの男が突然、雅夫に話しかけてきた。

 雅夫の名字は猪狩だ。宮本という男を雅夫は知らないし、似ている知人もいない。

 ましてや、暴力団関係に間違われるなんて心外である。かといって答えを間違えば、妙な雰囲気になるのは確実。

 雅夫は慎重に言葉を選んだ。その答えは――。

「……連れがいるから、少し黙っててくれないか? 立場上まずいから」

 男たちの関係者を装い、尚且つ会話を制限させるというものだった。

 静まりかえった車内なので、男たちを制する声は他の乗客にも聞こえているだろう。

 それを証拠に視線が集中しているのが、雅夫にははっきりとわかった。

 玲奈は恐怖で震え、計画を実行している雅夫もばれたらどうなるかと気が気ではない。

「宮本さんって?」

「馬鹿、失礼だろ。伝説の人だぞ! とどこおっていた取り立て五件に決着つけて、一日で五千万の収入を得たっていう」

 ――一日で五千万の収入っ! 時給にしていくら?

 宮本という人物の武勇伝に、本人を装いつつも雅夫は驚いて動揺してしまう。

「俺がとどこおらせていた件も、この宮本さんに締めてもらったんだよ。いつ戻られたんですか?」

 男たちの話は終わりそうもなかった。長い間話し続けていたらじきにボロが出る。

 雅夫がそう考えていた時、丁度、目的の駅に到着して電車が停車した。

「じゃあ、行くから……」

 玲奈の手を引いて雅夫は、逃げ出すように電車を降りた。

 閉じた扉越しで手を振る男たちを、二人で黙って見送る。

「ねえ、今の人って、雅夫が知ってる人?」

 電車が見えなくなって、改札口に向かう階段をあがりはじめると、玲奈が震えて訊いてきた。

「知ってるわけないだろ。そういうふりをしただけ」

 緊張が解けたと同時に、雅夫は冷や汗をかき、重い息を吐いた。

 もし、あの時「人違いです」と正直に言えば、どうなっていただろう。男たちは執拗に、玲奈に声をかけ続けたのではないだろうか。挙句の果てには暴力に発展したかもしれない。

 更に雅夫は思う。

 男たちが自分と間違えていた人物は、中学時代に警察官が間違えた暴力団組員ではないだろうかと。何人もの人が見間違えているのだから、相当似ているのだろう。

 見てみたいと思うのが半分、怖いと思うのが半分の複雑な心境になる。

「はー。親父に似たばっかりに……母さん似の兄貴が羨ましい」

 思わず雅夫は一人ごちる。

 二歳年上の兄は大学の医学部で頭が良く、顔も男前といっていい。本当に同じ遺伝子で生み出されたのだろうか。神様がとんでもない悪戯でもしたのではなかろうか。

 そう疑うほどの天地もの差がある。月とすっぽんという比喩表現が、これほどぴったりなものはないと断言できるほどに。

 どういう遺伝子配合で自分たちが創造されたのかも疑問だが、雅夫が思うもう一つの謎がある。何故、あの父とあの美人な母が付き合い、そして結婚したのかという経緯だ。

「なんで結婚したの?」と訊いても父は全く教えてくれないし、母に訊けば、これでもかという可憐な笑みで済ますだけ。結婚すると決まった時には、周囲に相当の衝撃がはしったのだろうと容易に想像がつく。

 その時、

「雅夫、着いたよ。ここ、ここ!」

 玲奈が足をとめて、雅夫に声をかけてきた。

 雅夫が考え事をしている間に目的地に到着したようで、玲奈は一軒の店舗を指差していた。

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