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鬼に眼鏡  作者: つるめぐみ
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強面の主人公

 もしも、七つ集めて願いが叶う玉があるのなら、高校三年生、猪狩(いかり)(まさ)()は玉を探す冒険に今すぐ旅立つ。

 襲いかかってくる敵が何とか一味だろうが、何とか軍だろうが関係ない。

 友情・努力・勝利の三原則があれば、何かこう……神懸かり的な力が発動して、どんな逆境もきっと乗り越えていけるだろうと雅夫は信じている。

 けれども実際問題、何とか星人どころか何とかチャも戦いを挑んでこない訳で、何とかボールも悲しいことに、この世には存在しないのだ。

 猪狩雅夫、プロフィール。高校三年生男、身長百九十二センチ、体重百二キロ。

 級友の誰もが認める大巨漢。体育の背の順では必ず最後尾。教室でも皆に黒板が見えないとの理由から、一番後ろの席にいる。

 趣味は愛犬のチワたん(チワワ)と散歩すること。特技は百人一首の暗唱(好きなのは式子内親王の歌)。

 小学生の頃、うさぎの飼育担当をし、中学生の頃、題名『母さんと空歌』の作文を書き、金賞を受賞する。見た目とは正反対で喧嘩が大嫌い。優しさが取り柄の平和主義者である。

 小学生の頃のあだ名は『こわ夫』。中学生の頃のあだ名は『なまはげ』。

 そして、現在のあだ名は『やくざ』――といっても雅夫は、他人に拳をあげたことは一度もない。

 しかし彼は知っている。自分が何故、そんな不本意なあだ名で呼ばれているのかを。

 だから今日も朝一番で、自作の神棚に向かってこう祈るのだ。

「神様、仏様、七福神様に守護霊様に沖縄土産のシーサー様! どうかこの俺、猪狩雅夫の顔を人並みのものに変えてください!」と。

 両手を合わせて祈った雅夫は、すぐさま手鏡を取り出して自分を見る。

 ――が、思い虚しく、そこにはいるのはいつもと変わらない『強面(こわもて)』の自分だ。

 ちなみにここで付け加えておくが、神様や仏様に願うのは正解だが、七福神様は福徳の神、守護霊様とシーサー様は守護の者なので、祈りは適切ではない。

 ――で、更にいうと、雅夫はそれを知っている。知っているのに祈る理由は、叶うなら猫の手(招き猫も神棚に飾ってある)も借りたい気持ちからな訳で。

「はー、クラスで決まってないの俺だけじゃん。(はじ)から撃沈ってどういう訳よ……」

 勉強机に手鏡を置くと、雅夫は重い息を吐いて項垂れた。

 高校三年生猪狩雅夫、現在就職活動中! 頼まれた仕事は喜んでお引き受け致します。やる気百二十パーセント。病気とは無縁。対応も誠意をこめ、いつでも笑顔を心掛け――。

 どんな職種も喜ぶはずの紹介なのに、何故か雅夫のもとには明るい報告が訪れない。

 冬至も過ぎ、陽も長くなってきた。桜の蕾も春の訪れを待つように膨らみはじめている。

 春は季節のはじまり、蓬着と別離の季節でもある。人生の出発点に立つ者も多い。

 それなのに自分は――。

「見掛けで人を判断するなあ! 人間中身だ!」

 沸々と煮えたぎってきた抑え切れない感情を爆発させて、雅夫は書類を壁に思いっきり投げつけた。

「……はあ」

 飛び散った書類をしばらく眺め見て、冷静になった雅夫は、床に散らばった書類である履歴書を拾い、机に座る。

 今日行った会社も面接で落とされた。就職活動連敗中。これで十八件目。

 書き終えた履歴書を見て、雅夫は思いに耽る。

 人は中身で価値が決まる。優しささえあれば――とかなんて、所詮、慰めに過ぎないのではないかと。

「諦めないどこう。仕事なんて、接客業や営業、事務以外にもあるんだし」

 健康だけが取り柄。仕事をする意欲は十分。初任給で家族と一緒に外食をと思っている。

 だからこそ、諦める訳にはいかない。

 気持ちを切り替え、職種を検討しようと、雅夫がパソコンに手をかけた瞬間、

「ドゴッ」という鈍い激突音が、窓のほうで響いていた。

 見ると、そこには窓に張りついている人の顔がある。

 その奇妙に潰れた顔が、口をパクパクと開いて何か訴えはじめた。

 雅夫は溜め息を吐いて、椅子から腰をあげると窓を開く。

「話したいんなら、玄関からこいって言ってるだろ。隣なんだから……」

 雅夫が開けた窓の先にいた人物。それは隣に住む同級生、幼馴染みの(はやし)(れい)()であった。

 雅夫と玲奈の部屋は隣同士で、窓を開けるだけで、相手側の窓に触れることができる。

 だから、玲奈は話がしたいという理由で、時折、窓を叩いたりするのだ。

 そして今日も、顔を窓に突っ伏し、雅夫を呼んだのだろうが。

 ふっと雅夫の脳裏に浮かんでいた。あの声、玲奈に聞こえたのではないかと。

「だって、歩くのめんどいんだもん……雅夫、面接どうだった? 手応えあった?」

 玲奈の第一声は雅夫の心配を、そのまま答えたような質問だった。

 しかし、最悪の結果を自分の口から報告しなければならない。

 雅夫はいっそ、玲奈に聞こえていたほうが良かったんじゃないかと思い、深い息を吐く。

「今、電話あって不採用……だから、進路決まってる奴と付き合う暇ねーの!」

 雅夫は玲奈に言うと、少しでも嫌な話題を避けようと、窓を閉めるため手をかけた。

 すると、玲奈も同時に窓に手をかけて、閉めさせないよう必死に抵抗をはじめる。

「うざっ、開けるんじゃなかった。冷やかしなら家に帰れ!」

「もう半分帰ってる。買い物付き合って! 雅夫とどうしても行きたい所があるの」

 窓の開け閉めを巡って、雅夫と玲奈の激しい攻防戦が続く。

 しかし、徐々に涙目になってきた玲奈を見て、雅夫は最終的に折れた。

「嫌だって言ってんのに。お前と買い物行って、ろくな思い出がないんだよ!」

 改めて、買い物に行く意思がないことを雅夫は主張する。

 雅夫が玲奈に買い物に誘われて、拒否したのには大きな理由があった。

 林玲奈、高校三年生女。身長百四十八センチ、体重四十キロ。

 クラスで一番小柄で、級友男女が可愛いと認める容姿と体系。小柄の体格から、教卓の前の席になった年、教師に気づかれないまま一、二学期と過ごした過去を持つ。

 趣味はアイドルの追っかけ(主にジャニーズ系)。特技は商品の値引き(標的は男性店員に限る)。

 小学生の頃、学級委員長をし、中学生の頃、題名『私の夢は大食いアイドルになること』の作文を書き、男子全員から「やめて、太った玲奈ちゃんなんて見たくない。そうしてくれないと俺たち、死んじゃう!」との声を大量に受けて、夢をあっけなく断念する。

 小学生の頃のあだ名は『うさぎ』。中学生の頃のあだ名は『リス』。

 そして、現在のあだ名は『れなな』。雅夫とは正反対である愛らしいあだ名の数々は、玲奈が可愛さのみで逆境を乗り越えてきた人物だからである。

 しかし彼女は知らない。自分が何故、そんな子供じみたあだ名で呼ばれているかを。

 だから今日も誘ったのだ。強面の隣人、猪狩雅夫を。

 静かに息を吐いた雅夫は、玲奈のほうに目を向ける。

「中学の頃、お前と買い物に行った時のこと、覚えてるか?」

「まだ、あんなこと引きずってんの? 女々(めめ)しいなあ」

「うるさい! 俺にとっては、苦い思い出なんだよ」

 他人事のように言う玲奈に、雅夫は強面の顔を更に一段階レベルアップさせて叫ぶ。

 高校三年生の今になっても、脳裏に消えることなく刻みこまれた、悲しい出来事を雅夫は鮮明に覚えている。

 それは、中学三年生の頃、今と同じように玲奈の我が儘からはじまった。

 授業も終了し、帰宅時間が迫った頃である。雅夫は玲奈に突然、友達を通じて呼び出された。

「雅夫……お願い。一生のお願いがあるんだけど」

 一生のお願いという出だしで、何度か玲奈の我が儘な願いに雅夫は振り回されていた。

「一生のお願いって、大抵は一生で一度だろ」と、玲奈に突っこんだ時がある。

 その時は、「えー。一生分の気持ちをこめて、頼んでるって意味だよ」と、言いくるめられて、雅夫は唖然とするしかなかったのだが。

 どうせ今回も同じことだろう。そう思った雅夫だったが、玲奈の様子はいつもと明らかに違っていた。

 玲奈の思いつめた表情に、雅夫はいろいろな想像を膨らませていく。

 友達に虐められて、金を要求されたのではないか。嫌な男に付き纏われていて、怖い目にあっているのではないかと。

「お願い助けて。私ひとりじゃ、どうしようもできないの!」

 玲奈の目が潤んでいるのを見て直感した。これは、男に言い寄られているほうに違いない。

「なんでも言え。助けてやるから」

「お願い。駅前のミルクパフェに一緒に行こう!」

「はあっ?」

 次の瞬間、雅夫が呆気にとられたのはいうまでもない。

 駅前のミルクパフェとは、甘味の種類が豊富と女子高生から人気の喫茶店だった。

 帰宅時間には寄り道した女子高生で超満員。はっきりいって男子が行きにくい店である。

「友達と行け。なんで俺がお前と行ってやらにゃあいかんのだ」

「助けてくれるって言ったのに。雅夫の嘘つき! これから雅夫の言うこと全部信じてあげない。人を平気で騙す詐欺師って思ってやる。みんなにも言いふらすからっ!」

 ふぐのように頬を膨らませて、玲奈が怒りの声をあげる。

 それだけならまだましだが、玲奈は小学生の頃、その話術で学級委員長の座を手にしていただけに、相手を黙らせる弁舌能力に長けていて、いつも雅夫は言い負かされていた。

「詐欺師ぃ? 大袈裟なこと言うんじゃねえよ。あんな場所、男の俺が行けるか」

 叫んだ雅夫の眼前に、玲奈が雑誌を広げて突き出す。

 そこには絶対にひとりでは食べ切れないと断言できる、巨大なパフェの写真があった。

「新商品ハートフルティーパフェがね、カップル限定なの。真弓と涼香が彼氏と行って食べたらしいんだけど、もう最高に美味しかったって自慢されて。私も食べたいの!」

 玲奈は、小動物のあだ名が納得できるような動きで体をばたつかせて言う。

「そう……店もくだらんイベントを……」

 女性の心を鷲掴みにした、本来なら見事と褒めるべき店のイベントなのだろうが、男の雅夫にしてみれば迷惑極まりないもので、呆れて息を吐くことしかできない。

「バレンタイン限定だから、今しか食べられないの。お願い!」

 親と一緒に行けばいいんじゃない? と雅夫は言おうとしたが、玲奈の父が、違うパパに間違えられるのも気の毒と感じたので、仕方なく了解した。

 しかし、最悪な事態に巻きこまれるなどとは、雅夫と玲奈は考えてもいなかったのだ。

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