異世界に行ったウェイトレスが魔王を倒すまでの話
★★★
えっと、皆さん初めまして。
あの、私、某有名ファミリーレストランでウェイトレスをしてます、名前は優乃美って言います。16歳のみずがめ座、です。
いえ、厳密に言うとしていた、過去形です。
なぜかって言うと、私が今いるところはレストランじゃないからです。
じゃあどこにいるかって、それは私が知りたいです。
状況を整理しましょう。
私が座っている場所、床は石造りでごつごつしていて何か模様が書かれてます、いわゆる召喚用魔法陣ってやつでしょうか。
たいまつっぽいものが燃えてます、独特な香りがします。
私の周囲に人が何名かいます。何かぼそぼそと声はしますが聞き取れません。
私が着ている服、バイトの制服、ふりふりで可愛い、結構お気に入り。
他の持ちものはありません。あえて言うならお冷や入れたピッチャーを持っているくらいでしょうか。
わけがわからずおろおろしている私は、目の前の人にこう言われました。
「おお、異世界から来たりし勇ある者よ、その大いなる力を持って悪しき『魔王』を倒してくだされ」
あ、やっぱりここ異世界なんですね。
というか言葉通じるんだ。っていうかそうじゃなくて、あの、私ただのウェイトレスなんですけど、初期装備ピッチャーなのにそんな要望出されても困ります。
★★★
とりあえず話を伺ってみました。
「『魔王』、いる、人間、やばい、ヘルプミー」
要約するとこんな感じでした。
困ってる人がいたら助けてあげましょうって小学校の道徳の時間に習いましたけど、なぜ私なのでしょうか。
聞くところによると、この世界と私の世界とつなげる方法があるそうでした。
んで、魔力的には私の世界のほうが密度的に高いので、つなげた際に魔力の流れ的にぽろっとこちらの世界に転がり落ちてくるものがあって、今回たまたま私だったようです。
私の世界に魔法とか魔術とかなかったんだけどって言ったんですが、詳しいことは知らないって言われました、つかえねー。
まあともかく、世界同士をつなぐ方法があることはわかったし、私の世界のほうが魔力密度的に強いってことは理解しました。
必然的にここの世界の人間より私のほうが素養的には期待が持てるというのも理解しました。
正直私には荷が勝ちすぎてると思うのですが、困ってる人がいたら……ってさっきも言いましたねこれ。
しかし初心者は何をしたらいいのかわかりません。すると『冒険者の証』ってものを渡されました。
手に取ってみると、とつぜん目の前に生態情報が表示されました。
性別、名前、生年月日、年齢、生まれ星座、血液型、職業。
職業?
ウェイトレスってなってますね、ちょっとこれ気になります。
★★★
聞いたところによると、この世界ではこの職業を鍛えることが必要なようです。
ちなみにこの『冒険者の証』を所持していると、冒険者同士の生態情報、まあ要するにステータスが閲覧できるみたいでした。
ちょっとそこにいた騎士さんのステータスを見てみると、『剣士』レベル20ってなってます。
他にも、その騎士……『剣士』さんが男だとか名前だとか年齢――この人22歳でした――とか、生まれ星座が私の世界と違うのをみて、ああ異世界なんだなって実感しました。
あ、この人16歳の幼馴染と恋人だって書いてます、素敵です。
恋愛経験とかも見れるんですね、私にはなかった項目です。
んで、話を戻しますが、私の職業はウェイトレスです。これっていったいどんな職業なのでしょう。
聞いてみると、偉い人も知らないそうでした。ウェイトレスって職業がこの世界にはないのでしょうね。
しかし、ウェイトレスで魔王を倒すっていうのも非常識だと思うのですが。
すると、なんか豪華な格好したおじさんが立派な剣をもってやってきました。
職業というのは割と簡単に変えられるようです。
冒険者としての扱う武器や所持するアイテムによって幅広く活動できるらしいです。
なるほど、なら剣を持てば『剣士』になれるということですね、わかりやすくてお手軽なシステムだと感じました。
私はピッチャーをそばにいた『メイド』に預けて、その豪華な格好――後に『神官』だと伺いました――から剣を受け取りました。
自動的にステータスが開きました。
条件達成、『剣士』に変更しますか。
承認しました……あら?エラーです。
『エラー、生態情報制限により、変更できません』
『あなたの適性職業は『酌士』です』
ですって、どうしたらいいのでしょうこれ。
★★★
あれから2週間、『剣士』になれなかったあと、いろいろ試してみましたが無理でした。
あ、ちなみに私の今の職業は『酌士』です。
凄いのですよこの職業。なんと、どんな器にでも表面張力ぎりぎりぴったりで水を注ぐことができます。
何度も試しました、お財布から1円玉一枚入れるだけでこぼれるほどぴったり注げます。
……凄いけど使い道がよくわかりません。
私が『剣士』にすらなれないとわかったときの、あの場でのいたたまれなさはちょっと思い出したくもありません。
あれから私は、街で過ごしながら沙汰を待っています。
ちなみに予想していましたが、私を呼び出したのはこの国の『国王』とか『神官』とかトップの人たちで、偉そうっていうかマジで偉い人でした。
そんな人たちに私は、申し訳ないが対応策を検討したいと言われました。
始末して次を召喚しようって結論にならなくてよかったと思います、今後次第でどうなるかはわかりませんが。
んで、ちなみに今私が何をしているかというと、とりあえず自分のペースに戻そうと思い、紹介された酒場でお冷や注いでいます。
私が持っていたピッチャーですが、謎なパワーが働いてお冷やなら無限に注げるようになっています。
清浄な水って貴重なのですね、1リッターくらいの水が銀貨2枚で売れるのですよ。
お店の名前が、3日前に【酔いどれゴブリン亭】から【泉の貴婦人亭】に変わりました。えっへん。
★★★
あ、ちなみに『剣士』にはなれませんでしたが、別に剣が使えないわけではないです。
しかし、剣で倒しても『酌士』としてのレベルが上がらないので正直詰みました。
こうして水を注いでいてもレベルは上がらないし、『酌士』ってどうすりゃいいんでしょうね。
なんだか、魔王城を結界で封じ込めて、お冷やで沈めて『魔王』を溺死させようという電波を受信した気がします。
気になって調べてみましたが、魔王城を結界で封じられるほどの実力者ってこの国にいないみたいです。
となると私自身がなんとかしてレベルアップして強くなってできるようになるしかないですね。
できるかなぁ……。
聞いたところによると、冒険者として『剣士』が戦いやすい職業だったので剣を持ってきたらしいです。
魔術を使える『術士』も選択肢としてはあったようです、が。
魔術を習得するには『術士』にならないといけない、『術士』になるにはロッドを持つ必要があるらしい、生態情報制限、あとは……お察しください。
えっと、2カ月が過ぎました、【泉の貴婦人亭】も5号店が本日開店です。
本店は今や各店に卸すための水工房になっています。
お国からは毎週末、定時報告を受けていますが、調査中とのことでした。
もうこのままでいいんじゃねぇかなって思ってきてます。
そんなある日、週末じゃないのにお城から使いがやってきました。
ちょうど私は奥でタルに水を入れようとしていたところでした。
大声で私の名前が呼ばれています、ピッチャーからお水をどばどばタルに注ぐよう固定しつつ対応します。
なんだか慌てています。
え?私が持ってたあのピッチャー?はい、お水今溜めてるところなんですけど……え……武器……?
は?
★★★
とりあえず言われたとおりに、これからピッチャーでモンスターを殴りに行きます。
【泉の貴婦人亭】のマスターには必死に説得されました。
殴りに行くと必然的にお水の供給ができなくなってしまいますからね、今やお水屋さんはこの国になくてはならない、一日たりとて休めない超重要ポジションです。
後ろ髪を引かれないでもなかったですが――あ、ちなみに私ポニーテールです――半日お休みもらって街の外に出かけます。
ちなみにメッセンジャーは例の22歳の『剣士』さんでした。
護衛もかねてついてきてくれるそうです。
結果から言うと、レベル上がりました。ぱんぱかぱーん。
『剣士』さんが拍手してくれました、わーい、やったー。
厳密に言うと、職業に適した武器で敵を倒さないと職業強化用の魔石が手に入らないようです。
『剣士』なら、長剣、短剣、大剣、刺突剣なんでもいいのに、『酌士』って不便ですね。
ていうかピッチャー=鈍器って、ちょっとこれは予想していませんでした。
確かに、ピッチャーは水を注ぐものって考えしかなくて、これでモノを殴るとかモンスターを殴るとか発想が一切ありませんでした。
確かにそうですね、用途がはっきり決まっている道具ですが、殴ったりできないわけではないですよね。
アイロンとかコードつかんで振り回しで鈍器になりますもんねっ。
……なんだこれ。
★★★
まあとにかく、道は開けたと前向きにとらえましょう!
初勝利で、『酌士』のレベル上げともう一つ習得しました。
えっと、職業レベルが上がると、職業固有のアビリティが解放されるのですが、それとは別に補助アビリティってのがいろいろ習得できるみたいです。
ざっと見た感じ、現時点で習得できる100以上あるんですが、どうもよくわかりません。
『攻撃』と『攻撃力』の違いってなんなんでしょう。
とりあえず、『グロ耐性』を習得しました。
私これでも16歳なので、いくらモンスターと言っても頭蓋骨ブシャー、鮮血ブシャーを顔面に浴びて平然でいられなかったのです。
血って鉄の味するんですね。
えっと、『酌士』レベル2になりました。
さっきも言ったように、職業固有のアビリティ――基本アビリティと呼ぶそうです――が解放されました。
基本アビリティっていうのは、よくあるRPGでいう『召喚士』の『しょうかん』みたいなやつです。
『酌士』の場合『注ぐ』ってなっていて、レベル1で『お水を注ぐ』ってなっていました。『しょうかん』でいう『チョコボ』みたいなやつです。
んで、『酌士』レベル2のアビリティですがなんと……『お酒を注ぐ』です!
正直、お酒よりお水のほうが貴重なので、使うメリットがありません。
たまにお部屋で1人ちびちびやっています。
★★★
6カ月過ぎました。きょうも元気だ、お水がうまい。
というか魔王が空気です、どうなってるんでしょうね。
【泉の貴婦人亭】も7号店までできましたが、正直これ以上はピッチャーの注水速度が追いつきません。
と思った矢先、『酌士』レベル8です、『水量増大』が解放されました。
正直国の近場のモンスターではなかなかレベルが上がりにくくなってきました。
っていうか私はこのままでいいんでしょうか、誰か教えてください。
『水量増大』によって、ピッチャーから注げる水量が2倍になりましたが、正直あまりうれしくありません。
やってることはこれまで変わらないわけだし、正直未来の展望が見えません。
お水屋さんがなければ1人でレベルアップにでかけられるんですけどね。
今になって思えば、お水屋さんとして成功を収めたということが足かせになっていてちょっと心苦しいかぎりです。
ちなみに、レベル3で『予知夢』。4で『禊ぎ』、5で『お肌のうるおい』。6で『うわばみ』――酔い知らずです――。7で『温度設定』。8で『水量増大』が解放されています。
おかげでお肌はつやつや、正直ここに来るよりすべすべしてます。
『温度設定』で、キンキンに冷えた冷水から煮えたぎった熱湯まで調節できるようになりました。
お風呂入ったり、コーヒーいれたりするのにも便利です。
職業レベルの上昇に合わせて、『グロ耐性』のように補助アビリティも獲得できるのですが、アビリティ名から効果が予想できなくてちゅうちょしてます。
1つだけ取りました、『分割』です。
ピッチャーが2つになりました。
わーい。
★★★
一つ、新しい情報が入ってきました。
どうやら『魔王』は、別の国と交戦中とのことでした。
そのため、この国へはモンスターの攻撃が少なくなっているようです。
それはいいことなのでしょうか、私のレベルが上がりません。
どうやらその国も、私みたいな異世界人を召喚したらしいです。
私と同じ世界の住人なのでしょうか、彼らは魔王軍の猛攻をしのぎ、獅子奮迅の働きを見せているようです。
聞くところによると、その異世界人は『剣士』とか『拳士』とか、この世界ではごく普通の職業でめきめきと実力を示しているようです。いいなぁ……。
そしてその国に、この国は文書を送ったようです。
魔王軍と戦う際の援軍は必要か、援助物資は必要かなどと聞いたようです。
ついでに、『酌士』という職業について、情報提供を呼びかけたようです。
ちなみに援助物資として、大量の飲料水を送ったようです。
1年が経ちました。
レベルが9になりました。
基本アビリティとして『ナイスバディ』が解放されました。『酌士』ってなんなんでしょう。
『分割』によってピッチャーは増えましたが、『水量増大』によって2倍になった水量が2つから出るようになったので、結果として水の量は変わりません。
もっとも、片方は水、片方は熱湯って使い分けられるようになっただけでもめっけものですね。
ピッチャー二刀流にも結構慣れまして、大型の熊型モンスターも1人で狩れるようになりました。成長しましたよ、私。
ようやくレベル10になりました。
うーん、私も魔王軍と戦ってる同胞たちと合流したほうがよいのでしょうか。
しかし前にも言ったように私はお水屋さんとしてなくてはならない存在となっています。
全てを放り投げてしまうのもちゅうちょしますね。
あ、そうだ、レベル10、『酌士』の基本アビリティが解放されてます、えっと……んん?
『魔力を注ぐ』ってなんぞや。
★★★
いろいろ試してみた結果、わかったことがあります。
『酌士』の能力はぶっちゃけ電池です、マナタンクです。
レベル10で解放された『魔力を注ぐ』によって、他者が構築した魔術に対し、適切に魔力を注ぎ込むことができます。
それにあわせて調べた私の魔力総量ですが、まあさすが異世界人というか、魔術密度の差というか、ピッチャーと連動しててこの世界の人間基準でほぼ無尽蔵です。
よっしゃ来た!私の時代来た!これでかつる!
何せこの日まで1年半、ぶっちゃけ辛かったです。
しかしこれでようやくこの世界に呼ばれた意味を果たすことができる!
レベルを上げて『魔王』を倒すことができる……と思っていました時期が私にもありました。
他人が構築した魔術に魔力を注ぎ込むことはできても、『酌士』のレベルはピッチャーで殴らないと上がりません。
うわあ……。
今日も元気だ、魔力を注ごう。
『魔力を注ぐ』を覚えてからというもの、パーティーでモンスター退治に行くことが多くなりました。
顔なじみの『剣士』さんも同伴しての狩り、いや、遠足です。
私の仕事はもっぱら『術士』や『法士』への魔力供給です。
そして『術士』が前線の『剣士』なり『拳士』なり近接職に身体強化術を使って、危なげなくモンスターを倒せています。←イマココ。
私のレベルが上がらん。
『魔力を注ぐ』を獲得してからというものの、まさに蝶よ花よという扱いです。
常に私の周りには2人は護衛もかねて控えてるし、モンスターは半径10メートルに近寄れません。
お国の『術士』や『法士』のレベルがちまちま上がります。
『術士』や『法士』の強化術によって『剣士』や『拳士』も強化されてハッスルしてます。
あ、ちなみにかの『剣士』さん22歳は幼なじみの『術士』ちゃん16歳と婚約したって話を聞きました。
「俺、この狩りが終わったら結婚するんだ」
って言っていました。喜ばしいですね、ええとても。
私?「何よりも尊き泉は決して穢すべからず」って言われて神聖視されてるみたいです。
どうすりゃいいのよ……。
★★★
『魔王』と戦ってる国から、お返事が来ました。
『『酌士』ナル職業ニツイテハ、子細知ラズ』
『戦況順調、援軍不要、オ水送レ。』
よろこんでー。
うん、まあ、誰かに必要とされるってとてもとても幸せなことだと思う。
それがどのような形であったとしても。
だから私はお水を注ぐ。
あ、『剣士』さんと『術士』ちゃんが正式に結婚したようです。
おめでたです。
★★★
異世界に来て3年半、思えばこの日までいろいろありました。
突然、魔王城と、戦いを繰り広げていたその国は豪炎に包まれたそうです。
その豪炎は、遠く離れたこの国からも、空が赤く見えるほどのものでした。
その炎は、1週間経っても1カ月経っても止む気配はありません。
『魔王』はどうなったんだろうか、同胞たちはどうなったのでしょうか。
蝶よ花よと大事にされ、何不自由ないここでの生活だったけど、やはり元いた世界は懐かしいものです。
私と同じように呼び出され、前線で『魔王』と戦うことになった彼らに、私は若干の後ろめたさを感じていました。
火を消しに行きたい、そんな私の希望は却下されました。
あんな危険な場所に私は行かせられないと。
私には私の役目があることは理解している、でも私だって。
私は『酌士』だ、水を注ぐこそ本業の職業。
これまでこの国で発生した山火事だって消し止めたことだってあるんだ。
レベル10の『酌士』がどれほどできるかわからないけど、火を消すくらいならできるはず。
もう私は決めた、みんなごめんね、そしてありがとう、こんな私に優しくしてくれて。
補助アビリティ、『瞬間移動』を獲得。
『人間の王国フェーブラリーへ移動します』
★★★
目がさえるほどの橙、燃えさかる豪炎。
けれどそれは、熱くありませんでした。
燃えさかる炎の中、私は見た、『魔王』とそれと戦う異世界人たちを。
すさまじいほどの攻撃の攻防、私にわかるのはそれだけです。
おそらく『剣士』だろう少年が剣を一降りすると、『魔王』が周囲の大地ごと引き裂かれるのと同時に、炎に溶けて再生した。
おそらく『術士』だろう少女が杖を一振りすると、『魔王』が周囲の空間ごと爆裂するのと同時に、炎に焼かれ再生した。
おそらく『拳士』だろう少女が拳を一突きすると、『魔王』が周囲の空間ごと炸裂するのと同時に、炎に炙られ(あぶられ)再生した。
おそらく『弓士』だろう少年が矢を一斉射すると、矢は味方を避けて『魔王』に豪雨のように降り注ぎ、炎に焚かれて(たかれて)再生した。
他にも、『槍士』の男の子や、『練士』の女の子が最大の攻撃を放ちますが、『魔王』は即座に再生しているようです。
奏でられるは『楽士』の『演奏』、響くは『吟士』の『歌唱』、刻まれるは『舞士』の『舞踏』。
味方を大いに強化するそれら三つの職業によって、お互いがお互いを強化し合い、さらに『術士』や『法士』が近接職たちを強化している。
私は、すぐさま場違いだと理解しました。
彼らは、魔王軍と戦いながらレベルを上げてきたのだ、そのレベルたるや私とは桁が違うだろう。
高らかな哄笑、それは『魔王』の発したものだった。
『矮小な人間の力などとるに足らぬ、この再生の炎の中で、燃え尽きぬままに戦い続けるがいい』
発言の意味が理解できない、再生?どういうこと?彼らはいったい何と戦ってるの?あれが本当に『魔王』なの?
『そうだよ、イレギュラーちゃん』
ふぁっ!?
『突然の登場で申し訳ないけど、手短に事情を説明するよ。あれが『魔王』キサラギ、万象一切の命を弄ぶ最悪の『魔王』。能力の本質は『再生』。その炎はあらゆるものを害しない、全てを再生させる不死の炎』
言われずとも見ればわかった。魔王が放った攻撃は、爆散しながら周囲を燃やしながらも、彼らには傷一つ残さない……いえ、完全に直してしまっているのだ。
まるで不死鳥だと、私の心はそうつぶやいた。『魔王』の背後の炎が、赤い翼のように見えたのは錯覚だろうか。
ところで頭に響くこの声は、あなたはなんなのですか。
『僕はただの管理人。『魔王』を倒すためにこの国に召喚された彼らに力を貸していた協力者さ』
『魔王』を倒すため……やはり彼らが召喚された同胞たちで間違いないようです……。しかし、あれは……どう見ても……。
『そうさ、どうやら今回は君たち異世界人の力はキサラギに届かないようだね。もう2カ月戦い続けてるけど、キサラギの炎は彼らの身体の疲労や飢餓感すら回復する、このまま何年経っても終わらないよ』
なら、一度引いて態勢を整えてから……もっと力をつけてから。
『ああ、残念ながらそれはできない。なぜならこの国の王と『魔王』は同一人物だったのだからね』
どういう……ことなの。
『『魔王』キサラギが、自分を殺すために異世界人を呼び出して鍛えた。僕はそれを手伝った。結果はごらんの通りさ』
★★★
管理人を名乗るその存在との短い会話の中で、私は理解しました。
私の力不足と、この『魔王』の最悪さのその果てしなさを。
同胞たちのレベルはおそらく100を超えている、だが『魔王』はそれをあざ笑うかのように再生するのでしょう。
何かできると思っていた、魔力を注いで助けになれると思っていた。
だが、私は理解していました。あの『術士』の女の子の一発分の魔術にすら私の魔力は枯渇する。
このあと、彼らはどうなるのでしょう。
『さあ、死んだり疲れたりは、再生するからしないだろうけどそのうち気力が尽きるかもね』
そのあとは?
『別に、なにも』
……はい?
『彼らとの約束は、『魔王』を倒せたら元の世界に戻すって話だったけど、まあこれくらいしたらあきらめても帰してあげられるよ』
帰せる……の?
『できるよ、当たり前じゃん。あ、ついでに君も帰してあげようかな、でももうちょっと待っててね』
私は、言葉を失いました。
目の前で血反吐を吐きながら、血涙を流しながら、あらゆる感情を燃やしながら戦う彼らの戦いが、なんと徒労で終わろうと言うのですから。
私に……何ができるのでしょう。
『さあ、でもせっかく来たんだしなにかやって行きなよ、記念にさ』
そんな、観光地に来たんだから記念写真をするかのようなノリで言われても……。
私にできるのは、水を注ぐだけ。
『そうさ、そして火は水で消えるのは道理だよね』
キサラギの炎がわずかに消え、すさまじいほどの魔石に変換されて私の元へ。
★★★
ちょ、今の一瞬で『酌士』のレベルが10から25に上がりました。
基本アビリティが幾つか解放されます、ひょっとしてこれは、わんちゃんある?
私は大急ぎで、解放された『酌士』のアビリティを確認します。
『祝福』『重量軽減』『賛美』『根性』『ごり押し』『亜空間保持』『浮遊』『雨乞い』『放射』『幸運』『混合』『共感』『打ち消す』『飲み込む』『水遊び』、内容がわからない!効果がわからない!使えない!どうしたらいいの!
『アドバイス、要る?』
要る!
『補助アビリティに、『覚醒』と『奇跡』と『限界突破』と『節約術』と『主人公補正』あるから』
取った!
『あと1つ』
どれ!
『これが一番重要なんだけど』
さっさと言う!
『『バッドエンド回避』』
取った!
『宴もたけなわ、さあフィナーレへといこうか、主人公ちゃん』
★★★
アビリティ、『浮遊』によって私の体がふんわりと浮かびます。
うすうす気付いていましたが、私がこうして乱入していることに、やはり皆さんも気付いていたようです。浮いた瞬間注目を浴びたのがわかります。
少し恥ずかしい。
『主人公ちゃん、『酌士』って何かって気になったことない?』
ある、ずっと思ってた。
『君、誕生日いつ?何座?」
え、みずがめ……あ……。
『そうさ、君の持っていた『酌士』は、君の生まれの加護と、たまたまこの世界に召喚されたとき持っていたその職業が合わさって固定された職業だったのさ』
そっか、道理で他の職業になれなかったわけか。私は最初からずっと、生まれたときからこうなる運命だったんだね。
『嫌なら職業変えてあげようか?』
できるの!?っていうかやめて!ここまできたのに!やっと私にできることがわかったんだもん!
『じゃあ精一杯やりな』
やるよ!私にできることは!水を注ぐだけ!
水は火を消す。
それがたとえ再生の炎でも、堕ちた太陽であっても。
空でピッチャーを使い、降り撒く水はさながら恵みの雨、なんて雨と言うにはいささか風情がなく、まるで間欠泉のようにズドドドと空に向かって吹き出てますけど。
『『雨乞い』使わないの?』
なんとなく、ずっとこれ使ってたから。
異世界に来て3年半、体に染み付いたルチンワークです。
『それでいいと思うよ、補正あるしやっちゃえ』
やっちゃう!
それにしても凄い、火が消えるたびに魔石になって私のところに集まってくる。
レベルが既に100を越えたけど今手が離せないから現状把握できない、解放されたアビリティも『水量増大』以外の効果がわからない。
『不意打ち』とか『魔王キラー』とか、補助アビリティ取って魔王殴って倒せないかな。
『200越えの剣士の物理攻撃でも倒せないのに?』
だよね無理か、欲ばるのやめよう、とりあえず火を消すだけに集中する。
あの剣士200越えてるんだ……。
『純粋な剣士としてはこの世界の人間でトップクラスじゃないかな』
すごい……。
あ、でもいい感じ、地面がびちゃびちゃになるくらい水をそそいだおかげで『魔王』の周りの炎もどんどん消えてる。
ねえ管理人さん、この炎が全部消せたら、『魔王』って倒せるの?
『うん、倒せるよ』
「みんな!今なら魔王を倒せりゅよ!」
噛みました。
★★★
『『剣士』が、『拳士』が、『弓士』が、『術士』が、『法士』が、『練士』が、『槍士』が、『芸人』が』
『基本たるその職業を極めた異世界人が、習得した最大の力と能力をたった1つに向ける』
『『楽士』がその演奏で、『吟士』がその歌唱で、『舞士』がその舞踏で仲間を強くする』
『全ての力を1つに束ね、今全力で『キサラギ』へと放つ』
★★★
『どーん……』
残響とともに、大地が抉れた。
すごい、地平線の彼方まで衝撃波が地面を抉っている。
『魔王』の姿はどこにもない、抵抗する間もなく跡形もなく消え去ったのだろうか。
ねえ管理人さん、『魔王』って消えたの?
『ああ。主人公ちゃんの働きで、再生の炎の効果は消えて、『魔王キサラギ』はこの世から消滅したよ』
そっか……私、やれたんだね。
『ああ、君は間違いなく救世主だよ』
そのときです、突然私の体が光り始めました。
え、なにこれ。
『何って、帰るんでしょ?』
え、今?
『このタイミングじゃないと結局ずるずる引きずっちゃうから今がいいでしょ』
あ、ちょ、ちょっとまって、私、国のことほっぽって来ちゃったから、その後片付けしなきゃ。
光が止まりました、ほっ。
そのあと帰るってなったらどうしたらいい?終わったら私から連絡したらいい?
『主人公ちゃんの動きはぼくから把握しとくから、そのときになったら呼んでよ、合い言葉決めとこうか』
合い言葉は?
『「オーダー入りました」でいいや』
そういえば私ウェイトレスだったね、忘れてた、わかったそれでいい。
あ、そういえばみんなに結局挨拶とか何もしてない。
『名乗らず去るってのもかっこいいんじゃない?』
それフィクションの中だけだよ……。
『僕から言っておくから、元の世界での君のバイト先教えておくよ』
把握してるの!?なにそれ怖い。
『それじゃあ、国に帰すね、こってり絞られたらいいよ』
勝手に出てきたこ
★★★
とも把握され……あ、ここ私の部屋だ。管理人さんすごいな、何ものなんだろ。
えっと、その後の国での出来事は、のんびりとしたものでした。
ちなみに凄く怒られました、その後仲間から痛いくらい抱きしめられました。
ごめんねみんな、すごくありがとう。
えっと、最終的に私の『酌士』のレベルは170になっていました。
ついでに習得した『分裂』で、愛用のピッチャーを増やして【泉貴婦人亭】マスターに1つ渡しました。
私がいなくなっても彼がお水屋さんを全て受け継いでくれると思います。
さすが星の加護を受けていると言うべきか、『酌士』という職業はどうやら特殊らしくて、ただの水差しを手にしても『酌士』という職業にはなれないようです。
なので、この国では私がピッチャーを渡した【泉の貴婦人亭】のマスターだけが正当な『酌士』だということになります。
そのうち、マスターもレベルを上げて、『分裂』を習得して後進の育成を果たしてくれると思います。
でも私のウェイトレスコスを着るのはやめてほしいと思いました。いつの間に同じの作らせたのでしょうか。
国の仲間の『術士』――例の『剣士』さんの奥さんです――を始め、みんなにはすごく惜しまれましたけど、ここで私のやるべきことはなくなったので、帰ろうと思います。
後ろ髪を引かれる――そういえばこの数年で髪が腰まで伸びました――思いでしたが、元の世界に家族もいるので、もう決めました。
最後に、この世界最初の『酌士』として、獲得したアビリティを書き記します。
どうか、この世界の人々に幸福が注がれ続きますように。初代『酌士』優乃美。
かしこっ、これでよし。管理人さん、「オーダーはい」いいい?
合い言葉を言う前に私の体が光り始めました、これはいったい?
『動き把握しとくって言ったじゃん』
え、何それ、じゃあ合い言葉の意味ってなんなの。
『気まぐれかな』
なるほどぉ……ねえ管理人さん?
『なんだい、主人公ちゃん』
「あなた、黒幕でしょ」
★★★
気付くと、私はバイト中でした。
手に持ったものは、お冷やの入った愛用のピッチャー。
「オーダー入りました-!」
と、元気のいい同僚ウェイトレスの声、なんだかとても懐かしい。
時計を見ると、日付、時刻が動いていません、なんだか不思議な感覚です。
バイト帰り、コンビニで肉まんを買い食いしました。この味もすごく懐かしい気がします。
あの後、何度か小声で「オーダー入りました」って言っても、管理人さんは何も反応してくれませんでした。
同僚の女の子に怪訝な顔をされました。
幻覚ではないことは、私が使っていた『冒険者の証』が手元にあることから明らかです。
たぶん、私のこういう行動も把握していながら、相手をする気がないのでしょう。
本当、何がしたかったのでしょうか。
この世界での私の行動を把握できながらも、管理人として彼らを導きながら、『魔王』を倒さんとした。
けれど、そもそも『魔王』のことを最悪と言いながら、『魔王』は自分だけではなくみんなをも再生させていました。
命を奪うのではなく、再生させる能力を持っていた、倒そうとする理由がわかりません。
そのときです、私の携帯電話に着信が入りました。番号は非通知なのに、発信者名が『管理人』と表示されています。
少し悩みましたが、ピッと取ります。
はい、もしもし?
『説明をしようか』
私に?
『みんなに』
ぜひ。
『もし、キサラギがその気になったら、死者の吐息で世界が滅ぶよ』
どういうこと?
『キサラギの炎は、絶対不死、不変、再生の炎。その命は存在を固定され、再生され、概念が復元される』
ようするに『魔王』がその気になるとどうなるの。
『これまでこの地上で生まれて生きて死んだ生物が再生されて、地上の大気が枯渇して全員死ぬ』
みんな死ぬの?
『再生するよ』
うわぁ……窒息死と再生がエンドレスなんだ、なるほど、それは確かに最悪だ。
『そうなる前に手を打ちたかった。一時的にしろ再生の炎を打ち破れることをキサラギに示したかった。信じるのかい、僕は黒幕なんじゃないの?』
聞いてから判断する……ああそっか、『魔王』としてのキサラギは死んだけど、キサラギとしての存在は消えてないんだ。
『あの程度で消せるほどキサラギはやわじゃないよ。もっとも命を弄ぶのはやめてくれそうだけど』
そっかあ……ねえ、最後に管理人さん、聞いてもいい?
『なんだい、主人公ちゃん』
「あなたなら、キサラギの炎を打ち破れたんじゃないの?」
『無理さ。それにできてもやらない。さらに言えば人の身で成し遂げたことが重要なんだよ。だから世界を救ったのは紛れもなく君さ』
「あなたにとってキサラギって何?」
『虚無を旅したかけがえのない友さ。これまでも。そしてこれからも』
「あなたにとって人間は?」
『見ていておもしろい観察対象』
「好き?」
『どちらかと言えば』
「なら許してあげる、キサラギとの戦いの時くれたアドバイスは的確だったし、あなたにはあなたの目的があったってだけだものね」
返事はありませんでした。無言の肯定で会話を打ち切ったのでしょう。
でもきっと、彼は全てを見ているのでしょう。
これまでも。そしてこれからも。
★★★
おわり
楽しんでいただけたら幸いです。