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「ローズ、少しだけ時間をいただいてもよろしいかしら。……ベイスさんの」


 そう工房から帰る間際にリリィから提案され、ローズはそれを断らなかった。

 認められるとリリィは喜びを隠さず笑顔になり――現在は、


「とてもきれいな夕陽です、リリィ様。このような絶景を、いつもご覧に?」

「いつもではありませんが、雲の上からの眺めは格別でしょう?」


 ベイスはリリィの箒の、後部サドルにまたがって空に居た。

 眼下にはうっすらと朱に染まった雲が散らばって、波打つように風の流れに吹かれている。炎の色を放つ紅玉が地平の向こうに沈みながら、なおも眩しい光を天上まで届かせる。そして視線を東に傾けると、浅い夜の訪れに星々がその輝きを少しずつあらわに見せ――

 そんな光景を初めて見たベイスは、素直に感動を言葉にした。

 リリィは思う、飛行申請をしていないため工房の敷地上にしか滞空できないのが残念だが、誘ってよかったと。

 ベイスのほうに振り向くと、


「何か、お話でもございましたか?」

「いえ――その。今さらですけれど、私のこのような感情は、迷惑ではないでしょうか?」

「……。正直に申し上げますと、戸惑いは隠せません」


 ベイスは抑揚なく報告するようにそう言った。

 しかしそれに続いて間断なく、


「ですが、気持ちを伝えることの難しさは知っています。それにためらわず前へと踏み出せるリリィ様を、僕はとても尊い人だと思いました。分をわきまえずにご返答させて頂くのなら、そのお気持ちを嬉しいと、こころよく感じています」

「ぁ……それって、その」

「疎ましくなど思っていません。もし、気安い言葉が許されるなら」

「許しますっ、言ってください!」

「――好きですよ。嘘偽りなく、真実に」


 その瞬間、マナコントロールが鼓動の高鳴りとともに大きく乱れてリリィは慌てる。

 ローズが地上にいるとはいえ、一歩を間違えれば落下の危険もあって冷や汗したが。


(……う、うそ! わ、わたくし今、す、好きって言われたっ……!!)


 心臓が熱い。芯から痺れが止まらずに、手のひらがグリップをしっかり握れない。

 ベイスは笑みを浮かべている。夢なら醒めてほしいくらい都合よく。

 自分の知っている最新の恋愛理論から考えて、相互のマナの影響やDNAが与える錯覚ではないのかと、単に人の所有物を欲しがる不埒な気持ちではないのかと、リリィは内心の正真に僅かながら疑念を抱いてもいたのだが。


(どうだっていいっ、そんなこと――!!)


 決闘契約の後になってはいたが、確信した。自分は間違った選択をしていなかったと。

 リリィは照れて赤くなる顔を前に向け、背中を見せて隠しつつ、しかし平静を装って。


「……く、口がお上手ですね。ローズにもいつもそんなことを?」

「いいえ。ローズ様は主人です。主従の関係に感情の入り込む余地はありません」

「それは、確かにそうでしょうけれど。ではあくまで仕事としてローズに?」

「僕は従者です、主人に付き従い、命令を完遂することを本懐としています」

「……その信条は、本心からでしょうか?」

「はい。誰に誓えるものでもありませんが」

「だから幸運で得たお金も渡し、レースにも協力を?」

「それが主人の望みなら」


 ベイスは疑いなく返答する。リリィは少し驚いて、再び後ろを振り向いて目を合わせ。


「……ではもしローズから、今すぐ死ねと命じられたなら?」

「死にません。その命令に従うべき正当な理由がないのなら」

「正当ならば、従うのですか? そんな仮定は――」

「そうですね、希望です。そうできればという僕の」

「……。ならベイスさん、あなた自身が持つ意志は、確かにあると?」

「はい。僕は正しく仕えるべき主人にこそ尽くしたいと思っています」


 リリィは「そうですか」と頷いて、息をつく。

 そのベイスの曇りなき眼と言葉を聞いて理解する。

 今のままでは、駄目なのだと。


「ベイスさん、どうかローズの翼を守って下さい。必要なことがあれば支援します」

「それはしかし、主人には」

「ちゃんと事前に許可は通します。それなら気兼ねは無くなってくれるのでしょう?」

「……。お言葉に甘えさせていただけますと、幸いです」

「ふふ、見事な忠節ですこと。私の本心を、知ってもなお」


 リリィは意地悪く言って、目を細める。

 ベイスは「はい」と返事をし、


「リリィ様は僕の主人を、ローズ様を完膚無きまでに倒すおつもりなのですね」

「ええ。ですから協力は惜しみません、一切の言い訳も許さない形で勝利します。もっとも、金銭的な助勢に関しては断られてしまうでしょうけれど?」


 高空に吹く風が髪をそっと撫でていく。

 それはリリィの防護魔法によって勢いを削がれた西の風。

 だがそのやさしくからだを包みこむ風に押されるように、ベイスに告げる。


「ベイスさん。わたくしは、あなたのことを本当に欲しいと思っています。もしこれからも、私の傍にいてくれたなら、どれだけ幸せな気持ちになれるか分かりません」

「恐縮です」

「ちゃんとわかってます? 私は、あなたのことが好きなのですよ?」

「身に余る光栄です」

「……くす。真顔で淡々と返されるのも、なかなかに新鮮な体験ですね」


 リリィは穏やかな表情になれていた。ベイスも同じくやわらかな顔を返してくれた。こんな時間をもっと続かせたい、浮遊する高度を次第に下げていきながらも強く願う。

 ケンザンに頼んで後部サドルを突貫で付けてもらったのは本当によかった、大正解だった。そう自分の判断を褒めながら、


 ――必ずやローズに勝ってみせるのだと、リリィは心を静かに燃え上がらせた。

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