▼2▲ ‐翌日‐
ベイスは車でローズの【貴族学校】まで迎えに行った。その道中、車道の上空にブルームを駆る何人かの貴族達が見えてくる。主人は通学にまでブルームを使ってはいなかったが、そう珍しい光景でもなかった。
(科学と魔法がそれぞれ発展、融合し、大きな文化を成す世界――)
午後三時。路面電車を追走する形でベイスはゆっくり車を進める。
ベイスが生まれ育ったユーロス国内はとくに魔法文化が盛んであった。
もちろん魔法を使えるのは貴族だけなのだが、資本家でもある【ジェントリ】層とは別の、『魔法を扱う資格』として身分を取得した【オフィサー】層が増加傾向にあるのが現代だ。
(……『暴走飛行の取り締まり強化中』……か)
少し先の車道の上方、目に入った電光掲示板に警察からの注意が映される。ブルームだけの問題ではなく、魔法は様々な使用制限がされており、違反者も相応に存在する。
しかしベイスのような一等仕人を従えられる貴族は、オフィサー層ではひとにぎり。それは由緒正しい称号を与えられた者か爵位持ちの家柄か、一定以上の高額納税者――ジェントリのなかでも【ノーブル】と呼ばれる層がほとんどだ。
(……。僕は幸運だ、良い主人に仕えることが出来ている)
仕人とは、貴族に仕えることを義務づけられている第三階級である。
その階級となった理由は様々あるが、それぞれ等級付けられており。
◆一等仕人……代々続く小作人や従者など。労役は軽い。
◆二等仕人……実刑期を終えた犯罪者など。課される労役はやや重い。
◆三等仕人……重犯罪者。課される労役はもっとも重い。
このうち二等三等には強力な抑制魔法がかけられて、罪を重ねることはない。ゆえに彼らを使役できる貴族には厳しい責務と資格が課され、奴隷のように扱ってはならないと法治され、正当性を保っている。――ということになってはいるが。
(何事にも例外はある……ランカスター家は健全だ、ありがたいことに)
元々が小作人の家系だったベイスにとって、仕人という身分は生まれつきのものだった。
仕人学校は中等部までしかない。そこで様々な免許の取得や礼儀作法を習い一等仕人としてどんな労役を課されてもいいように備えるのだが、平民の通う一般的な学校に比べれば勉学に当てられる時間は半分のみ。残りの半分は卒業してすぐ職務に就くための研修時間であって、しっかりと学問を修められる場所ではなかった。
(……お嬢様はどんな授業に励んでいらっしゃるのだろうか? 学がない僕にはわからない)
学習意欲が無いのではない。ただベイスは従者としての勤めを果たせる以上の能力を自身に求めていないだけだった。事実、レースに関する知識類をローズに叩き込まれた時間はとても新鮮だった。その感想を誰に憚ることない自分の中でベイスは思う。
(楽しかった。そして僅かだろうと、お嬢様の力になれることが、僕は嬉しい)
車のウィンドウ越しに見上げる五月の空は青かった。
来月は終業式――国によっては三月の学校もあるが――ローズの高等部初年度が修了する。それが過ぎれば新年度を待つ夏期休暇。だが見据えるのはその先だ。
(七月開催……次の戦場、ユーロス・スクールGPか)
心中の呟きとはいえベイスはしかし「お嬢様の戦場」とは狭めなかった。恐れ多くも主人と共に戦うことになったのだと、表情には出さなかったが胸に小さく火を灯す。
己の役を全うする、それは身分や階級に関わらず尊いことだ、貴賤はない。
学校に到着し駐車場に車を留める。終業までの待機時間、車内には主人から渡された教本があり、それを僅かな間でも読み返しベイスは思う。もっと力になりたいと。
そうして時間がやってきて、ベイスは校門前まで歩いていく。
「お迎えにあがりました、お嬢様」
「ご苦労様。じゃあさっさと私の装備を取りに行くわよ……って?!」
「マイスター・ケンザンの工房ですわね。私もご一緒してよろしいでしょうか、ローズ?」
ブルーム片手にリリィが空から舞い降りる。約100キロ離れた――別の学校の制服で。