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「あの、ローズのガレージはこちらでよろしいでしょうか?」

「はい。失礼ですが、貴女様は」

「――……ぇ、あっ!! その……クルーの方ですか、ランカスターさんの?」

「はい。ベイスと申します」


 ベイスは返答しつつ訝しむ。

 この同い年に見える、長くふわりとした蒼髪の貴人(巨乳)をベイスは知らなかった。今は関係者以外立ち入り禁止になっていたはずでもある。


「――ベイス、さん。ぁ、あぅ……と、とりあえず出直します!!」


 貴人は赤面すると、勢いガレージから出て行った。その直後に逆方向――取材陣のひしめくパドック(整備場を含む複合スペース)からローズが戻る。


「何かあった、ベイス?」

「お嬢様。いえ、先ほどお訪ねになられた方が」

「そういう言い方ってことは名乗ってないのよね、ならどーでもいいわ。それより久しぶりのインタビューで超ーつかれた。まっ・さーじ?」

「かしこまりました」


 勝利後の主人は即座に取材陣に囲まれた。帰宅するよりもまず椅子に座りたかった程度には疲労が蓄積しているのだろう、ベイスはその背や肩をほぐしていく。


「――で、どうだった、初実戦?」

「緊張いたしました。お嬢様の花道を汚さないよう出来たでしょうか」

「まだまだね、必要十分なのは最低限」

「恐れ入ります。出過ぎた質問ですが、お嬢様の目的は十分に果たされましたでしょうか?」


 ベイスは珍しく主人の機嫌を尋ねていく。

 勝利の高揚も手伝ってか、ローズはそれに気をよくした。


「そうね、真の目的とは別にしても、今日のレースは上出来だったわ。第一歩としてはね」

「……その一歩とは?」

「金のためよ。さらに多くの、金のため」


 ローズは振り向く。

 従者は柔和な表情のまま、こりをほぐす手を止める。


「レースで飛ぶには金が要るわ。それはもう十分に理解できたでしょ?」

「はい、しかし今回の賞金は微々たるもので」

「金を生むのは誰かしら。レースじゃないわ、人間よ。人はお祭り騒げるところに群がるの、そしてそこに金を落とす。盛り上げるのはメディアよ、でもそうするには火種が必要、つまり大衆の興味をかき立てる話題性。今回のレースは彼らを食い物にするためのエサ撒きだった。まあ釣り上げたこっちの迂闊が過ぎていたら……逆に喰われてしまうけど」


 ローズは抑揚もなく従者に告げる。

 当のベイスは、己の主人が何を考えているかやっと分かったと静かに笑みを返す。


「そのために、あのような演出を?」

「叩きがいのある炎上ネタでしょ? 広告費をかける必要がまったくない、何もしなくたって私の復帰を、ローズ・ランカスターの名を喧伝してくれる。新聞やネット記事だけじゃない、TV企画のオファーだって、今日明日には提出される状況よ? 金はいくらでも湧いてくる。まあ、それでも」


 ローズは背後のベイスに向けていた首を元に戻す。自嘲気味に息をつき、


「悪名で、いいパトロンは付きやしない。だから次のユーロス・スクールGPは何がなんでも落とせない。勝ちに行くわ、全力で。覚悟なさい、あなたの負担も増えるから」


 主人が次に待つ険しさを隠さず言葉にする。

 従者はそれに快く返答しようとしたのだが、


「――どなたでしょうか?」

「え! あ、その……わたくしは、ローズを――」


 振り返る。そこには先ほども尋ねてきた蒼髪の貴人。


「……リリィ、やっぱりあなただったのね」


 ローズは呟き、そして立つ。

 声のほうを振り返り、そこにいた蒼髪の貴族に向かって。


「リリィ・ミッドランド――今年度ユーロス高等部ランク一位様。ご機嫌よう、お久しぶり」

「ええ、あなたがいなかったから獲れてしまった地位ですけれど。ご機嫌よう、お久しぶり」


 言葉を交わす。昨年度『中等部レーサーランク・“世界二位”』――かつてトップを競いあった同い年の相手は、高等部初年度で栄光の座を欲しいままにしていた。


「いい金額をベットしてくれたわね、侯爵令嬢。一番人気になんてしてくれて」

「稼がせて頂いたわけではありません。私のライバルの復帰を知って、その当然の結果に対し御祝いをしたかっただけですもの。ですから獲得した僅かな富は」


 背後から初老の礼服姿が現れる。

 その手にあるのは金額記載の小切手だ。


「お返ししますわ、ローズ。これからのレースに役立ててください」

「有難く頂くわよ、リリィ。敵に塩を送るなんて相変わらず高潔ね」


 ローズは笑顔とともに返答し、視線で従者に指示を出して受け取らせる。

 そして、


「破りなさい、命令よ」

「ご無礼を、リリィ様」


 ベイスはそれを即座に捨てた、ちりぢりに。


「……。ローズ、次のスクールGPは出られるの?」

「当然よ。こんなお情けを無下にできるくらいはね」

「どなたが支援してくれたの。あなたのレース・スタイルを維持するには」

「失礼のお詫びに白状するわ、この従者が幸運を拾ったから受け取ったの」

「……幸運? まさか宝くじなんてこと」

「ご明察、まあ私が買わせたものだけど」


 その瞬間、ベイスは少し驚いた。蒼髪の令嬢が、こちらに大きく目を見開き振り向いて。

 だがリリィはまたすぐローズに向かって、


「……し、仕人の取得した金銭を、貴族のあなたが掠め取ったの?!」

「事実を言えばそうなるわね。でもそれがどうしたの、合意の上よ」

「いくらだったの!? その魔法衣ローブもブルームも、専用調整されたもの! それに決勝で使ったグラウンド・フライトは保険魔法の掛金だけで――!」

「当選金は一億よ、大した額ではないでしょう、レースの年間予算なら」

「ありえないわ!! 貴族でしょう!? ノーブル・オブリゲーションは?!」

「労役免除費に使えくらい言ったわよ、でも本人が差し出したんだから」

「っ……、仕人をなんだと思ってるの。従者にしている以上は【一等仕人】なんでしょう? 平民になる権利が彼にはある、仕人のままでは与えられない数多くの権利を、その十分の一も使わなくても取得することができるのに!! それにそれだけの額があったなら……!」


 主人が視線をまたよこす。

 ベイスはそれに一礼し、恐れ多くもと言葉を発する。


「……リリィ様。自分のような仕人をお気遣いくださって、まず何より感謝を申し上げます。ですが資金の供出は、平民になることと秤にかけた上で、その意志を主人に」

「その判断はっ、本当に正しく熟考されたものとあなたは言える!?」

「ご心配、いたみいります。しかし自分はランカスター家の使用人。ローズ様の従者として、そのお望みに寄り添うことを勤めとしています。それが叶えられるなら」

「不平は、無いと……――っ、だったら、だったらわたくしは、私は……ッ」

「……リリィ?」


 リリィは震えた。わけがわからなかった。

 ベイスを見る、目があった、身長170センチの自分よりわずかに高い、だが視線をすぐにそらしてしまう。頬に熱がさすのを実感する。


(……華奢でない締まった体つき、澄んだ声、短く清潔にまとめた黒髪……整った顔立ち)


 ローズの言うように合意の上なら何の問題もないはずだ。

 仕人の扱いを咎めるのは司法の領域、少なくともいま追求する資格は己に無い。なのに。

 なのに一体、何を口走ろうとしているのか。


「……。賭けをしましょう、ローズ。次のレースであなたが勝って、トップに立った暁には、ミッドランド侯爵家はランカスター伯爵家の名誉回復に尽力すると約束します」

「は?」

「ですがもし、わたくしが勝ったとき……私が勝ったそのときは」


 抑制できない。生まれて初めての衝動がリリィの心と体を駆り立てる。

 その激流に任せるまま――


「私は、あなたの仕人・ベイスさんを、従者として迎えたい!! その交渉許可を約束して!」


 ローズは目を点に、しかしライバルの言を理解する。従者はただ主人の反応を待っている。

 これはつまり。


「貴族同士の、勝敗を用いた約束よ? 口だけでないなら【強制魔法ギアス】だって」

「構いません! その契約、あなたが認めるのならこの場ですぐに結びます!」

「確認するわ、リリィはベイスが欲しいのね? でもベイスにそれは強制しないと?」

「当然です、主人であるローズ、あなたに対して交渉許可を求めるのみ! 私はっ!!」


 ローズは震える、いまだ未体験の宣告だった。眼前のリリィは手袋を外してそれを投げ、


「リリィ・ミッドランドは望みます! ローズ・ランカスターとの、レースによる決闘を!!」


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