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「な、なんだよあれ! なんだあのザマ、偽物か!? どういうことだよ!!」

「スクールチーム二軍とギリギリのせり負けって……あの〈赤薔薇〉が?」

「まあ一年以上ブランクがあったんだ、決勝は調整してくるに違いないさ」

「それにしても予選一位のタイムとは雲泥の差だ、今さらオッズも――……何だ?」 


 満員となった観客席はコースを上から見下ろしつつ誰に賭けるかの雑談で賑わった。しかし決勝十分前に、確定した最終オッズが公開されるや否や、新たなざわめきが起こる。


「……誰だよ、あれに大金ぶっこんだ酔狂は」

「いや俺も一応は抑えたが――それにしても」

「予選結果はスクールチーム最下位と僅かな差か。まさか……」

「狙ってやった、のか?」


 その誰もが注目せざるをえなかった赤の魔女は、予選を終えて決勝は八番手のスタートだ。そんな情けないフライトと意外なオッズも合わせて、観客は意味が分からずどよめいた。


「一番人気、ね。ちょっとつまらなさすぎる結果じゃない、ベイス?」

『念のためですが僕は賭けておりません、お嬢様』

「当たり前でしょ、出場者のベットは厳禁だもの」

『では誰が? さすがにこの結果は想定外でありませんか。もしや旦那様が?』

「我が家がそんな大金を動かせないの知ってるでしょ。……心当たりはあるけれど」


 オッズは集まった賭け金の総量と、対象比率で決定される。

 その常識と予選結果から考えてこれは異常でもあった。


「まあいいわ。一部観衆にたっぷり稼がせてはやれなくなっても、報道陣は増えてきた」

『今のところ全ての取材申請は断っております。集中を』

「当然よ、何もかもこの遊びが終わってから」


 ベイスはインカム越しに主人が笑みを浮かべたと察していた。予選より心身が引き締まる、他チームは最大五人体制でレースに臨んでいるのだが。


(……不安はない。主人が抱いていないものを使用人が感じる意味は無い)


 たった一ヶ月の、それも日々の仕事の合間に隠れながら行った勉強だ。付け焼き刃だということは分かっている、それでも必要最低限は学習したとローズは言った


(ならば、現時点において必要十分ということ。疑う余地は何もない)


 そしてコースに出場者全員が出そろった。各々のスターティンググリッドについて、


[トゥインクルリンク・特別レース決勝、スタートです!!]


「いぃッけえええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」


「!!」「ぅそッ」「やはりっ」「そんな」「読めてたわッ」「それでこそ!」

「――こンのッ、金持ちがあああ!!」


 ウィッチ達の罵声が届くと同時に遠ざかる。

 ローズの駆るブルームは前方にいる七名に対して急加速で差し迫りそして抜き去った。僅か数秒の出来事で、だがそれはレースにおいて規定されるマナの使用限度総量を無視したような無茶なスピードだったのだ。


「し、下方向から?!」

「地面すれすれのフライトだと!? あんなの予選でやっていなかッた!」

「【グラウンド・フライト】ッ、〈赤薔薇〉のお家芸だ!! やはり健在だったのか!」

「あの魔女めっ、予選は手抜きしてたのかよッ!!」


 観客席は一様に歓声をあげていく。既にローズは一週を終える寸前だ。

 だが予選上位陣も追いすがる。低ランクとはいえ、第一線を離れて久しいローズに比べれば飛行技術の研鑚に毎日を捧げたスクールチームの魔女達だ。正しくコースの巡航高度、そして速度を保てている。しかしそれでも戦慄する、目にしてしまった実力に。


 ――あれは紛れもなく、『中等部レーサーランク・“世界一位”』だった魔女なのだと。


「おいッあの飛行法、超絶難度だったはずだよな!?」

「ああ! 【マナコントロール】がピーキー過ぎる上に地面激突クラッシュの危険度が最大でクッソ高い保険魔法に入らないと使用許可されねえ幻の技! 一度のレースの掛金で一千万ッ、事故ったらその数に応じて倍額払わされる金食い虫! 使う奴はほぼ皆無! ――だが!!」

「地表ぎりぎりの低空飛行ゆえに、大地から受けるマナの作用【グラウンド・エフェクト】を活かしきって、大気に満ちるマナだけを制御するより燃費を抑えられる! だからッ」


 加速が続く。追いかけられていても容易にローズは引き離す。他と同じ程度のマナ消費でも大きすぎる差が生じている、より多くのマナを推力制御に使えるからだ。ブルーム・レースの決勝は規定距離分コースを周回するもので、このレースは五十周。燃費は何より大切だ。

 そう、だからローズはこんな無茶な加速やスピードを保てている。

 通常高度(20メートル付近)を飛ぶ他のウィッチには真似できない。なぜなら技術も金も桁違いに要求される。だがローズの姿勢制御は万全だ、高額の保険魔法に入る必要があるのは絶対の安全を保障しているブルーム・レース運営委員会の都合である。

 とはいえそれに不平はない。高等技術の使用者にリスクがあるのは当然だ。むしろそのぶん己の価値が上がってくれるのだから有難い。

 だがその天才ゆえに――


「でも彼女っ、ランカスター伯爵家って当主が謹慎くらって没落しちまってるじゃないか! 金はどこが出してんだよ!!」

「しかも性格が超難有りで没落以降はスクールチームにも入らせてもらえなかったんだろ?! 誰がサポートしてるんだ!?」


(……好き放題に言われてるでしょうね、今の私)


 赤の三角帽と魔法衣と速度をもって切り裂く風をまといながらローズは思う。

 だから凡俗は嫌いなのだ。妬んで嫉み、難癖つけて足を引っ張る邪魔なもの。

 スクールレースの参加規定は、大人をピットクルーにしないこと。

 そしてスクールを無視してワークスに入るにもスーパーライセンス取得制限に引っかかる。高等部のレースで実績を上げられない場合、最低でも十八歳以上になる必要があった。


(金がない、歳が足りない、背中を任せる人がいない。無い無い尽くし……うんッざりよ!)


 だがそれでもレースはいい。

 箒にまたがり速度とともにコースを飛ぶ、最高だ。トゥインクルリンクはオーバルコース、楕円形のコースを高速で回る、口さがない人に言わせれば退屈なショートトラック。けれどもローズはそう思っていない。一年間も溜め続けた鬱憤という贅肉を、身体にこびりついた垢を削ぎ落としていく解放感、周回ごとに己が研磨されていくようだ。

 そして僅かな傾斜がついた路面すれすれに陸地からのマナを受けて飛行する爽快感さえも、きっと自分以外には得ることができないだろう。

 レーサーは本質的に孤独を愛する生き物だ。

 だから誰かに邪魔されることを何より嫌う。

 だとしても――


(一人では……飛べないのよ!)


『お嬢様、四周後にティータイムです』

「あら、二十周目でもうピットイン?」

『はい。計算上、それならば十二秒ほどごゆるりと』

「オッケー! 砂糖多めでちょっとぬるい六十度!!」

『かしこまりました』


 ピットにおけるベイスの仕事は多岐にわたる。

 主人ローズのバイタルチェック、ラップタイムに、他レーサーの位置や動きの確認。

 さらには消耗品であるブルームの穂先の耐久度把握と交換、マナ残量に応じた補給。

 それらは主人が飛ぶことだけに集中するため切り離している情報だ。そしてリアルタイムで変動するその処理は計測機器や補助装置がいくらあっても無理がある、一人では。

 もっと多くの人が要る。だが今はベイスだけでいいと主人は言った。

 だから応える――命令に。そしてこのレースは主人曰く『レース勘を取り戻す肩慣らし!』であって、ゆえにこのレースの目的は、ただの勝利ではない。



「追いついた……ッ、さすがのグラウンド・フライトも集中切れ、ようやくよ!!」

「ふうん、隊列を組んで【スリップストリーム】を使ったの。涙ぐましい即席チームね」

「なんとでも言えばいい、あんたなんかに邪魔させない!!」


 終盤戦、通常高度を飛行し始めたローズにウィッチ達がアタックを仕掛けてくる。

 文字通りの空中戦だ。このレースに関しては魔法による妨害を行うことは禁止だった。だが物理的な接触は違う、保険魔法で生命の安全は保障されていても、防げない。


「ちっ、かわされたッ!」「まだよっ、七人がかりなら!」「あと三周、潰してやる!」

「ローズ!! アタシはねっ、アンタみたいな金にものを言わせたレーサーが大嫌いだ!」

「以前は憧れておりました、ですけれど!」「勝てば何でも許されるなんて間違いよッ」

「中等部時代っ、あんたはチームメイトを手足か駒としてしか扱わなかった、だから!!」


 そして迎える最終ラップ。

 ――その直前。


「ラスト一周ッ、もう力尽きるとは一年以上のブランクで衰えたな元トップ! それに!!」

「補給ついでに紅茶を飲まれるっ、そんな堕落しきったレーサーになった天才なんてッ!!」


「……。何のために、私がここまでふざけたと思ってるの。まさか本気で追いついたと?」

「――え」


 ダンゴ状態になったままの八人戦。しかしローズはほくそ笑む。

 すべて、想定通りだと。


『マナ残量、問題ありません。お気の召すままに』

「ええもちろん――潰すわよ?」


 ローズは言う。目的をはき違えた連中に告げてやる。わざわざ飛行中にきょろきょろと顔をいちいち向けてゆき、そのローズの余裕に言葉をなくした顔のウィッチ達へ、笑みと共に。


「何のためにふざけたか? それはねぇ、こんなレースで勝たないとスクールGPにお呼びもかからない出来損ないとッあわよくば出場できるかもなんて浮かれた雑魚とッ、この私が!! どれだけ格が違うかを見せつけるために決まっているでしょうっ!!」


 叫びを上げる、飛行中でも互いに響く、さらには記録に残ってしまう魔法通信帯域で。


「なっ、な!!」


 緑の魔法衣のイバラがおののく。当然だ、正気の沙汰ではないからだ。

 しかしローズは気にしない、残ったマナを用いて空を駆け、追いすがる全員を振り切った。

 これまで以上の速度をもって地を這いながら飛び続ける。速く、速く、疾風になる。

 他のウィッチ達が結託することも含め、可能な限りこの瞬間を演出した。

 コースレコードには程遠い無様なレース、得られたのは卑しい優越感。

 ――それでもいい、エクスタシーには変わりない。

 他者より速く、他者より余裕に、そして他者を地平の彼方へ置き去りにする全能感。

 ベイスと共に誓ったのだ、『優雅かつ圧倒的に勝利する』それがこのレースの目的だと。

 たなびくチェッカーフラッグを掴み取り、ツインテールを振り乱してローズは叫ぶ。

 それは何よりも望んでいた、


「私は、帰ッてきた!! ローズ・ランカスターはこの飛花ブルームの戦場に再び舞い戻ったのよ!」

[ふ、復活です! 金髪ッ貧乳!! 大地を統べて咲き誇る〈赤薔薇の魔女〉、復活です!!]

「だあああああああれが貧乳だってのよおおおおおおおおおおおおお!!」

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