▼エピローグ▲
『いやーローズちゃん、良かったよ!! 躍動! 革新! やはり我がプランタンに相応しい、最高のコマーシャルキャラクターになると見込んだ直感は正しかった!!』
「ありがとう、グっちゃん。で、これから私はルーヴルまで直行かしら?」
『もっちろん、超音速でかもーん!! ――ってその前に、とりあえずおめでとう、お疲れ様。高速機のフライト時間まではゆっくりしてていいからね~☆』
表彰式が終了し、勝利者インタビューや会見も一段落した時間。
ローズはピットガレージに戻り一息つく。
「おめでとうございます、お嬢様。これで当初の目的、スポンサー獲得は完遂ですね」
「そうね、ベイス。あなたが翼をくれなかったらここまで来れなかった。感謝してる」
「もったいなきお言葉です」
「レンガもソラムも、よく私に尽くしてくれたわ。まだまだ世界戦は始まったばかりだけど、次も次もその次も、私は当然の勝利を獲ていくために飛んでいく。だから」
「……うん、あたしはまだ満足していない。もっと上の性能を出せるはず」
「こっちも分かってる、大丈夫だよ。あたしはもう意志の向く先を、立ち位置を決めたから。あたしは自分を突き動かした心に従い全力する、今はそれがここにある」
「今は、ね。悪くない返答だけどチームに居るなら今後も最高の仕事をしなさいよ?」
「そっちこそ、あたしが邪魔だと思ったらいつでも切って構わない。〈赤薔薇〉に必要なのはその覚悟をもって戦えるスタッフでしょ?」
ソラムがにやりとしながら問いかける。その疎通にローズは笑う。
己を支える者達に、こちらの意志が伝わっているのは心地良い。だからこそ戦果を上げて、勝利を掲げなくてはならない。その信念が間違っていないのだと高らかに証明するために。
そしてもう一つ、
「ああそういえばベイス、突然ではあるんだけど」
「はい、なんでしょうか」
「あなたに今すぐの休暇を許可するわ。この八洲で遊んでいても良いし、来週までなら好きな日時と期間を与えるから、自己の判断で勝手に過ごして構わない。命令も決して下さない」
「ありがとうございます。何かの契約でしょうか?」
「リリィとの取引よ。これだけ言えば分かるでしょ?」
ベイスはローズに一礼する。
そして駆け足にならない程度に急ぎつつ、ミッドランド校のガレージに向かう。
「ううぅ……賭けには勝っても勝てませんでしたわよ……あのダブルAカップの貧乳に……」
「り、リリィ様っ、落ち着いて!」「表彰式もよく笑顔で耐えていた、偉い偉い」
「ここ一年以上は見なかったいじけ癖ですね」「ひさびさの三角座り凹みデース」
ベイスは見た、白のローブを着たまま隅で落ち込むリリィの姿を。
それに思わず声をかけ、
「リリィ様」
「え? ああああ! えっと、あのその! ベイスさん、何故ここに?!」
「主人より休暇を与えられました。リリィ様よりの計らいと聞きまして、まずは感謝をと」
「そ、そうですか。ああでも、その」
「はい、なんでしょうか」
「なんでもありません!! いえ、その、ううううう!!」
リリィの心中には、敗北したことへの悔しさともう一つ、苛立ちが急に巻き起こってきた。
その理不尽な自分の感情にどう行き場を与えるか、それを堪えてもいたのだが。
「……いかがなさいましたか」
「なんでもないです! いえなんでもあるってわかってます! なんでこうなってるかって、今のベイスさんが休暇を貰っても遊興の予算はないでしょう?! 私、知っているんですよ!!」
「もしかして、ソラムさんを八洲GPに呼んだ件ですか?」
「そうですよ!! いったいいくら使ったんですか!? 交通費も宿泊費も諸々の代金もっ、全部ベイスさん持ちって聞いてます! チーム予算だって嘘ついて、貯めてあった給金から!!」
「はい、勧誘のためでしたので」
「わかってます! そんなこと分かっているんです! でもなんかこうっ、余裕ぶってた私がバカみたいで……っ、どうせなら一番に私を誘って欲しかったんです!! デートとか!!」
「あぁ、だからリリィ様……」「これ、スタート直前に聞いたんだね」
「……せこいです、ローズ様」「バイタルが荒れかけた原因デスかー」
ミッドランドのチーム四人、全員が次のレースでは改善必須の問題点を認識した。
ベイスはそう心情を吐露してくるリリィに対し、考える。
どうすれば真意魔法もないまま誤解なく自分の心を伝えられるだろう。どうすれば。
「……リリィ様、今回かかった代金は経費として請求します、新しく付いたスポンサーに」
「え?」
「勧誘には成功しましたから認められるはずでしょう。僕は自分の金銭を使ってソラムさんを招待しましたが、これならチーム予算でスカウトした仕事になります」
「そ、そういうことではなくてっ」
「リリィ様、僕はまだ自分の遊興のために給金を使ったことはありません。多分エスコートも下手でしょう、使える額も多くはなく、分不相応とも思います。それでもよろしければ――」
「よ、よろしいです! いいですから!」
「僕とどこか、きれいな景色を見に行きませんか?」
「――ぁ」
リリィの顔が紅潮する。
同時にさっきの「デートとか!!」の声でねだったようにも思えてしまい、
「リリィ様にはいつも連れて行ってもらってばかりでした。そのお返しをさせて下さい」
「い、いいいりません! そんな恩着せがましい意味で言ったのではなくてっ」
「主人の勝利に僕は喜びを隠せません。ですがその隣で二位の表彰台に立つリリィ様に、僕は失礼と思いつつ、お慰めしたいとも想ったのです」
「……そ、そんな理由でっ、勝者側の気分で誘われることだって!!」
「では今は従者でないベイスとして僕の気持ちを伝えます。矛盾していますが、次のレースは勝って下さい。そのささやかな応援をさせていただくことは出来ませんか?」
「え……? ですがそれは」
「僕の歪んだ本心は、お二人が戦いあう姿を見ていたいのです。――叶うなら、何度でも」
浅ましくも卑しい願いではあるが、ベイスの脳裏に焼き付く赤と白の競演は今も鮮烈にその光景を望ませた。視線だけこちらに向けるリリィの赤面に、ベイスは告げる。
「揺らがないで下さい。以前もお伝えしたように、僕が心ふるわされたのはあなただけです。リリィ様を僅かでも波立たせた原因が僕にあったとすれば、それは本意ではないのです」
「それが嘘だとっ、思いたくはないですけどっ!」
「はい、主人でないリリィ様には信じていただくしかありません。僕の言葉の、真正を」
そうベイスに伝えられたとき、うつむき気味だったリリィは顔を上げてはっとなる。
そして意味を理解して息を飲み、言葉を紡ぐ。
「っ……、本当にわたくしは、まったく気の抜ける時がないのですね?」
「はい、これは僕とあなたの決闘です。ですから僕は望みます、リリィ様との次なる戦場を、新しいステージへ進みたいと願います」
「ああもう! じゃあ感想を聞きます! 今日のレースの私は、どうでしたか!?」
「お察し下さい、僕は生まれて初めて自身の心に従って、お誘い申し上げているのです」
「ぁ……」
リリィは思った。まだ自分は敗れていない、着実に一歩を進めている。
そう、これは決闘だ。
従者として迎えたがる欲求に負けるのか。
隣人として迎えられる変革を勝ちとるか。
――ならば。
「……そのお誘い、謹んでお受け致しましょう。ただし!!」
「はい、なんでしょうか」
「デートプランを提出して下さい、内容次第では断ります!」
「手厳しいですね、承りました。必ずや通して見せましょう」
そうしてベイスとリリィは笑みになる。
互いに歩み寄ることの出来ない勝敗の行方はまだ先と理解して、今の気分に素直になり。
「……わたしたちもここにいるんですけどね」「気にしたら負けだと思う」
「くす、あちらでも見ていらっしゃる方々がいますよ」「千客万来デース」
そう物陰からいい話のネタだとばかりに覗いて傍耳立てていたのは、
「とまあ、そういうわけだけど。――ソラム?」
「なんの話よ、ローズ様」
「勧誘してきたベイスが気にならないのかって話よ。勝ち目はゼロに等しいけど」
「はあ。こっちは最初からリリィ様に釘差されていたし、いまさら過ぎる話だよ。理解した、何でも色恋に結びつけたがる野次馬根性って迷惑だね。だけどまあ……」
「だけどまあ?」
「好ましく思ってはいるかなあ。チームの一員として、同じ身分だった友人としてもね」
そう飾らずに語ったソラムに対し、ローズはくすりと笑ってしまう。自分の中に起こらない感情をどうこう思う気はないが、近しいものは知っていた。それは――
「ふむ、あの従者は君のお気に入りだったのでは、ローズ?」
「……なんで隣に来ているのよ、ダリア」
「レースが終わったら話があると言ったじゃないか。それでガレージまで行ったらブルームの整備中だったドワーフの少女からここに居ると言われてね」
ピットガレージに残してきたレンガから聞いたというダリアがローズの傍に立っていた。
いつの間にか近付かれていたことは気にしないとして、
「で、その恥ずかしい話って何なのよ。三位入賞おめでとう」
「ああ、見事に負けてしまったよ。ところでさっきの質問の回答は、ローズ?」
「私がベイスをどう想ってるかって? それは飛ぶ鳥に翼の値段を尋ねるのと同じことよ?」
「はは、即答か!」
「素直に家族同然って言ったほうが伝わりやすいと思うんだけどなあ」
ソラムが呆れて息をつく。ダリアは笑い、しかし嬉しそうに表情をゆるませた。
「なら良かった。そうだ、今度はこっちの話だな」
「別に聞きたくないけれど、言いたければ勝手にどうぞ」
「ああ。私の母も世間的には隠されている立場でね。そろそろ父に覚悟を決めてもらおうと、CMキャラクターに選ばれた場で秘密を公表するつもりだったんだよ。まあそんな悪だくみもしばらくはお預けだから、君に伝えておこうと思っていた」
「あっそ。ソラムもここにいるけど喋って良いの?」
「君のチームメイトだからね。それで私の母の生まれだが――本来の姓は“ウィンザー”なんだ」
「!! えっ、あの、それってつまり?!」
「……冗談でしょう。公爵に子どもはいなかった、作らないとも宣言して」
「ああそうだ。王冠を捨てた者の義務だからという、いかにもな報道向けの美談化だ。しかし世の中はもっと下世話に出来ている。遺伝子もまた嘘をつかないよ、この私に流れる血は」
「……。王族だったのね、ダリア」
ローズの呟きにダリアはこくりと頷いた。
幼い頃から己の出自とそれを隠されている不満は積もっていて、その苛立ちの行き場を求め辿り着いた先がブルーム・レースの戦場だった。そう語った上でダリアは笑う。
「今はつまらないプライドだと断じられる。王族だと誇ることが許されなかった私にとって、結果を出すことで貴族の頂点に登りつめられるレースは最高の舞台だと思ったんだ」
「はっ、浅ましい。幼い子どもの発想ね」
「その通りだよ。そこでまた思い知るとも分からずにね。王の資質は血によって証立てられるような、そんな安いものでないことを私は何年も苦渋と共に味わった。ローズ、君こそが私の信じる覇者の器だ。それにやっと想い至れたのは三ヶ月前だけれどね」
「ふん、褒めたって何にも出やしないわよ? 媚びを売る相手が間違ってる」
「スポンサーの話かい? それなら今日のレース結果でまた打診をされてるよ。次の世界戦で勝利したら、私も晴れて君と同じくプランタンのサテライトだ」
「あ、あの老獪幼女ハイエルフ!! どうせそんなことだろうと思ったけど!」
「はは、だから次こそは勝たせてもらう。私の本当の望みを叶えるためにね」
「……? 何よそれ」
そこでダリアはローズの前にひざまずく。恭しく、従うように。
「道ならぬ恋に焦がれるのは私の血の宿命かな? どうやらこの私に継がれたのは王としての資質でなく、王に傅きたくなる女の性だったようだ」
「ち、ちょっとダリア、何を……」
「ローズ・ランカスター。私は君を、ああ、まったく愚かしいことに私は女の身でありながら君の存在に心奪われてしまっている!! この感情は秘しておくべきものだろう、しかし私にはもう抑えることができないんだ! これもまた祖父から受け継いだ卑しい業だとしても、私はこの心に従おう! 私は君を――愛している!!」
ローズの思考は固まった。リリィに決闘を挑まれたとき以上に凍っていた。まったく予想の範疇外、それはまさに世の中『ありのまま』を出せばいいわけでないことの典型的な――
「さあ返答を、ローズ・ランカスター!! 私を征服した君よッ、その隣人に私はなりたい!!」
「……。確かに私は、人並みの色恋や情愛を理解できない歪んだ人間ではあるけれど……っ」
告げていく。叫んでいく。ローズはそれで理解した、たとえ求められてもこの変化は。
「だからって!! 私に同性愛に目覚める素質があるなんて思い上がるな凡俗があああああ!!」
絶対に受け入れてたまるかと、そして次も次も決して負けてはならない存在を、認識した。
第二部 end
次のエピソードはまだ構想中です、ここまでお読みいただきありがとうございました
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