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 ローズは現行のブラシで最高速を出せる耐久限界までピットストップを粘っていた。

 そしてそのタイミングでダリアもピットイン。

 ダリアはマナを補給したが、ローズはブラシ交換のみとした。

 この周回ではリリィがトップ、だが後方のローズのタイムが伸びていないと気がついた。


「っ、ローズ! あれを使うつもりなの?!」

『リリィ様、おそらく負荷対策の限定使用です。フリー飛行時では東西二カ所のストレート、どちらもリニア・ドライブを使っていましたが!』

『西側にガイドウェイを描くはず、距離的にホームストレートは利点が少ない』

「アナっ、コース上のエーテル乱流率は!?」

『セイリング可能領域です! クリス、ライド用ブラシ準備!』

『了解っ、現状の天候用カスタマイズは終わってます!』

『ただバイタルが少し荒れてるぽい?! ピットイン時に補給しマス!!』


 ピットストップ戦略はブラシの耐久度とフュエル残量、バイタル状況に応じて決定される。

 これをいかにロス無く行えるかでレースの趨勢が左右される。

 そうしてリリィはトップのままピットイン、ブラシ交換だけでなく補給もあるため五秒間を費やして、


「行ッくわよ!! ライディング・シークエンス!!」


 残り三十五周の段階で、リリィは箒に立ち乗った。

 その周回でトップはダリアに交代、ローズも航跡のガイドウェイを描き終えた。


「ソラムっ、補給指示は限界値で! ベイスは状況把握に傾注!! レンガはブラシ調整を!!」

『バイタル変調ギリギリを見切れって?! なんとかする!!』

『かしこまりました』

『……かなりタイトにしてるから、気をつけて』


 残り三十四周でローズは二回目のピットイン。

 またもブラシ交換のみとして三秒を費やしピットアウト、これで準備が整った。

 ダリアは今もまだミス無く先頭を飛んでいる。周回遅れの魔女も出てきている。

 しかし観客の期待通りデッドヒートはこれからだった。


「おい見ろよっ〈赤薔薇〉が!! あの速度、フリー飛行時の?!」

「直線で〈黒天竺〉に迫っている!? いいやッ、追い越した!!」


 西ストレートに描いた航跡の磁界レールにローズは乗る。

 最初の使用時はフルスロットルで前方のリリィとダリアに追いついた。

 そしてトップを奪還したが、この消耗は継続できる物ではない。

 ゆえに次の周回からのガイドウェイ使用時はスラスターを切ってリニア推進のみで加速してコストを抑制、これによってブラシの耐久度も少しずつ温存する。

 その意図を、並ぶリリィが牽制する。


「爆弾を抱えてるんでしょうッ、ローズ!」

「はっ、リリィもお早い補給したくせに!」


 それはバイタル変調による補給不能と、規定フュエル総量オーバーという問題だ。ダリアとリリィを単に抜き去ることは容易だが、それでは残り一五〇キロ超の距離は飛びきれない。

 そのためローズがとった戦略は、


(ラストラップ限界まで――蓄える!!)


 油断はしない、この二人のミスに期待はしない。

 ローズが戦うべきはひたすら己の焦燥と前に出たがる自尊心だった。

 何よりも、勝つために。


(……っ、こっちのペースが狂いそう! 厄介な技を習得したものですわよ!!)


 リリィは空に吹く風に舞い踊りコーナーを曲がっていく。

 スプーンカーブを抜けて西ストレート、ダリアほどではないが直線は当然の得手だった。

 しかしローズがついにこの領域を侵してきた。ただでさえコーナーリングでは未だに勝てる相手ではないというにも関わらずだ。

 もちろんそれは厳しいコストとバイタル変調という危険との戦いであるとは分かっている。

 けれども理解とは別に畏怖があった。

 天候を味方につけている今の自分であっても、ローズを圧倒することは出来ないのかと。

 だからこそ、リリィはそれに慌てて自分の調子を乱してはならなかった。

 

(ああ、そうだ!! この永遠に続けと願ってしまえる戦場こそ……至高天!!)


 ダリアの飛行は今なおミス無く続いていた。

 自分でも奇跡だと、しかしこれを継続するものにしてみせるという気迫で飛んでいる。

 グラビティ・フライトの精度は上がっている。旋回時でもやすやすと抜かされなくなって、ストレートでもまた距離をあけていく。

 残り十周の段階だが、もはやダリアのトップは不動となっていた。

 けれどもダリアは期待する、〈赤薔薇〉と〈白百合〉はこんなものではないのだと。

 中等部時代、いつもこの年下の二人が己の前を征していた、才能の差を痛感した。

 人前では負けても強がり気を張って、けれども家に帰ればいつだって悔し涙を流していた。

 しかし昨年その状況が一変した。ローズがサーキットから居なくなって、世界戦でも頂点に立てるようになって、泣くことなどなくなった。

 なのにダリアの心中は凪のように静かすぎて、満たされてもいなかった。


(いま改めて理解する、私はただの勝利などいらなかった!! 私が求めていたものはッ!!)


 あのユーロスGPを観戦した、なぜそこに自分がいないのかと憤った。

 直後のロンバルディアGPはその寂寥が表に出てしまったのだ。なぜここに〈赤薔薇〉が、〈白百合〉がいないのかと。そう嘆く気持ちがダリアに己の限界を超える飛行を望ませた。

 危険飛行をして負けていい理由はない、勝ちたいのは当然だ。

 だが想ってしまう、羽ばたくローズを思い出す。風のエレメントも闇のエレメントもなく、空気抵抗と重力加速度の負荷に傷ついて、飛び終えた後の姿はいつもぼろぼろだ。

 万年三位以下だった中等部時代はそんなローズに悔しさしか抱かなかったが、二年の空白を経てダリアが今に思い出す印象は違っていた。それは絶対の勝者というよりも。


(革命の旗手だッ、グラウンド・フライト以上の技さえ使いこなす、君という魔女は!!)


 ダリアもまた地のエレメントを持っていた。グラウンド・フライトに挑戦したこともある。そのときの手痛い失敗は醜い嫉妬と絶望に塗りたくられた黒い記憶を刻んでくれた。

 だがローズ本人もまた、属性の不利という苦難の境遇に逆らったからこそ会得したのだと、グラビティ・フライトをこの手に掴んだ今になって感じ入る。

 だから自分もまたそのような、不断に勝利を志す気高い存在でありたいと。

 ――ダリアは己の本心と望みを理解した。


「塵も積もればとは言いますがっ、高効率過ぎですわ!」

「完成するとここまでとはね、グラビティ・フライトッ」


 リリィとローズはほぼ同軸の空の上下から戦況に対し舌打ちする。浮力消費カットだけなら二人も同じ。だが数値軽量化とG軽減による加速向上は周回のたびにその強みを増大させた。

 既に残すところあと三周、ダリアとの距離はサーキットの西側からホームストレートまでに大きくひらき、それを東側の連続コーナーで詰めていく構図になっていたのだが。


「リリィ、万事休すって思ってる?」

「ローズこそ余裕ですわね、全力加速を使っても無意味だと諦めてます?」

「そう思う? まあ使っても追い越して、それまでで終わるのは確実ね」

「右に同じ。私も今からトランスすれば追い越せるけど、同時にフュエルが尽きますわ」


 思念通信で遣り取りする。現状は風を切りつつダリアを二人で追っている。

 つまり心境の落ち着きとは裏腹にトップを取るのは難しい状況だ。

 けれどもローズは敗北を受け入れない、リリィもそれは同様だ。

 ローズは現状を把握する。

 マナバイタルは正常だ。ソラムの補給タイミングと措置が適切だったためである。

 フュエル残量も悪くはない。ダリアがミスを一つでもすれば抜き去れる計算だ。

 だがローズはまだ勝利をもぎ取る道筋を失っていなかった。併走するリリィに告げる。


「なら一つ提案よ? 飲む気はある!?」

「二位、三位に甘んじるくらいなら!!」

「――OK!」


 そこでローズはアイデアをリリィに向けて発信する。

 その内容を察してリリィは思わず、


「ッ……FIBに怒られませんの、これ?!」

「他国のレーサーは隊列ローテーション組んでるのよ、同じでしょ!?」

「ああもう!! 状況が状況、背に腹は代えられませんわ! ただし!!」

「ただし?」

「勝敗に関わらずベイスさんに休暇を与えるッ、それが協力条件よ!!」


 そうしてローズとリリィは互いに情報を共有し、ラストラップ――


(仕掛けてくるか、ローズ・ランカスター! リリィ・ミッドランド!)


 ダリアは残るフュエルを振り絞り、追ってくる二人の影を感じながら飛行する。その途上、周回遅れのウィッチ達、ポイントを着実に取るため無茶をしない者達が視界に入った。

 バトルに溺れず順位を堅持することは重要だ、トップ争い我関せずというのは珍しくない。

 そして無事に飛び終えることもまたレースだ。身の程を思い知ることも大切だ。


 ――それでいい、頂点に立つ王者の玉座に誰もが辿り着けてはその価値が薄れてしまう。


 覇道を目指して叶わぬ者は墜ちていく。

 理不尽だ、不公平だとわめき嘆いて地の底へと。

 しかしそんな絶望に構わず見せつけなくてはいけないのだ。ダリアは思う、かつての自分も負けるたびに涙を浮かべたが、栄光を掴みとった勝者の美しさと尊さへの憧れは――それでも色鮮やかだったのだと。

 

(勝つために私は足掻いた、だから君たちも足掻いて魅せろッ!! それさえ倒し、私は飛花の王位を獲ってみせるッ!!)


 最後の周回のスプーンカーブ、間近に迫りつつある二人を背に感じつつダリアはグリップを握りしめ、その脱出とともに地と闇のエレメントの混合フュエルをマナエンジンに注ぎ込み。


「ッ、なんだ?!」


 西ストレートの約一〇〇〇メートル、その距離を高速飛行している間に、ダリアは後方から前へと去っていく、矢のごとき一条の光を目にしていた。

 その光が通過するよりも前、



 『――理論上可能ってだけの話よ』



 それがローズの語った作戦の要点だった。しかし賭ける覚悟をリリィは決めた。

 なぜならその方法は、かつて自分が勝利のために模索した技術の一環でもあったためだ。


『リリィ様、突貫ですが準備完了しています!』

「了解ッ! ローズ!!」

『お嬢様、全て問題ございません。ご武運を』

「ふん、よおく見ておきなさいッ、十秒も持たないんだから!!」


 西側ストレートの位置はピットのモニタ越しでしか分からない。

 だがベイスは笑みをもって確信する、己が主人が掴み取る勝利の瞬間を――


「征くわよリリィッ、速度同調、進行高度固定!! 光属性マナ、シンクロ開始!!」

「MGLシークエンス! 両機首にガイドウェイ術式用意!! フィールド展開!!」


 それは一人では賄いきれない消費量のマナを、二人で並列に処理して半減させる制御法。

 勝者が一人しかいないレースどころか間違っても飛行中に行えるものではない。

 しかし二人は望んでいた、革新を。勝利を獲得するそのためなら、


「「連結完了!! ハーモニクス、スタート!!」」


 スプーンカーブを曲がる際のシャンデルとスライスバック、その途中。

 ローズは上昇、リリィは下降。二つのブルームの高度が重なって、ストレートまでの視界が開けた瞬間にそれは発動した。コーナーの内側のリリィが真横になり、ローズの姿勢も同じく真横に倒れ、二人の姿は俯瞰するとブルームを縦軸とする【H】の形状となっていく。

 その横軸に磁界と相互を連結する力場を発生させ。

 その縦軸にガイドウェイを連続発動させ。

 同時にスラスターが吹き上がり――


「【ツインブルームッ、リニア・ドライブ!!】」

「いぃッ――けええええええええええええええええええええええええええええ!!」


 羽ばたいた。赤と白の双翼に一瞬でスピードが乗って駆けていく。

 推進するブルームがガイドウェイとなり中間の磁界フィールドを加速させ、それに包まれて固定されたローズとリリィに莫大量の速度が付与されて、西ストレートを飛翔する。

 勢いが音の壁を突き破ってしまわないよう調整し、


「――はは、そう来たかッ!! そう来るのか、君たちはッ!!」


 亜音速での飛行中、二人はかろうじてダリアの歓喜の声が聞こえたような気がしていた。

 空気抵抗減衰と推進力制御はリリィが行って、磁界フィールドの維持とガイドウェイ形成とブルーム操縦はローズが行う。そして二人分の乗算マナで超加速時のGフォースを中和する。


「合体技……だと?!」

「はは、バックストレートに130Rッ、シケイン前まで一気に飛ぶかよ!!」


 観客席は唖然、呆然、愕然の三者が渾然となって騒然とする。

 しかしそれは僅か十秒にも満たない内に減速の後に分離して、


「「――ブレイクッ!!」」


 散開する。だがこれは事前の予定通り、


「ここからが!!」

「最後の勝負!!」


 即座にリリィの蒼髪が桜の色に咲き染まる。乱れ髪に今日一番の風を受けて加速する。

 残り少ないフュエルをトランス・アクセラレーションで燃やしながら、リリィはシケインを超えて最終コーナーを抜けていく。

 そしてローズが追いつけない速度となり、一直線にゴールまで――


「まだよ!! あと一歩、まだ甘いッ!!」

「な!! ……まさかっ!?」


 最終コーナーを曲がってすぐ、低空位置に航跡のガイドウェイが描いてあった。この瞬間のために敷設した。ここでは使わないと油断させた。ここまで使えずに、使わずに堪えていた。

 これこそがローズ・ランカスターが最後の切り札、真なる奥の手――


「ユーロスGPの意趣返しよ!! 迸れッ、【リニア・ドライブ、フルアクセル】!!」


 スラスターを吹き上がらせ大加速、ホームストレートを駆けぬける。

 それがゴールラインを突破したと同時に規定フュエル総量がオーバーし、コンマ一秒の差でリリィを抜き去り三角帽を脱ぎ捨てて、蓄積した負荷も忘れて金髪ツインテールを振り乱し、


[決着ですッ、世界に〈赤薔薇〉が返り咲きました!! 勝利の栄冠は、この麗しき貧乳に!!]


「まあああああああああああたお前かあああああああああああああああああああああああ!!」

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