▼1▲ ‐決勝‐
午後三時。
ワールドカテゴリ開幕の火ぶたが切って落とされる、その直前のスターティンググリッドを観客達が眺めている。
――八洲GP――
天候はフリー飛行時と同様、たまに太陽が陰る空に、ときおり風が強く吹く。
また決勝のポールポジションはフリー飛行で最速を出したローズでなく、
「なんだかんだで総合力って奴かねえ、〈白百合〉は」
「Q3になると大気エーテルも乱れるからな。性質上、後半追い上げ型でもあるが」
「セイリング・フライトか。ただ前半でアドバンテージを稼がれたら――」
昨日の予選では二番手がダリア、三番手がローズだった。
そしてその結果に対しグリッド上からの通信で、改めてリリィは尋ねていく。
「あの技は今日も使えないのでしょう?」
「……。どういう根拠でそう思うのよ?」
「相当に負担がかかりますもの。以前に私も試したことがありますから」
「その時のリリィにとっては、でしょ。中等部一年で足掻いていた頃の」
「リニア・ドライブの実用性に関してはワークスから研究報告も受けてるの。ローズのような空間に描いたものでない、固定式ガイドウェイで行った実験の結果だけど――あれは光属性を色濃く持ったパイロットでなければ、専用装備をつけたとしてもレースを飛びきる間の負荷が許容範囲に収まらない。当時の私も、あっという間に変調をきたしましたわ」
ローズは予選でリニア・ドライブを使わなかった。
もちろんそれは決勝で使う場合の体調管理も含め、ソラムから止められたからだが。
「はっ、相当に技を試してたみたいね。私に勝つために」
「ええ。おかげで推測が容易でしたけど、実際に使える物とは思いませんでしたわよ」
「言っておくけど、コスト問題は解決しているからね?」
「周回を重ねることが前提でしょう。それにガイドウェイを描くとき専用のブラシが必要で、それでは速度を出せないから交換のためピットインも増加する。決め技にはなりませんわ」
また空間に描いた航跡のガイドウェイには使用回数に限度があり、フリー飛行はその耐久の確認のため無茶をした背景もあった。それも読まれていると仮定すると、少なくともリリィにプレッシャーは無いと判断する。メディアに見解を示さず、この土壇場で耳打ちしてきたのは揺さぶりと牽制のためでもあるだろう。都合よく利用されていると寒心した。
だがローズは沈黙せず、お互い様とばかりに返す。
「決め技ね……リリィの桜髪のアクセルみたいな? やればベイスが喜ぶわよ」
「ええ。昨日の予選終了時にも熱のこもった御祝いの言葉を頂きましたわ」
「そのベイスだけど、同じ学校のソラムって子をここに呼んだことは知ってるかしら?」
「もちろん。そして今はローズのチームメイトでしょう?」
「まあ勧誘目的ではあったんだけど、予定になかったことだからチームとしては宿泊場所とか何も用意してなかったの。もちろん、八洲まで来る交通費もね」
「……何が言いたいんですの」
「全額ベイスが出してるのよ。それもチーム持ちって嘘までついて賓客待遇で招待して」
「な!! ちょっとそれローズっ」
「ふふん。なかなか積極的だと思うけど、リリィはそういうサービスして貰ってる?」
「え、あ、その」
「いいライバルが出現したみたいねえ。じゃ、通信切るわよ」
効果があるかは分からないが、とりあえずの揺さぶりをかけてローズは笑みになる。前方のリリィががばっと振り返ってきてそれでまたくすりとする。その直後に。
「やあローズ。前から通信、失礼する」
「あらダリア、何用よ」
「大したことじゃない。久々に同じ舞台を飛ぶこの高揚を伝えておきたくてね」
「ふうん。現状で私に勝っていることがそんなに嬉しい?」
「もちろんだよ。けどそれ以上に、互いに背水だということに私は昂ぶる。直線番長のお株を君に奪われてしまったことにもね。だから」
「……だから?」
「もっと自分を追い込もうと思う。レースが終わったら話がしたい。勝たねば恥の提案だ」
「別に構わないわよ、せいぜい事故ってリタイアさせられないよう気をつけて」
通信を切る。その間際にダリアがふっと微笑む声がした。そうして開始時刻がやって来て、このリンカ・サーキットに集った総勢二十六名の魔女が規定高度まで浮上して。
[ワールドカテゴリ開幕戦! 八洲GP――いま、決勝です!!]
「吼えてみせろッ――私の愛馬ぁ!!」
ダリアが叫ぶ、エーテル浮力を切った一瞬だけ僅かに落下するが、即座に爆発的加速した。
その初速は、三属性フュエルの高効率さえも大きく上回る。
「ったくもう!!」
「追いますわ!!」
ものの数秒で第一コーナーまで到達、一気に他を引き離した。
――グラビティ・ドライブ。負荷重力の制御魔法によって数値上の軽量化を行いブルームの推進性能を最大まで発揮させるその飛行法は、魔法衣と箒のカラーリングさながらにダリアを漆黒の矢に変えてグランドスタンドの観客を大きく沸かせる。
この技能は直線でしか使えないわけではない。しかしこれを用いたまま旋回すると遠心力で増大するGフォース制御も同時に行わなければならず、危険度はさらに上がるのだ。
(――ッ、退屈な安定など、とうに捨てた!!)
ダリアは曲がる。急加速に急制動、その荒々しい挙動をコントロールしきり第二コーナーも曲がりきる。これを延々と継続することがグラビティ・フライト――極点技巧の一つである。
だがこれで終わったわけではない、S字コーナーが待ち受ける。
テクニックと速度のバランスを強く要求される場面が連続し、その次が見えた瞬間に。
「――っ、ローズ!!」
「制動が甘いわよ!!」
赤の魔法衣が低空をなめらかに飛翔して先を行く。
複雑なコーナーでの〈赤薔薇〉は無類の強さを誇る、それは誰もが認めるところである。
しかしすぐ後ろに〈白百合〉の気配もくる。
空気抵抗という、速度に相対して猛威をふるう暴力をそよ風のごとく受け流すエレメントはレースにおけるあらゆる場面で有利に働く。その操縦練度は予選で見せつけた通り他の追随を許さない最高水準。ゆえに次の右に二連続するコーナー、デグネル・カーブ付近において、
「抜きますわ!」
「ちぃっ!!」
どちらの台頭もダリアは予感していた。
けれども七月のユーロスGPを観戦して甘い見積もりだったと実感した。
二人の立ち位置は元々世界の頂点にある。それをまざまざと見せつけられたのだ。
リンカ・サーキットは【∞】の形状をしているように中間地点は立体交差。その箇所だけは低空に降りなければ通過できない。すぐ前方でリリィがローズを追い抜いたが、そこの通過をロスなく飛べるローズがまたもトップを奪還する。
そして次にはヘアピンカーブ――その旋回は、
「スライスバックに、シャンデルか……ッ!!」
緩いU字の一八〇度コーナーを高速で曲がる赤と白。ユーロスGPのメルト・ヘアピンほどタイトで急激な反転ではないための判断だ。
その空戦機動が交差する赤と白の航跡を後方から見つつダリアは追走する。
己のたった一年の上背など軽々と追い越す力と意志。
だからこそ、新しい力を得なければならないとダリアは決めた。
(焦るなよ、ダリア・ケルノウ! 私はまだ堪えていればいいっ)
ヘアピンカーブを抜けてすぐにダリアは加速する。なめらかなアールを描く高速コーナーを回って、そのあとに迎えるティースプーンの形に湾曲した複合コーナーを脱出して。
――辿り着く。
サーキット西側、コース最長となる約1000メートルのバックストレート。
(リリィ・ミッドランド、そしてローズ・ランカスター!!)
赤と白のローブはまだ視界の点にはなっていない、引き離されてなどいない。
ダリアは心の中で息を呑む。
己のエレメントは地と闇で、しかしこれまでずっと闇の単一属性フュエルを使ってきた。
ただでさえ安定しない重力制御式の飛行法を、これ以上に扱いにくくはできないと。
しかしそんな自分の限界速度を、二日前ローズがゆうに超えていった。
その強さに笑みがこぼれる、その先に行かねばならない、だからこそ。
「容赦はしないッ!! 誰よりも――私自身にだ!!」
ダリアは箒のグリップを強く強く握りしめる。
体内の魔力スロットルを全開に、しかし繊細さを忘れずに。
「いっ――けえええええええええええええええええ!!」
スラスターが吹き上がる。少しでも集中を乱せば以前と同様にコントロールを失うだろう。
けれどもダリアは成功した、己の武器たる直線の加速性能をコストを増大させず磨くための高難度スキル――闇と地の二属性フュエルをマナエンジンに注ぎ込む。
その飛行法とも合わせて一気にトップスピードに乗り前方の二名まで追いついて、そして。
「ッ、ダリア!?」
「追い越された?! わたくしがッ!?」
ローズとリリィとが驚愕する。だが既に視界の後方だ。バックストレートを抜けてほとんど減速せずに続く超高速コーナーに侵入し、ダリアはそこも独走する。
これら一連の高速領域の流れは減速を強いられるシケインに入るまで止まらずに、
「――まずいッ、このままだと!!」
「引き離される、たった一周で!?」
直線番長と言わば言え、ダリアはこの武器をいま最大のものに鍛え上げていた。
しかし内実は歓喜に震えてなどいない。
(二属性フュエルはこのシケイン到達までの限定使用ッ、そうでなければ保てない!!)
ダリアのマナエンジンは闇の単一属性フュエルに最適化調整してある。二属性は保障外だ。それでも〈赤薔薇〉と〈白百合〉を凌駕する加速を重力制御と合わせることで発揮しているが連続運転は確実にメカニカルトラブルを引き起こす。それを避けるための使用制限だ。
そうしてホームストレートにトップで戻り、ダリアは歓声と共に迎えられて。
(っ、まだだ!! あと五十周以上の戦いを制してからでなければ――!!)
前シーズンではここまで危険と隣り合わせな磨り減りと高揚はついぞなかった。
ダリアは実感する、自分は間違いなく待っていた。この二名、特にローズの復活を。
そうして一周を終えた時点でローズの順位はスタート同様の三位のまま。しかしてトップのダリアとの距離はS字からの連続コーナーを迎えても追い越すギリギリにしか埋まらずに、
『お嬢様、おそらくダリア様は西側のストレートのみ二属性フュエルを使っています』
「その根拠は!?」
『直感です。またソラムさんにスタート時からのマナ減少値を読んでもらい確認もしました。高貴な方は自ら前に出て傷つくことを厭いません、つまりはお二人と同じです』
「勝つために自分をさらに追い込んだって? はっ、良い度胸してるわよ!!」
三周目が終わる寸前にピットのベイスから通信が入ってきた。
ダリアとの距離は得手とする複雑な東側コースでも詰めきれず、西側になるとさらに大きくひらいてしまう。あちらがミスでもしない限り、周回を重ねるたび広がっていく状況だ。
二属性フュエルを予測していなかったわけではない。
しかし一時的に使用フュエルを増大させスピードを出し、相手方を焦らせてペースを乱す、ローズ自身も好んでよくやる作戦ではないかと疑っていたのだが。
『このままではリリィ様との二位争いに終始します。それは本意ではないでしょう』
「ならどうする、意見を言って!!」
『こちらも同様の箇所でリニア・ドライブを解禁します。ソラムさん?』
『マナバイタル、現状は問題なし!! けどピットストップを指示した時は従ってよ?!』
『……ガイドウェイ敷設用のブラシは準備した、速度低下は改良して3%内に抑えてある』
ローズは思った。フリー飛行時のリニア・ドライブで与えたプレッシャーは、正しく効果を発揮しなかったのではないか。物語の敵役に与えられた命題よろしく、ダリアに限界を超える覚悟を決めさせ覚醒を促してしまったのではないのかと。ならば。
「了解したわ、乗ってあげる。後々のことも考えなきゃいけないしね!!」
リリィとの距離も開かない。未だセイリング・フライトを使われていないにも関わらずだ。
洋上に発生した台風の影響を受けやすい八洲の気候が風のエレメントに味方している。
つまりは序盤で既に追い詰められている、口惜しいことだが事実である。
ローズはいくつもの対抗手段と奥の手まで含めて発想した。
そして飛行中に、敗北する可能性の高い選択と未来に向け睨みをつける。
勝つために、出来る最善を尽くすのだ。出来ることの、最善を。




