▼3▲ ‐一ヶ月後‐
五月初旬、正午を前に会場の観客席は半分ほどが埋まっていた。
――トゥインクルリンク特別レース――
この全長約2.4キロのコースで、総勢四十四名の女学生レーサーが、平均時速300kmの世界で戦うのだ。
[さあいよいよ始まります! まずは予選、この規定の一時間内のタイムアタックでもっとも速い記録を刻むのは誰なのか! 初々しい魔女ばかりのなか、決勝のポールポジションは一体どなたが掴むことになるのでしょうッ!!]
実況解説の音声がコース上にも響きわたる。
それに何人かの箒にまたがる前のウィッチ達が浮き足立った。
「ああ、やっとレースに出られるんだ! こうしてコースに出ると広いなあ!」
「そうね……先月にスクールライセンスを取得して、これが初めての」
「ねえね、優勝しちゃったらどうしよう!? 再来月の【ユーロス・スクールGP】出場権!」
「あそこは格が違うでしょ? かかる金額も遊びでやれる範囲とは桁違いで……」
「でもでもっ、万が一ってことだって!」
「――へえ、余裕だねえ。アタシは遊びでやってるんじゃないんだけど?」
「ひっ、元ユーロス中等部ランク九位のイバラさん!? な、なんでこのレースに!?」
「ふん。GP出場権目当てにしてるアタシみたいな【スクールチーム】二軍も大勢いるんだ、ライセンス取得記念がてらに飛ぶだけのアンタ達が簡単に勝てると思うなよ?」
「……【プライベーター】は勝つためだけに飛ぶんじゃない。それに条件は誰もが同じで」
「ああそうさ、『高等部初年度学生のみ』『高等部レーサーランク・三十位以下』――六月の終業式をひかえた時節でそんな出場条件――とどのつまりこのレースは」
緑の魔法衣を纏った魔女イバラは言う。
もっとも肝心な、このレースの位置づけは。
「ようするに、敗者復活戦っていうことよ」
振り返る。大勢の学生ウィッチ達がそちらを見る。
発言したのはイバラでない。予選飛行直前の今になってやってきた赤の魔法衣の金髪魔女、急に登場した四十四人目を誰もが一斉に凝視する。
「……うそ、でしょう」
「ど、どどどどうしてここにッ?!」
「〈赤薔薇の魔女〉――」
みな一様に驚愕する。当然だとローズは思ってツインテールをかきあげる。
なにせ出場者表に載ってない。出場権自体は正当手段で手に入れたが――特別招待枠として今日まで伏せて貰っていた、裏金で。
「ベイス、準備はいい? 予選とはいえあなたにとっては初の実戦サポートよ、注意して」
『恐れ入ります。適度に緊張しつつ計測器を見ています』
「ならいいわ。繰り返し言っておくけれどインカムで雑談してこないように、厳命よ」
『かしこまりました。ところでお嬢様がなさる雑談には何かしらのお答えを?』
「当然ね。付き合いなさい、命令よ」
『イエス、マイレディ。都合よくお使い下さい、お嬢様』
ピットウォールのベイスは返答しつつ、ほどよい震えを感じていた。この場所で主人と箒のコンディションとレース状況を逐一チェック、最大のサポートを行うのだ。使用人の分際で。
コース上のローズは思う、すべてはここから再開する、この一ヶ月はそのために準備した。至上目的はただ一つ――
「遊ぶわよ、ベイス。遊んでやるわ」
『存分にお楽しみ下さい。ご武運を』
主従の意志が一つになる。
コース上に予選開始のサインが点灯し、ローズは箒のサドルにまたがった。箒といっても、清掃に使う竹製の物ではない。白塗りのカーボン製で、レース用に様々な機能を備えている。制御グリップを付けた柄を握ってローズは呼吸を整調、大気に満ちる【マナ】を浮力に変換、空中へと舞い上がる。
箒の推力は柄に内臓された【マナエンジン】にパイロット本人の魔力を注ぎ込むことで引き出される。箒の穂先は推進器、そして制動機を兼ねた空を駆ける車輪でもあった。
――ポールポジションを取るのが誰かなど、分かりきったことを言う。
[これより予選を始めます! スタートッ!!]
出場者のうち四十三名、その全員が最後尾にいるウィッチに震えていた。