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(えーっと、席は自由なんだよね。このへんでいっか)


 ソラムは戸惑いながらパドック席に腰かけた。というのも一般席でないこの場にいる観客は貴族か裕福な平民ばかりであり、現在のソラムとは住む世界が違う空間に思えたからだ。

 しかしそれでもここに来た理由は、夏期休暇は勉強ばかりで遊べなかったのと、ベイスからチームで招待するので交通費や宿泊代は不要だと誘われたことが大きかった。

 レースへの参加を断ってからも、ベイスは気にせず接してくれていた。

 もちろん勧誘を諦めていないことも分かっていて、自分がベイスにとって単なる友人という位置づけでないのは理解している。

 だがその意図を息苦しく思ったことはない。

 必要だから欲されているという、切羽詰まった対応をされなかったことが最も大きい。

 そして何より自分自身もまた、


(まあ、それなりに楽しんでいるからかなぁ……?)


 ソラムは手持ちのバッグから本を出す。レースに関する教本だ。

 元々の興味もあったため、調べることは苦でなかった。それから色々と知ったことがある。


(あ、そろそろ十時だ。フリー飛行の時間だね)


 様々なカラーリングの三角帽と魔法衣が、その手に箒を携えてコース上に現れる。

 その中でもやはりひときわ目を引く存在があった。


(真紅のローブの〈赤薔薇の魔女〉……リリィ様の最大のライバル)


 ソラムの座席から見える巨大モニタにも、ローズがアップで映される。

 その比類無き魔女のプロフィールは以前から耳に入っていたのだが、ベイスと出会ってから改めて調べて知ったことがある。

 現状で唯一のグラウンド・フライト使用者であるローズの強さ。それは長いストレートでの最高速度ではなく、精密なコーナーリング技術にある。小等部から頭角を現し、中等部二年でジュニアワールドクラスの頂点に立つ。マナコントロールと予測力もまた他の追随を許さず、その完璧主義な自他への要求は、後にランカスター校でチーム不和を引き起こした。


(ワンマン過ぎる暴君だって……一部でそういう評価も受けてるけど)


 ソラムはまだローズ本人とは会っていない。そしてクリスやリリィ、従者のベイスから話を聞いているために、決めつけた判断はしていない。

 しかしこうして遠くに見る〈赤薔薇〉からは、やはり孤高を強く感じられる。それは他者を喰らって燃えさかる、炎熱のごときカラーの魔法衣に引っ張られた印象かもしれないが。


(――会ってみよう、このあとで)


 そうしてフリー飛行が始まって、ソラムは次々に高速で飛んでいく魔女を眺めていく。

 近場の小さなレースはこの一ヶ月でベイスに誘われて二度ほど足を運んだが、こんな大きなサーキットに来るのは初めてだった。


 リンカ・サーキットは【∞】のような形をした、東西に細長く伸びるレイアウト。

 特徴としては前半が複雑なコーナーで、後半が高速のストレートというコースである。

 全体の距離は5.8キロで、このうち長い直線があるのは二カ所。

 スタートとゴールの位置でもある東側のホームストレートが約800メートル。

 もう一つが西側の約1000メートルのバックストレート。


 このテクニックと最高速度が求められる戦場を、魔女達は六十秒前後で駆けていく。

 ハーフエルフでもあるソラムの眼が捉えた開始前の大気のエーテルは穏やかだったが、既に乱れが生じている。

 こんな流れの中を高速で飛ぶレーサーは一体どんな気持ちなのか。


(ワールドカテゴリを直に見るのは初めてだけど、凄いっていうのもあるけど……怖い)


 スピードの高揚感はもちろんある。だがソラムは観客の身として素直にそう思った。

 保険魔法があるために、事故が起きても絶対の安全が保障されているのは知っている。

 それでも心配してしまう、決勝で栄光を掴むため、コンディションを確かめつつブルームと自身の調子を合わせようとするギリギリまで攻めていく姿を見ていると。


(――っ、凄い威圧!!)


 ホームストレートを望むパドック席。そこに高速で飛来する黒いローブが眼に入る。

 それはダリア・ケルノウという、惜しくも前シーズンの年間チャンピオンを逃した魔女だとソラムも知っていた。マナコストを無視して限界の速度を試している。

 感知した飛行法は何名かのウィッチも部分的に使っている重力制御式。しかしその効率は。


(より純粋な闇のエレメント? 他の人よりマナの消費がずっと少ない……!)


 一瞬だけ眼が捉えたダリアのマナバイタルは好調だ。

 ニュースではサポート企業が契約を切ったため、今後のレースが危ぶまれていると噂されていたのだが、ソラムから見ると清々しさしか感じない。もちろん制御の厄介さも知っていたが不安定だとは映らない。それは精神の揺らぎがほとんど無い証明だともソラムは思った。

 そしてもう一人。


(――リリィ様!)


 白のローブが疾風を伴いながらグランドスタンド席目線の高度を飛翔する。

 話に聞くセイリング・フライトではないが、現時点で通常飛行する魔女のなかでは最高速。直にレースを見た経験が少ないソラムでも分かるほど圧巻の力量だ。

 良い結果を出すに違いない、そう予感しつつ直後に来た赤のローブに目を向ける。

 すると、


(え。あれは――?)


 グラウンド・フライト特有の、アスファルト舗装を掠めるように飛ぶローズ。

 先の二名と比べれば直線の力不足は否めない、しかしソラムが気付いたのはそこでない。

 それこそ他の魔女のフライト時には無いものが目に飛び込んできたからだ。


(あれ、光属性のマナの跡? 他のレーサーの飛行後にあんなのは……)


 恐らくはスラスターでもある箒の穂先がエーテルに干渉しているのだと直感した。

 ローズしか飛べない低空の位置にブルームが通過したラインがきらきらと光っている。

 その時点では不審に思う程度だったのだが。


(ッ、今度は違う位置に……?!)


 ローズが飛んだあとにまた微かな光のラインを見る。

 今度は最初の位置とは少しずれていた。僅かな間が空いている。

 要するにホームストレートの路面に近い低空に、“平行な二本の光の航跡”が描かれている。

 しかしそれを察する者は少なかった。モニタには映っていない、マナ感知の優れたエルフが肉眼で見てようやく判別できる希薄な魔法。そして他の魔女が飛ぶ巡航高度なら即座に乱され消えてしまうほど、緻密で繊細なエーテル干渉術式だ。

 けれどもその異変は、ローズがピットアウトした周回後、誰の目にも明らかになる。


「――!! 嘘でしょう!?」


 わああっと、観客の一斉に上げた声に合わせてソラムは叫んだ。

 ローズの速度が伸びていた、三属性フュエルの加速性能だけでは辿り着けない高速領域だ。リリィと同等、ダリアに迫るタイムを見せていて、なのにマナ消費はさほど増加していない。その急変したトップスピードに驚いて、ソラムは何が起きているかわからない。

 次の周回もまた次の周回も、ローズは速度に乗って赤のローブをなびかせて風を切る。

 寸分狂わず、“まったく同じ”ラインを進みながら。


(同じライン? 描いた二本の航跡の間?! ――って!?)


 そのときソラムはようやく気付いた。ローズのマナバイタルがフリー飛行前に見たときとは違う、正常でない。地と火と光が〈赤薔薇〉のエレメント、だがそのバランスが崩れている。他のウィッチも疲労に応じてバイタルが変化するがこれは違う、大きすぎる。

 マナに限らず肉体も精神も物質もバランスのずれには許容量が存在する。

 しかし直線で速度を出すたびローズは許容量を超える勢いで歪んでゆき、


「って、おいおいおいなんだよありゃあ!」

「はは、〈黒天竺〉より速ぇじゃねえか!!」


 午前十一時三十分、フリー飛行が終わる直前にローズはさらなる最高速を披露した。

 他者を圧倒するためという意図を隠さずに、最後の直線に限ってマナをさらに消費して――


「っ、ベイスくん!!」

『ソラムさん、どうしてあなたから先に電話連絡を――』

「なにやってるの!! 今から行くっ、さっきもピットインで補給してたはずなのに、ぜんぜん回復していないじゃない!! このままだときみのご主人様、危ないんだよ!!」


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