▼6▲ ‐翌月‐
十月。ユーロスでは涼風の吹く秋口だが、八洲の空気はいまだ夏の影を残している。台風が多い時節の開催だ。しかし雲がときおり太陽を隠す程度のコンディションで、期間中は荒れた天候にならない予報だった。
午前九時三十分。
二日後の決勝を前にして、このリンカ・サーキットには大勢の観客が訪れている。
そのなかに、そわそわと落ち着かずにパドッククラブに入っていく者が一人――
「え、ソラム!! 久しぶりっ、どうしてここに来られたの?!」
「クリス様!? えっとその……とある友人に招待されまして」
パドックの中で、ミッドランド校の制服を着たクリスと私服のソラムが鉢合わせた。
実に三ヶ月ぶりの再開をした二人だったが。
「友人と言うと、ローズ様の従者のベイスくん?」
「え! あ、はい。そうですよね、リリィ様からお伝えされて」
「……くす、おかしな関係ね。互いの状況は知っていて、直接の交流がないなんて」
かつての主従が笑いあう。
クリスは今日まで連絡をとることもできなかった。悪し様に思われてないといっても、今は貴族と仕人という絶対性を失った間柄で、新しい環境にいるソラムにどう接するべきかずっと躊躇っていた。友人になりたいと、言えなかった。
それでも直接に顔を向き合わせると、ほほえみが自然とこぼれたのだ。
「……あの、またこうして会って、お話できる? 迷惑じゃない?」
「は、はい! わたしは嬉しいです、クリス様!」
「ううん、へりくだり続けることなんてない。わたしはソラムと友だちになりたかったから」
「わ、わたしもです! でもやっぱりすぐには、慣れなくて……っ」
ソラムもまた戸惑っていた。平民としての身分を得た今でも、仕人として生きてきた感覚が抜けきらないようでは母に申し訳ないと、クリスに相談を持ちかけたいときも我慢した。
そんな互いの距離感を間に入ったリリィごしに察しながら、二人は近づけずにあった。
けれども今日それが思わぬ仲介によって叶っていて、涙がこぼれかけている。
と、そこに到着の連絡を受けたベイスがやって来た。
「クリス様、お久しぶりです」
「久しぶり。ソラムを招いてくれてありがとう。お陰でやっと顔を見られました」
「いえ。ソラムさんも、来て下さってありがとうございます」
「ほ、本当に大変だったよ! 一人で国外旅行なんて初めてだし! 学校も休んだし!」
「それでも来たのね? じゃあそろそろ敵になるのかな、ソラムも」
「う、いえ。それは――まだ」
ソラムは俯く。その姿にクリスは微笑した。
「では、わたしはこれで失礼します。互いにベストを尽くしましょう、ベイスくん」
「はい。リリィ様を、全力でお支え下さい」
「……くす、色々とお伝えしておきます。ソラムもレースを楽しんで、じゃあね!」
そう告げて、クリスは自分の持ち場、ミッドランド校のピットに戻っていった。
ベイスもまた、
「ソラムさん、到着早々ですが、お構いできずすみません。そろそろフリー飛行の時間です。座席やガレージのモニタで、ゆっくりご覧下さい。飲食もここでは自由に取れますから」
「……。一人きりは、ちょっとつまらないんだけどなあ?」
「申し訳ございません。僕はピットウォールに居ますが、そこまでの立ち入りは」
「はーいはい。おとなしく観覧してるから、がんばって!」
そうしてソラムはパドック席のほうに立ち去って、ベイスはガレージに戻っていく。
その途中で、一部始終を眺めていたローズが近付いてきた。
「へえ、招待したの。気が利くじゃない。だけどあの子は三日間どうするの? 八洲は物価が高いから、交通費も滞在費もかさむわよ。言っておくけど、私たちの部屋に泊めることは」
「すべて手配してあります。全額、僕の支払いで」
「あはは! 良い傾向じゃないっ、使い道がないとか言ってた金を、ついに女に使うとは!」
「お褒めにあずかり光栄です。しかしこれは勧誘目的でもありますから」
「分かってる、いちいち許可を取らずに進めたのも褒めてやるわ。事後報告のいいところよ」
ローズは笑う。まさか自費で呼ぶとは意外だった。
これを変化と見なすのは尚早だが、着実な進歩と言っていいだろう。
己の判断は間違っていない、そう確信を得られたことが喜ばしい。だから、
「リリィをからかう良いネタね、気分いい。――無茶する前の、最高の景気づけになったわ」




