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ガリアとブリタニアの時差は一時間。ランカスター領からは航空機で二時間とかからない。
そうして現地時刻の午後八時半。
ルーブル市内のプランタン本社、その会議室にローズは招かれ、久しい顔に迎えられた。
「やあ、ローズ。こうして顔を合わせるのは二年ぶりくらいかな?」
「……ダリア、あなただったの。私のプランに割り込んできたのは」
そこには褐色の肌に銀髪ボブカットの長身女性が待っていた。
ベイスも見覚えがある、七月の世界戦で事故を起こしたレーサーだ。
「そう、〈黒天竺の魔女〉よ。彼女が今回の企画で競合相手になった理由はね」
「いえケリング卿、それは自分が説明すべきこと。このような運びになり――」
ダリアは深く頭を下げてきた。
ローズはそれに「は?」と疑問を露わにする。
「本当にすまない。全ては私の不徳の致すところだ」
「……何がなんだか分からないわよ」
「事情はすぐ説明する。そこに控えているのはローズ付きの仕人かい?」
「はい、ベイスと申します」
「悪いが君、外してくれ。これから話す内容は外に漏らせないもので」
「駄目よダリア。それはできない」
「……。なぜだい?」
「このベイスはね、私に無償で新しい翼をくれた従者なの。以来、レースに関係した現場には必ず立ち会わせることにしているわ。だから今この時は私と同格の客人であると認めなさい。そう扱わせることが、私のノーブル・オブリゲーションよ」
毅然と言った。この場で仕人扱いしていいのは主人たる己だけだとローズは告げる。
それに対し向き合ったダリアは目を瞬かせ驚くが、しかしすぐに破顔する。
「……変わったな、ローズ・ランカスター。従者ベイス、先ほどは失礼した。同席してくれ」
「お心遣い感謝します、ダリア様」
ベイスは主人の言葉を深く胸に刻みつつ、やはり貴族然と振る舞うダリアに一礼した。
そうしてまず航空便の関係でダリアが先に到着していたとグラスが捕捉した後、
「では説明しよう。まずローズ、君の父上を政治的に追いやったのは私の父だ」
「……は? ちょっと待って、なんでそんな話から」
「ジュニア時代の君は、いつも私の前に立ち塞がっていた。それは本当に悔しかった。しかし私を溺愛していた父――コーンウォール侯爵は、私以上に快く思っていなかったんだ。昨年のランカスター伯爵の飲酒飛行問題で、貴族としての自省を促すことを題目に、ありえないほど重い処罰が下されただろう? けれど実際は、君という最強のウィッチから経済的にレースを取り上げることを目的に、父がその機に乗じて働きかけたせいなんだよ」
ダリアは一息に言い切った。
あまりに唐突な告白だった。
ローズはその暴露に思考を巡らせて、まず小声でグラスに話しかける。
「……グっちゃんは知ってた?」
「いやー、これは知らなかった」
「……色々とツッコミたいけれど、続けてダリア」
「ああ。父の策は成功した、でも君は一年でサーキットに戻ってきた。私以上に父が脅威だと感じたんだろう、だからプランタンが君を協賛する企画の情報を入手したとき、ケリング卿に脅しをかけたんだ」
「そ。ダリアちゃんを企画に絡ませないとマスコミにリークするってね」
「卑劣な話だ。だが私も色々と事情があって、その話に飛びついたのは二日前。そこから私はこの企画がローズありきで進んでいたことを知って不審に思い真相を探った。それらの情報を掴んだのは数時間前、ただその当日中に説明することになるとは思わなかったよ」
「じゃあダリア、あなたがここに来た理由は」
「そうだよローズ、君に謝罪するためなんだ」
そうして再びダリアは頭を下げて、
「本当にすまない。ランカスター伯爵の失態に付け込んだ所業に、君への間接的な妨害工作。本来なら直々に謝らせるべきことだが、私の父にも立場がある。そこは理解してほしい」
あまりに正直過ぎるその態度に、ローズは面食らいつつ疑問する。
その最たるものを思い浮かべてグラスを見た。
どうやら同じことを思っていたようで、それをローズは率直に尋ねた。
「……まあ、私のお父様の件は元が自業自得だから仕方ないとして。えっと、ダリアの姓ってケルノウよね? 爵位のないジェントリの」
「ああ。私はコーンウォール侯爵の隠し子なんだ。ダークエルフのクォーターでもある」
「はあ!?」
「……恥ずかしい話だが、この件を表に出せない事情はそれなんだ」
ダリアがそれを口にしたとき、ベイスもまた事情を察していた。
クォーター。つまりはハーフエルフと人間の混血で、エルフの遺伝子が途絶える代。しかしハーフエルフとは違い耳も尖らず寿命も人間同様だ。ダークエルフはその発祥の地に由来した肌や髪の色とマナの性質がエルフとは異なるが、それで差別対象にはなっていない。
しかし歴史上の問題が、ブリタニア貴族には存在した。
そのことをベイスは思わず声に出ず。
「……【ウィンザー公】の恋、ですか」
ダリアがその名を聞いて、頷いた。
「そういうことだ。【王冠を捨てた恋】――立場ある王族として慣習的に許されない恋をした前世紀のユーロス王――その相手の種族がダークエルフだった。結果として王位を捨て去って愛を貫いたウィンザー公だったが、民衆支持は得られても出身のブリタニア貴族からは反発を受けた。それから爵位持ちの家柄にとってダークエルフは混乱を招く禁忌になったんだ」
「だからダリアとそのお母様との関係は、コーンウォール侯爵の汚点になると?」
「ああ。口惜しいことではあるけれど、私はそんな生まれなんだよ」
そう言い切るのを聞いて、ローズは思う。
いくら父が娘のために卑劣な真似をしたという自責の念があるとしても、こうも堂々と己の恥部を語れるものだろうか?
もちろん口に出来なかったことを話すというのはある種の精神的な浄化にはなるだろうが、しかしバカ正直なだけのウィッチなら、この企画自体を断るだろう。
そうでないというのなら、理由は一つ。
「――で、ダリア。そろそろ本題を言って。ストレートこそあなたの得手でしょう?」
「ふふ、分かってるじゃないか。確かにさっきまでの話は前座だよ。知ってしまった父の咎と私のバックグラウンドを伝えないと、気持ちよく戦うことができないと思ったんだ」
「それはつまり、ダリアはプランタンの協賛を欲してるってことなのね?」
「……コーンウォール侯爵の援助があるのに、ですか?」
ベイスはその疑問を言葉にした。
もちろん無思慮になっているわけではない。
主人が「この場は己と同格と認めろ」と言ったのだ、つまりはここでただ置物になるために連れてこられ、同席させられている身分でない。いま聞くべきと思ったことを尋ねていいと、その発言権を保障してもらっているからこそ、控えつつもベイスは問いかけた。
ダリアもそういった背景を察したのか、不機嫌にならず堂々と答える。
「従者ベイス、君も私がレースで事故を起こしたのは知っているだろう?」
「はい」
「元々カーボンフレーム箒でのグラビティ・ドライブは過酷でね、マナの制御が安定しない。そこにきて今回の事故――私の飛行法に対してスポンサーが難色を示してきたんだよ」
「ならその上位版である、グラビティ・フライトは」
「当然、そんな危険飛行の挑戦をさせるために、企業は私に高い金を払ってるわけじゃない。年間優勝も逃してしまったし、もし次に無茶したらサテライト契約を打ち切ると宣告された。三人も巻き込む事故を起こした身だ、それに学校の援助だけではレース参加の維持も厳しい、従うしかないと思ったよ。――その矢先にこの話さ」
ふっとダリアがグラスに視線を送る。
そのほほえみは、もしも男装でもすれば数多くの女性を魅了する魔性を帯びるに違いないとベイスは直感した。それはグラスも同じだったようで、
「う~ん☆ うちの新しいCMキャラクター、ダリアちゃんでも良いかもねー。マイスターも気に入ったみたいだし、今のスポンサーと契約切れたら大歓迎~。……あと、勝てたらね☆」
「ありがとうございます、ケリング卿」
「――それで、困窮したならお父様に泣きつけばって質問への回答は?」
「金額の問題さ。ローズはよく分かってるだろう。危険飛行の使用には高い保険魔法がいる、年間レース参加費は膨大だ。だが父は表立って私の協賛が出来ない。支援は学校を通さないといけないし、直接の利益がないから限度もある。君に間接的な妨害をした理由がそれだ」
「……。つまりは立場、ですか」
それらを聞いてベイスは思った。ダリアもまた不足にあえぎ、しかしそれでも確かな誇りを抱いて飛ぶ、気高き貴族のレーサーだと。そのことを強く感じられたのは、何よりも。
「で、ダリアはそんなデンジャラスな情報を私に漏らして良かったの?」
「そこは取引だよ、ローズ。私はこの企画を決して他言しない、父にもそれは言い含めるよ。君が勝利したときのサプライズは失われない」
「口止め料の代わりってこと? 釣り合わないわよ、そっちがね」
「私が勝ったときは、広告効果を高めるためにもっと衝撃的なことも公表する予定なんだよ。そのときは価値のなくなる情報だ。とはいえ結果が出せなかったら墓まで持っていくつもりの身の上話……そういうことを知っておいて欲しい人もいる」
ダリアは僅かに目を伏せて、それから寂しそうにローズを見た。
「だからローズ、次のレースが君とのラストバトルになるかもしれないんだ。しかし悔いなく全てを出し切って、私は君に勝利する。もちろん、リリィ・ミッドランドにも」
「……開幕戦でも使うのね、グラビティ・フライトを」
「もちろんだ。安全に飛び続けることは勝利への正道に違いない。だがそんな君たちのミスに期待する、果敢な攻めを封印した戦いは、私の矜持が許さない。チームも了解済みだ」
「ふうん。じゃあやっぱり前回のレースでの無茶な飛行は、私たちに向けた挑戦状――いえ、かりそめの王者の虚勢だったということかしら?」
「そう受け取って構わないよ。むしろ伝わってくれていたことが……私は嬉しい」
そう言ってダリアは初めて、やわらかい声色と笑みをローズに向けた。
その不可思議な表情に、ベイスは主人が何を感じたかはわからない。けれども。
「いいわ、万年三位以下だったくせに、よくもそこまで追い込んだッ、ダリア・ケルノウ!!」
「君のおかげだよ、ローズ。君のいない戦場は寂しかった、君に勝つ以上の喜びは私にない」
「はっ、栄光の日々が恋しくなるわよ。先輩?」
「心にもないこと言わないでほしいな。後輩?」
目の前で火花を散らし合う魔女二人に、ベイスは思う。
ここにリリィが加わったら――もっと楽しくなるだろうと。




