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「り、領主の家の仕人なの!? あんたが?!」

「はい。正しくは次期領主が僕の主人です」

「なら、ローズ・ランカスター……様の、従者……」


 ベイスは授業の合間にソラムから幾度となく話しかけられた。

 現在は一時間のランチタイム、ベイスは食堂に向かおうとしていた。その途中。


「どこ行くの? そっち外だけど、買い物とか」

「いえ、来客があるようでして」

「? って、ぇ――」


 ソラムが視線を空中に、そして次には校庭の芝生を囲む木々の一角に向けていく。そこにはベイスの眼から見れば何も映っていない場所で、しかし彼女は訝しげな表情を見せている。


「……その来客ってさ、今まさに来たところだったりする?」

「はい。よくお分かりになりましたね」


 同時に携帯が鳴り響く。

 それは到着を告げるメールであり、ベイスは指定された位置に向かう。

 そしてその、ソラムが視線を向けていた木陰から。


「ベーイースさん♪」


 三角帽にローブとブルーム、つまりは完全装備のリリィが現れた。片手にランチボックスを持っていて。


「一緒にお昼を食べたくて、来ちゃいました」

「ありがとうございます、リリィ様。しかし」

「わかってますわ、今日は登校初日ということで、ベイスさんの学校の様子が気になって」

「なら良いのです。また差し出がましいようですが、ご学友との時間も大切にして下さい」

「はい。今日みたいなランチの頻度は、週に一回くらいにしておきます」


 リリィは満面の笑みで応答する。

 だが魔法の使えないベイスでも、帰る際の食後の飛行は相当に気を遣うと想像に難くない。

 以前はトレーニングを兼ね制服で(ベイスが迎えに行く)ローズの学校まで超音速飛行したリリィが、今回は完全装備という意味を察し、そちらの心配も含めてベイスは忠告した。

 と、後をついてきたソラムが驚いて。


「あの……もしやリリィお嬢様っ?!」

「あら、ソラムじゃない! 平民になったとは聞いてたけど、この学校に通い始めたのね!」

「は、はい。ですがこいつ、じゃなくて。この方は仕人では?」

「ええ、正式におつきあいしています。今のところ恋人未満として♪」

「え? ええええ?!」

「とはいえゴシップネタにされるのは嫌なので、マスコミには侯爵家で口止めさせています。なのであまりこのことは――」

「い、言いません! 言いふらしません、絶対に!」


(……ああ、以前に話されていた、クリス様の元メイドの仕人が彼女なのか)


 ベイスはそう言外に読み取って、そちらの話題に踏み込むことを自重した。

 それから三人は木陰で一緒に昼食を囲んでいた。

 ソラムがいることをリリィは咎めず、むしろ最近の事情を積極的に尋ねていて、きっと友人クリスへの土産話にする心配りなのだろうとベイスは思った。


「しかし相変わらず鋭いですわね、そのマナの感知力。こちらを見ていたんでしょう?」

「いえ……その。恐縮です」

「ふふっ、お忍びのつもりで穏行魔法ステルスかけて飛んで来ましたのに。うちのチームのエリサにも負けないその才能なら、働き口には困らなかったでしょう。なぜ学校に?」

「……。わからないんです、自分のやりたいこととか、好きなことが」

「では、それを探しに?」

「はい。母からも、今のうちに知識を学んでおいて困ることはないからと、勧められまして。それにわたしは、以前からクリス様に勉強を教えてもらっていましたから」


 そんなふうに三人でリリィの持ってきたサンドウィッチを摘みながら昼休みを過ごした後。


「――さて、そろそろ私は失礼しますわ。ベイスさん?」

「はい、昼食ごちそうさまでした。お気を付けて」

「いえ、そちらも頑張って。そしてどうか、ソラムの友人になってあげて下さい」

「り、リリィ様!! そのようなっ」

「二人とも近しい境遇です、きっとお互い学び取れるものがあると思います。では♪」


 そうして昼休みが終わるきっかり十五分前にリリィは箒にまたがって高々度まで急上昇し、今回もまた超音速飛行でミッドランド校に戻った。それを見送った後、ソラムが尋ねる。


「……あのさ」

「はい、なんでしょう」

「あんた、何も聞いてこないし言わないんだね。あたしには興味も感想もないってこと?」

「僕が立ち入っていい話題ではないと思いまして」

「あたしは、色々とびっくりだよ。現役で従者やってるのが隣にいて、それで気になったから話しかけたけど。そういう感覚があんたには無いの?」

「強いて疑問をあげるなら――口調を激しく変えるのは疲れませんか?」

「し、仕方ないでしょ! 敬語一辺倒の仕人スタイルは平民になったら不自然なんだから! それにあたしはハーフエルフっ、哀れまれるのも卑屈だと思われるのも嫌だったの!」

「……複雑ですね」


 ベイスもエルフ種族の社会事情は知っている。

 エルフは長命で老いにくいため生殖の機会と欲求が希薄であり、出生率も低い。

 そして人間と混血したハーフエルフは五〇年程度の寿命しかなく、遺伝上の欠陥も持つ。

 エルフとしての形質が一代限りしか継承されず、また純血のエルフと交わり直しても人間の血が優ってしまい、必然的にエルフ種族の血統は人間種族と交わると途絶えてしまうのだ。

 このことから近代まで人間との恋愛は禁忌とされ、ハーフエルフ自体も差別対象だった。

 だが現代におけるハーフエルフ人口は増えている。変化の理由はシンプルだ。個人の自由を奨励する資本主義の発展が、伝統的な慣習に少しずつ異例を増やしたためである。

 人間との恋愛の是非やハーフエルフへの対応もまた個人裁量に委ねられることが多くなり、良く言えば寛容に、悪く言えば無秩序になりつつあるのが現代のエルフ事情である。

 そういった前提知識は階級に関わらず教育されることなのだが。


(何事も正当な論理だけがまかりとおるわけではない――か)


 ユーロスにおいても人種差別は認められていない。だが意識の周知徹底も完全でない。

 特にハーフエルフは耳の長さ以外の見た目は純血のエルフとほぼ同じで、寿命が尽きる時も若々しい姿をしたままのため、感傷的な表現としてよく用いられるのは。


(――悲恋の子、あるいは悲劇の種族)


 理屈はわかる。親より先に死ぬ寿命しかなく、同族を増やすこともできない欠陥品。

 その物理的にどうしようもない背景が読み取れてしまうために同情される、下に見られる。

 ベイスは思う。その見方は客観的には正しいと判断できるが、当人は?

 ゆえに言った。

 ソラムからの「自分に興味や感想は無いのか」という問いへの返答として。


「ソラムさんは、ご両親を大切に想われているのですね」

「とっ、突然どうして? あたしの親を知ってるわけ?」

「いえ。詳しい経緯は知りませんが、哀れまれるのも卑屈に思われたくもないというのなら、きっとそう言い切るに値する――尊敬できるご家族と暮らしていらっしゃったのだろうと」

「……ぇ、あ。それは」

「違っていましたら申し訳ございません。以前ご一緒したクリス様から聞いていましたので、お母様から『自分の好きなことをやって生きて欲しい』と言われたと」

「ぅぁ……超恥ずい……」


 ソラムは両手で赤面をおおって顔を背ける。

 そのときベイスに考えが浮かんだ。


(彼女は、どうだろうか?)


 もちろんそれは、ローズが求める人材として適切かどうかだった。

 主人がチームにエルフを欲していたといえ、必須ではないとも言っていた。

 そしてその言葉通り人材探しは最低限で、またエルフは数が少なく同年代ともなるとさらに希少ということも手伝って、たとえ探し当ててもローズの眼鏡に適う者は皆無だった。

 だがソラムには相当の才があるとリリィが言った。穏行魔法ステルスを見抜いた現場も立ち会った。

 今現在はランチタイム、教室に戻る時間はまだ来ていない。

 ならばまず判断を仰ごうとベイスは決めた。


「すみません、ソラムさん。しばし主人と電話します」

「え?」


 コールする。三コール前にそれが取られた。


『どうしたのベイス。そっちから掛けてくる以上は、相応の何かがあったのよね? 用件を』

「お探しの人材と出会えました。ハーフエルフで、ポテンシャルはリリィ様のお墨付きです」

『!! 能力の程度はいいっ、私の駒になる資質は!?』

「クリス様の元仕人の平民です。なので礼儀作法に関しては十分に」

『そこじゃない、そいつの価値観、物事の判断基準! つまりは信条!! 自分では裏切れない自分だけの透徹した戒律や哲学を持ってるの!? 感情と理性の根っこにあるこころざし!』

「ありますか、ソラムさん?」

「わっかんないよ!! ていうかいきなり何? 何の話!?」

「申し訳ございません、お嬢様。交渉は難航しそうです」

『あーはいはい。期待してないから適当にそっちで進めといて。じゃっ』


 電話が切れた。そこで改めてベイスは説明した。


「――というわけでして、レースを支えるチームの一員になっていただければと」

「……なるほどね。確かにあたしは、マナの調子や変動を察する力が強いみたい。レースにも興味はあったよ、主人だったクリス様の影響で」

「では、どうでしょうか」

「……。出会ったばかりだっていうのに、ずけずけと急かすね。焦ってる?」

「先ほどの話ではないですが、僕は主人に従い、力を尽くすことを信条としています」

「ああ、急いでいるんじゃなくて単に迷いが無いってことなのね。で、何であたし?」

「色々と考えた上ですが、端的に言えば直感です」


 ベイスの言ったことは嘘でない。

 エルフ種族に同年代という必要条件。初対面のローズに接する際も、元仕人なら礼儀作法に問題ない。ソラムはしかし照れたように聞き返す。


「ち、直感? そ、それってどういうところっ?!」

「自分の興味や感心に素直な方だと思いました。言葉を飾ることが苦手ではないかとも」

「……そ、そういうところ?」

「はい。僕の主人はうわべで接されることを何より嫌います。その逆に言葉遣いの上手下手や表向きの人柄や態度は気にされません。結果を出すことへの確固たる意志を尊重する方です」

「あ、あたしにそんな意志なんてっ」

「主人が僕を学校に通わせると決めたのは二月前、それまで僕は仕人学校卒業程度の学力しかありませんでした。そのため一月で平民学校中等部卒業相当の資格を取る必要がありましたがソラムさん、あなたも試験に向けてそう長い準備期間を取れなかったと思います。けれども今こうして平民の学生としてここにいる。つまり僕が直感したあなたの意志は――強いのです」


 ベイスは包み隠さず答えていた。ほんの少し前まで己と同じ仕人だったはずの彼女に対して抱いた感想を、論理立てて言葉にする。

 ソラムはそれに真っ赤になって、視線をそらした。


「……。あたしにはその、信条っていうか、芯なんてないよ。だから学校に来たんだもん」

「それは」

「ないんだよ。母さんの期待に応えたかっただけ。それにさっきリリィ様にも言ったでしょ、元々あたしはクリス様から勉強を教えてもらってた。だからきっとあんたのほうが――ずっとがんばってここに入ったんだと思う」

「でしたら、このお話は」

「うん、パスしたい。……今のところ」


 ソラムはそう付け加えると、ベイスに向けて目を合わせ、小さく話す。


「わからないんだよ、何をしたいかなんて。母さんは人間で、父さんはあたしが生まれる前に亡くなったらしくって、それで母さんは仕人になってあたしを育てた。貴族の下で働きながら安定した稼ぎを貰って暮らすために。駆け落ち同然で、頼れる先もなかったんだって」

「……たくましい方ですね」

「へへ、テンション高いお母さんなんだ。父さんと好き合ってたからって、反対もあったのにあたしを産んで、辛い状況でもめげなくて。自分は好きなように生きたから、でもだからこそあたしまで仕人の境遇のままにさせていられないからって――お金をずっと貯めててね」

「それであなたにも自由な平民になって、好きなように生きて欲しいと?」


 ソラムはこくりと頷いた。しかしすぐにかぶりを振って、


「だけどあたしには分からないんだ、何をどうしたいかなんて。だってほんの二ヶ月前までは貴族の家で働いてたメイドだったんだよ? あたしに夢なんてなかった、一生懸命に働いて、その暮らしの中でほんの少し楽しいことがあればいいって――そんなふうに生きてたから」

「……。ソラムさん」

「貴族の下に従属する仕人の身分でなくなって、平民として溶け込めるよう流行とかの勉強もしたけれど、自由って一体何なのかな? 隣の人が向いたほうを一緒になって見ればいい? でも違うほうを向いたら怒られるかもって……そんなことが怖かった。だからあたしは、隣に仕人のあんたがいてくれてほっとしたんだ。おかしいよね、変な同族意識みたい。これまでは休みが与えられるのが楽しみで……嬉しかっただけなのに」


 それからソラムは、にこりと笑って。


「ごめん。あんたって呼び方は、ちょっと無いね。きみみたいに主人に従うことに誇りを持つ生き方はすごいって思うよ。あたしは今のところ、窮屈だ。だけど誘ってくれてありがとう。今のあたしは何をやれるかじゃなくて、きみみたいに何がやりたいかを見つけたいんだ」


 そうしてベイスは断りの返答に頷いて、授業が始まりそうな教室まで一緒に向かった。

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