▼1▲
『やあやあローズちゃん、懸念していた〈黒天竺〉の件は、良い方向で纏まるみたいだよ☆』
「……。手間をかけさせたわ。感謝します、ケリング卿」
『珍しく敬語になっちゃって~……まあ当然か。開幕戦でグラウンド・フライトが使えるか、気になって仕方ないもんね。勝つために』
「……とにかく良かったわ、そちらにFIB重役とのツテがあって」
『じゃあ感謝のついでに、一ついいかな?』
「無茶な要求なら突っぱねるわよ?」
『簡単だって! ケリング卿じゃなくて、今後は「グっちゃん」って呼んで欲しいな~☆』
ローズはそれを思い切り十回連呼してやって電話を切った。椅子に深く腰掛け直す。
バカンスから自宅に帰って二日経ち、ようやく落ちついた気分で過ごせると息をつく。
傍に控えていたベイスは紅茶を淹れ、主人に伺う。
「この件は、リリィ様にお伝えすべきでしょうか?」
「向こうもそろそろ知っているでしょうけれど、連絡したいなら構わないわ。まったく余計な心労を抱え込ませられたわよ――杞憂で終わりはしたけどね」
ローズはティーカップに口をつき、先日のレースの結末を振り返る。
レースは中止にならなかったが、巻き込んだ人数は現在のポイント上位を含む三名だ。
当然ながら保険魔法で全員が無事、ただしダリアだけは危険飛行を咎められ失格した。
即日に発表されたペナルティは、八月にある今シーズンの最終戦への出場禁止処分。
ただ先ほどコネで掴んだ情報は、ダリア・ケルノウは来シーズン開幕戦には出られること。そして一番肝心だった点――
「ちゃんと一番高い保険魔法に入ってたのが幸いよ。そうでなければアウトだったわ」
「と、仰りますと?」
「グラビティ・ドライブが危険と見なされ、規制されたらこっちまでとばっちり喰らうところだったのよ。自粛を促すこともしないみたいだし、地獄の沙汰もコネと金。それが切れなきゃ縁も切れないっていうことよ」
「耳の痛いお話ですね、当家としては」
以前のランカスター伯爵家なら、こんなことで気に病むことはなかったのだが今は違う。
それを踏まえればダリア・ケルノウ――爵位持ちでない貴族の彼女にはコーンウォール校のエースという以上の何か大きなバックがあるのだろうと推察しつつ、ローズは浮かない。
「……。それにしても、どうして世界戦であんな無茶をやらかしたのよ、不可解すぎるわ」
「グラビティ・ドライブの連続使用ですか?」
「あれはもう【グラビティ・フライト】と言っていい技よ。加減速の補助テクニックとしては有効性が高くても、常時使用となると制御難度の次元が違う。直前のレースや予選ではあんな飛び方していなかったのに……ぶっつけ本番で試したわけじゃないとしても年間優勝を目前に何を考えてあんなこと――」
ローズはその不可解が気持ち悪くて仕方なかった。
それはレースにおいて同様に危険飛行と呼ばれるグラウンド・フライトを使う立場としての憤りもあったが、同郷の魔女が扱いきれない技で事故を起こしたことへの口惜しさもあった。
ベイスはその主人の心情に少しばかり踏み込んで考えて、
「……差し出がましいかもしれませんが、お嬢様」
「なに?」
「もしかしますと、ダリア様は焦っていたのかも知れません」
「何に焦るのよ。そりゃあ二位以下との差は大きく開いてなかったけど、勝利ポイント的には二位、三位を一回とる程度なら今シーズンのチャンピオンは」
「ではもしも、あの飛行法が完成されていましたら。……お嬢様は太刀打ち出来ますか?」
「……随分と良い口たたくわね、その意気に免じて答えてあげる。コース次第じゃ厳しいわ」
「ならばダリア様も、同じことを考えていたのでしょう」
「……。まさか、私とリリィがプレッシャーになって?」
ベイスは「恐らくは」と主人に頷く。
「お嬢様とリリィ様が鎬を削った、あのレースを誰もが賞賛しています。それは世界の舞台で活躍する方々にとっても大きな刺激であると共に、改めて脅威と認識されたのではないかと」
「だからこっちが競い合えない内にカウンターを仕掛けてきて、それが失敗した?」
「わかりません。そこから先は僕ではなく、リリィ様とお話しされるべき内容でしょう」
ベイスは従者として、さらなる貢献を望んでいた。
主人の勝利を、これからも万全に飛び続けるという目的を叶えられる一助になれればと。
ローズはそれにくすりと笑みを浮かべ、返答する。
「ふん、なかなか気が利くようになったじゃない。これも学習の成果かしら?」
「恐縮です。また僭越ながら、お尋ねしたいことがありまして」
「何かしら、言いなさい」
「お嬢様にとって必要な人材と、僕自身がこれから先に得るべき技能についてです」
ベイスは従者として、さらなる貢献を望んでいた。
主人の勝利を、これからも万全に飛び続けるという目的を叶えられる一助になれればと。
ローズはそれにくすりと笑みを浮かべつつ、
「そうねえ。この前も言ったけど、ダリアの事故が良い例よ。ああいうのをいかに避けるか、また起きてしまってもリカバリできるかを重視して考えているとグっちゃ――ああもうっ! 早速アレにひっぱられちゃったじゃない!! じゃなくて!!」
ベイスは顔をほころばせたくなった、だが従者としてその衝動を抑制した。
主人は僅かに頬を赤らめながら目を伏せ息をつく。
「……もういい、ベイス相手にはグっちゃんで通す」
「承知いたしました」
「返事しない! で、以前グっちゃんに説明したように不安要素を消したいんだけれど」
「はい。そのために僕に必要なのは何でしょう」
「展開の予測力を磨きなさい。あなたがレース中の私にアドバイスする技能は不足してるから必須ではないわ、でも勉強はしておいて。さっきのダリアの話もそうだけど、私も気付かない側面があることは分かったでしょ。意見を聞く場面に備えておいて」
「イエス、マイレディ」
「あとはこれまで通りブラシ交換の速度と精度を向上させて。それが安定するだけで、かなり作戦上の不安が消えるから」
「では練習の時間配分は?」
「優先順位を決めましょう。ベイスは就学のための学習時間も多く設けなくてはいけないし、今は夏期休暇でもあるから私に付く時間をまず減らす。私一人でやれることは、しばらく何も手を付けなくて構わない。私から命令されるまではね」
「かしこまりました。では日中は訓練に、夜間は勉学に当てる方向で」
「それでいいわ。あとは他の人材……ベイスがいるから不可欠ではないけれど」
その前置きにベイスは内心で喜んだが、それを訊く。主人は少し間を置き、静かに告げた。
「レース期間中のマナバイタル、そのチェックと補給剤管理を任せられる駒が欲しくはある。機械任せより速く確実に、微弱なマナの調子を読んで整えられる――贅沢を言えば、エルフがね」




