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「……で、今は休暇だから浮かれて良いの、ローズ様?」


 七月中旬、ローズはチームで海にやってきた。

 ――ミッドランド家の所有するプライベートビーチに。


「ま、夏期休暇中でもあるし。リリィの恋路に協力するのは私のペナルティでもあるからね。どうせバカンスに呼ばれたなら全力で楽しむほうが健全よ、そうでしょベイス?」

「イエス、マイレディ」

「……まあいいか、ベラちゃんも来ているし。遅いけど」


 既にローズとレンガの二人は水着に着替えている。真夏の日差しをパラソルで避けながら、どちらもチェアの上に寝そべって本を読んでいる。

 ベイスは主人の楽しむ気分が伝わってきて嬉しくなった。

 なお招待した当人はというと。


「お、お待たせしました!!」

「正味二〇分です、リリィ様」「土壇場で悩みすぎ、何十着も持って来て」

「結局は白で落ち着きましたけどね」「付き合わされましたデスよー……」


 色とりどりの水着姿が南ユーロスの白い砂浜に現れた。

 リリィとそのチームメイトABCEが揃い踏み。

 その瞬間にローズがくすりと笑い、


「4対3でこっちの勝ちね」

「何の話ですの。……って」

「しばし古巣に戻ります、リリィ様」「レンガと一緒?」「……ベラちゃんのが少しだけ」

「ふふん。この場ではサイズの小さい方が多数派ってことよ!」

「あ、アナとベラに裏切られましたわ……!」


 AとBがローズ側のパラソルに移動。

 CとEは慌ててリリィのフォローに入った。


「リリィ様、釣られてはいけません!! 戦術目標が違います!」

「そうデス、何のためにワタシ達が水着選びに付き合ったと!」

「そ、そうよ! えっとその、――つまり!!」


 リリィはベイスの前に駆け寄った。頬は紅潮し、足取りは勢い任せ。この二ヶ月間で何度も会っているとはいえ、ここまで素肌を晒したことはない。

 ベイスはその眩しいスタイルに穏やかな視線を向けていく。


「あの……その。ベイスさん?」

「よく似合っていらっしゃいます、リリィ様」

「ど、どのへんが?!」

「……言葉にするのは憚られます。ただそのお姿は青々とした海と空にあっても綺麗ですが、きっと夕陽にも映えるでしょう。改めてご招待いただき、感謝します」

「ど、どういった意味で!?」

「もしも今――リリィ様の御髪おぐしが桜色に染まったら。そのときの僕を想像できません」

「……ぁ」


 リリィが気を失って倒れかけ……そうに見えたのでベイスは即座に身体を支えた。


「り、リリィ様?!」「計画通り」「効果は抜群、ですがっ」「マナバイタルも異常値クリティカルぽい!!」

「だ、大丈夫ですわ! それよりそのっ」

「何でしょう?」

「あ、あのトランスはそれなりに疲れます。それでもベイスさんは、見たいですか?」

「……是非に」


 進展した。勝利に一歩近付いた。肌に触れられている手の温度がひどく熱く感じられる。

 そうベイスに支えられて赤面しつつ、リリィは休暇に誘う選択が正しかったと確信した。

 だがリリィは自分から身体をすっと離し、深呼吸。


「……お断りしますわ。まだその時でありませんもの」

「そう仰りますと?」

「前にも言いましたけれど、焦らしプレイです。私が飴になれることは十分わかりましたが、今のベイスさんには、それを与えるに足る資格はないでしょう?」


 目を逸らさずに言い切った。リリィの内心は辛くもあったが、歓喜もあった。

 これは「変えてみせて下さい」と言われたゆえの措置。自分を変えたいと強く思わせるには明確な壁とそれを超えたときの褒美が必要だ、望みを欲しがる意志がモチベーションになる。リリィは自分にその価値が確かにあるのだと分かって嬉しかった。

 そうして拒絶されたベイスはしかし、笑みになった。


「……一本取られました、流石です。励みが一つ増えました」

「ふふ、やっと仕返しができました。良い傾向だと思います」


 肌をさわった感触が少しばかり名残惜しいとベイスは思う。だが良い傾向と言われていても近付き過ぎるのは無礼にあたると切り替える。

 そうして気付くと、ベイスとリリィはニタニタとした笑みに囲まれていて。


「まったく人前で二人の世界になっちゃって。そんな悠長に変化を待つ構えしてて大丈夫?」

「あらローズ。やっぱりヤキモチなんですの?」

「イエスと答えて動揺するならそう言うわよ?」

「しませんわ。悠長なことしていられるのは人柄や言葉ではなく価値観を信じているからよ」

「……へえ、だいぶ学んだみたいじゃない。ならベイスに近付くお邪魔虫が出てきたとしても平然と構えていられるのね、九月からは平民学校に通わせるんだけど?」

「お陰で確信してますもの、ベイスさんは貴族以外に興味はないと。……ローズにもね」


 客観的にはとても酷い人物評価だ。リリィはしかしその正しさを疑わない。

 ローズはそれにくすりとなって、


「そういうこと言われるとやり返したくなるんだけど……ベイス?」

「はい、何でしょうか」

「私を除いて、このビーチで誰が一番あなたの好み? 胸のサイズも含めて、はい回答」

「リリィ様です」

「うわ即答!」「迷い無しね」「これは確かに……」「惚れ惚れする男らしさデス!」

「……真顔で言える人、初めて見た。なんかすごい」


 客観的にはどん引かれるほど堂々とした態度でベイスは言う。

 リリィはしかし慌てていて、


「で、ではわたくしとローズなら?!」

「ローズ様です」

「えええ!?」「こっちも即答」「ああ、ひょっとして」「……分かったデース」

「う、ううううううううううう! いつか! 必ず逆転して見せますからね!?」


 そう叫ぶと白い水着のリリィは青い海に駆けだした。続いてチームも追いかける。

 それを見て赤の水着のローズは満足そうにほほえんだ。


「……どういうこと、ローズ様?」

「いい、レンガ。ベイスは私の従者なの。その関係は簡単に揺らぎはしないって教えたのよ。じゃあ回答してベイス、本当はどっちが好みなの?」

「リリィ様です」

「――とまあ、そういうこと。真意魔法トゥルースは主従を結んでいると他の貴族相手には効果がない。だから主人でないリリィが尋ねた質問には嘘もつける。それに何より?」

「はい。人前で比較に出された主人を立てるのは、従者として当然です」

「……なるほど、よく分かった。ローズ様もベイス君も凄く歪んでいるんだね」


  率直な感想を小柄なドワーフの少女に言われてローズは快くなった。そんな歯に衣着せないレンガを昔から気に入っていたからだ。その気分に合わせて言っておく、その先も。


「ま、だからこそあの巨乳女は油断できないってわけよ。ベイスを変えようとする欲求よりも絶対に嘘をつかない従者として傍に置いてる主人の私を羨んだら?」

「……経緯はよく分からないけれど、対等を望むことがばからしく思える?」

「そう。いつどんなときでも真実だけを望める関係じゃないのがリリィの今の現実よ。そしてリリィの願いが成就したらベイスは仕人じゃなくなるから――同様にそれは望めない。だから自分を変えられてしまうのは、リリィのほうかもしれないの」

「……それって要は、『深淵を覗くとき深淵もこちらを覗いている』っていう話?」


 ベイスはその格言が誰のものか知らなかった。しかしレンガの言った本質は分かっていた。

 あの夜に申し込んだリリィとの決闘は、つまるところそういう勝負だったのだから。


「休暇だというのに気が抜けませんね、リリィ様は」

「それはこっちも同じよベイス。休暇を楽しみつつ緊張感は忘れないように。なにせ三日後の予定はワールドカテゴリのレース観戦――敵情視察に行くんだから」

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