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「さて、じゃあローズちゃん。この新しいスポンサー様に現状を詳しく教えてくれる?」

「金を出す立場で何もご存じないってこと?」

「グっちゃんはトゥインクルリンクで勝利した動画を見てファンになった程度のド素人なの。ネットの炎上騒ぎでアンテナにびびっときたってわけ、ローズちゃんの思惑通り☆」

「……。ありがたい話ね、注目だけはしてもらえて」

「でしょでしょ? で、とりあえず聞きたいのは――今後のチーム編成について」


 声色を静かに尋ねてきた。

 ローズはそれに少し息をつく。


「どうして私が従者だけをクルーにしているかって質問かしら?」

「別に個人的な事情があるならそれでいいの。他のチームとの差異が聞きたくて。具体的にはプライベーターとスクールチームって、何が違ってるのかな?」

「随分と基本的な質問ね……ベイス、スポンサー様に説明して」


 ローズとグラスが席につく。

 テーブルの主のケンザンは酒瓶片手で客人の着席に動じない。

 ベイスは主人の隣に立ち控え、テーブル向かいの、見た目は幼いハイエルフに一礼した。


「ではご説明致します。まずスクールチームですが、魔法使いが競争するブルーム・レースの性格上、貴族学校の威信対決という側面が強くあります。このため学校が参加費用を負担し、高ランクなら助成金も出され、遠征時も含めて多くの手厚いサポートを受けられます」

「なーるほど。だから出資者である学校や、他の貴族の意向に縛られやすいと?」

「はい。自由な振る舞いは出来ません。例外としては〈白百合〉ですが――統治領内の学校でエースを務められる方は希少な部類に入ります」

「一応、私もかつてはそうだったわよ」

「ま、爵位持ちの家柄だからって、誰もが才能にあふれてるワケでもないしね?」


 反例を相手にグラスはにこりとする。

 ローズも社交辞令的に表情をやわらかく返していく。ベイスはその間を一拍おき、


「次にプライベーターですが、こちらは自費でのレース参加になります。ただ学校と無関係に年齢が高等部初年度以上、二〇歳未満の者なら誰でもクルーにして良いのが特徴です」

「あれ、ならスクールチームの場合は?」

「同じ学校の生徒のみです」

「あー、じゃあ学校対決だからその縛りがあるけど援助も大きいのがスクールチームで?」

「レースの公的援助は受けられませんがチーム編成に縛りがないのがプライベーターです」

「でもローズちゃんに他のクルーは必要かな? 一昨日のレースじゃそう見えなかったけど」

「……。そこはむしろ、大きな反省点よ」


 ローズは言って小さく息をつき、ベイスに対して目配せする。

 従者は主人の意図を感じ取り、解説を止めて一歩を下がった。


「言っておくけど先のレースに不満はない。ベイスのサポートも含め最高のパフォーマンスを発揮できていた。少なくとも同等の状況で飛べたことがこれまでなかったくらいにね」

「じゃあそれを補強できる優秀な人材が欲しいって?」

「いいえ、前回同様のコンディション維持、それを主眼に置いたチームが欲しいのよ」


 ローズは強く言い切った。

 オペレーティング、マナ補給、ブラシ交換、装備の現場調整など、クルーの役目はどれもが必要不可欠なサポートではあるが、基本的にはレーサー個人の戦いである。


「私だって人間よ。フィジカルにメンタル、マナの不調も当然ある。ブルームだって現場での調整が不足して思うように飛べなくなることも、ミスする可能性もゼロじゃない。何のために高い保険魔法を払わされるかって、それで事故を起こしても絶対に怪我させないためだもの」

「まあそうだね、いくら自己管理を徹底しても万事が万全になるとは限らない」

「だからチームが必要なのよ。前回の反省点は、私自身が完璧と言い切れる飛行ができたのに勝ちきれなかったことにある。他の至らない部分は準備時間と支度金があれば補える」

「つまりは〈赤薔薇〉至上主義を支えるスタッフが要るんだね? これまでの最高を、最低の基準値として考えないと勝てないわけだ、〈白百合〉には?」

「私は現状をそう理解しているわ、お恥ずかしい限りだけど」


 ローズはその事実を受け止め、勝利に最善を尽くすと決めていた。まずは体調や装備も含めレース当日にどんなトラブルが起きるか分からない、その悪影響を排除するために備えたい。

 限界があるのだ、ベイスだけがサポートする体制は。グラスは大きく頷いた。


「OK! 方針が分かってれば出資者としては安心ね。ところでいま致命的に不足してるのは整備係らしいけど、当てはある? ランカスター校のチームからヘッドハントはどう?」

「正直それは遠慮したいわ。今のチームを裏切る形にさせると面倒だもの」

「ま、人間関係のもつれなんて無駄なリスク抱えるのと同じだしねぇ……」


 グラスが半目でベイスをちらりと見る。それからローズに向き直ってにやりとした。

 ローズはその見透かしてくる視線に良い気はしなかったが、受け流す。その直後に、


「……ごほんっ! 少しいいかよ、話に混ざって」

「どうぞどうぞ。何せマイスターの手がけた芸術品を取り扱わせるわけだから、相応の技術も欲しいところだし」

「お褒めの言葉ありがとよ、オーナー様。で、仕事に忠実な整備係か。当てならあるぞ」

「爺さんの年齢じゃ無理だけど?」

「分かってて言ってるだろ、お嬢。……おーい、下りてこーい」


 ケンザンが携帯を鳴らして呼ぶと、工房の二階から小柄な少女――グラスよりは一回りほど大きいが――静かに音も立てず下りてくる。


「紹介するぜ、オーナー様。娘のレンガだ」

「……どうも」

「ほっほー、これはまた可愛らしいお嬢ちゃんだね~☆」

「……あたしより幼く見える妖精種族に言われても」


 レンガは抑揚なく返答する。

 ローズは久しぶりに見たドワーフの少女に破顔する。


「ったく、相変わらず根暗なしゃべり方ね。九月には高等部でしょ?」

「いや、買収されて気が変わった。工房で鍛えることにする。それでいいか?」

「あたし、あんまり人と会うのも話すことも得意じゃない。お父さんの仕事を手伝えるのならそれでいい。学校に通うよりブルームとローブの整備してるほうが勉強になるし」

「こんな娘ではあるがな、メンテナンスに関しちゃ相応の経験を積ませてた。センスもある。親の贔屓目じゃねえよ、お嬢の装備を指示通りに調整する作業もやらせてたんだからな」

「でも最終的な仕上げはケンザンの手でやってたでしょ?」

「そこは譲れねえ、監督責任だ。だがおれはピットにゃ入れねえし、世界中を飛び回れねえ」

「にゃるほど、マイスター的にもそれを任せられるクルーに推薦できる腕前ってわけ?」

「あと〈白百合〉のチームにはベラちゃんがいるな、あの子と競わせるのも良い経験だ」

「……親戚なの、お母さんの実家繋がりで」


 少し声を強く張ってレンガは言った。血族的な対抗心もそこにはあるだろう。

 ローズはそれに意気を感じ、けれども鋭いまなざしをレンガに向ける。


「馴れ合うつもりは一切ない。私が求めるのは最高の仕事だけ、浮ついていいのは休暇だけ。そんなふうに口も悪ければ性格も面倒で偉ぶるような魔女だけど、それでもいい?」

「……昔から知ってるし、あたしだって悔しいから。ベラちゃんの工房に負けるのは」


 それは確かな闘争心であり、技術屋としての矜持だと直感した。

 ローズは満足して笑みに戻り、立ち上がって自分の手を差し出し。


「よろしく頼むわ、小ケンザン。私の装備をあなたに預ける」

「……そう呼ばれるのは早すぎる。でもその名に恥じない仕事をしてみせる、ローズ様」


 握手し合う。

 身長差はあるが、その高いモチベーションに己の背を任せていいクルーだと素直に思う。

 これでチームは三人だ。


「よし! これでひとまず前進だね。この調子で仲間が増えていくといいねローズちゃん☆」

「まあそうね、次に勝てなきゃスポンサー打ち切りだし」

「だけど人材集めに必死になっただけで勝てるほど甘くもない。そうでしょ?」


 グラスが静かに冷たく言い放つ。

 ローズはもちろんそれを分かっている。


「当然よ。敵はリリィ一人だけじゃない。これから先の戦場はワールドカテゴリ――世界中のウィッチを相手にするんだもの」

「でもローズちゃんは中等部二年で世界制覇してるよね。それにユーロス・スクールGPでの〈赤薔薇〉と〈白百合〉の飛行はスクールクラス最高水準――ワールドカテゴリはもとより、箒の性能が違うから単純比較できないけどプロチーム、ワークスでも通用するって評判だよ。それでも油断は全くないと本心から言えるかな?」

「私が世界で相手にしてきた連中は、いつまでも同じ所に留まってるほど愚鈍じゃない。私が前にいたら追い越すため、後ろにいたら抜かされないよう手を打つ魔女達よ。それに……」


 そう出資者からの問いに答える主人をベイスは窺う。そのとき浮かんだ表情は知っている、レース本番直前だ。それは絶対の勝利しかイメージさせない存在感の、


「易々と勝てる凡俗が相手なら私の血は滾らない。そいつらを蹴散らせるから、楽しいのよ」


 暴力的なまでの威圧を放つ、帝王の微笑だった。

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