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ローズは長い金髪をツインテールにまとめた身長154センチの細身、ベイスは短い黒髪で身長は173センチと大きくはないが鍛えられ引き締まった体つき。ベイスはこの約一年ほど付き従ってきた小さな主人に、これまで見たことのない眩い活力を感じていた。
「そうと決まれば早速ブルームを新調するわよ。近々のレースだと……ああもう、ベイス! こんな面倒くさいマネジメントは私の仕事ではないでしょう!?」
「申し訳ございません。僕にはブルーム・レースの知識がまったくないのでお手伝いが……」
「本ッ当に【仕人学校】って勤労奉仕専門ね!! 娯楽もちゃんと教えさいよ!」
そう憤るとローズはスマートフォンから動画を見せる。
そこに表示されていたのは、色とりどりの三角帽や魔法衣を着た貴族達が、箒にまたがって市街地やサーキットを猛スピードで飛行して競いあう、白熱の映像集だ。
「ああつまり、【ブルーム《魔法の箒》】を使ったレースですか」
「そういうことよ。魔法を使える貴族の特権にして究極のエクストリームスポーツ! それがブルーム・レースなの! まったく、仕人学校じゃテレビも見せなかったのかしら?」
「しかしこれまで当家でレース観戦をしたことは」
「お父様の言いつけで仕方なくよ! 全てはあの忌々しい事件のせいなんだから……!」
ベイスは思い出す、自分がランカスター家に雇われたのは昨年六月末の仕人学校の卒業式。ローズから直々に仕えることを命じられたその当時から、この家の仕人は自分を含めて主人の父母につく各一人の計三人、伯爵位を持つ貴族としては常識外の小規模さだった。
「お嬢様。これまで使用人としてお聞きすることは憚っておりましたが……ランカスター家がこのように慎ましやかに暮らしている理由は、その事件が関係して?」
「ふん、さすがは私の使用人ね。分をわきまえて没落の噂話もシャットアウトしてたなんて。その功に免じて教えてあげるから感謝なさい」
ローズは椅子の上で腕を組んで目を瞑る。
ベイスと同じ十六歳の主人の脳裏に浮かぶのは、ちょうど一年前の四月である。
その日は桜の花見の宴席だったと、ローズは同席していなかったが報道で知った。
ローズの父は酒好きで、かつ最高位のレーサーだった。
だが酔って魔法の箒にまたがって、事故を起こしてしまったのだ。
「貴族といえど当時の【ユーロス】国内は飲酒飛行の超規制月間で……しかも事故った相手があろうことか王族よ? 幸いにしてお父様のファンだったのと、怪我自体は軽度だったけど、人気商売は妬みも買ってしまうものでしょう?」
その結果として、ランカスター家は処分された。
まず父はレーサーとしてのライセンスを三年間剥奪され、期間中の全レース出場禁止。
また謹慎として、その期間内は財産と領地の多くを王家に管理される事実上の差し押さえ。
さらに仕人――使用人の数も制限され、家そのものが弱体化させられた。
いまランカスター家が自由にできるのは残った一部企業と、元は別荘だったこの家で。
「……屈辱の極みよ。まったくお父様がレース以外はからっきしで権謀術数に疎いからって」
「政治的に灸を据えられたのですね、たっぷりと」
「あーもう腹立つわ! でも光明は見えてるのよ、天は私を見放していなかった! この金を使って私はレースに復帰する、そしてもっと金を稼ぎまくってやるの! あと二年間もこんな華のない暮らしなんて耐えられない、だから」
ローズは再びスマートフォンから情報をチェックする。
もっとも近いレースであり、賞金は微々たるものだったが。
「トゥインクルリンク・特別レース! まず一ヶ月後にあるこのレースに向け準備開始よ!」
「かしこまりました。では僕はどのように手伝えばいいでしょう?」
「そうね、まずこのことはお父様に内緒にして。結果が出るまで絶対よ」
「宝くじの件も?」
「もちろん。だから受け取るときにも気をつけて、ランカスター家の娘が宝くじを当てたとかかぎつけられても困るのよ、マスコミにはもううんざりだから」
「なるほど、ゴシップではなく脚光を浴びた瞬間をご所望と?」
ベイスがそう告げるとローズは笑う。雌伏の時は去ったのだ。
羽を毟り取られた鳥の無様を誰もが笑った、その雪辱を果たすのだと。
しかしそうするためには、金銭以外にも必要なものが足りなすぎる。そのために。
「ベイス、あなたにもレースを手伝って貰うわよ」
「仰せのままに。しかし自分ごとき一介の使用人が、支度金を渡す以上の何をお嬢様に?」
「レースは一人では出来ないわ。悔しいけど今の私は背中を預けられる相手が他にいない」
「光栄です。微力ながらお供させていただきます」
「ならさっさと金を下ろしてきて。【マイスター】に挨拶して装備一式を揃えないと」
「ではお出かけの支度をいたしましょう。また今回引き出すご予算は?」
「当然――、一億クレジット、全額よ」