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▼6▲ ‐予選当日‐

[こ、コースレコードが出ましたッ!! 三次予選終了時間その寸前ッ、マギア・サーキットのワールドカテゴリ含むスクール最速タイムを叩き出し、堂々たるポールポジションを獲得し、いま、天空を従えて舞う花のッ〈白百合の魔女〉がピットエリアに戻ります!!]


「――ってくれたわねッ、あんのDカップ巨乳!!」


 ガレージでリザルトを確認するなりローズは三角帽を脱ぎ捨てシャウトした。

 右拳を左の手のひらに全力突き、圧縮されたマナの衝撃波が両肘から抜けきって放たれる。

 ベイスはその荒ぶる風を肌で受け、しかし涼やかに紅茶を差し出した。


「お疲れ様です、お嬢様。ひとまずチャージを」

「温度がぬるいッ、飲みやす過ぎ!! こんな紅茶イライラするわ気が利かない!!」

「申し訳ございません」

「自分に腹が立って仕方ない! こういうとき好みの物を出されるとね、他に怒りのやり場がなくなってむかつくのよ!! まったくもう……私が最高の仕事をしないで一体どうするの? 予選はタイムアタックで、そっちに出来る事なんて……だから落とせなかったのにっ」


 ローズは唇を噛んで眉をひそめた。取材カメラが外れていて幸いだ。

 スクールGPの公式予選クオリファイは制限時間内に出したタイムで競われる。

 まず全出場者が二十分のタイムアタックを行い、上位十六名に入れなかった場合は脱落し、下位組の決勝スタート位置が確定する。これが【Q1】、一次予選。

 次は十五分の飛行時間で同様に、上位十名を選出。これが【Q2】、二次予選。

 そして最後の十分の【Q3】。三次予選のタイムで最終スタート位置が確定するのだが。


「屈辱の極みよ、予選二位なんて。コンマ一秒どころかジャスト一秒差とか情けない」

「タイムはあくまでタイムです、お嬢様ならその差など」

「私は万全に勝つのが好きなのよ! いくら慣れきってない新品でも今の全力でこのザマは」

「……。決勝では」

「なに?」

「決勝では、僕も一緒に戦えます。お嬢様の追い風になれるよう、全霊を尽くし」

「――ばかね、私のエレメントは風じゃないんだから、揺らがぬ山のように構えてなさい」


 ベイスは主人が穏やかな声色を取り戻したことに安堵した。

 その直後、


「……鳴ってるわね、ベイスの携帯」

「はい、この着信音も聞きなれました。二ヶ月で」

「あーもう行ってきなさい。コースレコード出してトップ獲った喜びをロミオに伝えたくって仕方ないのよ、あのジュリエット」

「それはご命令ですか、お嬢様」

「今は私を一人にして。適当にインタビュー受けた後でホテルに戻るわ」

「かしこまりました。お車の手配は?」

「こっちでやるから気にしない。あなたを出向かせるのは祝辞代わりって伝えといて、歓喜に酔えるのは今日までだと。……電話を取らせなかった詫びも兼ねてね」


 携帯の着信音は止んでいた。ベイスは謝罪と連絡を兼ねてメールを打つ。

 主人は椅子に腰掛けながら手を払うようにジェスチャーして、ベイスはそれに一礼し、

「では、名代として行って参ります」

 恭しく告げてベイスはパドックに足を運ぶ。後ろから「はいはい」と適当な返事が聞こえて思わず、くすりとした。


 ――そうしてパドックに入ると、そこは華やかな彩りに満ちた空間だった。

 パイロットの魔女達やその学校関係者にスポンサー、貴族達が思い思いにくつろいでいる。

 レース関係者の他は高額のパドックパスを購入または配布される招待客だけがここにおり、彼らをもてなすために豪華な食事や飲み物が用意され、ふるまわれる。

 予選を終えた色とりどりのローブ達やユーロス国内の様々な学校の制服が集うパドックは、レース期間中はさながらパーティ然とした光景だ。


(……お嬢様の好まない騒がしさ、か)


 ベイスの知るローズの性格は、やや複雑で悩ましい。

 派手好きで華やぎを愛する一面が強くありながら、うわべの遣り取りを何より嫌う。

 現状のランカスター家の問題もあるために、仕え始めたこの一年でベイスが付き添った貴族関係のパーティは数えるほどではあったのだが、主人が友とする間柄は一人もいない。

 趣味はオーケストラや室内楽のコンサート巡り、オーディオルームでの音楽鑑賞をはじめ、モードファッションへの傾倒など正しく上流階級のそれだったが、ローズはそういう楽しみを誰かと共有する気はなかった。ベイスでさえ傍に置いて侍らすのみ、何を求めることもない。


(レースだけだ、お嬢様が望むのは)


 シャンパンを片手にスーツ姿の中年男性らが語り合う。

 その脇を通るときに聞こえてきたのは、来期のシーズンで誰をスポンサードするかという、主人の目的にかなう話題だった。魔法を使える貴族だけの競技でも、金銭問題はついて回る。悩ましいのは誰でも同じ、それゆえ様々な人の思惑がパドックでは飛び交った。

 そんななか、


「あっ、ベイスさん! こっちです!」


 仕人の己を呼ぶ声が聞こえてベイスはそちらに振り向いた。

 そこには長い蒼髪に映える純白のローブをまとったリリィがいて。手にはさきほどの予選を勝ち抜いた――翠玉と蒼玉の二色があしらわれた、同じく白のブルームがあり。


「ふふ、先に来ちゃいました。バーでお待ちしますってありましたが」

「はい、電話に出られずメールで済ませて申し訳ございませんでした」

「いいですよ。それよりも……」


 リリィが後ろに控える面々に目を配る。リリィと同じ学校の制服姿が四人おり、


「紹介します。私のチームメイトの――」

「Aです」「Bよ」「Cですね」「Eデース!」

「な、なんで胸のサイズで答えてるの?!」

「同時に四人から名乗られるよりはと思いまして」

「リリィ様はDだからサイズ被り一人もいないし」

「ミッドランド校のバスト・クインテットですね」

「アレレ、こーゆーノリはついてけないっぽい?」


 一気にかしましくなった周辺に、しかしベイスは落ち着いて一人ずつ顔を見て。


「存じております。アナ様、ベラ様、クリス様、エリサ様ですね」

「わお、こちらのデータが筒抜けですか」「リリィ様が話されたんでしょ」

「さすがローズ様の従者ですね」「あー、確かにリリィ様のストライク?」

「もう! 少しは静かにしてってば!!」


 普段からするとリリィが珍しく騒がしい。それだけで気安い関係なのだと察せられた。

 ベイスはまず深々と一礼し、


「リリィ様、コースレコード更新おめでとうございます。主人ローズの名代として、御祝いの言葉を預かっております」

「ふふっ、今日一日だけ喜んでなさいって、そんなところでしょう?」

「流石です。それと僕個人からですが――」

「は、はいっ!」

「とてもきれいでした。リリィ様の空を舞うお姿は」

「――……ぁ」

「うっわ、真顔!」「美形だけの特権ね」「もしもし、リリィ様?」「チョロいデース……」


 リリィは紅潮したのち反応なし。ベイスはまたも頭を下げ、去ろうとする。


「では、僕はこれで失礼します。今は明確な敵同士、多くを語ることはできませんから」

「え?! あ、ちょっと待っ……その!」

「はい、なんでしょうか」

「……いえ、実は」

「用があるのはこちらです。〈赤薔薇〉のクルーとは是非お会いしたかったので」


 アナが眼鏡をくいっと直しつつ発言すると、他の三人も前に出る。

 そして一人ずつ、


「あなたのピット作業、一人でどれだけ仕事をやってるか答えて貰える?」

「はい。基本的には戦況の把握と部品耐久度の確認とバイタルチェックを」

「忙しすぎ。ピットイン時のブラシ交換速度はどう?」

「平均四秒です」

「コンマ五秒、一応こちらが優勢ですね。箒のセッティングや応急修理などは?」

「できません。主人からブルームの中身は絶対にいじるなと」

「え、整備係ナシ? さすがに一人じゃそれが限界っぽい?」


 四人から立て続けに質問され、同時にベイスは思い出す。オペレーティング担当はアナが、レース直前のブルームの調整や整備はベラが、部品類の耐久度確認とブラシ交換はクリスが。そしてバイタルチェックと補給剤の管理がエルサだった。

 この四人は中等部時代からリリィを支えているスタッフだが、素性はばらばら。


「ベラ様はドワーフで、エリサ様はエルフですか」

「チビっ子とか言ったら怒るから」

「あと長命種だけど同い年デス!」


 マナの道具加工が器用なドワーフも、マナの感知に優れる長身のエルフも、種族的には貴族学校に通うことは珍しい。おそらくは何らかの称号持ちの家柄だろうとベイスは察する。

 またリリィから聞くところによると、残りの二人は――


「はあ……クルーの酷使は相変わらずですか、〈赤薔薇〉は」

「そのように捉えられるのは僕の本意ではありません」

「客観的には超絶ブラックな職場ですね。まあそれだけ求めるレベルが厳しかったからこそ、あの方の元には一人も残らなかったのでしょうけれど」

「……。それは、お二人の知る小等部時代のチームでもそうだったと?」


 ベイスは言って、アナとクリス、二人の顔を窺った。

 過去に彼女らはランカスター領の貴族学校に通っていた。住所が領地の境にあったせいで、もちろんそれは幼い時分の話ではあるのだが。


「……正直な感想、言ってもいい?」

「僕は聞かなかったことにします」

「あなたのような忠実な下僕を、ローズ様は欲していました。それはしかし、仕人を得られる年齢になるまで決して手に入らないものでした」

「わたしたちも間近で見ていたから分かりますが、彼女は皆から畏怖され尊敬されると同時に疎まれてもいた。孤高と言えば聞こえは良いでしょうけれど、気性の激しい人ですから」

「否定はしません。しかし」

「あの方はいつも自分自身を研ぎ澄ませていました。でなければ、他人にそれを強いることは出来ないと。一人でレースは飛べないことを……知りながら」

「それなら――」

「まあ、わたしたちは言ってしまえば逃げたのですよ。ただ彼女がタイムを削るために自分の気分を大切にしていたように、わたしたちも同様に気分よくサポートしていたかった。それは世界レベルの才能に対する甘えた思考だと罵られても構いません。その汚名をそそぐために」


 二人は見る。ベラとエリサも向き直る。いま彼女らが支えるべき〈白百合〉を。

 リリィは少し照れつつも、その囲みの中心でローブをひるがえし、力強く。


「ええ、その信頼に応えるために私も、ジュニア時代に果たしきれなかった雪辱を!」

「当時の世界戦ではたった二回、それもあちらのトラブルなしには勝てなかった」

「こちらがベストを尽くしてもなお届かないのがローズ様、けれど今はその逆に」

「仕人をクルーにするレーサーが少ない理由、わかるでしょ」

「ふふーん、モチはモチ屋、専門職なめるなって話デース!」


 それは正道をゆく王者でもある挑戦者からの、堂々たる宣誓だった。

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