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▼5▲ ‐二ヶ月後‐

挿絵(By みてみん)


 七月の陽光がアスファルトを照らしている。

 陽炎立つ熱気が空と大地を満たすこのマギア・サーキットは現在、ユーロス・スクールGPフリー飛行の日を迎えていた。

 マギア・サーキットは港湾都市の公道を用いたサーキット。二日後に控えた決勝を前にしてメディアの取材陣のみならず、地元民や観光客も大勢つめかけ始めている。


「おっ、間に合った間に合った。モニタに途中経過が出ているな」

「どれどれ、どっちが優勢かなーって……おいおい〈赤薔薇〉が負けてんぞ!」

「ローズ様かリリィ様かって? あのな、レースに出るウィッチは二人だけじゃねえんだぞ」

「いいじゃんか、マスコミと一緒に騒げるうちに踊らにゃ損だぜ?」


 ユーロス・スクールGPは国内レースである。

 その位置づけは【ナショナルカテゴリ】から【ワールドカテゴリ】に移るための登竜門。

 だが今年は例年よりも盛況だ、昨年度ジュニアワールドクラスの頂点同士が一年ぶりに争う事態に沸き立ち、さらにメディアが二人の一騎打ちであるかのように書き立てたためである。


「そういやお前、初めて観戦しに来たんだっけ。いい野次馬根性しているよ」

「そう褒めんなって。で、フリー飛行って公開練習プラクティスなんだよな?」

「ああ。コースの状態を把握したり、最適なラインを探ったりが主な目的だな。それも明日の第一、第二、第三次予選のタイムで決勝のスタート位置を得るための――」

「よーするに、今日は決勝と無関係ってことか」

「……。そうでもないさ」


 サーキットと観客席とは、ガラスのように透過する不可視の防壁魔法兼ホログラムモニタに仕切られている。そこで行われるフリー飛行を見る観客はレーサーの調子や賭けの順位予想と変動する配当率を肴にして、ドリンクを片手に夏空の下で語り合うのだ。


「このフリー飛行で出されるタイムはあくまで参考値でしかない。それでもブルームの調整や明日の予選、そして明後日の決勝に備えるために必要なデータ取りなんだ」

「ほーお。じゃあ今日が微妙だったからって、明日はそうとも限らない?」

「まあな。天候も体調もマナに影響を与えるだろ、だからこそセッティングが大切で――」


 そう、ここで叩き出されるタイムはあくまで参考でしかない。

 しかしながらローズの現状は、合計三十人の出場者中――

「フリー飛行一回目、残り三〇分になりました。現状のタイムは六番手です、お嬢様」

『トップグループには届ききらないか。リリィは?』

「三番手です。ただローブが以前に見せてもらった物と少し異なります。その調整かと」

『ふうん、お互い他人を気にかけていられる余裕はないってことね』


 ベイスはピットウォールから計測器を見つつ主人と会話する。

 フリー飛行開始から一時間――午前十一時。午後から二回目の飛行もあるが状況は微妙だ。

 これまでの二ヶ月をリリィの協力を得ながら練習に費やしてはいたのだが、


『そんなにおかしいかしら、私がトップを取れていないのが?』

「恐れ入ります。何事もシミュレーター通りにはいかないものですね」

『ま、グラウンド・フライトは決勝でないとアドバンテージとれないし、マナコスト無視して飛べるタイムアタックじゃ風のエレメント持ちに一歩を譲るわね。ここのサーキットの環境に合わせきれてない私の不甲斐なさのせいもあるけれど……』


 そうして三〇分後のピットガレージ、ベイスは戻った主人に補給剤とドリンクを手渡した。

 ローズの現状は七番手。

 これ自体が決勝に響くタイムではないが、芳しい結果でもない。


「あー、パドックに行きたくない。自分で撒いた火種だけど取材陣がうざいわベイス」

「所感の説明が面倒だからですか?」

「黙って見てろって言いたいわ、メディア向けの笑顔もストレス溜まる」

「では少し早いですが、ホテルに戻ってティータイムにしましょうか?」

「だいじょーぶ、気にしないで整備してー」


 ローズは椅子に深く腰掛け、渡された補給剤――【賢者の石】を握りしめた。

 すぐさま今の体調バイタルに適合した魔力が充填され、ベイスを見やる。従者は箒の穂先を交換し、過酷な飛行により消耗したローズの羽の、最低限の整備を僅かな時間で終わらせた。

 数秒とたたず回復しきった自身のマナに満足しつつ、ローズは目を細める。


「ま、合格点ね。これなら決勝を戦えそう」

「光栄です、お嬢様」

「今日まで怒鳴り散らした甲斐があったわよ、これで結果が出せなきゃ私のせいね、完全に」


 言ってローズは目をそらす。

 道具を扱うにも技術がいる、技術を得るには時間が要る、そしてその効率を、費用対効果を高めてくれるのはモチベーションで――そこにこそローズは妥協しなかった。

 だからローズは気安く告げる。

 高等部進学後から許される仕人の所有……その選定で見初めた少年は、顔で決めた使用人。余裕に溢れた暮らしでなくなったがそれでも小綺麗に着飾らせ続けた、どこに行くにしても。そしてそれ以上を求めなかった。そんな見栄と鑑賞用の人形だったベイスだが、今は。


「私のグラウンド・フライトはね、洗練されきってない泥臭い航法なの。誰でも出来るものでないからこそ無視され続けたテクニックなのよ、旧式の」

「……それは」

「元々、マナコストを抑えて航続距離を伸ばすのに使われてたローテクでね。高速で変化するレース環境への対応には不向きだし、制御も厄介で扱いにくいわ。誰も使わないってことは、競技人口が少ないスポーツと同じなの。研鑚されにくいから進化が遅い。じゃあその逆は? 基本技術も大勢が効率化を突き詰めれば高みに至る。最適なラインを求め不断の努力を重ねたトップグループ相手なら――現状はどうあがいても予選五位が関の山ね、このままじゃ」


 淡々と目も合わせずにローズは呟く。

 自分だけが特別な存在であるわけがない。さらに人も金にも限度がある。

 そして何より一年間の経験不足、トップグループとの差は易々と埋められるものでない。

 従者はそれに顔を曇らせてはいなかったが、思わず口をついてしまう。


「僕に何か、出来ることはございますか?」

「これ以上は何もないわ、本当に」

「しかしまだ時間は」

「だったらその全力を、決勝でも維持できるように集中して。余計なことを考えない。たった三ヶ月でブルームの微妙なセッティングまで覚えさせるなんて無茶だったもの。それよりも、ブラシの交換速度とマナ補給剤の管理のほうがずっと大切。戦況把握の精度もね」


 ローズはぴしゃりと分を越えようとした従者を窘めた。

 しかしすぐに穏やかな声色を向けていく。


「もちろん決勝では様々な要素が絡んでくるから、スタート順位なんていとも簡単に覆るわ。タイムアタックの速さがレースの決定的な戦力差でないとも教えたはずよ? そしてピットもまた戦場なの、それは十分に学んだはず」


 パイロットのマナ補給はピットイン時にしか許されない。

 そして補給にかかる時間には個人差があり、さらにはレース中のコンディション――天候や精神状態にも左右されるため、適切な補給剤の選別・調節がされず遅れをとることは致命的。

 ローズはそれをまず潰したのだ。勝利をより確たるものにするために。


「私の言葉ではなく、学んだ理論を信じなさい。経験の少ないあなたのサポートでも、コンマ一秒を削れる最短距離を私は進んだ。太陽は必ず東から昇る、それを疑う意味はないわ」

「はい、出過ぎた発言でした。お許し下さい」

「そうそう。身の丈を超えた力を得るためには時間と金が必要なの、それは今どちらもない。……あなたにはね、ベイス」


 ローズはにやりと口を釣り上げる。

 ベイスはその意味を察しようとしたが、尋ねる声を発するその前にコールがきた。


「ハーイ、ケンザン。さっきの飛行データは受け取った? そ、明日も明後日も天気は晴れ。ローブの反応精度とブルームの挙動から考えると、セッティングは……そう、ブラシの硬さも変更して、エンジンのエレメント感度も火と光の比率を今よりも5%、地のほうは――」


 携帯電話ごしに主人が工房にいるマイスターへ指示を送る。だが箒も魔法衣もここにあり、ベイスは通話を終えた直後にそれを尋ねた。

「お嬢様、もしやスペアを?」

「そういうこと。あらかじめ作らせておいた予備のローブとブルームを持って来てない理由。外観は同じでも、性能を“今の私”に合わせて大改修させてるの。明日の朝には間に合いそうよ。今日の装備はデータ取りと駄目だったときの保険用。何本も作れるほどお金もないしね」

「しかし残りの予算は、来期のレースに備えたものでは?」


 ベイスは言って、思い出す。

 一億クレジットの予算は、保険魔法代こみのレース参加料、ブルームとローブを二セット、交換用の消耗部品とマナ補給剤の備蓄代、シミュレーター使用料にケンザンとの整備契約金、他に遠征費用や雑費など、各メディアからのギャランティを上乗せしてもかつかつだ。

 しかしローズは微笑んで、


「借金したわ。このレースで賞金を獲らなきゃ返せない、私は危ない橋を渡ることになる」

「お嬢様……」

「泥にまみれろ、甘えるな……リリィもまったく大上段に言ってくれたものね。勝つためなら安いわよ、負けなきゃ何も失わずに済むんだもの。あれを倒すには絶対に予選を落とせない」

「では僕にも隠していたのは?」

「正直なところ私もけっこうビビリでね、その決断をしたのは私自身の仕上がりが確信できた先週なのよ。金で解決できることはやっておくべきだって。でもあなたの成長にまで、そんな負荷をかけても効果が出るか分からなかったから黙ってた。失うものがあるって、怖いもの」

「なら今は?」

「プレッシャーを力に変えて見せなさい。命令よ」

「イエス、マイレディ」


 即答した、ベイスの心に揺らぎはない。新たに掛かった重みさえ主人に預けられた荷物だと思えばその信頼に応えたい意志が上回る。

 主人はそんな従者の返事に満足したように頷いた。そして勢いよく立ち上がって、背すじを伸ばして引き締まる。


「だからといって今日のフリー飛行で手を抜いていいわけじゃない。このサーキットに満ちる自然のマナ、【エーテル】の特性をもっと全身で掴むのよ。そのエーテルに乗って飛ぶためのローブであり、ブルームなの。復習よベイス、この箒についた穂先ブラシはいったい何?」

「はい。言い換えるなら車輪です。推力を空間に伝達させると同時に制動によって摩耗する、ブルームが空を飛ぶために必要な、つまりはタイヤの役目を果たしています」

「正解よ。そしてエーテルに効率よく乗るにはパイロットのエレメント相性が深く関係する。私のエレメントは何かしら?」

「地と火と光の三属性です」

「そう、もちろん他の属性も持ってるけど、比率から言えば一割未満は切り捨て。私の場合は地が五割、火と光が各二割強。レースで有利になる属性はこのうちどれ?」

「ありません。通常飛行のレースで有利になるエレメントは風であり、またブルームの操縦も単一属性のほうがはるかに容易で安定します」

「それも正解。本来なら私はレーサーに不向きなタイプ。なのに勝つ、それはなぜ?」

「複数のエレメントを混合させたマナはエンジン出力の制御が困難となります。極めて繊細なコントロールが要求され、しかし相乗効果が得られた際には低コストで加速性能が向上し」

「だけど安定性もタイトロープ。それでも私は勝ってきた。それはなぜ!?」


「強いからです、お嬢様が」


 ローズは髪をかき上げる。ローブを大きくひるがえす。

 それから真紅の帽子を目深にかぶり、取材陣や他チームの面々が待つパドックに向け静かに一歩を踏みだして、


「――だから私は、失わない。何もかもを取り戻しそしてまた、得ていくのよ」

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