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問題の多い君と僕

作者: 日野うお

「第一の問題は、お前の男を見る目の無さだ」

広瀬ユウキは人さし指を突きつけられて唸った。

「テレビの俳優を見てもそうだ。お前が良いと言った男は皆、数か月以内にスキャンダルで一度干される」

「そ、そんなことは・・・」

「無いとは言わせないぞ。つい先週お前が格好いいと騒いでいた若手歌手が未成年者略取でスポーツ新聞に載っただろうが。その前は中堅俳優だったな。あの男は、浮気がばれて現在離婚調停中だったか。その前は・・・」

「分かった分かった、分かりました!」

終われとばかり叫んだ言葉に、敵はうむと頷いたがまたすぐに口を開いた。

「第二の問題は、お前の食生活だ。それではまともな男は逃げる」

ユウキは思わず、手元のカップ麺に目を落とした。

「・・・おいしいんだから、いいじゃん。あんたも好きでしょ?坦々味噌味」

「味が好きだ嫌いだという話ではない。そういうものはたまに食べるには便利でいいが、毎食食べる物ではない。俺の知る限り、お前は毎晩カップ麺を食べている」

「ま、毎日なんて食べてるわけないじゃん!」

確かにこの男は週に一度は、いや二度は訪れているかもしれないが、それでも毎日と指摘する根拠はないはずだ、とユウキは思った。

敵はすっと長い指をユウキの背後に向けた。そこにはうずたかく積まれたカップ麺のタワーがある。

「減り方を見れば、分かる」

ユウキは、近くの安売り店でしこたまカップ麺を買い込んだことを後悔した。

「第三に」

「まだあるの?!」

「まだある。第三に、お前は男受けしない」

直球でもてないと言われ、ぐわんと殴られたような衝撃を受ける。

「ひどい・・・」

本気で涙目になったユウキにも、敵は冷静な姿勢を崩さなかった。

「別にけなしたわけではない。事実として述べただけだ」

「もっとひどい!」

ユウキは叫んで涙を拭いたティッシュを投げた。ついでに鼻水もついたかもしれないが、こんな奴には鼻水上等だ、とこっそり思いながら。

男は鼻水付きのティッシュにも全くひるんだ様子がなかった。

「実際そうだろう。お前、飲み会に行ってサラダを盛り分けようと思うか?」

「思いませんが」

「カクテル一杯で飲み足りるか」

「日本酒一本ならなんとか」

「そういうことだ」

そう言われて思わず頷いてしまい、それでは駄目だと首を振っているうちに次が来る。

「第四の問題は、お前の兄だ」

「ああ・・・まあね」

これにはユウキも遠い目をしてしまう。

むしろ、これこそ一番の問題ではないかと彼女は思った。

ユウキの二歳年上の兄ナオキは、背も学歴も高く空手の有段者というなかなかいい男なのだが、妹に対して干渉が過ぎるという欠点をもっていた。

この兄によって中学時代も高校時代も、少しでも仲良くなれそうな異性との接点はことごとく潰されてきたのだ。

「ナオキに認められる男は、限りなく少ない」

「まあね・・・」

「そして見る目のないお前がそんな男を見つける可能性はゼロに等しい」

「おい」

「第五にお前の趣味は万人受けしない」

そんなことはない、と声を大にして言いたいユウキだったが結局、

「そんなこと、ないんじゃないかなあ?」

と曖昧に言うに留めた。

「キノコだらけのこの部屋に、お前は交際相手を入れるのか?」

敵の視線がキノコ柄のベッドカバー、キノコ型クッション、キノコスツールにキノコ柄のマグカップへと動くので、

「かわいいじゃん!よく見てよ、かわいいでしょ?!」

とユウキはごり押しした。

男は手にしたキノコ柄のマグで一口茶を飲むと、言った。

「まあ、柄としては受け入れる人間が多いだろうけど、部屋で椎茸を栽培している女は万人受けするとは言えないだろう」

いつの間にばれていたのか。ユウキはさりげなく背にしていたベランダにある原木を思った。こっそり育てようと思っていたのに、なぜ知られたのだろうか。

椎茸が育ったらラーメンに浮かべようとユウキが現実逃避しているうちに、敵はさっさと話を続ける。

「第六に、お前は非常に惚れっぽい」

この男に恋愛相談なんてした覚えはないぞ、とユウキは思った。知りもしないで想像でものを言う気なら、こちらも堂々と反論するのみだ。

「少しでも優しい言葉をかけられると、浮かれて相手を好きになる」

「そんなこと無いから」

即座に反論したユウキに、敵は一言言った。

「政経の石井」

「あれは違うから」

「法政の近藤」

「違うって」

「サークルの島津」

「ちがう・・・」

どこまで観察しているんだという敵の慧眼に、さすがに否定の力が弱くなる。

それを横目に、目の前の男はそれ見たことかと言いたげに茶を啜っているのだ。

腹が立つ。

反論はできないが、何故この男にここまで指摘されなければいけないのだという怒りがむくむくとわき上がってくる。

敵はそんなユウキの気も知らず、火に油を注ぐようなことを言ったのだ。

「全部図星だよな。そこで・・・」

だん、と机に湯呑みを叩きつけたユウキに、敵は一瞬黙った。

「あんたが私のこと嫌いなのはよーく分かった!だからもういいって!」

男の切れ長の目が、驚きのためか見開かれた。

それからため息と共に彼はこう吐き出した。

「・・・第七に、お前は結論を急ぎ判断を誤る」

「だあかあらあ!」

「誰が嫌いだと言った」

敵は憮然としてこう続けた。

「俺が話しているのは、お前には自分で交際相手を探す適性はないから、俺にしておけという話だ」

思ってもみない結論に、今度はユウキが目を見開いた。

口から出たのは、

「はあ・・・?」

という、何とも間抜けな音だった。

そんな彼女の反応にもマイペースなこの男は構わない。

「続けるぞ、」

「待った!それ、あんたにする理由じゃあないじゃん」

またあの悪口のような責め苦が始まるかと、ユウキは慌てて口をはさんだ。

「・・・では、そちらを説明する」

そして再び説明が続くこと数十分。ユウキはあくびをかみ殺していた。

男の片眉が上がる。

「聞いているのか?」

「・・・うん、まあ」

ナオキに認められることが可能だという辺りまで聞いて、飽きていたとは言えない。

しかし言わずとも通じていたらしかった。

男は端正な眉間に皺を寄せた。

「俺は真面目に話しているんだが」

怒るとまずい、何がまずいというと、見てのとおりこの男の説教は長いのだ。

ユウキは慌てて言った。

「そういうのじゃあなくてさ、あのさ、あんた結局、私のこと好きなの?」

男は、真顔になった。

「それは、当たり前のことだろう」

そんな真顔で、そんな言い方をされても、とユウキは思う。もしかして誤解だったらいやだなと思いつつ、けれど気になるのでそのままにもできず、恐る恐る確かめた。

「それ、好きってこと?」

「・・・」

男の、饒舌な口が止まった。

色の白い顔も耳も、真っ赤に染まっている。

ユウキは一つ、息を吐いた。

「もういいや、なんかかわいいと思えたから」

男が、真っ赤な顔のままぼそりと言った。

「・・・第一の問題は取り消しておく」

「え。なんだっけ?」

「・・・忘れたなら良い、問題ない」

こうして広瀬ユウキはこの、幼なじみの口うるさい男と、お付き合いを始めることになった。


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[良い点]  幼馴染の二人がもともとどんな距離の関係だったのかわかりませんが、会話のテンポが良く読んでいて楽しかった。 [気になる点] カップ麺のくだりで、「毎日食べてるわけないじゃん!」と書くべきと…
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