7 信頼と疑惑
7 信頼と疑惑
「ねーねーねー特ダネですよーーーー!!!」
家庭科室の扉を勢いよく開け放ち、1年のリアトリスが飛び込んできた。いつにないハイテンションで、白井直樹と両国瑠美は目を丸くした。
「どうしたんですかぁ?いつになくハイテンションじゃねぇですか」
「今日は妹と買い物だから帰るって言ってなかったっけ?」
「それは行ってきましたよー。その帰りですよー!!学校の近くの公園から駅の方に向かって、3年のスロワ先輩とあの宮下灰花が2人で仲睦ましーく歩いてたですよー!」
「!!」
「あれはただの仲良しって感じじゃなかったですー」
「そうか…噂はホントだったんだ」
「しかもあの宮下灰花ですよぉ」
「…そういえばさ、3年のスロワ先輩って軽音部だったよね」
「あの人にも一応目ぇ付けてましたよぉ、あの子のことを随分気にしてる感じでしたからねぇ」
「なるほどね。…なら、後輩ながらご忠告にしに行こうか。宮下灰花がどんな人間だか」
*
告白から数日後。
「明日その転校生がここ見学に来るから!チョーイケメンだからボーカルやったらゼッテーウケる!間違いないし!背高くて運動得意そうだからさ、運動部に取られる前に手打っとくべき!」
「宮下くんでしょー?結構人気だよねー」
「スロワ先輩最近すごくイキイキしてますね」
「え?分かるー?今チョー絶好調なのよー」
灰花がスロワに告白したという事実は、学外で起きたことだったこともあり、まだそこまで浸透はしていなかった。しかし、すでに秒読みだろうという見方を多くの者がしていたというのは、当事者たちには知る由も無いことである。
さて、スロワがいるバンドには2つ下、1年生のキーボード、ヴァレンタインの姿もあった。大人しいヴァレンタインはスロワが熱心に語るのをどこか楽しそうに聞きながら楽譜を読んでいたが、部室の扉が開く音がして顔を上げ、硬直した。
「こんにちはぁ!ちょっとお邪魔しますぅ」
「スロワ先輩っていらっしゃいますか?」
白井直樹と両国瑠美だ。後ろにはリアトリスもいる。暴食トリオと畏れられる3人組が軽音部に、スロワに一体何の用なのか。
「あぁ、いらっしゃいましたねぇ。いつも目立つ格好されてますからぁ」
「何?ウチに何か用?」
「ちょっと、いいことを教えてあげようかと思いましてねぇ」
「先輩、転校生の宮下灰花先輩のことはご存知ですよね?」
「え、あ、うん…」
「その宮下先輩のぉ、昔のちょっとした武勇伝ですよぉ。同時期に転校してきた、葛城くずは先輩との、素晴らしい経歴を、ね」
宮下灰花は葛城くずはに頼まれて、駅前のコンビニにプリンを買いに行っていた。購買のプリンは残念ながら売り切れだったからだ。すぐに帰ってくずはにプリンを届けなければ。
階段を上って、いざくずはの教室に、と、廊下に足を踏み入れた瞬間。
「灰花!!」
廊下のちょうど反対側に、スロワが立っていた。仁王立ちだ。その顔は焦りと混乱と、恐怖とがない交ぜになっていて、わずかに怒りも含まれているように見えた。スロワは廊下をすさまじい速さで駆けてきて、灰化に掴みかかった。
「アンタ…マジなの…?今、1年のあの3人が来て、アンタのこと、喋ったんだよ…アンタの、あの、葛城が……ヴァレンタイン、を…?」
「……………………」
灰花は悟った。スロワは知ってしまったのだ。この花神楽でも一握りの者しか知らない、奇妙な転校生の本当の事情を。人知れず起きた事件の真相を。灰花は無言で髪を少しかき分け、未だ絆創膏が貼られた耳を見せる。
「…チェーンピアスしてたんだけどな、あのとき、引きちぎられた。隆弘に」
「…………ホント、なの…?」
「俺たちがやったことは、事実、だ」
「……どうして…?アンタそんなことするヤツじゃないでしょ!?アンタは、すっごく人を見るのが上手くて、ちょっとしたことでもすぐ気付いて色々してくれて…あんなことを、許すようなやつじゃ……!」
「でも…事実だ。確かに、俺はあの人がやりたいって言ったのに従ったんだ。止められなかった」
「……っ!言い訳しなさいよ!どうしても断れなかったとか!何か弱みがあったとか!自分は乗り気じゃなかったって…そんなつもりなかったって…………言ってよ………」
「……………………」
「……アンタ、見損なったよ。アンタも、結局は葛城の言うことなら何でも聞くんだ。アンタも、クズ野郎だったんだね!!ウチの後輩を!あんな滅茶苦茶にして!!!!」
スロワは涙ぐんでいた。それが、大事な後輩を辱められたことへの怒りのものなのか、目の前の男に裏切られたという悔しさのものなのか。スロワですら分からなかった。
そのまま、スロワは廊下を走り去った。灰花は能面のような、悲しみを背負った表情で、その場に立ち尽くしたままだった。




