7、フェルドと棍
ちょっと残酷なお話です。
……ギャグのタグ消した方がいいですかね?
「トンファー・オブ・トンファー」……もとい、「棍」は転生し、ある平民の家庭で、一般兵士の息子としてこの世に生を受けていた。
いや、現在の「棍」は、新しい肉体の記憶に引き摺られてトンファーの事すら忘れ、「フェルド」という違う名を持っていたため、もはや「棍」とは呼べないだろう。
この世界には「トンファー」はなかったが、幸いな事に「フェルド」は武術の才にも、魔術の才にも、恵まれていた。
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「僕」は幼い頃より、兵士である「父」に手ほどきを受け、どこか手になじまない違和感のようなものを覚えつつも、剣、槍、長斧、弓と、ありとあらゆる武器をそれなりに使いこなした。
そうして様々な武器を使っていく中で、杖や戦棍を扱う時、他の武器よりも違和感が少ない事が分かり、それを「父」に伝えると、物は試しと、「母」の伝手で魔術師に弟子入りし、魔法の手ほどきを受け、それなりに使いこなした。
何一つ挫折せずにすくすくと育ち、15歳になる頃、「僕」は見習い兵士として、多くの人に祝福されながら「父」と同じ職場で働くようになった。
そして「僕」は、平民でありながら、もはや上級兵士入りは確実、ゆくゆくは兵士長や武将にまで届きえるだろうと、将来を有望視されていた。
少なくとも、一般兵士として一人前として認められるまでは、「僕」の人生は前世とは違い、順風満帆なものだった。
良好な人間関係、好きなだけ勉強できる環境、「棍」とは対称的な恵まれた環境。
しかしそれは、運命の悪戯か、唐突に終わりを告げる事になる。
奇しくもそれは、「世界」が「棍」へと名前を変え、命を落とした16歳という年齢での出来事であった。
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最近、「父」は何かに悩んでいるようだった。
「僕」が見習い兵士から一般兵士へと昇格した翌日から、「父」が時々、眉にしわを寄せて目を閉じて何かを考えるようになった。
何かあったのかと気になり、「父」に尋ねてみるものの、「気にしなくて良い」と返された。
「母」にも、何か心当たりはないか尋ねてみるものの、「わからない」と返された。
やがて、一月ほど経った頃、何があったのか聞けないまま、「父」は任務で遠方へと出立する事になった。
別れ際に不安そうな目で「僕」と「母」を見ていたのが気になった。
「母」も何かに悩みだすようになった。
最初は、「父」を心配しての事かと思ったが、どうやらそれだけではなさそうだ。
何かあったのかと気になり、「母」に尋ねてみるものの、「大丈夫だから」と返された。
何が大丈夫なのだろうか?
何故か分からなかったが、嫌な予感がした。
……「父」が死んだ。
国境を根城にしている盗賊団を討伐するという任を受け、国境へ向けて出立した「父」は、そのまま帰ってこなかった。
追い詰められた盗賊団が、苦し紛れにアジトに火をつけ、中でまだ戦っていた父は、そのまま建物ごと焼け死んだのだと、よく面倒を見てくれていた「兵士長」が教えてくれた。
残ったのは、「父」の遺骨と、父の名前が彫られた金属製の名札、それと、支給品の長剣だけだったが、長剣は国の管理物だからと回収されていった。。
国に仕え、有事の際には命をやり取りする兵士という職業においては、死はそう珍しい事ではない。
だから、覚悟はしていたつもりだった。
だけど、急にいなくなって、どうしようもなく悲しくて、「僕」は泣いた。
「母」が再婚した。
「父」や他の兵士の葬儀が終わった翌日に、「母」は消え、一月の後、ある貴族の妾となっていた。
話をしようと貴族の元を訪れるも、「母」に会う事は叶わなかった。
もしかして、「父」と「母」が悩んでいた事と関係があったのだろうか。
今となってはもう、分からない。
生活が出来なくなった。
「父」が死に、「母」と話す術すら無くなり、孤独となった「僕」に待っていたのは、兵士としての未来の喪失であった。
「母」を探しに貴族の元を訪れた際、不敬を問われ、職の解雇と財産の没収が行われた。
不敬を働いた事実なんてなかった。
「母と会って話がしたい。」、貴族の屋敷の門番にそう告げた後、断られ、何も言わずに立ち去っただけだ。
「僕」は必死に冤罪を主張したが、不敬を働いた証拠も、不敬を働かなかった証拠もなく、有罪となった。
罰として、「父」の死により国から渡された少なからぬ補償金はもちろん、住家や父の形見までもが奪われ、「僕」は無一文になった。
「兵士長」は「僕」に、一月は生活できるだけの金銭を渡して、悔しそうに、申し訳なさそうに「守ってやれなくてすまん。」と何度も謝っていた。
兵士長とはいえ、ベストラは平民だ。
決して裕福なわけじゃないのに、それでもこれだけの金銭をくれたベストラには一生頭が上がらないだろう。
生活が落ち着いたら必ず返しに来る事を心に誓って、「僕」は詰め所を去った。
奴隷になり、売られる事になった。
仕事がない。
不敬を問われた人間を雇うような、危険な真似をするような人はいない。
貴族に目を付けられたら、何をされるか分かったものではないからだ。
自分一人で仕事を作って働く事もできない。
商売をするには国の許可が必要だが、不敬を問われた人間になど許可は下りない。
国内にいては解決しないが、国外に出る事も許されず、ベストラにもらった金銭は日を追うごとに減っていった。
お金がなくなり、お金を稼ぐ事も出来なくなれば、生活する事は出来ない。
既に持ち物は何もなく、飢餓で朦朧とする意識の中、露天のパンに手をつけた「僕」は、そのまま捕まり奴隷として売られてしまった。
本来であれば、パンを一つ盗んだ程度なら、せいぜい2、3日程度の労働で返せる程度の罰金で終わるはずだったが、不敬を問われた人間に労働を提供してくれる人もおらず、金銭も持たない「僕」に待っていたのは、奴隷として売られる未来だった。
命令に逆らえず、自害も出来ない魔法の契約に同意させられ、「僕」は「奴隷」になった。
どうしてこんな事になってしまったのだろう。
「父」が死ぬまで、何も悪い事なんてしていなかったのに。
せめてましな所に買われますように。
そんな事を願いながら、一月経ち、二月経ち、売れ残った「商品」はまた次の街へと運ばれていく。
死なない程度の最低限の食事と、自由を奪われた生活は「僕」の心を絶望と諦めに染めていく。
どうせどこに行ってもろくでもない生活は変わらないだろう。
売れ残った商品は、だんだん値段が落とされ、売り先の市場が変わっていく。
ついに、次の街からは、命を使い捨てるような過酷な仕事か、尊厳を全て奪われるような屈辱的な仕事用の劣悪な市場に変わってしまう。
鉱山でも、遠洋の漁船でも、色町でもどこへなりと送ればいい。
ああ、もう、疲れた。
「奴隷」は「商品」を運ぶ馬車に揺られながら、こうなる前に命を絶っておけば良かったと思いながら、始めるようになったある夜の事であった。
そんな生活が続いたある日の事だった。
土砂崩れで道が塞がれ、街道で立ち往生となった奴隷商が苛立ちを顕わにして、八つ当たりで「奴隷」を杖で殴りつけた拍子に、杖が折れ、偶然にもT字の形をした杖の先端が「奴隷」の足元に転がった。
心を閉ざした「奴隷」は目を奪われた。
杖が折れた事に更に気を悪くした奴隷商が一際強く腹部を蹴り上げたのも、鼓膜が破れそうな声量で片づけておくよう指示を出されたのも、「僕」の意識の片隅にすら入っていなかった。
その日、「僕」は折れた杖の先端を愛おしそうに抱き、眠りについた。
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「僕」は夢を見ていた。
どこか真っ白な空間で、不思議な人影が「T字型の何か」を持って、演舞のようなものを行っていた。
じっと見ていると、人影はやがて色をつけ、知らない少年になった。
そして、いつしか知らない少年がT字型の何かを振るい、誰かと戦っている風景が見えた。
それを見た瞬間、何故か「T字型の何か」の事がわかった。
会った事も無いはずの「知らない少年」は、「自分」だという事も分かった。
「少年」は振るわれるナイフをトンファーで受け、そのままトンファーを回してナイフを払い落とす。
返す手で鳩尾にトンファーを突き込み、気絶させる。
間を置かずに金属製の管を振り下ろしてきた男の腕を押し、肘とトンファーを男の後頭部に叩きつける。
棘のついた木の棒、素手、木刀と、様々な武器で一斉に襲い掛かる暴漢達を、流れるような鮮やかな手つきで次々と沈めていく。
そうして、「僕」がそのトンファー捌きに見とれていると、やがて戦いは終わり、「少年」がこちらに笑いかけて、トンファーを差し出した。
「僕」がトンファーを受け取ると、「少年」は霞のように解けて消え、「僕」の意識は薄れていった。
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翌日、目を覚ますと、「僕」は「棍」であった頃の記憶を持っていた。
そして、「僕」と「棍」は一つとなって、たった一つ持っていた願いを思い出した。
(トンファーが最強の武器である事を証明する。)
そのためには、もう、ただの奴隷ではいられない。
……鉱山にも、色町にも送られるわけにはいかない。
戦うんだ。
トンファーで戦って、勝つんだ。
昨日と何一つ変わらないはずのそこには、全てを諦め絶望していた「少年」の姿はなく、これからの未来を見据えて「杖の先端」を手に構える「少年」の姿があった。
諸事情で主人公は、「トンファー・オブ・トンファー」でいた頃の記憶のみ思い出せていません。
あれ?主人公はトンファーになるのが願いなんじゃないの?と思った方。
死後、新しく出来た願いがトンファーになる事なので、これであってます。
もしかしたら突込みが入るかもしれないので、先に記述させてもらいます。