5、そして転生へ……その2
「では、最初の準備が終わったので、次の準備について説明しようぞ。
しかし、それだけの覚悟があるだけに、次の準備は心苦しいものとなるじゃろう。
悲観せずに心を強く持ち、しっかりと聞くのじゃぞ。」
「はい。」
「まず、お主に問おう。
ここに来て、何か疑問に思った事は無いかの?」
「疑問……ですか?」
疑問だらけといえば疑問だらけではあるが、ここで聞くって事は、転生に関係しそうな疑問って事だよな……
なんだろう、パッと思いつくものはあったが、何となく違う気がする。
「質問が抽象的すぎたの。
そうさな、例えば、前世……ああ、この場合は前々世になるかの。
それについての疑問などじゃ。」
ん、前々世……?
死んだら転生する……ってことは、最初の一回じゃない限り、俺は前もここで転生したって事だよな。
……まさか!?
「俺が産まれる前の記憶が……ない?」
「うむ、そうじゃ。
お主が「トンファー・オブ・トンファー」として生を受ける前に、既に何度も別のものとして転生を繰り返しておったのじゃよ。
しかし、今のお主には「トンファー・オブ・トンファー」になる前の記憶はない。
何故か分かるかの?」
「まさか……転生の際に記憶が消されている……んですか?」
「半分正解じゃ。
転生の際、産まれたばかりの肉体に魂が入る事で、真新しい肉体の状態に引き摺られ、記憶が「魂」から取り出せない状態になる。
すなわち、勝手に記憶が消えた状態になり、そのまま何も知らない本能だけの存在からスタートという事になるのじゃ。
ここまではよいかの。」
つまり、俺の記憶は引き継がれず、トンファーの事も忘れてしまうという事だ。
「そんな……そんな事って……。」
「まあ、記憶が消えると言っても、好きなものが前世と同じだったり、知らないはずの事を知っていたりと、漏れもあったようじゃから、そう気を落とすでない。
そして、生涯を終え、死後の世界に来る時には、また、全ての記憶、つまり、前世の記憶も前々世の記憶も「魂」から取り出せる状態になる。
じゃが、ここで問題が起きたのじゃ。
転生が数回程度の「魂」であれば、問題も起きなかったのじゃが、数十回、数百回と繰り返すうちに、「魂」に異常をきたすものが出てきおった。
死後溢れだした、前世と全く違う記憶に心が耐え切れずに、「魂」のあちこちが「汚染部分」に変わってしまったのじゃ。
その結果、耐え切れずに「核」が壊れて消滅してしまうという事故が多発し、それを防ぐために、転生の際に前世を封印する処置を取るようになったのじゃ。」
確かに自分と正反対の生き方をしてきた記憶がいくつもあったら、混乱して何がなんだか分からなくなるんだろう。
頭では理解できている。
けれど、今の自分が消えるなんて納得できない。
「それは……でも……。」
「とはいえ、自分を封印することなんぞ、普通は誰も受け入れてくれん。
無理強いすれば、転生する段階でまた汚染部分が出来て、浄化施設送りにせざるをえなくなる。
そんな事をして、転生できるのは前世を全て削り取った状態の「魂」だけ、なんて事になれば、いつまで経っても「魂」が成長せず、死後の世界の存在意義すらなくなってしまうからの。
じゃから、一つだけメッセージを転生後の自分に伝える事が出来るという条件で封印を納得してもらっておる。
元々、ここに来られるのは、一度「死」を受け入れた「魂」だけじゃ。
転生して何も思い出せない状態になるより、多くの「自分」に押しつぶされて消えてしまうより、一つだけ「次の自分」に「自分」を残せるのなら納得もしやすいじゃろう。
「魂」のためにも、受け入れてはもらえんかの?」
受け入れるしかないんだろうな。
ここで断ったら、俺の「トンファー」は封印じゃなくて、全部削り取られて消えてなくなってしまう。
「わかり……ました。」
「すまぬな。
もっと多くを残させてやりたいのじゃが、二つ以上の矛盾するメッセージを残してしまうと、こちらも「魂」に大きな負荷をかけることになってしまうでな。
最も大事なメッセージを、後悔の無い様に考えてくれ。
メッセージは文字じゃなく、絵や音等のイメージでもかまわんでな。」
大事なメッセージ、そんなの「トンファー」に決まっている。
しかし、生前「トンファー」の認知度はそこまで高いものではなかった。
つまり、転生先が「トンファー」が現在存在しない世界という可能性も考えられる。
メッセージは、文字じゃなく、トンファーの絵……それも出来れば型もあわせたものがいいだろうな。
そういえば、メッセージはどうやって伝わるのだろうか?
「グルニカさん、メッセージというのは、どういった形で伝えられる事になるんですか?
少なくとも、俺の記憶のある範囲では、何かメッセージを受け取った覚えは無いんですが。」
「メッセージがどういった形で本人に伝わるのかは、儂らにもわからぬ。
産まれ落ちた直後の、真新しい魂の表面にメッセージを刻み込むと、それを見た他人なり自分なりに強く印象を残すのじゃ。
口で説明するより、直接お主のメッセージを見て、人生を振り返ってみた方が分かりやすいじゃろう。」
そう言うと、グルニカさんはつけていたモノクルを外して、俺にかけるように促してきた。
これをつければ何か見えるのだろうか?よく分からないが、とりあえず付けてみよう。
"世界が平和でありますように"
「……………………え。」
モノクルから見える景色に、文字が重なっていた。
そこには、両親がつけた、俺の名前の由来が書かれていた。
そして、それを見た瞬間、俺は、小学校の作文を皆の前で読んだ時を思い出していた。
・
・
・
「はい、お父さんお母さんの前で、作文を発表してくれる人は手を挙げてー。
誰が発表してくれるのかなー?」
せんせいのことばがおわらないうちに、ぼくはげんきにてをあげた。
ほかのみんなもさくぶんをはっぴょうしたかったみたいで、きょうそうになる。
「「「「「はいはいはいはーい!」」」」」
「はい!じゃあ一番早く手を上げてくれた、「藤間 世界」君、お願いします。」
やった。
いちばんのりでさくぶんをはっぴょうできる!
「さくぶん、1ねん1くみ、とうま ぴーすふる、ぼくのなまえ。
ぼくのなまえは、せかいのみんながずっとずっとへいわでいられますようにって、おとうさんとおかあさんがつけてくれました。
ぴーすふるは、えいごでへいわっていみらしいです。
ぼくも、ずっとみんながなかよくへいわですごせるといいなって」
「ここにほんだよー?ぴーすふるくんのなまえ、かんじなのにへんなのー。
なんでにほんごじゃなくてえいごなのー?」
おさななじみのくみちゃんがぼくにきいてくる。
くみちゃんはきになったことはいつもすぐにきくから、せんせいもいつもほめてた。
「え、わかんない」
わかんない、たすけてっておもいながら、おかあさんのほうをみる。
にこにこしてるだけだった。
え、なんで、なんで?
わけがわからなくて、なきそうになる。
「は、はーい!いつも皆の事を考えてくれている、「世界」君にぴったりの、素敵なお名前ですね。
みんな拍手ー」
ぱちぱちぱちぱちー。
せんせいがちょっとあせったかんじでぼくのはっぴょうをおわらせた。
まださくぶんぜんぶよみおわってなかったのに。
「はい!じゃあ次は順番で、「笹山 美穂」さん、お願いしますね。」
そのままじゅんばんに、みんながさくぶんをはっぴょうして、きづいた。
なまえがかんじなのに、よみかたがえいごだったのはぼくだけだった。
しかも、なまえのかんじといみがぜんぜんちがった。
なんできづかなかったんだろう?
そのひから、ぼくはえいごおとことか、せかいへいわくんって、からかわれるようになった。
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・
・
喧嘩別れした父さん、母さん、ふざけた名前だって怒ってたけど、この名前半分俺のせいだったらしいわ。
もう伝えられないけど、ごめんな。
でも、なんで当て字で英語、しかも全然違う意味の漢字使っちゃったんだよ、"世界が平和でありますように"ってメッセージしかなかったよね?
「世」とか「和」とかそれっぽい意味の漢字を組み合わせて考えるとか、無理にあわせなくても「平和」だけでもよかったよね?
世界と書いて平和と読んで、しかも英語な「世界」はやっぱりないわ。
そんな事を考えていると、グルニカさんが声をかけてきた。
「メッセージに思い当たることはあったかの?」
「ええ、ありました。
……メッセージに込められた願いと正反対の状況を引き起こす原因になってましたが。
あ、モノクルありがとうございました。」
俺から受け取ったモノクルをまた付けて、グルニカさんは諭すように微笑んだ。
「ま、そういうこともあるじゃろうて。
人生何が起きるか分からんものじゃからの。
じゃが、失敗もまた貴重な経験じゃ。
今、分かったのなら、むしろ僥倖、来世へのメッセージに活かせばよい。」
「そうですね。
ところで、メッセージって、映像とかでも大丈夫でしょうか?」
「可能ではあるが、情報量が多くなれば、印象が薄くなる上、メッセージの読み取りが困難になる。
他人への印象として伝わる事は恐らく無くなるじゃろうし、自分自身でも認識できないまま生涯を終える可能性が高いの。
印象が薄いため、影響が表れるほど伝えようとすれば、夢などで何度も見る機会が必要じゃろうし、せいぜい、4~5秒程度の映像が限度じゃろう。」
4~5秒か、厳しいな。
だが、トンファーの素晴らしさを伝えるには、実用例や型を外すわけにはいかないだろう。
細かく見えるギリギリの大きさで複数画面をイメージして、別々の型を同時に再生するイメージ。
全部の型や特殊なトンファーは伝えられないが、主要な部分を重点的に伝えれば、これならぎりぎりいけるか。
「わかりました。映像でお願いします。」
「決まったようじゃな。
では、メッセージを強く思い浮かべよ。」
下手に声を出したらイメージが歪みそうだ。
俺は黙って頷く。
頷いてしばらくすると、俺のイメージした映像が光の玉に包まれ、体の外に浮かび上がった。
「もうよいぞ。
念のため、これから内容を確認させてもらうが、かまわんかの。」
「はい、お願いします。」
「うむ、情報量が多いからの。
お主にも見えるようにするで、修正したい所があれば言うてくれ。
では、メッセージを再生するぞ。」
光の玉が板状に変形し、俺がイメージした映像が流れる。
全てのコマを同時に認識するのは難しいかも、と思っていたが、映像が繰り返し再生されて、ひとまずイメージした全ての型や経験がメッセージになっているのが確認できた。
若干、解像度が低い感じでぼやけているが、それ以外は概ね問題なさそうだ。
「お主、面白いことを考えるの。
ただ、この方法だと、更に情報量が多くなるゆえ、一度メッセージが伝わっても、せいぜい1~2コマ程度の内容しか把握できんと思うが、それでもいいかの?」
「はい、必要な情報を伝わらないより、手間がかかっても全て伝わる可能性がある方がいいですから。」
「ふむ、であれば、少し簡略化してやるかの。」
グルニカさんがそう言うと、映像のイメージから色や輪郭が消え、人と背景の色が消え、輪郭線だけになる。
「不要と思われる情報を削り、認識しやすくしたのじゃが、どうじゃろうか?」
なるほど、確かにこれなら、ぼやけた人物を見ているより分かりやすい。
けど、足運び等の筋肉の躍動まで削られてしまっている。
これはいけない。
「すいません、筋肉のどこに力が入っていて、どこの力が抜けているかが分からなくなっているので、そのあたりだけ分かりやすいようにってできませんか?」
「ふむ、儂は武術に関しては門外漢での。
すまんがどういうところに力を入れて、どういうところの力を抜いているのか、映像を指差して教えてくれんかの。」
それを聞くや、俺はそれぞれの型の理想の筋肉の入り具合を実演を交えながら力強く解説していく。
握る時の各指への力の入れ方抜き方。
遠心力を使って素早く効率的にトンファーを回したり持ち替えたりするコツ。
トンファーに威力を乗せたり、相手の武器と自分の弱点との間にトンファーを挟みこみ、防御しやすくするための足運び。
それぞれの型の想定する戦い方やその利点。
トンファーが最強の武器であるという主張と、その理由の解説。
トンファーの造詣の素晴らしさや、存在するバリエーションの豊富さ。
最後の方は力の入れ具合とは関係なくなっていたが、その全てをグルニカさんは嫌な顔一つせず笑顔で聞いてくれ、時折あったグルニカさんからの質問で、生前気付く事が無かった細かな部分まで気づく事が出来た。
そして、時間にすると3日以上トンファーについて語りつくした末、メッセージの映像は、サーモグラフィーのような形で、力を入れるべき所、抜くべき所が分かりやすくなり、細かな修正によって、今の自分の技量を超える動きへと進化を遂げていた。
「ありがとうございます、グルニカさん。
あなたのお陰で、私が生涯かけてもたどり着けなかった素晴らしい動きを表現する事が出来ました!」
「いやいや、儂の方こそ興味深い話が聞けたわい。
それに、お主の心残りを一つ無くせたと思えば、このくらいの手間、どうという事もない。
このメッセージは、儂が責任を持ってお主の来世に刻ませてもらおうぞ。」
そして、俺達は熱い握手を交わした。
3日間の間、グルニカさんは終始、微笑ましいものを見るように話を聞いていました。
それは、さながら孫が見つけたものを楽しそうに教えてくれるのを、喜んで聞くおじいちゃんのような風景でしたとさ。